名前について
今僕は大豪邸の廊下を歩いている。
警察に連行されるみたいなかんじで歩いている。
部屋の外をこうして堂々と歩くのは久々だ。
一言言わせてもらうと、シャバの空気はうめぇ。
殆ど見ていない本館内部、だけどあまり気乗りしない。
理由は二つある。
一つ、これからこの大豪邸の主に会いにいくから。
すごく緊張する。
二つ目の理由は、このお屋敷は別館と違って殺風景だから。
今のところ調度品も何も置かれてない、只々長い廊下が続いているだけ。
それと中庭越しに見える、窓枠にも収まりきらないぐらいの壮大な建物の外観、それがどうにも威圧的で、緊張感が増す。
今僕の道案内(?)をしてくれている人達もそう。
別館にいる人達はみんな、幼児ことアルシエラくんのお世話で毎日大変そうだったけど、雰囲気は良かった。
でもここにいる人達はなんだか怖い。
ずっと無表情で、視線が冷たい。
まあ、この人達からすれば僕は放火の疑いがある不審者なわけだし、当然の反応なのかもしれないけど…………いやでも…………
この人達のこの顔や視線は、怪しんでるというより…………
本館の使用人の一人:「着きました。」
僕:「えっ、あ、はい!案内してくださって有難うございます。」
てっきり長い道のりになるのかと思っていたのだけど……意外と早かったな。
本館の使用人の一人:「中で旦那様がお待ちです。くれぐれも粗相のないように、お願い申し上げます。」
釘を刺された。
そしてその人はふっと僕の視界から消えていった。
それに続く様に他の人達もいつの間にか消えていた。
勿論アニメのシーン切り替えみたいにパッと消えたのではなく、ちゃんと表現するなら遠のいていった。
…………気配の薄さが半端ない。
影が薄いって言ってるんじゃないよ?
ただ、釘を刺す気迫から一転、屋敷の影に溶け込む様に、じんわりと消えていった。
幽霊みたいだった。
…………芸能人とかが街中でスターのオーラを隠すのと同じ様なかんじかな?
芸能人じゃなくてもたまにいるよね、そういう人。
…………この部屋に、僕1人で入るんだ。えぇ…………
僕:「………………ゴクリッ」
セルフゴクリ。
僕:「しつれぇ、します?」
わかんない。失礼しますで合ってる?
お邪魔します?
まあいいや。入ろう。
取手を掴んでガチャリと扉を開く。
すると…………なるほど。
???:「やあ、いらっしゃい。」
予想はしてた、というかほぼわかってた。
この大豪邸の主、それはやっぱりアルシエラくんのお父さんであるこの人。
僕がこの大豪邸に来るきっかけとなったこの人。
…………名前聞いてないや。どうしよう。
ヤバい!どうしよう!お勉強期間中に聞いておけばよかった!
???:「こっちへおいで。」
内心慌てふためく僕を手招きしてくるお偉いさん。
……顔に出てたか?
扉を閉めてから恐る恐るカーペットを歩いていく。
レッドじゃないけどお洒落なカーペットだ。
こういうのファンタジー小説の挿絵によくあるよね。
部屋の奥で椅子に座りつつ怪しげな微笑みを浮かべる悪役。
心の中でそういう表現をしているあたり、僕はこの状況にかなり怯えているらしい。
…………
???:「?どうかしたのかい?」
…………
別に部屋が緊張感で覆われてたりするわけじゃない。
むしろ家主は笑顔いっぱいでフレンドリーだ。
お偉いさんとお話しするのに緊張していた僕からしたら実に居心地のいい気の抜ける空間…………のはずなんだけど……
???:「………………」
思えば僕はこの人の顔を直視するのは初めてかもしれない。
最初会った時は檻の中からだったし、アルシエラくんに引き渡されてからは一度も見ていなかった。
僕:「…………えっと、失礼します。」
???:「うん、いらっしゃい。」
軽い挨拶。
見た目よりもずっと接しやすい。
???:「まずは自己紹介からだね。初めまして、私の名前はアルベド・ジル・ディオルネス。」
僕:「あっ、初めまして!僕の名前は…………」
はっ!しまった!!僕、名乗れる名前ないじゃん!!
日本語が通じるわけないし……
やばい、気付かぬうちに犬の精神になってたか!?
誰にも名前呼ばれてなかったっていうのに全く違和感がなかった!
というか周り!!名前聞けよ!!僕に興味ないのか!?
いやそんな事考えてる場合じゃない!!
ただでさえ放火の容疑がかかってるのに名前も名乗らないとか、マズすぎる!!
何か……何か…………
僕:「め……メイレア…………です……」
…………スマン……我が友メイくん。
名前が思いつかない!
ちょっと待って落ち着けばいいのがあるかもしれないけど、ひとまずこれで!
アルベド:「それは偽名だね……?」
僕:「へ!?え、いや…………えっと……!」
な、何故バレた!?




