第4話 話は三十字以内に簡潔にお願いします
「あたたたっ……」
「もう、お兄様ったら何をしているのですか」
僕は花音に支えられるようにして歩いていた。
こうなったのも全てあの教師のせいである。
廊下に立たされていたせいで、もう足がぱんぱん。横になって休みたいくらいだ。しかし、それは出来ない。と言うのも、今まさに家に帰っている途中なのだ。
「うぅ、痛いよぉ。花音、おぶってください」
「ダメです。後少しではないですか……あら?」
家までの距離数百メートル。しかし僕にはその距離が果てしなく長い距離に感じていた。
花音が家の玄関の方を見ると、可愛らしく首をこてんと傾げながら、歩みが少しだけ遅くなる。
「よ、よし、少し休憩しましょう。ふう……あ、ちょっ」
「お客様のようですね」
「へ?ああ、あの人ですか。めんどくさいですねえ。今日はもう寝たいのですが……」
家の前に止まっている黒い高級車を見て、僕は思わず重たいため息を吐いた。
♢ ♢ ♢
「どうぞ~」
「ありがとうございます」
母上がお茶を淹れて持ってきた。
僕はテーブルを挟んで座り、お茶を飲んでいる目の前の男性を見る。
「……零殿。今日はお話が――」
「ちょっと待ってください。今日の僕は、とても疲れています。それはもう、疲れています。なので、面倒ごとは勘弁です」
「零。佐山さんが困っているでしょう?お話くらい聞いてあげなさい」
「むう、母上……」
佐山さんの言葉を遮るようにして先手を打った僕だったが、母上に諭され強引に切り上げることが出来なくなった。
佐山さんと言うのは、日本政府の重鎮。かなりの権力を持つ人物の一人だ。佐山さんと僕との関係は、簡単に言えばビジネスの関係だ。ここまで言えば、馬鹿でも分かるだろう。何を隠そう、佐山さんはとにかく面倒ごとを持ってくるのだ。
「母上に免じて、少しだけ聞いてあげます」
「ありがとうございます。それでは……『クワイテッド』が動き出しました」
「は?」
また面倒ごとかと思ったけど、その名を聞いた瞬間、ポカンと口を開いて呆然としてしまった。
『クワイテッド』。凶悪な犯罪集団の名だ。
しかし問題はそこではない。異能者と言うのは、銃や爆弾を持ち歩いているようなもの……そんな力を持った人の全てが善なる行い、つまりモンスターから人類を護るためだけに異能を使うとは限らない。中には異能を使っての犯罪を行う者も少なくないのだ。
そして僕が驚いたのも犯罪集団だからではない。僕が驚いたのは、かつて全滅したはずの組織が動き出したなどと聞いたからだ。――正確には全滅させただけど。
クワイテッドとは、一人の盟主の下に極悪な異能者が集まり合って出来た犯罪組織。その名を騙る愚か者もいますが、クワイテッドの構成員は総じてレベルの高い異能者なのだ。そんな犯罪集団は、僕の逆鱗に触れたがために完膚なきまでに滅ぼされたのだった。
「復活……したのですか?」
「はい。盟主以下幹部クラスは零殿により消滅させられております。しかし、下っ端数人は生きていたようです」
「いえ、あり得ません。僕が見逃すはずが……あっ、そう言うことですか。あの場にいなかったのですね?」
「正解です」
さすがの僕も地球を丸ごと滅ぼしていいのなら簡単だけど、地球上に散らばった者たちを探し出すのは難しいすぎる。そのため、クワイテッド殲滅戦の時は、一ヵ所に集まったところを襲撃したのだけど、その場にいなかった者がいたと言うことなのだろう。
「零殿が学校に行き出したことは理解しております」
「……情報が早いですね」
僕と花音の学校への編入は、校長先生による独断によるもの。普通なら僕の家族と校長先生だけしか知り得ない情報のはずですが、この人ならば、あり得なくもない。
