五
からあげを食べ……もとい、貴族の子供騒動から一ヶ月が経った。
昼はいつも通り母の内職の手伝い、そして夜はリディアーヌから魔法の勉強と日々過ごしている。
特段大きな事は何も起こらず、朝晩は雪が降ってくる季節となった。
さむいさむい。
「そういえばいつまで遺跡の調査やっているのかな。もう一ヶ月にもなるのに」
「前に来たときは半月くらいで諦めて帰ったのにねぇ」
ちくちくとアップリケを作りながら母と会話していた。
彼らがいるために姉の帰宅が遅くなっているのだ。
そろそろ父の仕事も終わりになり、家にいるようになるから、余計に夕食の時間が姉の帰り次第になるんだよね。
「ところでラキア、それは何?」
「えっ、ライオンのつもりだけど……」
顔の周りが髭もじゃで、鋭い牙に大きな口。
これは誰がなんと言おうと百獣の王ライオンなのだ。
「ライオンが何なのかは分からないけど、マルインに毛糸を巻き付けたように見えるわ」
マルインとは、タマネギの事である。
確かにタマネギの周囲に毛糸を巻いたらこんな感じになるな。
だがタマネギに牙なんてないだろう?
だからこれはライオンなのだ。
「マルインの皮かと思ったわ」
そこまでリアルにタマネギのアップリケ作らないよ。
しかしそうか、ライオンには見えないか。
自分ではちょっとは可愛い……事も無いことも無いと思ってる、思いたい。
やっぱりわざわざデフォルメキャラ作らず、普通のアップリケにしよう。
「それはラキアの外套に縫っておくわね」
それはやめてーーー。
せっかく冬になって外套を着るようになったので、スカートのアップリケも見えなくなったのに、外套に縫い付けたらダメじゃん!
「さて、そろそろ昼食にしましょうか」
「うんっ!」
冬に入ると、食べ物は殆どパンとスープばかりになる。
肉を食べたいんだけど肝心の獲物が冬眠しているので、町民どころか地区長でも滅多に食べられないらしい。
一応は外の商人から買う事もできるけど、彼らも冬の間は荷物を運ぶのに苦労するので値段が高くなるのだ。
ただし何の動物なのかは分からないけど、チーズが冬になると大量に入ってくる。
毛糸も定期的に入ってきてるし、たぶんこの町から近い場所に牧場があるのだろう。
夏は遠くまで運んでいるので量が少なく、雪に覆われる冬場は近くにあるこの町へ下ろしているのかな。
「チーズとパンを焼いておいて」
「うん……簡単にできるし美味しいけど、こうも毎日同じだと飽きちゃうね」
「贅沢言わないの」
「パンの上に野菜を並べて、薄く切ったチーズをのせて焼いていい?」
簡易的なピザトーストだ。ケチャップも何もないけどね。
「いいわよ。あ、暖炉で焼いてね。私はその間に井戸へ水を汲んでおくわね」
「うん、わかった」
普段火を使う時は竈に火を付けて調理する。
でももう寒くなっているので室内の暖を取るために暖炉に火をつけている。ちょっと煙くなるけど、二つも火を付けるのは勿体ないからね。
暖炉の上に網を乗せて、その上に盛り付けたパンを置く。
これでチーズがとろければ完成、実に簡単だ。
ただし下からの火なので、あまり時間かけたり距離を近づけるとパンが焦げるので、その辺の調整は必要だけどね。
チーズは冬場の貴重なタンパク質だ、なるべく毎日少しでも食べたい。
皿の上にピザトーストもどきを乗せて食卓に置く。
「あら、おいしそうね」
「おかえりー」
「雪が降ってきたわよ」
「えー、とうとう降ってきちゃったか」
食卓に昼食を置いたところで、母が戻ってきた。
母が草履についた雪を落としている間に、汲んできてくれた水をコップに入れる。
しかしとうとう昼間の時間にも雪が降るようになったか。
これから更に厳しくなってくるなぁ。もう外へ出たくないや。
「そういえばフランカさんが、ラキアの事話してたわよ」
「え? 何の話で?」
「ちょっと前に、毛糸で輪を作って遊ぶのを教えてた事についてよ。ちょっとしたブームになってるって」
あやとりの事か。
そう言えば数日前の朝、顔を洗いにいったときにフランカと会ったけど、その時に軽く見せたっけ。
その前の日の夜リディアーヌに教えてたせいか、家を出てから首に毛糸が巻き付いてたのに気がついたんだよね。
僕が出来るのは、ほうきとかはしごとか富士山と言った簡単なものくらいだけど、フランカがやけに食いついてたな。
