七
「………………」
「………………」
両親二人とも難しい顔をしていた。
例の執事っぽい人から受け取った紙を母に見せたところ驚愕、そのまま父を呼びに行って帰宅してからずっとこうだった。
「えっと、二人とも黙ったままだと何か分からないんですが……」
「………………」
「………………」
二人で向き合って、大きくため息を付いたのち、父が話し始めた。
この紙は勅命書と言い、ずばり国王からの命令書だ。もちろん国民としてそれに逆らう事はできない。
しかも町民どころか貴族ですらこれに逆らう事は反逆罪として捕まる。
その上での勅命書の中身は、リースペット=ゴランジア改め、リースペット=フォクストーン男爵家で働く事になるらしい。
そこまでなら場所が貴族の屋敷ではあるものの、単に仕事先が出来た、というだけだ。
場所も隣町のキーパイルと、ここから歩いて一日もかからない距離だし、屋敷に寝泊まりできる場所も用意されるので問題はない。
給料ももちろん普通に働くよりかなり多い、どころか正直六才の子供に対しての給料ではないらしい。
月給大銀貨二枚ってそんなに多いのか。
でも母と僕が内職して一日銅貨十枚も稼げればいいところだ。平均すれば銅貨六枚とかそんなものだろう。
月給に直すと百八十枚であり、大銅貨十八枚、銀貨一枚半ちょっとだ。そして大銀貨二枚は銀貨二十枚となる。
つまり母の内職の十倍は高いのだ、父の給料に匹敵するかもしれない。
更にこれは見習い給料であり、正式な給料となればこの数倍は貰える。
そんな好条件、普通なら飛びつくだろう。
だが両親が難しい顔をしていたのは、そんな条件を覆すようなものがあるからだ。
町民が貴族に仕える、すなわちその町民の人生全てをその貴族に差し出す事になる。
たまの休暇に実家へ戻ったりするのは構わないが、基本的に朝から晩まで、時によっては深夜もその貴族に付き添う。
つまりは結婚すら出来ないということだ。
恋愛するのはいいが(そんな暇があるのなら)、子供を産むのは御法度。産休なんてこの世界には存在しないからだ。
もし発覚すれば厳しい処分が待ち受けている。
もちろん貴族によってはお手つきになる可能性もある。
あ~れ~お許しくださいご主人様~って奴だ。この場合は幾ばくかの金を渡され放逐になるだろう。もちろん貴族の子を宿したなんて事は口外できない。
ただし今回の雇い主は女性なのでその点に関しての不安はない。
彼女が夫を貰ったとしても爵位は彼女のものであり、夫が他の女に手を出す事はできない。
……。
…………。
…………………。
「いきます! いや、是非いかせてください!!」
結婚出来なくなる?
大歓迎だ!!
人生全てを差し出すということは逆に言えば永久就職だし、給料も格段に良い。
貴族の元ということは言わば親方日の丸、公務員として就職できるのだ。
「しかし……ラキア、お前は良いのか? 結婚できなくなるんだぞ?」
「むしろそれが良い……いえ、どのみち勅令書がある以上、逆らえませんよね」
「それはそうなんだが……一応町長を頼る事も可能だぞ。領主となった男爵家に仕えるのだから、専属付き人のラキアなら男爵の代理として代官である町長宅で仕事もできる。町長も男爵家の配下になるんだからな。町長なら多少の融通はきいてくれるから、子供を産むことも可能だぞ?」
そうか、この勅令書には仕事場が隣町の貴族の屋敷とは書かれているが、それは言わば研修期間。
その後の配属がどこになるのかは分からないのだ。専属付き人として領内のあちこちを飛び回る可能性だってある。
そしてうちの町も男爵領に含まれるのだから、代官の町長に頼めば引っ張ってくれる可能性がある、と父は言っているのだ。
でもそれは遠慮したい。
両親は、子を産み次世代へと継いでいくのが正しい在り方だと思っている。
僕もそれは否定しない。
でもね、男と結婚なんて死んでも嫌なのだ。それをするくらいなら、逃亡を選ぶ程に嫌なのだ。
しかし結婚できないのであれば、わざわざ辛い逃亡生活を選択する必要がなくなる。
この話受けないほうがおかしい。
「お父さんの心配も分かるけど、町長を頼る事はダメだよ。貴族の配下として働くということは、みなから貰った税金で仕事をするということ。それなら男爵領全体の利益に沿った行動をするべきであり、裏で町長から引っ張って貰うのは違うでしょ。私が行く事によって一番利益の出る場所に行くべきだよ」
「……ラキア」
「意思は堅そうね。でもその男爵様は公爵様のご息女でしょう? 公爵様に仕えている方たちの中からも数人はいるはずよ。町民がそんな中に入ったらどうなるか」
「町民は私だけじゃないと思うよ。手が足りないから町民の私のような子供にも声をかけたんだし、他にも何人かいると思う」
「本当にいるのかしら」
母は疑問に思ってるけど、あの時の子供が男爵なのだ。
何であんな子供を男爵にするのか、その理由は分からないけど、子供からすれば大人ばかりより同世代も数人欲しいはずだ。
多分、他にも僕と同じように何人か呼んでいると思う。だからその子たちでグループを作れば大丈夫だろう。同じ町民だし、すぐに仲良くなれるはずだ。
それにしても、なんで僕が呼ばれたのかは分からないけど、きっとあの時色々と言っちゃったので、その印象が強かったんだろうな。
また、今思うとあの調査団って遺跡の調査団ではなく、もしかして実際は新任男爵が領地を視察しにきた調査団だったのかな。
遺跡のほうにも顔を出していたらしいので遺跡の調査団とばかり思ってたけど、単に遺跡も視察内容の一つだっただけとか?
