第5話 ぼ、暴力はいけません!
僕の奇襲で仲間を一人失った敵が激昂する。
「貴様!」
「敵の口上を長々と聞くのは、漫画の中だけですよ」
「007!やれっ!」
引き攣ったような顔で大柄な人物に命令する。
007と呼ばれた人物はその巨体からは想像もつかない程のスピードで突撃する。
「これはっ……」
あまりの迫力に思わず驚いてしまった。さながら大型トラックが自分目掛けて突っ込んできているかのよう。実際僕目掛けてきているわけだけど……。反射的に氷壁を出す。
007は、僕の前に出現した氷壁を殴りつける。
それも一度だけでなく何度も何度も。
通常の攻撃では傷一つ効かない僕の氷が、その連撃により少しずつ、本当に少しずつだが削り取られていく。
その攻撃の正体は――
「衝撃波……いえ、空間振動ですか」
「クク、正解だ!貴様を――『氷の王』を倒すために生み出された殺戮兵器だっ!!!」
「僕の氷を突破するためには物理的な威力を極限まで高めるか、空間そのものに作用するような攻撃をするか……まあ、他にも色々やられましたが、まさかこんな方法を取るとは……」
僕は嫌悪感を露わに睨み付ける。
一度バックステップで距離を取った007は、グッと腰を低くし駆け出す。今度は先の突撃よりも格段に速かった。
「無駄です。たかが速い程度で僕が見失うことはありません」
「それはどうかな?」
男のニヤニヤとした表情が実に腹立たしいですね。
僕の右後ろに現れた007が掌底を繰り出す。攻撃のスピード自体はさっきのパンチよりも遅かった。でも、掌がぶつかった瞬間、ズシンッと空気が振動した。と、同時に僕自慢の氷壁が砕け散る。
「え……?おわっ!?」
「ふははははっ!貴様の能力は攻略済みだ!」
「ふふ、そうですか」
その言葉に思わず笑ってしまった。
どうやら僕の氷壁、その表面を壊した程度で浮かれているらしい。事実、パリンと言う子気味良い音が響いたけど、拳が僕の体に触れることはなかった。
「何!?な、なぜだ!」
「あれ?知らなかったんですか?僕の氷壁は何層にも分かれてるんですよ?」
「そんな情報はなかった!だ、だが何枚あろうと空間振動破の前には――」
「異能と言うのはそう都合のいいものではありませんよ。それも僕の異能を砕く程の出力を出しているのですから」
僕は氷壁に攻撃を加えている007に、氷壁から氷の刃を飛ばす。
攻撃の予兆を受け取ったのか、007は腕をクロスするようにして防御態勢を取る。しかも腕の周りの空間が歪んでいるため、異能による防御もしているのだろう。
氷刃は007の腕にぶつかると、あらぬ方へ飛んでいった。
「かなり面倒ですね。しかも人とは思えない魔力量……その実験は禁止されたはずですけどね」
「それは貴様もわかっているだろう?」
「ええ、とてもよく。そのためにどれだけの罪のない人々が死んでいったか……」
「ククク、『全人類異能者化計画』。非異能者を異能者とするための実験だ」
「そうです。異能者の血と肉、臓器移植などで非異能者に異能を発現させることを目的としたもの。非異能者と異能者の明確な違いは、魔力の有無。ただの人間に魔力を付加するなど、血管にマグマを流し込むようなものです」
異能を発動するためには、当たり前だけどエネルギーがいる。
火が燃えるために酸素がいるように。
スマホを充電するために電気がいるように。
対価となるエネルギーが必要なのです。それが異能の場合は『魔力』と呼称された未知のエネルギー。
非異能者には魔力がない。2や3といった少ないわけではなく、完全に0。全くないのだ。そんな常人に魔力と言う異物を無理やり入れることがどれだけ危険なことは分かるでしょう。