「はは……零殿の警護も我々の任務ですので」
「監視の間違いでしょう」
「……こほん。それで、クワイテッド……新『クワイテッド』と言いましょうか。零殿が異能者育成学校にいると言う情報を掴んだようです」
「なるほど。襲撃があると言うことですね」
「その通りです。下っ端と言えど、学生では対処できないでしょう。それにあそこには、五大家の者がいますから……」
苦笑しながらそう言う佐山さんだが、その目は真剣だ。
「でも、校長先生がいるでしょう?」
「真田氏でも生徒を護りきるのは難しいでしょう。最悪生徒の数人でも殺して零殿の正体を知らしめるだけで、こちらは甚大な被害を被ることになります」
「厄介ですね」
実に厄介だ。
確かに校長先生はSランクの異能者として恥じることがない実力の持ち主だろう。しかしだからと言って、生徒全員を護ることは出来ないだろう。
僕の悪評、未来ある若者を見殺しにしたと噂が広まれば、『氷の王』としての評価はダダ下がりである。もちろんそんな評価自体どうでもいいのですが、そのことを知った花音が怒り散らかし一般人を皆殺しにするかもしれない。
「……いつ頃なのですか?」
「早くて明日には来るでしょうから、どうかお願いします」
テーブルに額をくっつけるように頭を下げ、お願いしてくる佐山さん。
「まあ、僕もあの学校は意外と気に入っています」
「お兄様が気に入っているのは、白銀さんでしょう」
「……教師も優しく」
「授業中寝るので、先生から私から注意して欲しいと言われています」
「…………お勉強も楽しく」
「全く理解していないようですけど」
「ちょっと花音!なんですかその合いの手は!」
花音の方を向き、大きな声で抗議する。
花音はスンッと目を瞑って顔を逸らす。
「ま、まあ、とにかく僕としても気に入っているので、出来る限り護ることにしましょう」
「それで十分です。感謝します。お礼と言っては何ですが、こちらを」
「うおおおおっ!これは、高級肉の詰め合わせではないですかっ!母上~~~!!!」
「は~い。零、どうかしたの?」
「今日は焼肉にしましょう!」
「零よ!俺の分もあるだろうな!?」
父上がリビングに顔を出し、顔を輝かせながら言う。
「お義母様。お手伝いします」
「あら~、じゃあお願いね」
「はい」
「佐山さんも食べて行ってくださいね」
「では、お言葉に甘えて」
「ねえ!俺の分、あるよね!?」
父上の見苦しい態度は華麗にスルーされる。
うちの力関係は父上が一番下なのだ。一番上はもちろん母上である。
「そして零殿個人へのお礼と致しましては……」
そう言いながら見るからに高級品と分かるバックの中から小包を取り出す。
丁寧な包装がされている。
「これは……!」
「以前欲しいと仰っていらしたので、まだお持ちでなかったですよね?」
「そうですね。なぜ、僕が持っているゲームを把握しているのか、この際問いませんが」
大方花音辺りに聞いたのだろう。花音は僕のことに関して、僕以上に知っているのだ。いや、何で知ってるの?ってことも、なぜか知っているのだ。
貰ったゲームを見ながら嬉しさを感じながらも、釈然としない気持ちで受け取る。
ま、まあ、嬉しいですし、欲しかったですし、文句は言うまい。
(しかし、クワイテッドの生き残り……ですか。また、花音に手を出すようなら、今度こそ確実に滅ぼしてあげます)
♢ ♢ ♢
次の日、珍しく早起きした僕は、学校へ行き校長先生の許を訪れていた。
そして、昨日佐山さんから聞いたことを校長先生に伝えていた。
「そうですか。それでは警戒態勢を――」
「いえ、今回は僕が片を付けるので大丈夫です」
「う、うおおぉぉぉおおっっっ!貴方様の戦いが身近で見られるとはっ……!」
涙を流し出した校長先生に引きながら、言いたいことを言う。
