1-1 プロローグ
始めて書いた小説です。
隣町で巻き起こるアナザーストーリーとして後に考えたのが「Fコード」ですが、
むしろそちらの方で基本設定が広がってしまいました。
一転してアナザーストーリー化した「エラーコード」です。
つたない小説ですが少しでも楽しんで頂ければ。
暑夏の昼下がり、熱線のような日差しが降り注ぐ国道沿い。道路に浮かぶ陽炎の揺らめきはまるで溶けたアスファルトが揺蕩んでいるようでもある。
国道沿いの交差点には人通りが多く、ビジネスマンが赤信号に舌打ちを鳴らす。クールビズの謳われる現代においても、彼らにとっては背広が必要らしく、邪険そうにそれを小脇に抱え、ハンカチで頬を伝う汗を拭う。
対して学生は制服を着崩すことで暑さを凌ぎ、学生鞄から取り出した小型の扇風機で優越感に浸る。
日傘を担ぐ中年女性はハンドバックから取り出した扇子を、独特の香りを撒き散らしながら涼んでいる。そんなおばさんの足元で、その女性の子供であろう幼稚園児くらいの少年が赤信号を待ちきれないと言わんばかりにソワソワしている。
煌煌とした日差しを照り返す、片道三車線の国道を一台のトラックが他の車を縫うように走る。中型自動車免許が必要であろうそのトラックは見た目の愚鈍さを微塵も見せずに高速で走り抜ける。
青信号が黄信号へと変わるのと同時に、獰猛な獣が唸るような重低音を響かせながらトラックはスピードを上げる。無情にも赤ヘと変わる信号にも一向に速度を落とす気配を見せないトラックは横の信号が赤であるうちに通過してしまおうと考えているようだ。
だが、横の赤信号を過大評価していたのはそのトラックだけでは無かった。交差点の全ての信号が赤へと変わった時、中年女性の傍にいた少年が横断歩道へと飛び出した。
幼稚園では左右の確認を教えないのだろうか──少年は左右を確認することもなく、ただ車は赤信号で止まるものだ、ということだけを盲信して横断歩道を駆ける。
突然飛び出した障害物にトラックは甲高いスキール音を響かせる。ハンドルを大きくきったためにその巨大な鉄塊は慣性力と遠心力に身を任せその巨体を傾ける。それでも猛進するトラックはその運動量を低減させることなく無情にも少年に突き進んだ。
トラックは確かに少年のいた空間を突き抜け、横転しながらも交差点を滑走し、対岸の中央分離帯へ衝突する事でようやくその動きを止めた。
少年がいたはずの横断歩道にはその姿は無かった──その場にいた誰もが凄惨な光景を想像する──が、ふとある異変に気づく。
そこには一片の肉片も、一滴分の血痕すらなかったのだ。皆、不思議そうに少年の行方を探す──と、横断歩道を渡った先で安堵のため息と驚きの歓声が沸き起こった。
そこには何が起こったのかわからないというふうにキョトン顔の少年が座り込んでいた。
トラックが接近した際、確かに一瞬その存在に気付いた少年は幼心に死を感じた──それが一瞬にして、それこそ瞬間移動でもしたかのように移動していた少年は自身に何が起こったのかはわからなかった。だが、自分を囲む人々の尋常でない雰囲気に戸惑い、堰を切ったように泣き出した。
暑夏の昼下がり、そんな奇妙な事件の一部始終を見ていた男はうっすらとその口に笑を零した。
***
「お久~、またまたご活躍やったな~」
昼休みの教室。机に項垂れるように顔を埋める少年、久徳慶守の頭上から関西独特のイントネーションを含んだ軽快な声が降ってくる。
「うぅぅん、うぅうん、んぁ? なんだ、唯衣か」
重い頭を上げた久徳の前には几唯衣が目をランランに輝かせて立っていた。久徳のとある活躍に欣喜してというよりはむしろ、面白んでいるようである。
唯衣は黒髪の短髪で学校指定の白い半袖のブラウスに、チェックのスカート、首元にはクロスタイを付け、ベージュのカーディガンを小学生のように腰に巻いている。
「これで何度目や? 尊敬するわー、子供助けるために車ん前に飛び出すやなんて。誰でも簡単にできることちゃうで」
うんうん、と自分の言葉に納得するように頷いてはいるが、唯衣の口調にはからかいの色をはらんでいる。
「そりゃそうだろうよ」
心底疲れているように久徳は小声でつぶやく。
車に轢かれそうな子供を突き飛ばして助けた久徳だが、代わりに自分がその犠牲となって車に撥ねられたのだ。そんなこと誰にでも簡単にできることではない。
車に撥ねられても無事だったのは、久徳が特殊な体質であるからだった。
──不壊。
道を歩けば超能力者に出会う、と言われる時代。
久徳慶守もまた、そんな超常の能力を持つ少年だった。