うーん、ま、過ぎた事は仕方無い。
取りあえず三日後に迎えにくるんだから準備するか。
「それにしても、地区長さんか町長さんの所で働けるかも知れない、とは言ったことがあるけど、まさか貴族の所で、しかも専属付き人として働くなんてねぇ」
「本当だよ。確かに我が愛しの娘は愛らしいし、賢いし、天使だけどよりにもよって貴族のところに……。くそっ、殴り込みにいってやろうか!?」
「お父さんやめてっ!」
貴族に殴り込みをかけるなんて、下手しなくても反逆罪だろう。
「とにかくラキアは準備してちょうだい。荷物……と言ってもないし、ご近所のご挨拶くらいでしょうけど」
「うん、分かった。ごめんねお母さん、お父さん」
「いやラキアが悪いわけじゃない。貴族が悪いんだ」
悲しそうな顔をする両親。
でも二度と会えないわけではない。
休暇には戻るつもりだし、職場は隣町で距離も近いので両親が会いに来ることも可能だろう。
それに僕には帰還という魔法がある。
魔法の練習も、内職と違い狭い家の中だけで手を動かす仕事ではないと思うし、もしかすると毎日通うのは体力的に厳しいかも知れないけど、可能な限り続けるつもりだ。
そして貴族たちに何かされるような最悪のケースを考えれば、遺跡が退避場所になるからね。
どのみち僕も、そのうち見習いとしてどこかで働く予定だったのだ。
六才で仕事は早いけど、姉と同じ八才くらいを目処にしていたつもりだ。
二年短くなっただけと思えば良い。
……もう少しのんびりしたかったけどね。
♪ ♪ ♪
「ええ? もう働くのかい? あんたまだ六才だったよね」
近所への挨拶で真っ先に向かったのはフランカだ。いつも声をかけてきてくれるからね。
そして数日後に隣町へ働きに出ることを伝えると、とても驚かれた。
「はい、フランカさんにはものすごくお世話になりっぱなしで恐縮ですが……」
「そんな大したことしてないよ。で、隣町のどこで働くんだい?」
「新しい男爵様がここの領主となったようで、その貴族の屋敷で働く事になりました」
「新しい男爵??」
フランカが首を傾げる。
新興男爵だから知らないのも無理はないか。
「はい、元はゴランジア公爵のご息女だったそうです」
「へぇ、公爵かい。それはまた随分と大物の娘さんが男爵になったみたいだねぇ。しかしおかしな話だね」
「そうですか?」
おかしい話なのかな?
確かに子供に爵位を与えるのは、いくら親が子煩悩だったと仮定しても、おもちゃじゃないんだからやりすぎな気がする。
「ええ、そうとも。普通公爵くらいの高位貴族の娘さんなら、国内外にたくさん縁談があるはずだよ。それをせず、わざわざ男爵なんていう爵位を与えて独立させるんだよ。何か裏があるに決まってるさ」
ああそうか。
確かにそうだ。貴族が縁談で家の繋がりを保っているなんて、良く聞く話じゃないか。
それをせず、独立させるんだから何かしらの理由があるに違いない。
あの子供が実はものすごい領地経営の天才だった、なんていう理由なのかも知れないけどさ。
「町民のラキアには関わりの無い話だろうけど、念のため周囲の動きには注意するんだよ」
「はい、分かりました」
「いざとなったらあたしを呼びなさい、手助けしてやるから」
「フランカさんに付いて貰えば百人力ですね、とても心強いです」
ま、いざとなったら帰還で逃げるけどね。
しかし注意かぁ。
まずはネットワークを作らないといけないなぁ。
その前に自分がどんな立場になるのか。下っ端の下っ端、料理人のお手伝いさんかも知れないし。
あ、でも専属付き人とか言ってたし、多分侍女見習いとかだと思うんだけどね。遊び相手を務める、とかかもしれない。
ま、この辺は実際に行ってみないと何も分からないか。