第9話 普通の学校生活
「『ゲート』……それは突如出現するようになったこちらと異界を繋ぐ門。しかしなぜゲートが出現するようになったのか、今もまだ分かっていない。しかし、ゲートが危険なのは皆も分かっている通りだろう――ん?どうした、進藤」
月曜日になり、学校が始まった。
今は『ゲート』と『モンスター』についての授業です。
髪を金色に染めた見るからにチャラい生徒、進藤くんが手を挙げる。
「せんせー、俺らっていつモンスターと戦えるようになるんですかー?」
見た目で分かる通り、とても軽い口調で話す。
「うむ。まずお前たちはEランク異能者とされる。しかしEランクの異能者とは『見習い』と同じ意味だと思ってくれていい。つまり実戦にはまだ投入出来ないと言うわけだ」
まあ、当たり前ですね。まだ学生ですから。
どこかの小説漫画のように、学生のみしか異能が使えない、なんてことはないんですから。であるなら、大人が矢面に立つべきです。
僕は教師の話をうんうんと頷きながら聞く。
隣にいる白奈さんは、珍しく僕が寝ていないことに驚いているようですが、全く人のことをなんだと思っているんですか。僕だって眠くない時くらいありますとも。
「ランクが上がるためには、試験を行う必要がある。この試験は年齢制限はない。白銀はCランクだからな」
先生がそう言うと、クラスの視線が白奈さんに集中します。
澄ました顔をしているようですが、若干頬が染まっていることから、照れているのでしょう。後で少しからかってみましょうなんて思っていると、凄く睨まれました。
「つまり実力さえあれば、ランクアップは容易いと言うことだ。しかし通常は自分のランクより一つ上の試験を受ける。それが確実なものだからな。例えば、進藤。今からお前がAランクの試験を受けたとして、受かると思うか?」
「いやー無理っすね」
「そう。まずは自分の力量を正確に知ることが大事だ。知れば無茶なことはやろうとしないだろう?つまり、自分が受かることが出来るランクの試験を受けることが出来るわけだ。他にもランクを上げる方法はある。高ランク異能者からの推薦とかがそうだな」
通常何の成果も実力も分からない一異能者がAランクの試験申請をしたとしても、通らないこともある。と言うより、普通通らない。試験を行うのもただではないのだし。だけど、Bランク以上の異能者からの推薦があれば、試験を受ける人の実力の証明になる。
実際僕が推薦すれば、一発で受かるでしょうね。もしかしたら試験をパスしてランクアップするかもしれませんし。
「そして推薦と言うのは、あくまでも薦められただけであり、そのランクに足る力量を持つのか、きちんと試験を行わなければならない。そして受かれば合格、と言うわけだ。不正した場合には、異能者の資格を剥奪されるからな。まあ、しないだろうが一応注意はしておくぞ」
不正と言うのは、試験官を買収したり、結果を改竄したりと言ったもの。過去にも何度そう言ったことが起こっているらしい。まあ、ハイランカーと言うのは、見栄えがいいですからね。
「っと、話を戻すぞ。お前たちには実力以外にも知識を付けないといけない。そのための学校でもある。ゲートの難度。出現するモンスターの種類や弱点。自分よりも格上だったとしても相性がよく、弱点をつくことが出来れば勝算はある。もちろんそんな事態にならないことが先決だが、それでもイレギュラーと言うものは、いつどこで発生するものか分からないのだからな」
確かに、一昨日とか本当そうですね。
C級ゲートなのにSランクのデュラハンとか、難度詐欺も大概にして欲しいレベルのイレギュラーです。僕だったから処分出来たものの、Aランクのチームをつぎ込んでもアレには勝てなかったでしょうし。
「と言うわけで今から低ランクの代表的なモンスターから教えていくぞ――」
「結局零は寝てましたわね」
「それは仕方ないと思います。前半だけでも起きていたことを褒めて欲しいです」
僕の記憶は、先生がモンスターのことを話し始めた辺りで途切れている。
「次の授業は移動ですわね。早く行きますわよ」
「はーい」