最悪肉体がドロドロに溶ける、または一生ものの障害、記憶の混濁や喪失。様々な症状が現れた。それにより非人道的だと言う意見が増え、全世界で禁止された。
「だが我らにそんな道理が通るとでも?」
通らないでしょうね。だって犯罪者だもん。人の命なんて、道端の石程度と思っているような連中です。しかし、どれだけやる意思があっても材料がなければ実験出来ない。
そこで、僕が嫌悪感を感じる理由が出てくる。
「モンスターを使いましたね?」
「……ク、クク……クヒャヒャヒャヒャハハハ!正解正解大せーかいっ!人がいなくなれば問題になるが、化け物共がどれだけいなくなろうとも誰も気にしない!?」
「モンスターの魔力などを無理やり合成しましたね。言うなればキメラでしょうか。反吐が出ますね」
「貴様に言われるとはな。無垢な人間を何千何万と殺した貴様に」
僕が軽蔑の表情を向けると、相手も同じ視線を向ける。
確かにそれを言われると僕としても反論できない。世間では称賛され、褒め称えられている『氷の王』だけど、日本以外では恐怖の象徴として知られている国も少なくはない。
「その顔はっ」
「ククク、気付かれたか」
ニヤァと笑った。
007のフードが裂け、その全貌が露わになる。
007の体には至る所にツギハギの痕があり、両腕は肘から手にかけて真っ赤な皮膚をしている。そして血のように赤い濁った瞳。額には二センチ程の突起。角と呼ばれるものだった。
「オーガの移植。しかしオーガにはこんな能力はありません。となると――」
「お兄様」
「はい、異能者ですね」
花音が震える声で僕を呼ぶ。
花音が言えなかった続きを僕が引き継ぐ。
そう、こともあろうにこ奴らは異能者を実験に使ったのだ。
異能者の魔力総量は生まれた時から決まっている。10が11、12になることはあっても50に増えることはない。ゲームではないのだからレベルアップで増えることもない。
過剰に注ぎ込まれた魔力によって肉体に負荷が掛かり、007の肉体が悲鳴を上げていることが分かる。それをオーガの肉体を移植することでギリギリ持たせている状態。長くは生きられないでしょう。意思を奪い、主の命令を忠実にこなすだけの奴隷。
「化け物の魔力は俺たちとは違うらしい。百もいたのに、残ったのはたったの二体だけだった。だが、その価値はあったな。命令だ。全力を以て目の前の敵を排除せよ」
そう言われた瞬間、もはや人の叫びではない咆哮を上げる007。
全身に血管が浮かび上がり、放出している魔力が膨れ上がる。あまりの気迫にただでさえ大きい体が一回り大きくなった気がする。
「確かに強いのでしょう。短時間なら最低Sランク以上の力を出せるのでしょう。しかし――」
「ッ――!!!」
高速で動き回っていた007の姿が止まる。
「僕の能力は氷を操るだけではないのですよ。あまり知られていないのも無理はありませんけど」
「どうした!?007!なぜ動かない!?」
「全身の血を凍結させました。ついでに魔力も。これで一切魔力は使えなくなりました。これでその体を動かすことも魔力を扱うことも異能を使うことも出来なくなりました」
「そ、そんなわけあるかぁぁぁあああああ!!!!」
もはや絶叫だった。
頭を掻き毟り、地面を蹴りつける。ブチブチと抜けた髪が地面に落ちる。
「氷を操る能力の他にも凍結させる能力もあります」
「な、ならお前の……お前の異能はなんなんだ!?」
発狂したように金切り声を上げ、僕の異能の詳細を問う。
「ふふふ……ひ・み・つ」
「――――ッッッ!!!」
僕の茶目っ気たっぷりの返しに、額に青筋を浮かばせ、目を充血させながら怒りを爆発させる。
