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異世界は召喚されし者に優しくない  作者: 高橋 聡
第一章 チートなき世界でのあまりモノ義勇兵
4/13

ep4 訓練初日

 4話出来ました。どうぞよろしくお願い致します。

 この世界で、夜の班部屋で照明に使えるのはろうそくだ。しかしマッチがない。

 新米義勇兵たちはまだ魔術を教えてもらっていないので、そもそも夜に班部屋は灯りがない。見張りの兵士たちに申し出れば火をつけてくれるだろうが、それも少々悪い気がする。

 暗い上にやることもないので、自然と新米義勇兵たちは夕食の喧騒が終わると部屋に戻り、やることもなく寝てしまう。


 3日目の朝、太陽が登るとともに見張りの兵士たちに叩き起こされ、それぞれ訓練所へと向かう。これがこれからの新米義勇兵たちの、日常となるのだ。


 サトルたちも太陽の登り始めたと同時に叩き起こされ、着替えて汲み置いた水で顔を洗い、身支度を整える。

 あのヒナタやミナトですらまだ眠いのか、テンションは低めだ。

 ツバサに至っては着替えながら船をこぐという器用なことをしている。着替え終わったツバサを無言でミナトが担ぐように引き連れ、寮舎を出て訓練所へと班員で向かう。


 東の空が鮮やかな暁色に染まり、どこともなく鳥の鈴のような鳴き声がする。朝のやや冷たい空気が徐々にサトルたちの眠気を覚ましていった。

 サトルたちが見た、この世界のはじめての朝は、吸い込まれるように美しいものだった。

 きっと城壁の外で見られれば、もっと美しいのだろうとサトルは独り言をつぶやく。


 訓練所は外側と内側の城壁に囲まれた寮舎の西側に歩いて10分程度。少し小高い丘の上に位置している。

 運動場は兵種問わず使用し、座学のための木造の建物は兵種ごとに分かれているようだ。大まかには体力錬成、武技などを午前中にこなし、午後から日が傾き始める頃まで座学といったスケジュールになっている。

 昨日もらった訓練所の地図には、運動場に集まるようにと書かれていた。


 サトルたちが運動場に到着すると、すでに他の班も到着している。

 教官と思しき12名の男たちの1人が前に出て義勇兵たちを集める。170センチほどの体格、年齢は40歳は超えているだろうか? 年齢の割には肩までの長髪、長めのあごひげ、そして細身ながらしっかりとした筋肉が服の上からでも見て取れる。

 頬の傷が生々しい戦歴を表しているようにサトルには思えた。


「あ~お前ら、ちょっとおせーよ。今度からもう少し早く来るようにな~」


「ちっ、まだ到着してない班があるって? まじかよ。クソだりい。ま~いいや、これから防具を配っていくから重装戦士はあっち、軽装戦士はこっち。立て札で書いてある兵種のところに行けや」


「防具つけねーでの訓練なんて意味なし! 午前中は、防具は到着したら必ずつけておくように。午後の座学のときもつけてていいぞ~。早くなれねーと3ヶ月後には命に関わってくるからな~。はい、さっさと行った行った!」


 なんともだるそうにしゃべる男だ。名乗りすらしない。

 ここで一度、サトルたちはそれぞれの防具を受け取るために立て札のある場所に向かって別れる。

 「皆さん、がんばりましょう。またあとで」とユウイチロウが声を掛けると、それぞれが声をかけてから兵種の場所に向かう。

 ミナトとツバサは同じ魔術兵という事を忘れていたようで、声を主にミナトからかけていたのだが、行く方向が同じだということで気がついてツバサがクスクスと笑い、ミナトは恥ずかしそうに赤面している。


 配られる防具は兵種ごとに統一されている。

 基本的にはどの兵種も、頭からかぶる鎖帷子(くさりかたびら)、その上から着る革鎧である。鎖帷子は腰の下まで丈があり、重量は5キロよりやや重い程度だろうか。腰にベルトをして重さを分散させるのだが、それでも肩にずっしりと重量がかかる。

 もちろんどちらも新品などではなく、使い込まれた使用感があることから、使い回しなのだろう。

 革鎧は硬化所理がされてかなり硬く、重装戦士などに配られるものは急所部分が金属で覆われている。


 サトルが着込んでみて最初に抱いた感想は「重い」であった。それはそうだろう、鎖帷子(くさりかたびら)が約5キロ、そして革鎧もおおよそ同じくらいの重さなのだから併せて10キロにもなる。


