7話「学院長室」
夕方に呼び出されたのは、学院長室だった。
どこか学校の校長室に似ている気がする。と言っても一般的な校長室というのがどういうものなのかはよく知らないが。何せ、学校には通わず家庭教師に教わって育ってきたからだ。
部屋の中は、学院長の大きな机の他に、応接用のテーブルとソファーのセット。壁には歴代の学院長の絵が飾られている。
学院長の机には、メイルウッドという名札が置かれていた。そういう名前だったようだ。
部屋の中には、学院長とヒックス先生がいる。
そのうち学院長が口を開く。
「あなたの要望通り、あなたの見てきたことを国王に伝えるよう依頼をしました。本来ならこのような少女の言葉を、証拠もなしに国王に伝えるなど、ありえないことですし、到底信じて貰えないでしょうが、実際にサンフォードの城下が侵攻されたことは事実。そこから逃げてきた少女の言葉として、信じてもらえるでしょう」
「では、私の、アレックス・サンフォードとしてのことは伝えなかったのですか?」
「はい。あなたはソフィアが残したサンフォード家の生き残り。絶対に私たちの手で守らなくてはいけません。そこへ来て、統率のとれたモンスターの大群。この世界で何が起ころうとしているのか。その状況下では、あなたの存在はできる限り伏せた方が良いと考えました」
俺はそれに対して頷いた。
「そこで、あなたのこれからのことなのですが。ヒックス先生」
「はい。あなたのことは、第一女子寮の寮母であるベイリーにお願いしようと思っています」
「第一寮は、特に優秀な生徒が入寮しています。品格と格式高い寮。設備も充実しています。また寮母であるベイリーさんは、なかなかの人格者です。サンフォード家の嫡子でもあるあなたを任せるに、不足はないと思います」
それを聞いて「わかりました」という言葉を俺が口にするのを遮るように、学院長室の扉が開いた。
「待ってください!」
「何事ですか!?」
ヒックス先生が声を上げる。
扉を開けて入ってきたのは、ハナと呼ばれた少女だった。
「あなたですか、ハナ・ハーディ。学院長室に突然飛び込んでくるなんて、何を考えているのですか! 今すぐ出て行きなさい!」
「ヒックス先生。学院長先生! お願いがあります」
声を荒げるヒックス先生に負けず、ハナは勢いよく話し始める。
「彼女を、私に任せてもらえませんか!?」
「突然何を言い出すのですあなたは」
「まぁいいでしょう。話してみなさい」
呆れたように頭を押さえるヒックス先生に対し、学院長は落ち着いた様子でハナの意見に耳を傾ける。
「寮のそばで倒れている彼女を見つけ、寮で手当をしながら思ったんです。この子の面倒は私が見なければならないって。なぜかそう感じたんです。それに、聞けばソフィアお姉様が命懸けで守ったそうじゃないですか。尚の事、私には彼女の面倒を見る義務があると思うのです」
「確かにあなたとソフィアは、実の姉妹のように仲が良かったようですね。それは知っています。ですがそれとこれとは話が違います。それに、あのプリムローズでってことでしょう。あんな建物も古い、寮母もいない場所でどうやって、、、」
「それは、、、でも、みんなで、プリムローズのみんなで彼女のことを責任持って守っていきます。お願いします、ヒックス先生! 学院長!」
「いいでしょう」
「学院長!?」
「確かに私にも、不安はあります。しかし、彼女の熱意。クレアさんを通じて、彼女たちも何か得るものがあるかもしれません。少し様子を見ましょう。クレアさんはそれでもいいですか?」
「私は、、、私はこちらにお世話になる身。贅沢は言いません。それに私のことを見つけて、昨日一日、看病をしてくれました。ハナさんは、信頼できる方だと思います」
「だそうですヒックス先生」
「学院長、、、わかりました。ですがハナ・ハーディ、何かあればすぐに彼女を引き取ります。彼女、クレアさんは、我々ソーンブリムの者にとって、最重要の客人です。そのことを十分に理解して下さい」
「はい! ありがとうございます!」
深々と頭を下げるハナ。そしてこちらに向き直る。
「よろしくね。クレアさん」
「よ、よろしくお願いします」
満面の笑みを浮かべる彼女に、少し戸惑う。
そういや、彼女は俺が16歳の男ではなく、10歳の少女だと思っているんだったなと。今改めて思い出して、少し不安になった。