なんて品の無い。僕の可愛さのあまりメロメロになってもいいはずなのに、怒り出すなんて。カルシュウムが足りてませんね。
「カルシウムですよ。お兄様」
「……なぜ僕の考えが分かったんだい?」
「お兄様は顔に出やすいですから」
「ど、どこまでも馬鹿にしやがって――」
男の言葉は最後まで続かなかった。
冷気が男の首を撫で、赤い線が浮かび上がると同時に、首が落ちた。
「今回はかなりの収穫がありましたね。あの実験の成功例があるとは、その情報が広まれば動き出す者たちが出ますね」
「お兄様、大丈夫でしょうか?」
花音が不安そうな表情で僕を見る。その頭を撫でながら出来る限り優しく言葉をかける。
「大丈夫です、花音。花音だけは守りますよ。絶対に」
「はい、信じております」
うっとりとした表情で呟く。
僕はいつまでも撫でていたいと思うような花音の頭から名残惜しくも手を放す。
「学校の方には……被害はないようですね。こっちの氷壁は防御力よりもバレないようにしたため少し不安でしたが」
「お兄様、早くお戻りにならないと、先生方に怪しまれますよ」
「そうですね。そろそろ戻りましょうか。ですが、その前に」
僕は007のもとに向かう。
手を翳し、能力を使う。ピキッと音と同時に全身が氷漬けにされる。もう一人の首なし死体も同じように凍結保存する。
007の体は血を凍らせたけど、それまでにかかった負荷のせいでボロボロ。いつ崩壊が始まってもおかしくない状態だった。そのための処理を施した。もう一人は、めんどくさいからまとめてやろうと思っただけで、決して当てつけではないです。
「さて、この人たちは校長先生に任せましょうか」
「お兄様、急ぎますよ」
「ちょちょ、待って!待って花音!引っ張らないでください!」
校長先生に連絡をして氷漬けの死体はグラウンドの隅っこの方へ吹き飛ばしておきました。一仕事終えた僕は、息つく暇もなく花音に引っ張られ、教室に戻る。
教室に戻った僕は、クラスの「うんこ長かったね」と言う不名誉な視線を受けることとなった。
みんなを護ったと言うのに……解せぬ。
♢ ♢ ♢
ここで少しだけ学校がある人工島のことを説明しよう。
人工島の中心にあるのが学校の校舎。
西部にあるのがこの人工島に来るための駅があって、南部にあるのが施設。何があるのかは僕も知りません。北部にあるのが森。強化柵に覆われ、モンスターが放し飼いにされているらしい。まだ行ったことがないからどんなモンスターがいるのか知りません。そして東部にあるのが訓練棟など異能に耐えれる建物類。
異能の授業や体育で使って、僕が確かめた限り、最高品質の防護壁で作られているみたいだった。
そして僕は、訓練棟にいた。
もちろん授業で来ていた。そしてここには、別クラスの花音もいる。
「さて、これから一対一で模擬戦を行って貰う」
特に誰とやれ、とは言われていないため友達とやる人が大半だ。かくいう僕も白奈さんと模擬戦をやろうと声をかけようとした瞬間、割り込むようにして花音が声をかけてきた。
「お兄様。私とやりましょう」
ぞろぞろと男女を引き連れて。と言うより、勝手について来ているっぽい。
むっ、僕の花音ですよ!しっしっ。
「ダメですわ!零は私とやるんですわ!」
「白奈さんは引っ込んでいてください。お兄様のお世話は妹である私の務めです」
「譲りませんわ!」
「関係ない人は引っ込んでいてください」
「か、関係ならありますわ!零は……零は、私にとって」
「行きましょう、お兄様」
僕を取り合って言い合っていた花音と白奈さん。
ふふん、どやあ。僕のモテっぷりに嫉妬するがよい!
