1話「試練の洞窟」
今までは、文庫本一冊分かそれ以下を目処に完結を目指して書いていましたが、今回は、だらだらと長期で書いてみたいと思います。よろしくお願いします。
その一撃は、肉を切り裂く。
胴体の中ほどで止まった剣を、その胴体を左足で蹴りながら引き抜く。
剣は、ザラザラという感触を手に伝えながら抜けると、その身にまとわり付いたドス黒い血を、地面へと落とす。
「大丈夫ですか? アレク」
「あぁ、こっちは大丈夫。そっちは?」
俺は、目の前の動かなくなった、大型の犬のような獣の喉元に、念のため、もう一度、剣を突き立てながら、ウィルに返事をした。
「こちらも大丈夫です。しかしこんなところに、これほどの凶暴なモンスターが出るなんて」
「そうだな」
ウィルは俺に話しかけながら剣を鞘へと戻した。俺も返事をしながら、剣を鞘へと戻す。
そして、そばに転がっている獣の死骸をもう一度見た。
全長は2メートル弱はあるだろうか。黒い体躯は筋肉で引き締まっており、毛はうっすらとしか生えていない。
野生の動物だと、種類や季節にもよるが、身を守り体温調節の役割もある体毛がこれほど薄いことはあまりない。しかも上から伸びた牙が下顎の皮膚を切り裂いている。明らかな異常発達である。
モンスターと言って間違いないだろう。
このモンスターたちはどこから現れたのか。
城から徒歩で半日と離れていないこの場所で、こんなのがいるなんて危険極まりない。
そもそもこんなモンスターが現れることがわかっていれば、もう少し準備をしてきた。
少し厚手の服に外套を羽織っているだけだ。夜、暗闇からこんな真っ黒なモンスターに飛びかかられたら、確実に死んでいただろう。
それに城からもそれほど離れていない。彼らの足なら、数時間で城まで辿り着いてしまう。そうなれば城下は大騒ぎだ。
「しかし来週には、アレクの成人の儀式があるのに、大変なモノに出会ってしまいましたね」
「あぁ、ホントにウィルには着いて来てもらって良かったよ」
建国500年を数えるウィンドール王国。その王都よりもっとも遠くに領地を持つサンフォード家。
俺、アレックス・サンフォードは、そのサンフォード家の長男であり、後継ということになっている。
サンフォード家は武家の一家で、16歳の誕生日までに、城の近くにある洞窟から湧水を自ら汲みに行き、それを成人の儀式で、父から振りかけてもらうというのが習わしとしてあった。
かつては、一人で向かうのが決まりだったそうだが、年々形骸化し、お供を複数人連れていくようになったそうだ。
噂では、洞窟まで行かずに、その辺の川の水で誤魔化した人もいたそうだが。
今回も、父からお供を複数人連れていくように言われたが、俺はそれを断った。
父から子供扱いされている気がして、それを嫌ってしまった。
それでも心配する父と母の顔に気がひけて、近衛騎士団長の息子であり、幼い頃からの友人であるウィルに着いて来て貰ったのだ。
この洞窟の近くには、以前に何度か、父と来たことがある。
その時は、出てもせいぜい、野うさぎや蛇くらいなものだった。
嫌な予感がする。世界のどこかで何かが起こっているのかもしれない。
「早く帰って父上に報告しよう。他にも同様のモンスターがいて、街を襲いはじめるかもしれない」
「そうですね。しかし、アレクの成人の儀の後には、スペンサー家のお嬢様との婚約の儀もあるのに。本当に出来るのでしょうか」
「成人の儀式はわかるけど、婚約はまだ早い気がするんだ、オレ」
「そんなことありませんよ。サンフォード領内一と言われる商家のお嬢様との婚約。十分意味のあるモノと思います。それに話では、とても気立ての良い方だと」
「とても立派な人だとは聞いている。なら尚の事、俺にはもったいない気もする」
「いずれサンフォード伯爵位を継がれる方に、勿体無いもないでしょう」
「わかったよ。この話はおしまい。さぁ帰ろう」
俺は無理やり話を終わらせると、ウィルと共に、急いで城まで戻ることにした。