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《紫の霧》  作者: 淡飴
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一週間後。

『緊急特別警報が発令されました。前回の発令から僅か一週間と非常に周期が短くなっており、櫻政府は厳重に警戒するよう呼び掛けています。繰り返します。緊急特別警報が発令されました。…』

 一週間って、早くないか?

 瑠亜の知る限り、今まで前回から一週間も経たずに警報が出たことは無かった。

 詰まりは──異常事態。

 無意識に、首元のチョーカーに手を当てる。

 再び地下のシェルターに籠って、時間が過ぎるのを待つ。

 幸か不幸か、父親は政府の研究施設に行っていて、家にはいなかった。

「ねぇ、るーちゃん。私、一寸煙草買ってきたいんだけど…」

「え…今《紫の霧》が蔓延してるよ?《紫病》にかかったらどうするの?」

 思わず耳を疑った。

 母親は今自分がどのような状況にあるのか理解しているのだろうか。

 ストレスが溜まっているときに煙草を吸うスピードが異常に速くなる。母親の悪い癖だ。じゃあ行ってきてそのまま《紫病》にかかって死ねばいい、なんて思ってしまう自分に腹を立てつつ、取り敢えず母親を止めに入る。

「でもお母さん、煙草吸いたいし甘いものも食べたいし。」

「いや、でも危ないって…」

「大丈夫だって。瑠亜は心配性だなぁ。」

「じゃあお母さん、行ってくるから。直ぐ戻るからね?」

「ちょ、人の話を…」

 …あー、もう。好きにすれば良いと思う。面倒くさい。

 シェルターの扉を開けて、玄関の扉を開けて。

 ガチャン、と扉を閉める音が響く。

 刹那、半地下になっているシェルターの窓に、人影が映った。

 …桐葉政府の人間だろう。見付かってしまった、ということか。

 ドガン,と扉が蹴破られる音。

 ズキリ,と首元の古傷が痛む。

 ヘッドフォンだ。塞いでしまおう。音楽を聞いていれば、厭なことに目を向けなくて済むのだから。

 シェルターの扉を改めて確りと閉め、扉に凭れ掛かってヘッドフォンをする。こうすれば大丈夫。思わず安堵の溜め息が漏れた。

 物語の歯車が動き出したのは、この時だったのかもしれない。

 シェルターの扉は強度は充分だが防音性には優れていない。だから小さな音であっても、音が外に漏れてしまのだ。そう、例え小さな人の溜め息であっても。

 近づく人ではない物の気配。

 ガチャリ、とシェルターの扉を開ける音。…人ではないもの、つまりは化け物。果たしてそれに意思は、知能はあるのか。それを判断する余裕はその時の瑠亜には存在していなかった。嗚呼、今度こそ、殺されてしまう。

 扉の前で、首のチョーカーを掴みつつ、ぎゅっと眼を瞑る。

「みーつけた☆…ってわぁ、大丈夫?」

「痛い…」

 ドンという何かが何かにぶつかる音。

 瑠亜が扉にぶつかる音だった。まあ順当に考えてそうなるだろう。

 そこにいたのは、瑠亜が想像しているような化け物ではなかった。

 とそこで恐怖を殆ど感じていないことに気付き、驚いた。

「え~っと…君が飴宮、瑠亜さん?」

「…はい…と言うか何故私の名前を?」

「んー?俺達が桐葉政府だから。國民の皆の情報なんてこの端末でちょちょいのちょい。」

 手元のスマートフォンのような電子機器に目を落としながら青年はさらりと言った。

「…桐葉…政府…?」

「そ。君達は敵って思ってんのかな?」

 そう言いつつ自虐的な笑みを浮かべた彼の姿に既視観を覚える。

 彼と同じような淡青色の目を、昔見たような気がして。でもそれが何なのかは、思い出せなかった。

 ズキリ,と首元の傷が痛む。

 再び、無意識のうちに首元に手をやる。

 幼い頃からの瑠亜の癖だ。不安に思ったり苛々したり、首元の傷が痛んだりすると、首元についつい手をやってしまう。

 首元の傷は何時怪我したのかも解らないくらい昔の筈なのに、未だに痛むのだ。変わった形の古傷が。

 「で…瑠亜…さんは冷静だな。母親が殺された…かもしれないのに。」

 それに俺たちは桐葉政府で、これから俺達に殺されるかもしれないのに、と青年は光のない目で続ける。

 なんだ、そんなこと。瑠亜は微笑み、言った。

「でも…本当に僕…私を殺そうとしたり捕まえようとしたりする人なら、こんなに話そうとしないじゃないですか。」

「…そっか……優しいんだな、瑠亜さんは。」

 泣きそうな顔で青年は微笑んだ。

 うん、そうだ。こんなに優しそうな人が人を殺したり捕まえたりなんてする筈がない。

なんて思いつつ、瑠亜は立ち上がる。

「…で、お母さんが死んだ…かもしれないって言ってたけど…」

「ん?嗚呼、それは靴が外に転がってたからそうかなって。瑠亜さんが予測してる通り、俺達が拐ったのではないよ。」

「そっか…」

 府に落ちた。

 そしてこの人は、好い人だ。

 瑠亜は同時に、もうあの居心地最悪な雰囲気の中に居ることがないと思うと清々しい気分になる。最も、父親と言う存在と一緒に居なければならないと言うことに関して憂鬱な気分にもなったが。

 と、ここで瑠亜のスマホが振動する。

 画面を見てみると、丁度父親から家が襲われたことと母親が居なくなったことに対する心配と暫く帰れないという旨が記されたメッセージ。

 解っていたことだが、文面はとても冷たく感じた。

 と言うか何故父親は家が襲われたことを知っているのだろう。母親が居なくなったのはついさっきで、未だ父親に連絡は入れていない筈なのに。

「んぉ、お父さんから連絡?」

「あ、はい。どうやら暫く帰れないみたいで。此処で一人暮らし、ですかね?」

 瑠亜はそれでも一向に良かったのだが。

「ふーん…じゃあさー。一人暮らしも寂しいだろうしうち来るー?」

「は?」

「だって君は一応俺達に見付かっちゃったわけだし。保護はしないとね?」

「保護?」


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