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『速報です。先月始めに発生した原因不明の病を引き起こす霧を櫻政府は《紫の霧》と命名し、櫻研究所と協力して原因解明、及び治療法究明に全力を注ぐ、とのことです。また、此の《紫の霧》によって引き起こされる病は《紫病》と名付けられており、此の病にかかると…』
ラジオから流れてくるのは、毎日毎日此の話題。《紫の霧》や、それに伴う《紫病》に関するもの。
ラジオは少女を両親の罵声から守ってくれる唯一の手段だったのに。
少女が住む、此の日ノ本の國は、少し異常だ。と言うのも、政府が二つある。
一つは、本当の政府である、とされている櫻政府。
もう一つは、偽の政府だとされている桐葉の政府。
そう。まるで南北朝の時代のように。
「££●⊆⇔≡ゎΙΘΙ;'.・ёЭЭФФХ」
「ёийбШШψωччΗΘΙΙγεゐΓΝ♭≫∇」
「っあー、もう。五月蝿いな。」
唐突に、階下から聞こえてきた悪口雑言に、顔をしかめる。
あの人達が両親だ、何て少女は一ミリも認めたくはなかったが、生理学上両親と呼ばれる人達が喧嘩をしている声。聞き取りたくもない。その癖少女にはやれ有名大学だやれ研究者だ、と期待を押し付けてくる。
少女は、そんな家族と言うものが嫌いだった。
「∫∇≡⇒⇔ÅΤΥζζ♀♂£▽∈¬≡≒」
「†∵∇⇒≒≪≫√♪£●◎⊇∀⊃⊂⊃←」
…五月蝿い。
きが、くるってしまいそうだった。
「瑠亜はどう思うんだ!?」
其の言葉が自分に向けられたものだと気付くのに、数瞬ほど時間を要した。
何故、何時も彼女達はこうなのか。
何時から、彼らはこうなのか。
それは瑠亜と呼ばれた此の少女にもわからない。
「知らねーよ、そんなもん。」
「何!?誰が養ってあげてると思ってるの?大体、おまえがちゃんと教育しないから…」
「はぁ?貴方こそ…▽▼※◇&**≧-∞∠∃∠§@」
運悪く、瑠亜の言葉は両親に聞こえていたようで、瑠亜も巻き添えを食らう。知らない、知らない。少女は何も知らない。雑音だ。此の人達の声は。ヘッドフォンを外したのがいけなかったんだ。瑠亜は外していたヘッドフォンを再び耳に当てる。そうすれば、あの人達の声は雑音になるから。
嫌な現状を、直視しなくても良くなるから。此の状況が普通だとして、よく周りの人は生きていけるよ。瑠亜が何時も思っていることだ。首元のチョーカーに、そっと手をやる。瑠亜の幼い頃からの癖だった
『たった今入ったニュースです。櫻政府は先程12時59分に、緊急特別警報を発令しました。繰り返します。櫻政府は、先程12時59分に、緊急特別警報を発令し、《紫の霧》に厳重な注意を払うよう呼び掛けているとの事です。繰り返します。…』
ヘッドフォンから声が流れてきて、けたたましくサイレンの音が響く。《紫の霧》がやってくる前兆、と言っても良い。最も、何故櫻政府が此処まで正確に《紫の霧》の発生を予知できるのかは不明だが。
「此の霧で、あの人達が死んでしまえば良いのに。」
何て思いつつ、瑠亜は緩慢な動作で階下へ降りていく。
「大体何時も何時も貴方が研究だとか言って家に帰ってこないのが悪いんじゃない。」
「お前こそ良妻賢母だ、とか言って子供の世話もまともに出来ていないじゃないか。」
罵詈雑言。悪口雑言。瑠亜に関するものもある。聞きたくない。
それでも、静かにしておかなければ。
--《紫の霧》に殺されてしまう。
《紫の霧》が連れてくるのは病--《紫病》だけではないのだ。
「…お母さん、お父さん。」
「なんだ瑠亜。テスト…は学校がないからないか。」
「いいえ、違うのよ貴方。この子、模試の結果を…」
「何!?それは何点だったんだ?」
…此のときだけ結託して暴言を吐いてくる両親が憎らしい。
「違う。外。サイレン鳴ってるよ。」
外を指差しながら、瑠亜は言う。
両親は目の色を変え、台所にある収納から繋がっている半地下のシェルターに避難する。此のシェルターは元々、日本全土を襲ったとされる数十年前の大地震を教訓に作られたものなのだが。其れは又別の話。