白奈さんに促されるようにして移動する。
次の授業は、異能についてです。訓練ではなく、どのような異能があるのかについて。向かったのは、『映像室2』と言う標識がある教室です。
ドアを開け中に入ると、巨大なスクリーンが真っ先に目に入ります。シアタールームと誰かが言っていましたが、確かにそう見えますね。少し小さな映画館のようです。
それから五分程経つと、席は満席になり、授業開始のチャイムと同時に女の先生が入って来ました。
「では白奈さん。終わったら起こしてください」
「ちょっと零!行く何でも速すぎますわ!」
僕の体を揺すりながら小声で怒鳴る白奈さんの声を聞きながら、夢の世界へと旅立つ。
「Bランクが付けられているモンスターの中に、『翼竜』と呼ばれているモンスターがいます。ゲームが好きな人は馴染みある言葉だと思います。ワイバーンですね」
「……んぅ……ふぁ」
目が覚め、ぼやけた視界のままスクリーンに目を移すと、翼を広げたトカゲが映っていた。前脚が翼になっているのは、進化したのか退化したのか元々そうなのか……まあ、どっちでもいいですけど。
「白奈さん白奈さん……どんな感じですか?」
「あ、起きましたわ。今はBランクの手強いモンスターについてですわ」
僕の言葉足らずな問いに、しっかりと答えてくれる白奈さん。
なるほど。確かにBランクの中では厄介な敵ですね。空飛ぶし。そこまで火力はないけど炎も吹くし。
「白奈さんもあのくらい倒せますよ」
「そうなんですの?……って、また寝ますの?」
ふぁあ……本当眠たいですね。
机に突っ伏しって目を閉じる。
次に目を覚ましたのは、教室でだった。
聞いた話によると、松田君が運んでくれたらしいです。それと少しほっぺが痛い。寝た時の体勢のせいかな?
それで今は数学の授業中……。
黒板には、わけも分からない数式が書かれており、僕にはそれが何なのか全く分からない。だいたい僕にはこんな授業必要ありません。数学だけでなく、国語も理科も社会も必要ないのです。あ、それと英語も。外国行くときのコミュニケーションは、花音が取ってくれますし、通訳もいるから大丈夫なのです。
「それでは……水篠さん。問3の答えを前に出て書いて下さい」
「ん?」
なんでこうも僕ばっかり当てられるのでしょうか?
「……つまらなそうな表情をしているからですわ」
横からボソッと白奈さんがそう言います。
「はい、先生。全く分かりません」
「……はあ、きちんと聞いていてください」
見た目はほんわかしているけど、そこはかとなく威圧感のある声で言う。
この学校の教師のほとんどがBランク以上の異能者のため、威圧感は普通の人間よりマシマシです。
怒られてしまいしゅんとした僕へ、クラスの皆が呆れたような視線を向けてくる。むう、納得できぬ。
だいたい最近忙しすぎたのです。
いきなり学校に行かされ、クワイテッドの生き残りが襲ってきて、休日を満喫しようとした時、あのアンデットのせいでそれもパー。全く不幸続きで困りますね。このままだと絶対にまた面倒ごとが近いうちにきます、いえ来るはずです。くっ、どうにか回避出来ないものでしょうか……。
「では白銀さん。答えて貰えますか?」
「はい――」
先生に当てられスッと席を立った白奈さんは、前に出てすらすらと問題を解く。
「正解です」
問題を解いた白奈さんは、澄ました顔で自分の席へ戻る。この程度の問題なんて簡単だ、と言うより、解けて当たり前のような反応。
「続いて34ページを開いて下さい」
それからも授業は滞りなく進んだ。
数学が終わり、次はお昼ご飯。そして昼休憩になりました。
いつものメンバーで食堂で話していると、見知らぬ男子生徒が数名近付いてきた。
「よお」
そんな軽い声で話しかけてきたのは、耳にピアスを開けたチャラチャラした生徒だった。
「誰ですか?」
「俺は二年の椎名真ってもんだ。ちょっと小耳に挟んでな。お前白銀家のお嬢と出来てんのか?」
白銀家のお嬢と言うのは、白奈さんのことでしょう。しかもそのことを白奈さんの目の前で言うとは、どういうつもりなのでしょうか?
