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「ここが其方ら女性の専属付き人の待機室となる」


 イクセルが扉をノックすると、中から声が聞こえてきた。


「どなたかしら?」

「イクセル=オートヘルです。フェリクス様の命により町民ラキアを連れて参りました」

「開いていますのでどうぞ」

「失礼する」


 がちゃりと扉を開くとかなり広い部屋がそこにあった。

 この部屋だけでうちの家の何倍あるのだろうか。そう疑問に思い計算しようとして、悲しくなったので止めた。

 二人で室内へと入ると、椅子に優雅に座っている女の子が一人、こちらを見つめていた。

 たぶん年齢は成人前後くらい、十五才程度だろう、綺麗な金髪に青い目の持ち主だ。しかもめちゃ美人。

 着ている服は薄い紫を基調とした露出の少ないドレスだ。スカートの長さも足首までしっかり隠れている。

 上は制服のようなジャケットを着ていて、あちこちには細かい意匠が施されている。


 しかし男爵娘も同じように見事な金髪だったけど、貴族って全員こうなのかな?


 ただ違和感があったのは、彼女の目だった。何の感情も浮かんでいない、冷めた目だ。

 ロボットみたいだな。

 そういや漫画とか小説では、貴族は感情を隠すとかあったけど、彼女もそうやっているのかな?


「そこの娘がラキアとやらですか、オートヘル卿?」

「はい、その通りです。フェリクス様から、ラキアを風呂に入れ、しかるべき服装に着替えさせるよう命じられました」

「なるほど、承りました」

「では失礼します」


 イクセルが部屋から出て行き、僕は取り残された。

 なんだかんだいって、彼は話しやすい人だったようだ。

 ものすごく空気が冷たいよ、この子。すごく話しかけにくい。

 それでも意を決して話そうとしたら、遮られた。


「……あの」

「ラキアとやら、こちらにきなさい」

「あっはい」


 僕がそう返事をすると立ち上がった彼女の動きがピタリと止まる。

 ん? どうしたのだろうか。


「畏まりました、です」

「か、畏まりました」


 どうやら返事が悪かったらしい。

 きちんと返事をすると納得したかのように、廊下に出る扉とは別の扉へと向かった。

 そこの扉の先はなんと更衣室になっていた。部屋の半分はずらりと並ぶロッカー、もう半分がクローゼットだ。

 更に奥の扉からは湿気が漂っている。たぶん風呂があるのだろう。


 付き人の待機室ってすげー。

 更衣室と風呂場が繋がっているのか。


 そんな部屋をどんどん奥へと進む。

 そして風呂場の扉を開けると脱衣所があり、その中には半裸の少女が一人いた。半裸とはいっても半分裸という訳で無く、薄手の湯浴みのようなものを羽織っていて肌は隠されている。でも、ちょっとだけ色っぽい。

 十二才くらいかな。

 ただ彼女の髪は金色ではなく、どちらかと言えば栗色に近い。

 へー、貴族でも金色以外もいるのか。ちょっと安心した。


 そしてこの子もアルムデナ同様、目に感情は浮かんでいなかった。


「カリダード、風呂の準備は整っていますか?」

「はい、整っております。アルムデナが入りますか?」

「いいえ、この町民のラキアを流してください。ラキア、自分で入れますか?」

「作法が分かりませんので、先に教えて頂けますか?」


 何せこっちの世界じゃ風呂なんて上等なものに入った事など無い。

 水でごしごし洗う程度だ。

 日本なら、先に身体を洗った後ゆっくり浸かるんだけどね。


「カリダード、ラキアに教えてあげなさい」

「畏まりました」

「ラキアの風呂が終われば、服を見繕ってください。カリダードはその後、風呂の掃除を、ラキアは待機室へ来なさい」

「畏まりました」

「……ラキア、返事は?」

「か、畏まりました」


 堅い。堅いよ、これが貴族令嬢か。

 きゃっきゃうふふな世界なんてない。現実はこんなものか。

 僕が返事をすると頷き、アルムデナが去って行った。


「ではこちらへきなさい、ラキア」

「はい」


 カリダードと言われた彼女が手招きする。


「風呂の作法は、まず小さな部屋に入ります。十分ほどしたら部屋を出てあの水を浴び、あのたわしで身体をこすってください。その後再び小屋に入り十分ほどした後、また部屋をでて水を浴び、全身を石けんで洗い流して終わりになります」


 ……サウナだ、これ。

 お湯に浸かるんじゃないのか、ちょっと残念だ。

 それでもサウナに石けんだ、これならかなり綺麗になるだろう。


「ラキアは町民でしたね。今まで風呂に入ったことは?」

「二日に一度、水かお湯で洗い流す程度です」

「町民なのにですか? 意外と綺麗好きですね。それでもたわしでこすれば、かなり垢が出るでしょう。今まで貯まった垢を落とすようにしてください。ただし余り強くこすりすぎると、皮膚を痛めるのでほどほどに」

