1-8 不壊 vs 加速能力
「――っく」
久徳は喉を焼く熱と衝撃に咳き込みながら、砕かれたブロック塀の中から立ち上がる。
ふらふらと立ち上がった久徳の手にはコンクリート片が握られている。超能力者相手には心もとない武器だが、単なる高校生である久徳にとってはこのくらいしかできない。
通常なら逃げる他ないだろう――逃げ切れるかは別にして――。
状況は全く分からない、しかしながら知り合いの少女が目の前にいる状況で、少女を残して逃げるという選択肢は存在しない。
「っんのやろう」
相手の正体わからない、攻撃された理由もわからない。憤懣を吐き捨て、手に持ったコンクリート片を思い切りの力を込めて投げつけた。
投げられたコンクリート片は勢い良く飛んでいく。
対して黒い能力者は動かない。
コンクリート片が黒い能力者に届く直前、それは黒い能力者の眼前で赤い塵となって消し飛んだ。氷を熱した鉄板に当て付けたような蒸発音と膨張した空気が漏れる甲高い音、そしてコンクリート片が破裂する炸裂音を響かせて赤い火花が散る。
「あン? 何だァ、テメェ」
初めて声を発した黒い能力者の声は、気性の荒い若者のような軽薄で荒っぽいものであった。依然として久徳を直視する黒い能力者の両手は、火花のように赤く光りやはり高熱を放っている。
久徳は力いっぱいにコンクリート片の端を踏みつける、コンクリート片は足の甲に乗るように弾き上げられ、さらにソレをリフティングの要領で蹴り上げて片手で掴み取った。
再度、そのつぶてを投げつける。
先ほどよりも勢い良く飛んだコンクリート片は、今度こそ黒い能力者に届くかと思われた。しかしそんな希望をあざ笑うかのように黒いヘルメットの眼前で赤い火の粉と化して消し飛ぶ。
「ァん? ンな石っころ俺に届くわきァ、ねえよなァ」
一撃必殺の攻撃に、何でも無いように立ち上がった久徳に驚いていた黒い能力者は、しかし緊張の糸が緩んだように打って変わって饒舌になった。
コンクリート片を投げつけるだけという単純な攻撃に、自身が絶対的有利にあるということを再確認したためだ。
「テメェが投げた石っころナンてぇもンはなァ、ァん? 一瞬で粉々なんだよ」
黒い能力者のやったことは単純だ。ただ飛んできたコンクリート片を殴りつけたのだ。
空気摩擦により灼熱を放つ拳打が、瞬きの間に手の指では到底及ばない数でコンクリート片を襲う。
コンクリート片は吹き飛ぶ間もなく無数の拳打のその熱に燃焼し、その打撃に炸裂した。傍から見ればコンクリート片が自然消滅したようにも見える。
飛び散った火の粉が熱を失うよりも早く黒い能力者は姿を消した。
刹那、黒い能力者は久徳の眼前に現れる。
黒い能力者が先ほど立っていた方向から一直線に地面が焼けたように煙が立ち上る。眼前の黒い能力者から久徳の体に夏の暑さなど忘れてしまうほどの悶々とした熱気が流れてくる。
久徳にできたことは瞳孔を眼前に合わせて広げることだけだった。
息を漏らす暇もなく、声を発する間もなく、久徳は高熱高速の拳打を十四発撃ち込まれ再びコンクリート塀へと吹き飛ばされる。
(まただ──、)
黒い能力者の疑念は深まる。
拳打が久徳の体を貫くでもない、久徳の体を焼き尽くすでもなく、ただの衝撃としてしか伝わらない。拳には、大型トラックの重厚なタイヤを殴ったような、鈍い感触が残る。
そしてたとえ、貫けなくとも、焼けつくせなくても、塀が砕ける勢いで衝突すれば生きているはずがない、高層ビルから飛びおりた時の様にあっけなく死ぬはずだ。本来なら塀が砕けることもなくぶつかった人物の方がつぶれているはずだ。
だが二度の衝撃に崩れ落ちた塀の砂煙の立ち込める中、不死身のヒーローのように久徳はゆっくりと立ち上がった。
ゆらゆらと立ち上がりながら、あまりの衝撃に、鈍痛に叫び、のた打ち回りたくなるのを堪え、黒い能力者の前に姿を現そうとする。
自分が立ち上がっていく限り、彩里に攻撃の矛先が向くことはないだろう、と感じての行動だった。
現状は全く理解できないがそれだけは直感的に理解していた。目の前で困っている人を助けたい──たったそれだけの理由で久徳は立ち上がるのだ。
目の前にいる黒い能力者は加速能力者だろう。
久徳は黒い能力者が、痕跡を残して直線的に高速移動する様子からそう推測する。
加速能力は、超人的ではあっても超常的ではない能力だ。
しかしその加速するだけの能力にさえ、久徳には対抗手段がない。
「困ってる人を助けるってか、全く情けねえ」
立ち上がる久徳は、自分の無力さを恨む。
助ける助けると言葉で言っても、目の前の黒い能力者に対抗する術もなくこうやって立ち上がることしかできない。
「何で、こんなことしてんだよ」
久徳は問いかける。
正面から黒い能力者に対抗することはできない。攻略方法でも交渉材料でも、少しでも情報を集める必要がある。
しかし、そんな久徳の思惑など関係なしに理不尽な答えが返ってきた。
「ァん? ンなこたァ、決まってんだろォ。テメェらが駆逐すべき超能力者だからだろォがよォ」