1-11 決着
距離を取った黒い能力者は、相手に気づかれないように息を整えていた。能力の連続使用は全力疾走を繰り返すように体力を消費するのだ。
ここまで自身の能力を前に生きていた者がいなかったため黒い能力者自身もこれほど連用したことが無かった。もともとテレポーターとの鬼ごっこだけでも疲労は溜まっていたのだ。
そもそも黒い能力者の加速能力は不完全だ。それは物理干渉が万全には発揮されず空気との摩擦で発熱していることからもわかる。さらにそれだけでなく、動体視力や身体能力といった基本的なところでも加速能力に順応しているわけではなかった。
加速能力による超加速や高速圧力は軽減されていたが、高速移動中に高速で流れる周囲の状況を視覚でとらえることは出来ていなかった。
また、高速移動中にバランスを崩すような行動はもちろん取ろうとは思えないし、例えそうしたいと思っても移動が行われる瞬きの間では、体の一部を動かそうとする思考の段階ですら完結する猶予がない。
別段、アインシュタインの相対性理論よろしく黒い能力者だけが間延びした時間の中にいられるわけではない。黒い能力者にとっても一瞬は一瞬の間に終わるのだ。
隠しながらスマホで用を済ませた久徳は再び立ち上がる。
その手には崩れ落ちたコンクリート片をつかんでいる。しかし今度のソレは今までよりも大きかった。
両手で抱えるほどの大きなコンクリート片は優に十キロ以上はあるだろう。久徳はソレを両手でつかみハンマー投げのように体ごと回転して投げつけた。
しかし当然のようにその重さのコンクリートは黒い能力者に届かず地面に衝突した。その近くにいた彩里にぶつかりそうなほどで、彩里が小さく悲鳴を上げて身を引いた。
「なんの真似だァ、そりゃァ。ァん?」
黒い能力者が吠える。
なんども立ち上がり、立ち向かってくる久徳に辟易しながらも、久徳のその行動に非力さを再確認する。黒い能力者は腕を水平に上げ、首狩りの姿勢に移った。
「何度やってもお前の能力じゃ俺は傷つけられないぞ」
久徳のあおり文句に、黒い能力者はヘルメットの中でほくそ笑む。
「確かにテメエは傷つけられねーかもしれねえけどなァ。痛みを感じてるってことァ、ダメージはあンじゃねーのか? ァん? だったらテメエの心が折れるまで痛めつけ続ければいいだけだよなァ」
黒い能力者の言う通り、苦痛に耐えられなくなれば戦意はポキリと折れてしまうだろう。今でも攻撃を受けた痛みと熱で蹲ってしまってもおかしくないのだ。
それでも久徳はもう一度大きめのコンクリート片を拾い上げる。今度は先ほどとは違い片手で十分投げられる重さだ。
「それじゃあ、俺が痛みに音を上げるか、お前の体力が続くかの根競べと行こうか」
久徳は叫び声をあげて、手に持ったコンクリート片を黒い能力者のフルフェイスメットにめがけて力いっぱい投げつけた。
黒い能力者はそれを向かい撃とうとせずに、下から潜り込めるように態勢を低く構える。
そして瞬間──黒い能力者はその場から消え、久徳へと首狩りの高熱高速の鎌が届く──はずだった。
しかし、黒い能力者は頭部に凄まじい鈍痛を受け、久徳のもとまでたどり着くに至らずのけ反るようにして失速していた。
加速する一瞬前、黒い能力者から久徳までの一直線上、ちょうど頭の高さに大きなコンクリート片が出現し、加速移動中の頭部に衝突したのだ。黒い能力者には何が起きたかもわからないまま衝撃が襲った。
加速による膨大な運動エネルギーを持った加速移動には、少々の障害は毛ほどの邪魔にもならないが、十キロを超えるコンクリート片と頭部との質量比は少々の障害ではない。
熱や衝撃から身を守るはずのヘルメットの振動が、鳴り響く寺の鐘の中に居るかのように直接脳に響き視界を揺さぶる。
朦朧とする意識の中、黒い能力者は一体何が起きたのか考える。
(オレァ、奴の投ゲタ。コンくりーとは、避ケテ、加速シタ。ハズだ)
シェイクする思考で何とか現状を探ろうとする。そして、不意に自分が今まで何を追いかけていたのかを思い出す。
(kそ、てれぽーと。か……)
黒い能力者は加速した瞬間に、自分が追いかけていた念移能力者がコンクリート片と共に加速中の目の前にテレポートしてきたのだと悟る。
本来なら加速した直後には移動が終了しているため、直線状に障害物を持ってくるなど不可能だ。だがことを成した彩里は、黒い能力者が加速能力で追いかけつづけていたほどの能力者だ。
いくら念移能力といっても加速したのを見てからでは能力の発動は追いつかない。それでもテレポートで逃げ続けられていたのは、黒い能力者の動作を観察し加速能力を使う予兆を察知して、加速するよりも早くテレポートしていたのだ。
そんな彩里でも完全にタイミングを合わせられたわけじゃない。実際は黒い能力者が加速する数瞬前にテレポートしていた。
それでも黒い能力者が気付かずに加速してしまったのは、先に投げられたコンクリート片や久徳の挑発に視界が狭まっていたからだ。
黒い能力者が自分の失態に考えを巡らせている間に、久徳は素早く駆け寄る。
依然頭を抱えてふらつく黒い能力者に近づいた久徳は、両手を組んで後頭部めがけてメット越しに強打する。再度脳を殴りつける衝撃に三半規管が狂い、平衡感覚を完全に失い頭を垂らす、その背中めがけてもう一打両の拳が叩きつける。
対摩擦、耐熱仕様の堅固な装具を身につけているとはいえ、至近距離からの無防備な急所ばかりを狙われた強打に、黒い能力者は電池の切れたロボットのようにゆっくりと膝から崩れ地面に倒れた。