六
本格的な冬が来た。
室内でも朝起きると布団から出られないほど寒い。ましてやこの家はオンボロ、結構すきま風が入ってくるのだ。
暖炉で暖めないと室内ですらきっとマイナスくらいになってそう。
そんな中、僕はいつもと同じ時間に起きた。
上半身だけ起こし、思わず寒さに身を震わせ、もう一度布団に潜りたいという誘惑を振り切って立ち上がる。
隙間からは既に光が覗いているし、もう夜は明けたのだ。
窓……観音開きのような扉を開けて室内の空気を入れ換える。
さっむ!
入ってくる冷たい風に、一瞬で身体が冷え目が完全に覚めてしまった。
もうこれ、顔を洗いに行く必要ないな。
「ふあぁぁ……おはよう」
「おはようお母さん、それ格好悪いよ」
がさごそやっていると、母が起きてきた。
起きてきたのは良いんだけど、布団を身体に巻き付けてたのだ。
何やってるの。
「だって寒いし窓空いてるし」
「寒いのは分かるけど、窓を開けるのはたまに空気を入れ換えないと、身体に悪くなるからだよ」
「それ本当に?」
「うん、特に冬は暖炉に火を焼べるから、いくら煙突があるからといってもダメなんだよ」
すきま風が入ってくるので、そこまで窓を開けなくとも大丈夫だと思うけど、やっぱり一日一回はやっておきたい。
何となく気持ち悪いのだ。
それにどうせ空けるのは十分程度だ、朝食の準備をする間に終わる。
また部屋の四隅に水を入れた食器をおいている。もちろんこれは湿度を上げるためのものだ。冬場は乾燥するからね。
最初はなんのまじないなのか、両親やら姉に散々問われたなぁ。
「ラキアは暖炉つけておいて」
「うん、分かった」
いつもと同じ役割分担。
母が朝食の準備をし、僕が暖炉に火を焼べる。
もちろん火を焼べるには薪が必要だし、薪は裏小屋に仕舞ってあるので、そこから取ってこないといけないのだ。
母は外になるべく出たくないから、こんな配分になったんだと思う。
全く。
外套を羽織り草履を履いて、更に布をしっかり足に巻き付ける。
裏にあるとは言っても雪の中を歩く必要があるので、防寒対策はきちんとしないとね。
そして薪を取ってくるぞと勇ましく玄関を空けると、一メートルほどの雪の壁が迫っていた。
「お母さん! 大変!」
「あら……今日は雪かきね」
二人して大きなため息を付く。でも一番苦労するのは父だけどね。
僕らは屋根に登った父が落とした雪を邪魔にならない場所へ移動させるだけだ。それでも結構重労働だけどね。
そして父は家のほうが終われば、道の雪かきも待っている。
道はみんなで使うのだから、共同作業になるのだ。
「お母さんはお姉ちゃん起こしておいて。早く起きないと宿に着けなくなるよ」
「そうね、分かったわ」
さて雪かきはいいとして、まずはこの玄関から何とか裏小屋までいかないと薪がない。
かといって一メートルの雪だと僕の身長とあまり大差ない。これをかき分けて歩いて行くのは不可能だ。
取りあえず階段状にして、雪の上に登るか。
五分ほどで何とか雪の上に登った。
そして辺りを見渡すと一面雪だらけで、雪かきをしている姿が何人も見える。
うちの屋根を見ても同じく積もっている。
家はぼろいけど支柱は石と太い木で作られ、かなり頑丈だ。雪国仕様だな。
それでも屋根に積もっている雪をどけないと、そのうち重さで家が潰れてしまう、と聞かされている。支柱が頑丈でも屋根や壁は頑丈じゃないからね。
よし、裏小屋いくか。
恐る恐る一歩ずつ慎重に歩く。さらさら雪なので子供の僕ですら体重をかけると沈んでいくからだ。
そうして歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おはようラキア」
「フランカさん、おはようございます」
振り返るとフランカがいた。
このおばさん、神出鬼没だな。
「今日は大雪だねぇ」
「はい、外に出ようとしたらすごい雪で暫く出られませんでしたよ」
「ラキアの大きさじゃまだ大変だろうね。でもそのうち慣れるさ」
「慣れるほど降って欲しくないですよ」
「あっはっはっは、確かにそうだねぇ。ところで井戸へ行くのかい?」
チラと、フランカが井戸の方向を見る。
案の定井戸も雪に覆われている。
井戸には屋根がついでいるので、詰まったりはしないけど、そこへ行くまでのルートを掘らないとな。
それに誤って子供が井戸に落ちたら大変だ。
だが目的は井戸ではなく薪だ。父が居る間の水汲みは彼の仕事になっているのだ。
「いいえ、裏小屋にある薪を取ってこようかと」
「なるほど、じゃああたしが手伝ってやるよ」
「え? 良いんですか?」
「もちろんさ、朝からこうして皆の手伝いをしているからね」
そう言うが否や、フランカがまるで雪の上を跳ねるように、ひょいひょいと移動していく。
すっげー身軽だな。
そしてあっという間に拳一発で、小屋の扉がある近辺の雪を吹き飛ばした。
……え? 何したの今?
「ほらおいでラキア!」
「あ、はいっ!」
慌てて彼女の側までいくと、綺麗に扉前だけ除雪されていた。
「フランカさん、何やったんですか?」
「気合いよ」
「気合いで除雪なんて出来ないですよ」
「あたしはこの腕で食ってるからねぇ。何となく出来てしまうのさ」
そんな摩訶不思議な現象、起こってたまるか。
あ、でもまてよ。
魔力が豊富な人は魔力そのものを撃ち出せる、とリディアーヌが言ってたっけ。
まさかフランカってそれが出来るのか?