「畏まりました」


 カリダードが風呂場から出て行く。

 そして僕は一人になった。

 早速サウナとしゃれ込もうか。

 まずは水が汲んである大きな桶を覗いた。うん、表面を見たけど誰もこの水に浸かってはいなさそうだ。垢も何も浮いていない。

 手で掬い、軽く口に含んでそれを飲んだ。それを三度ほど繰り返し水分補給をしたのち、サウナへと入った。


 むわっとする熱気。

 数分も経つ頃には全身が汗だらけとなった。

 うわ、すごい汗だ。しかしこれだけ汗が出るのは気持ちいいかもしれない。

 言われたとおり十分ほど我慢して外に出た。

 そして先ほどの桶から水を汲んで少しずつ身体にかけていく。一気に引き締まる感じがした。

 よし、ここでたわしだ。

 たわしというか、ヘチマだなこれ。

 それで軽く身体をこすってみると、出るわ出るわ、大量の垢がぼろぼろと落ちていく。


 うっわ、これは凄い。


 しかしこれはあとで掃除の必要があるな。

 そういやさっきカリダードが掃除を頼まれてたな。もしかしてこれを見越してたのか。

 ならば、一カ所に集めておいたほうがいいよね。


 その後、再び水分補給してからサウナに篭もり、最後に水をまたかけて石けんで洗い流した。

 おっと、最後に水分補給だけしておこう。


 ふー、さっぱりした。

 この世界にきて初めてさっぱりした。サウナも良いもんだな。


 サウナから出るとカリダードが服の用意をしてくれていた。


「随分と見違えましたね。これがラキアの服になります」

「ありがとうございます」


 ぱっと見る感じ、アルムデナが着ているものに似ている。

 ドレス風のワンピースにジャケットだ。ただし色の基調は黒で金色のラインが入っている。

 それを着るとカリダードが眉をちょっぴり寄せた。


「丈が短いですね。こちらは後ほど針子を呼んで調整しましょう」


 丈が短い?

 アルムデナのように足首までは隠れていないものの、それでも脛の半分は隠れている。

 十分長いと思うんだけどな。


「これで短いのですか?」

「はい、靴が見え隠れする程度の長さが基準です」


 それってスカートの裾が殆ど地面に当たってないかな?

 なんか転びそうだ。

 そもそもスカートも慣れたけど、正直好きじゃない。


「これが靴です。こちらも仮ですので後ほど靴の仕立てを呼んでラキアに合わせたものを購入します」

「私は成長期ですし、これから大きくなると思いますので多少大きめのものが良いですね」

「? きつくなればまた購入すれば良いのではないでしょうか?」


 ええ? そんな勿体ない。

 僕くらいの子供なら一年に数センチは延びる。

 成長に合わせていちいち買ってたら、それこそ半年に一度は買い換える必要がある。

 そして草履じゃない靴は、馬鹿高いのだ。

 しかもこの靴、きちんと皮で作られていてピカピカに磨かれている。たぶんこんなの買ったらそれこそ大銀貨が何枚飛ぶのか想像もつかない。

 でもカリダードは、大きめのサイズを要求した事に対し、不思議そうな顔をしていた。

 もしかして貴族って成長の度に買い直しているのかな。

 うっわ、税金の無駄遣いだ。

 しかし貴族が金を使うことによって、金をばらまいている、とも言える。

 その金で靴屋やら服屋が儲かるのなら、それはそれでアリなのか?


 勿体ないとは思うけど、まずはここのやり方に従うか。


「畏まりました。それではお願いします」

「はい、承りました。それと髪ですが、きちんと櫛を通してください。そのままではみっともないです。櫛は自室にありますので、今日から毎日定期的に梳かしてください」


 ああ、髪か。

 朝起きて顔を洗うついでに髪を手で梳かしてたくらいだからな。

 本当はばっさり切りたいんだけど、母が許してくれなかったのだ。


「畏まりました」

「それでは待機室へ戻ったのち、アルムデナの指示を受けて下さい」

「畏まりました、ありがとうございました」


 僕が最後に礼を言うと、なぜかカリダードがきょとん、とした表情で僕を見ていた。

 ……何か変な事言った?


「また風呂の時に発生したゴミは一カ所に纏めました。余計な手間をかけて申し訳ありません」


 垢を大量に生産してしまった事もついでに詫びる。

 彼女が掃除担当だからね。


「下働きに指示させますので、ラキアはそこまでしなくとも良いです」


 あ、なるほど。

 そのための下働きか。そうだよね、貴族っぽい子が自分で掃除するわけないよね。

 そのままもう一度礼を言って待機室へと戻った。

 風呂の収穫はさっぱりしたことと、僕の詫びに微かだけどカリダードの口元が緩んだ事だった。


 なんだ、ロボットみたいだと思ってたけど感情あるじゃん。






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