「はい、装着できたか~? なら全員こっちに集まれ。今から行進を教えるから。兵種ごとに、それぞれの教官のところに整列しろ。教官、副教官の指示に従ってできるまでやれ」

「あ~、ちなみに俺は軽装戦士の教官なんだわ。軽装戦士はこっち集まれ~。じゃ、副教官殿、あとはよろしく~っと!」

「ちょっ・・・押し付けないでくださいよ。ザンザ教官! 逃げないでくださいねっ?」

「ちっ! 面倒くせぇな……おら、さっさと整列しろ! 2列縦隊だよ2列! つっても5人しかいねぇからみじけーけどな。じゃ、俺や副教官と足並みを合わせてついてこい。いち! に! いち! に!」


 世界中どこの軍隊でも、訓練は行進から始まる。

 サトルたち軽装戦士の息は早くも上がり始める。10キロの鎧や鎖帷子(くさりかたびら)を着込んでの行進は想像以上にきついものがある。

 ようやく足並みが揃い教官からOKが出ると次の課題が出される。走りながら行進しろ、と教官はゆっくりなペースではあるが掛け声をかけながら走る。軽装戦士たちもそれに続く。


 肩が重い。足がもつれる。しかしペースを乱そうものなら副教官や教官から容赦のない罵声が飛ぶ。

「ちんたら走るな! ペースを合わせろ! 足並みを合わせろ!」

「俺が前で見本を見せてやってるのに、なんでできねーかな~? 楽しいのはこっからだぞ~」

「んじゃ、俺の歌ったとおりにお前ら復唱しろ~。大声でだぞ~?」


 教官のザンザは走る二拍子のリズムに合わせて大声で歌う。それにサトルたちも続く。

「市街に行けば娼館の!」

『市街に行けば娼館の!!!』

「可愛いあの娘が待っている!」

『可愛いあの娘が待っている!!!』

「銀貨を3枚携えて!」

『銀貨を3枚携えて!!!』

「あの娘に俺たち打ち込むぜ!」

『あの娘に俺たち打ち込むぜ!!!』

「勇敢!」『勇敢!!!』「豪快!」『豪快!!!』「俺たち!」『俺たち!!!』「義勇兵!」『義勇兵!!!』


 どの兵種も午前の訓練は行進、ランニングという体力錬成だが新米義勇兵は息も絶え絶えだ。

 サトルが副教官に質問をする。剣術や武技はやらなくていいのですか?と。体力錬成中は鬼のように怖かった副教官だが、性格はいたって真面目。だからこそ演じていたのかもしれない。

 彼は軽装戦士5人を前に説明を始める。


「確かにさっさと戦うすべを教えてやりたいのだが、君たちは召喚されたばかりで体力がなさすぎる。この世界で生き抜くためにはなにより、体力とスタミナがものを言う。生き抜いてきた私達が言うのだから間違いない。

 このあとは休憩をとったら、盾の扱い方を教える。あとは剣の素振りだな。

 3ヶ月しか時間はない。無理をしてでも食らいついてくるように。

 3ヶ月後に死にたくなければな」


 ザンザ教官が茶々を入れる。

「まぁ、お前らがどうなろうが知ったこっちゃねーが、死にたくなかったら真面目にやるこったな。副教官殿はこんなに親切なんだし、お前らマジでラッキーだぞ?」

「ザンザ教官はもう少し真面目にしてください……」


 休憩の後も体力錬成をはさみながら、盾術、剣術の基本動作を嫌という程に繰り返す。どの兵種も4~6名ほどに対して教官、副教官がついているので、その練習密度は相当に濃厚だ。


 サトルも腕は上がらなくなり、剣がすでに上にあがらない。向こう側ではダイチ、ユウイチロウ、ヒナタなども同様の状況のようだ。

 サトルは魔術兵ならもう少し楽なのでは? と目をやってみると、ツバサは無事ぶっ倒れ、ミナトも息も絶え絶えのようだった。

 この世界では魔術兵も体力、スタミナを一定以上は要求される。鎖帷子(くさりかたびら)、革鎧という装備も共通なら、盾だって魔術兵は持たないといけないのだ。

 太陽は真上に登ろうとしていた。


 一度寮舎に疲れた体を引きずって戻り、それぞれの班で食事を用意する。寮舎の一階の炊事場では誰もが、一言も口を利かずに黙々と食事の用意を進めるさまを、兵士たちが多少の同情の視線を向けながら見ていた。