僕が魔法を使ったとしても、こんな綺麗に除雪なんて出来ないだろう。
未だタナトスのライブラリを閲覧できない僕じゃ、ここまで出来ない。
ライター程度の種火の火じゃ、雪を溶かすなんて事無理だし。
「他に何かあるかい?」
「いいえ、大丈夫です!」
「うん、じゃあもしまた何かあったら言いな」
「分かりました、ありがとうございます!」
そのまま颯爽と去って行くフランカ。
なんかかっこいいぞ。
そして僕は薪を持てるだけ持って、家に戻った。
♪ ♪ ♪
そんなこんなで冬の時期も過ぎていく。
確かに雪は大変だ。雪で隊商もなかなか来ないし、旅人だって足が鈍る。
市場の出店も三日に一度と減るし、宿で働くエルヤも暇そうにしている。
そういえば調査団は雪が降り始めた頃、王都に戻ったそうだ。意気消沈しながら帰っていったらしく、結局今回も何の成果も得られなかったのだろう。
また、大雪が降った日にはフランカが町を駆け巡り、色々と手助けしていたそうだ。
僕は知らなかったがフランカは昔、国中を駆け巡る有名な傭兵だったそうだ。傭兵とは金で雇われる兵士、というイメージが強かったが、この世界ではどちらかと言えば冒険者に近い。
町の治安を守るのは、その町を治めている町長、あるいはその土地を治めている領主の仕事だ。
金のある領主やら町長であれば自前で軍隊を持つ事もできるが、そんな場所はあまりない。
そこで雇われ労働者の形で仕事をするのが傭兵となる。軍隊、つまり人をずっと雇うには毎月維持費がかかるけど、傭兵なら事が起こった時にしか費用は発生しないからね。
また傭兵の仕事は領主や町長以外にもある、というより大半が隊商の護衛だ。
フランカは隊商の護衛としてこの町を訪れ、何が気に入ったのかは知らないけど二十年ほど昔に自分の家族ごと引っ越してきたらしい。
当時フランカの子供は三才、そろそろ流れの傭兵稼業で場所を転々とするより、どこか一カ所に腰を落ち着けたかったのだろう。
町長も有名な元傭兵が町に住んでくれる事を大歓迎したそうだ。
たぶん町民になればその力を殆どタダ同然で利用できる、という目論みもあったんだろうけどね。
しかしフランカが傭兵だったとはね。
とまあ意外な発見もありつつ、雪も溶けそろそろ春の訪れがやってきそうな気温になりつつあった頃、事件が起こった。
「え? なんておっしゃったのか、もう一度聞きたいのですが……」
「ふむ、信じられぬか? 私自身も信じられぬし無理もないのだが、事実だ。ではもう一度言うぞ。汝ラキアをゴランジア公爵家の雇い人とし、リースペット様の専属付き人とする」
やけに身なりが立派な執事っぽい人が護衛数人を引き連れ我が屋を訪れ、あげく訳の分からない事を宣ったのだ。
え? なんで? 公爵家? リースペットって誰?
いったいどういうこと?
「リースペット様はこの春、男爵の地位を授かりこの一帯を治める領主となった。其方はリースペット様の付き人としてその補佐を行うのだ。これはゴランジア公爵家、並びに王家の勅命である。町民ラキアはその命に従わなければならない」
「話が急すぎて何がなんだか……」
そう僕が呟くと、執事っぽい人が少しはにかんだ。
大の大人が六才(春になると全員一つ年を取るのだ)の子供に対し、変な紙を持って真面目に読み上げているのだ。
普通に考えれば子供が混乱するのは当たり前だろう、泣き出さないだけで偉いと思う。いやさすがに僕は泣かないけど。
「それももっともな話だ。三日後迎えにくるのでその時まで荷物を整理して準備しておくのだ。この勅命書の写しを置いておくから両親に伝えると良い」
そう言って紙を手渡してきた。
それを受け取ると、執事っぽい人は踵を返し家から去って行った。
春になったので父は仕事に行ったし、母は母で内職の打ち合わせに出かけているので、今僕は一人だ。
何かしようとは思ったけど、特段やることがないのだ。
内職については、母が今年一年はどのようなものを作るか決める打ち合わせに出かけているので、まだ何を作るのかが決まっていないのだ。
父も姉も既に仕事に出かけているし、強いて言えば掃除くらいだろう。
冬の間頑張ってくれた暖炉の煙突でも掃除しようかなぁ、とぼんやり考えていたときの来客である。
えっと、この紙がなんだって。
ざっと読んでみたが、やけに遠回しな文章になってる。でも要約すれば、リースペットという人が男爵としてこの町の領主になるから、その手伝いをしろって事だ。
でもいきなりなんで?
そもそもリースペットって誰だよ、知らないぞ。
と、本気で悩んだその時、不意に頭の中で女の子の声が蘇った。
——わたくしはリースペット=ゴランジアですのよ! わたくしを知らないとでも?
あ、もしかして、秋口に来てた調査隊の中にいた貴族の子供?
え?
あの子が男爵になった? しかも領主として?
でも、この町には町長、一応騎士爵という貴族がいるはずなんだけど、どうなるんだ?
ダメだ、色々と情報が足りない。
そうだな、母が帰宅してから相談しよう。
別の小説ですがオチが思いつかず手が止まっています・・・
もうちょっとお待ちください