「と、と言うわけで、僕がやりますから手を出さないでください。そして、教師にもこのことは伝えないでください」
「……ふう。分かりました。確かにクワイテッドが攻めてくるなどと聞けば騒ぎになりますな」
異能者を教育するための学校なので、教師も異能者である。しかしだからと言って全員が戦闘向き、更に強いわけではなく、どっちかと言うと、戦いに向かなかったがために教職に就いた者や怪我が原因で引退した者などが多い、らしい。
どこからか取り出したハンカチで涙を拭きながら、納得する。
「基本的に校舎に被害が無いようにするつもりですが、相手次第では大規模な攻撃をするかもしれません。その時の対処はお任せします」
「はい。任せてください」
校長先生に頼んだ四時間後。
つまり三時限目の途中。この日、一時限目も二時限目も一切寝ず、襲撃に備えていた。
「先生。お花摘みに行きたいのですが」
「あ、ああ。そうか。行ってきなさい」
「ありがとうございます」
手を挙げ、席を立ち、先生に丁寧にトイレに行きたい旨を伝える。
すると、驚いたかのように一瞬言葉に詰まったが、すぐに反応を返す。僕のいつになく真剣な眼差しに気圧されたかのようだった。
クラスのみんなも僕が席を立ち出て行くのを黙ってみていることしか出来なかった。あの白奈さんも怪訝な表情をしながらも何も言わない。
(すみませんね、白奈さん…………さて、お客さんのご来店ですね)
僕はまっすぐ進み、途中で足を止める。
「お兄様」
「花音ですか」
「私もお供します」
「ダメ……と言っても無駄でしょうね」
「はい」
この妹は僕のこととなると頑固なのだ。いったい誰に似たのでしょうか。
「ついてくるのはいいですけど、手は出さないでくださいね?」
「お兄様の邪魔は致しませんので」
「なら結構」
外に出て、校舎とグラウンドに線を引くように極薄の氷壁を創る。これで生徒からは外の様子が見えない。僕たちがどれだけ激しく戦おうと生徒がそれに気付くことも見ることも出来なくなる。
「勘の鋭い人なら気付くかも知れませんけど……」
「お兄様」
花音が僕のことを呼ぶ。いつもと変わらない声だが僕には分かる。その声に硬さがあることを。
花音にとっても苦い思い出なのだ。あの出来事は。
「はい、来ましたね」
僕は校門の方に目を向ける。
一陣の風が吹き、砂埃が立つ。
無風なのに。
「氷ノ王、見ツケタ」
聞き取りにくい声で喋ったのは、ローブを着た中肉中背の男。ただその顔の右半分が焼け爛れたかのようにぐちゃぐちゃで、ピクピクと痙攣している。
「我らの悲願の邪魔をした貴様を許さない」
そう言ったのは火傷男の隣にいた人物だ。
僕の方を殺気交じりに睨み付けながら今にも飛び掛かろうとしている。
もう一人は、正直分からない。
体格はお相撲さんを二回り以上大きくした感じで、気配が人間ではない。深く被っているフードのせいで顔は見えないが、僕への殺意だけはピリピリと感じる。
「あなたたちですね。新生クワイテッドを名乗っている人たちは……」
「貴様が邪魔したせいで、我々は瓦解した」
「それはあなたたちが僕の花音に手を出したからですよ」
僕も怒っているのだ。花音は特別なため、その事実を知った者は花音を何が何でも手に入れようとする可能性がある。実際、旧クワイテッドはそうした。だから潰した。
「また性懲りもなく花音を狙いに来たのでしょうけどそうは――」
「そんなことはどうでもいい」
「ソウダ。我ラハ貴様ヘノ復讐コソガ望ミ。アガレスノ意思――」
「何っ!?」
敵の驚く声を出す。
なぜなら僕が氷漬けにしたから。僕が指を鳴らすと、火傷男を閉じ込めた氷塊が粉々に砕ける。
「長い、長いです。話は三十字以内に簡潔にお願いします」