「出来てる、とは?」
「ちっ、まんまだよ。付き合ってんのかって言ってんだよ」
「そんなわけないではないでしょう!僕たちの関係は、養ってくれる人と、養われる人と言うだけです!……まあ、その点で言うなら、家族とも言えますね」
僕が家族と言った瞬間、花音の目が細まり、白奈さんの頬が朱に染まる。松田君があちゃーと額に手を当て、しかし面白そうに僕たちを見ている。
対して椎名真と名乗った先輩は、こめかみを引き攣らせながら、拳をグッと握り締め、今にも殴りかかりそうだ。
「……チッ、なら決闘だ。それで白奈。俺がこの男に勝ったなら付き合ってほしい」
「気安く名前で呼ばないで貰えます?」
盛大に舌打ちしながらそんなことを言ってくる先輩。僕に決闘を……?ふふ、いい覚悟です。しかし続く言葉は頂けません。が、そんな先輩の告白は、告白以前に名前さえも呼ばれたくないと言う軽蔑する視線を向けられ、怒りのボルテージが更に上がっています。その怒りの矛先が僕に向かってくるのは、必然でしょう。解せませんが。
「いいでしょう!その決闘受けて立ちます!……花音が!」
「ふん!なら明日の……は?」
「は?」
先輩と白奈さん。そして、先輩のお連れの方々が「こいつマジ?」みたいな視線を向けてきます。
「もし花音に勝てたのなら、僕が直接相手をしてあげましょう」
「……こんな奴のどこが良いってんだ」
誰にも聞こえないようにそう言ってから、
「まあ誰でもいい。それでそっちは?」
「私はいいですよ。お兄様に挑むなど100年早いですから」
「しかも妹かよ……クズだな」
「クズだね」
「うん」
先輩とその取り巻きが言う。
失礼な。どこがクズだと言うのですか!
「いえ、自身の決闘を妹に任せる人なんてクズですわ」
白奈さんからも言われる。
くっ……ま、まあいいでしょう。とにかく決闘のことです。
「日時は明日の昼、場所は取っておく。時間に遅れるなよ」
「分かりました。ええ、準備しておきましょうとも!花音が!」
「このクズが」
捨て台詞、と言うか僕への悪口を言いながら去っていく。
それはいいとして……
「白奈さん。さっきの方お知合いですか?」
「……ええ、私は白銀家。彼はその分家です。椎名家の長男で、昔から言い寄ってくるのですわ」
全く困りましたわと息を吐く。
確かに白奈さんは綺麗ですからね。分家として近しい所にいたのなら、恋慕の感情を抱いても仕方ありません。
「今までは白奈さんは一人でした。しかし今はお兄様と仲良くしていることで、焦ったのでしょう」
「なるほど。ふふ、さすが僕。最初あった時はツンツンしていた白奈さんも、今では僕にデレデレです」
「誰がデレデレですか」
コツッと僕の頭を小突く。
まあ確かにデレデレは言い過ぎかもしれませんが、態度は軟化してます。いい傾向です。
「私は何度も断っているのですが……とてもしつこくて……かと言って強引な手を使ってくることもないので、こちらとしても……」
「ふむふむ。そこは紳士ということでしょうか。ただ白奈さんのことが好きなんでしょうね」
「私としては困っているので今回でキッパリと諦めて貰いますわ。なので花音、頑張って下さい」
「あなたのためになると言うことは遺憾ですが、お兄様の手を煩わせるわけにもいきませんので」
「頼みましたよ花音」
ポンポンと花音の頭を撫でる。ふふっと上品に微笑む花音の表情は嬉しそうだった。