 休憩を抜いてもおおよそ5時間ほど、体を痛めつけるような訓練だったのだから、新米義勇兵全員が食欲をなくしている。そこに兵士たちが声を掛ける。

「無理してでも食べなさい! 食べないと体力が持ちません! ほら、ちゃんと食べて!」


 サトルたちもその声に押されて、なんとか食事を飲み込む。ツバサも必死に食べようとしているのだが、咀嚼しているものがなかなか飲み込めずに苦労している。

 昨日の活気と喧騒に満ちた夕食の炊事場に比べれば、まるで野戦病院か何かのような雰囲気だ。

 食事休憩が終われば兵士たちにせっつかれながら、新米義勇兵たちは座学をするためにそれぞれの兵種の建物へと向かった。


 午後からの座学はどの兵種でも、自己回復魔術を習得するための魔術講座であった。

 教官たちが説明するところでは、この自己回復魔術は魔術の中でも習得難易度は低く、きつい体力錬成での疲労などを次の朝には治せるので、大幅な体力アップやスタミナアップが見込めるとのことだ。


 この世界には基本的に2種類の魔術の運用が存在する。自身の身体に働きかける身体魔術と、外へと魔力を放つ放出魔術だ。

 魔術の基本原理は現象を引き起こすことである、と教官は説明する。現象とはなにか?発火、加速、強化、回復、再生、召喚、圧縮等々だ。

 つまり火の玉を飛ばすという魔術は、火の玉の中心に魔力を圧縮し、その周りを発火させ、圧縮した魔力を加速させるという3つの工程が必要となるため、かなり高度な魔術となる。

 火だけを飛ばした場合、逆風で自分自身がやけどする恐れがあるので、絶対にしないようにとのことだ。


 魔術が現象を起こせる範囲は狭く、熟練者であってもせいぜい20メートルもない。

 例えばアニメのように大岩を中空に召喚したとすると、高さ20メートルから大岩を落とすことになるのだろう。

 さらに大岩の大きさも問題だ。自分の魔術の発現範囲以上の大岩を召喚すると、自分も潰される恐れがある。というか潰される。

 教官が言うには初級の魔術兵で一番有効な攻撃は、魔術による投石なのだ。投石ならば加速という1つの工程だけであり、加速さえつけば有効射程も相当に長くなる。


 こうして座学は基本的な魔術の知識と、自己回復魔術を教えられて終了した。


 魔力の知覚はイシス神というこの世界の、人族などが信仰する神の加護を授かるだけでよかった。

 簡素な加護を授かるための洗礼が行われ、あっけなく新米義勇兵は全員、自身の魔力を知覚することになった。


 座学を終えたときにはすでに、西の空に太陽がかなり傾いた頃であった。サトルたちは炊事場に集いご飯を食べながら、それぞれの今日のことなどを報告し合う。


 ユウイチロウが口を開く。

「いやぁ……本当に今日は皆さん、お疲れ様でした。」

「むっちゃ疲れたっすわ~! ホンマ! 陸上部でもあんなにきつい練習、なかったすよ!」

「本当、凄い訓練だったね……ちょっとつらかったかな?」

「ヒナタ、ダイチさんは体力があっていいですよね~……死ぬかと思った」

「みみみみ、みっミナトさん、しっ、死んでた」

「いや……最初に死んでいたのはツバサだったような?」

 ヒナタ、ダイチ、ミナト、ツバサ、サトルが次々と口を軽口を叩く。


 今日の夕食はライ麦と豚ミンチのリゾット、黒パン、ポテトサラダだ。

 豚肉は包丁2本で粗めに叩き、鉄鍋に豚の脂を溶かして熱してから炒める。炒めている間に塩、胡椒を少々加えライ麦も入れて脂に絡めて炒める。水を入れて30分ほど煮込み、最後に塩、胡椒多め、コゴミ、粉にしたチーズを入れて混ぜたものだ。

 ポテトサラダはじゃがいもを茹でて大きな鉄鍋の中で潰し、ゆで卵、みじん切りにした人参と玉ねぎを加え、塩、胡椒、粉チーズ、レモン、マスタードで味付けをする。

 この日も他班の義勇兵が「美味そうだ……」と寄ってきたものの、この日ばかりは体力のあるダイチも疲れていたのか、他班の義勇兵はしょんぼりとした表情になっていた。

 しかし他班の半数が、ダイチを真似てリゾット作りに挑戦をしたようだ。


 この世界の夜は早い。はじめての訓練での疲れもあったのだろう。

 部屋に戻るとサトルたちは、自然と挨拶以外の言葉をかわすでもなく、まどろみの中に落ちていった。


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