周りの嫉妬の視線を受けて悦に浸りながら、恥ずかしがってテレテレしだした白奈さんを放っておいて、花音と空いている場所に移動する。
僕は木剣を構える。
そうなのだ。異能異能と言っておきながら今の授業は、剣術なのだった。
異能者にとっての武器は必ずしも異能だけとは限らない。異能者は魔力の恩恵で身体能力が非異能者より高い。そして異能者の全てが攻撃系の異能ではない。身体能力の倍加などもあり、そういった人は攻撃する別の手段を取らなければいけないのだ。
よって、この学校でも『剣術』『槍術』『体術』と言った武術系統の授業もあるのだった。
「行きます」
「かかって来なさい!」
花音が勢いよく踏み込み、攻めてくる。
上段からの振り下ろしを僕は横に寝かせた木剣で受け止める。
「ちょっと!強い!強いです!」
「はっ!」
一撃ごとに痺れる程の衝撃が僕の腕を襲う。何とか受け止めるけど、徐々に押されていき、頭に良い一撃を貰ってしまう。
「いったああああああああああ!?」
「大丈夫ですか、お兄様!」
僕は木剣を放り出し、頭を抑えながら蹲る。
花音は、自分でやったことなのに慌てたように駆けつけてくる。
「あらあら、大変ですわ!ここは私が保健室に連れて行きますわ!」
いつの間にか僕の隣にいた白奈さんがたんこぶになったところを優しく擦る。
そんな白奈さんの胸元に涙目のまま抱き着く。
「ぅぅ、ぅ……痛いです。白奈さん。もっと、なでなでしてください」
「よしよしですわ。全く、貴方の馬鹿力で叩きつければ、最悪零の頭は粉々ですわ」
そんな白奈さんの台詞に僕は、彼女の甘い体臭を嗅ぎ、柔らかい感触を感じながら青褪める。
実際、花音は手加減していた。鋭くもない木の剣での攻撃と言えど、花音が本気で振るえば、僕の頭部はぺっちゃんこ。真っ赤な花を咲かせていたことだろう。
花音の目元がヒクつく。
「そこをどいて下さい。白奈さん」
「今連れて行きますわ」
花音を無視して僕を抱き抱える。所謂お姫様抱っこ……逆じゃないですかね?
花音の目元がピクピクと痙攣する。漫画なら花音の額に怒りマークがついていることだろう。
「ッ!……何をしますの?」
「ぶぎゃ!?ぐぅぅ、酷いです。二人共……」
白奈さんの背後から斬りかかった花音の斬撃を白奈さんが剣で受け止める。その時僕は放り出された。花音の攻撃を片手で受けることは難しいとこれまでの経験で分かっていたからだ。
にしても、放り投げられた僕は、頭とお尻が凄く痛い。
そんな僕などお構いなしに花音と白奈さんは斬り合っている。
「お兄様を介抱するのは私の権利です!」
「誰がそう決めたんですの!」
「私が決めました」
「なら、私がしても構いませんわね」
花音の攻撃が一層激しくなった。しかしそれでも白奈さんの防御は崩せない。
異能を使ったら別ですが、花音が剣術で白奈さんに勝つことはほぼ不可能です。なぜなら、『白銀家』は、『剣聖』の家系と言われ、剣に関する異能者を輩出してきた家門だからだ。
花音の突きを下から斬り上げることで防ぎ、そのまま斬りつける。花音は横にステップを踏むことで避ける。中段に構えた花音の木剣が魔力を帯びる。
(まだ痛いです、頭がぁ……それにしても白奈さんの才能は飛び抜けてますね。何度見ても美しい剣舞です。花音も強くなっているはずですが、後一歩及ばない感じですね)
この場合は花音が白奈さんより弱いわけではなく、白奈さんの剣術が恐ろしく凄いというだけ、花音の実力も桁外れだ。
この場にいる生徒の全てが二人の戦いに見惚れている。先生すらもそんな生徒たちを注意することなく、集中しながら見ている。それほどの剣戟だった。
(さて、今のうちに……)
こそこそと這うようにしてその場から逃げる。
すると首根っこをガシッと掴み上げられた。
「どこにいる?水篠」
「あ、え~と……頭が割れるように痛いので、そのぉ……保健室に」
「そうかそうか。では、俺がついていってやろう」
「え?い、いえ、一人で大丈夫です!」
僕を引き留めたのは先生だった。
ちくしょう!見惚れていたのですなかったのですかっ!?僕のことなど放っておいて構わないのに!
それに先生に付き添われればサボタージュ出来ないではないですか!!
「うひぃ!?」
逃げようとした僕の目の前に木剣が刺さっていた。
ギギギ、と錆びた人形のように固い動きで振り返る。
そこには黒い羽根を広げたと錯覚するほどのオーラを放った天使がいた。一人は我が妹、もう一人は白奈さん。
「あ、あのぉ……ちょっと、落ち着きませんか?ぼ、暴力はいけません!ダメですよ?本当にダメですよ!?だ、だから待って!本当に待って!うぎゃああああああああああああああああああ!!!」