1-9 人類の脅威
黒い能力者は軽薄な口調で、当然の如くどうしようもなく理不尽な理由をたたきつける。
「なっ、に?」
あまりの不条理な理由に一瞬、そのことに怒りを覚えるのさえ忘れてしまう。
「この世にはなぁ、駆逐すべき超能力者っつーのがいるんだとよォ。ァん? 害悪なんだとよォ。ンだからァ、こうして駆除すんだとよ」
黒い能力者は饒舌に語る。
「お前、何言ってやがる。超能力者だから殺すだと? 害悪だと? そんなこと誰が決めたんだ。超能力者だって必死で生きてる同じ人間だろが」
日々の生活費に困ったり、テスト勉強に悪戦苦闘したり、友人と遊びに出かけたりする。
超能力者だろうと常人だろうと同じことに、悩み、苦しみ、喜び、怒り、哀しみ、楽しんでいるのだ。そんな同じ人間に対する非情な発言に怒りがこみ上げる。
「ァん? 知るかンなこと。テメェだって家畜に伝染病が見つかっちまったら淘汰することに口挟ま無ェだろうがよォ。それと同じだァ、ァん? 害あるもんはなァ、とっとと淘汰しちまうんだよ」
黒い能力者には人を殺すことに何の躊躇いも後ろめたさも感じない。それどころかこの世に害ある超能力者を殺すことに、一種の義務感を持っているようにさえ感じる。
家畜の淘汰を任された家畜保健所所員のような。戦争で敵兵の殲滅を言い渡された兵士のような。そんな気配すら感じる。
「お前、本気で言ってんのか? なにが淘汰だ」
「恨むんなら、そんな超能力者として生まれてきてしまった運命でも恨むんだなァ」
「お前だって超能力者じゃねえのかよ」
黒い能力者に言い返す。理不尽な理由で殺すのだと謳うこの黒い能力者こそ、久徳にとっては害悪に見える。
「ァん? 確かにオレは超能力者だがなァ。超能力者っつっても色々区分があンだよ」
「種類だと?」
「テメエらには馴染みはねーだろうがなァ。最も危険視されてんのはアルファベット持ちか」
一般人である久徳たちには超能力者の区分という意味がよくわからない。一般的にみれば能力者か非能力者かというが大きな区分であるし、区分が必要になるほど多くの超能力者とかかわることもない。
しかし、一部の超能力者を研究する組織や超能力という超常を用いて生業とする者の間では、その区分は広く知られ、重要視されている。
「HESPERIDES――黄昏の女神、黄金の林檎が実る木の番人。そう名乗る連中がアルファベットで呼び分けてるっつー、能力を使うだけで周りの生命を費やす、人類の脅威になる能力者のことだ」
生命を費やす、という言葉に不気味な雰囲気を感じる。
状況から考えて黒い能力者は彩里を襲っていたはずだ。しかし、見た感じ彩里の能力は念移能力のはずだ。それが人類の脅威になる――生命を費やすものだとは思えない。
「ァん? なんだァ、その顔は。ああ、そこのガキの超能力はテレポートだもんなァ。そんな危険なものに見えねえてかァ?」
久徳の内心を見透かしたように黒い能力者は続ける。
「奴らはそこに執着してるがなァ、オレ等はそれ以外の超能力の可能性も考えてんだよなァ」
「能力者の可能性だと?」
「そのガキで言えばテレポートだがなァ。触れたものを一緒にテレポートできるつーことはよォ、地球ですらテレポートさせられるかもしれねーよなァ」
それは仮定だ。もしも地球ごとテレポートできるのであれば、それは全人類――いや地球に生きる全生命の脅威だ。公転軌道が外れるだけで、多くの生命を育んできた地球の気候は大きく崩れる。それが何を意味するかは、太陽系の他の惑星を見れば明らかだ。
可能性というにも荒唐無稽かもしれない。しかし、多くの事柄を超常の二文字でかたずけられる超能力というものの底を断言することは誰にもできない。
人は分からないことに一種の恐怖を覚える。心霊現象などがその一端だ。
過剰ともいえる超能力の可能性への妄想は、その極地の一つだろう。実際にできるかということではなく、できそうだという想像力が恐怖と憎悪を増強する。
「そんなこと出来るわけないだろ」
「ァん? なんでそう言い切れる? 超能力の可能性なんてテメエなんざには――、」
「そういうことを言ってんじゃねえ。テレポートっていう超能力が、実際どこまでのことができるものなのかわからない。それでも彩里がそんなことをするわけがないっていうことは分かる」
黒い能力者に追い詰められている状況をみれば、地球を転移させるようなふざけた能力を発揮するとは思えない。しかし、それはあくまで今現在の話しだ。将来その能力がどのように成長するかは久徳にはかり知ることはできない
それでも、久徳には自分の知る天花寺彩里という少女がそんな能力の使い方をするとはとうてい思えない。
久徳の知る彩里は、馬鹿な兄を諫め、自分のことを慕ってくれる、少しばかり内気なただの少女なのだ。万が一、念移能力にそんな力があったとしても、そんな危険な能力の使い方を彩里がするわけがないと。それだけは言いきれた。
「ァん? テメエは何で鍵っつーもんが何であるか知ってるか?」
「は? 鍵? そんなこと、盗まれたり勝手に入られたりしないためだろ」
黒い能力者のいきなりの話題に、久徳は戸惑いながら答える。
「確かになァ、結論としてはそーなるが、何で鍵がかかってると盗まれないか考えたことがあるのか。ァん?」
久徳の答えをあざ笑うでもなく、ただ愉快そうに黒い能力者は続ける。
「テメェはもし家の鍵をなくしたら、二度と家に入んねーのか? ァん?」
「それは――、」
言いかけて、黒い能力者が言おうとしていることに気づく。
「いくら厳重に鍵をかけようとなァ、複雑な鍵に変えようとなァ。それを壊すなり溶かすなりして開けることは出来んだよ。鍵はつーのは、物理的に守るための防具じゃねー、心理的に守るための枷なんだよなァ」
鍵を壊すにしても、こじ開けるにしても、そこには相応のリスクが生じる。解錠するのに時間がかかればそれだけ見咎められる可能性も増すし、相応の痕跡を残すことにもなる。それ以前にも解錠のための道具や知識を得ること自体を手間と思う者もいる。
鍵といういのは、そういった面倒という感情を抱かせることで心理的に盗難や不法侵入を防ぐものだ。
「だからこそ完璧じゃねー。物理的に可能な限り、それは起こりうるんだよなァ」
いくら心理的な枷を設けても、そのリスクを利益が上回れば、リスクを考えるだけの余裕がなければ、その枷は簡単に外れる。後に残るのは物理的に攻略可能な鍵だけだ。
彩里がどれほど道徳的な人間だったとしても、常識的な判断を持っていたとしても、彩里の精神状態が危うい方向へと揺れないという保証はない。判断力不十分な状況下で第三者に利用されないとも限らない。
それは確証のない仮定の話だ。だが、そういった不安要素が考えられることこそが黒い能力者を動かす原動力なのだ。
「するはずがねーだの、そんな奴じゃねーだの、オレ等はそんな不確かなモンに安全を任せねえ。危険の可能性を排除するっつー物理的な方法で完全な安心を手に入れる」
オレ等、という発言に、黒い能力者の思想が、彼一人のものでないことが伺える。だが、そのことを考えるよりも先に、しびれを切らしたように黒い能力者が吠える。
「ンなわけでェ、ささっと落っ沈でくれっかなァ」