やり方をフランカに教えたんだけど、ブームになってるのか。どれくらいの人に広めたんだか……。
「獲物がいなくなった猟師や狩人の人たちが、ちょっとした時間つぶしにやっているらしいわよ」
なるほどね。
つまり大の男があやとりして時間つぶししていると。
僕? 僕は今は子供だから問題ない。
「楽しんで貰えてたら、教えた甲斐があったかな」
「で、その遊び、私には教えてくれないの?」
「お母さんは内職で忙しいし……」
「娘にのけ者にされるってかなしいなー」
「はいはい、分かったよ」
そして結局午後一時間ほどあやとりをしてしまいました。
たまの息抜きで遊ぶならいいかな。
♪ ♪ ♪
「つ、疲れた……」
「お嬢様、ようやくタナトス家のライブラリ前まで来られましたね」
いつものように姉が寝静まった後、僕は遺跡の奥へとやってきて、リディアーヌの特訓をうけていた。
気絶してはリディアーヌに魔力を貰って復活してまた気絶して、をこの一ヶ月ずーっと延々続けていたのだが、やっとその努力の実が結んだのだ。
こ、これで特訓からさようならできる。
「まずはタナトスライブラリのアクセス権を付与……いえ、不法アクセスから勉強しましょうか」
「え?」
何を言われたのか最初分からなかった。
不法アクセスって、許可無く勝手にアクセスする事だよな。
他人の家のドアを勝手に開けるようなものだろ。
良いの?
魔法的な反撃を喰らって痛い目を見るとかないの?
「そんな事やっていいの?」
「はい、この不法アクセスができてこそ、魔法使いとしては一人前です」
リディアーヌ曰く、九個のライブラリは、全て浅い部分に関してわざとセキュリティを落として入りやすくしているらしい。
もちろんタナトス家が管理するライブラリも同様、入り口やら浅い部分は入りやすいようだ。
これは他家の子供に対する練習の場として、暗黙の了解となってるんだってさ。こうして不法アクセスの場を提供しあって、後継の腕を磨かせるそうだ。
ただし普通(不法だから普通ではないけど)にアクセスできるのは浅い部分だけで、当然一族の奥義とかはライブラリの奥にあって、そうは簡単に閲覧できなくしているようだ。
もしこれら九家の奥義を全部使えるほどの魔法使いが生まれたとしたら、それこそがマジックマスター、魔法王と呼ばれる存在になるんだって。
でも魔王王国数万年の歴史の中で、魔法王が生まれたのは僅か三回。
数万年続いて三人って少なくない?
「私も頑張りましたが六つのライブラリを制覇したところで、こんな姿になってしまいました」
リディアーヌは見た目二十代中盤だ。その年齢で九つのうち六つも制覇しているのなら、寿命まで生きていれば全部制覇できたんじゃない?
でも彼女はこの姿となっても、この遺跡内部だけに限定すれば魔法が使える。
魔法王国が滅んで一万年とか二万年という時間があったんだから、その間に全制覇できたんじゃないのかな。
「魔法王国がないのに頑張っても……」
「見せびらかす相手がいなければ寂しいって事かな」
「そのようなものですね。私の事はさておき、ライブラリの説明に入りますよ。タナトス家なら治癒や解毒、治療といった簡易的な生の魔法を浅い部分に置いてあります。イフリート家なら火弾や熱波、タイムス家なら亜空鞄や転移と言ったものがありますね」
それぞれ九個のライブラリは、それぞれの属性っぽい魔法があるんだな。
そして共通のライブラリのように簡単な治癒とか病気の治療なら自分たちで出来るよう、わざと簡単に閲覧行使できるようにしているのか、へー。
ところで火弾とか転移は語呂で分かるけど、亜空鞄ってなんだ?
「亜空鞄って?」
「自分の周辺に亜空を生み出し荷物を入れる魔法です。少々魔力量は必要ですが、これがあると荷物を持たずに済みますから、出かける時に便利になりますよ」
それってゲームで言うところのインベントリ?
それは欲しい! 将来抜け出した時の手荷物がなくなるなら、ものすごく便利になりそうだ。
それに治療とか回復系の魔法は是非覚えたい。
やべー、めちゃくちゃやる気が出てきた。
「やる気が出たようで何よりです。ではどうやって不法アクセスするか、そのコツを教えましょう」
そして一時間後、ちんぷんかんぷんで頭を抱えてしまった僕がいた。
さっぱり分からん……。