ep13 あまりモノでなくなった日
銀の誓約と黄金の林檎が、班同盟を結んで3ヶ月がたった。ユウイチロウとカズキが合意した、当面の方針はこうだ。
・班単位でも動けるよう、班単独の出撃もする
・3日に1回は、合同での出撃もする
・働きにかかわらず、合同の際の取り分は半々
・戦略は銀の誓約、黄金の林檎から2名ずつだし、話し合う
銀の誓約からはユウイチロウ、サトルだ。黄金の林檎からはカズキ、ノボルが発言や相談を担当していた。
同盟を結んでからは至極順調であった。同盟間の諍いもなく、絆はますます深まるばかりだ。
特にダイチとダイゴは稀有な大型重装戦士なのだから、意気投合には時間がかからなかった。
ダイチとダイゴは体格に恵まれている。そして才能にも。ダイチの人見知りする小動物的な性格――戦闘時には別物になるが――に比べ、ダイゴは快男児という言葉がピッタリの男である。
しかしなぜかこの2人は、馬が合うようだ。
前衛の主力2人が意気投合し、バッタバッタと敵をなぎ倒していくのだから、他の班員も張り切らない訳にはいかない。
苦戦していたホブゴブリンすら、1対1であっさり屠ってしまうのだから、士気が上がらないわけがない。
ダイチ、ダイゴの2人で当たれば、オーガすらねじ伏せてしまう有様だ。
ユウイチロウやタケル、リュウイチといった重装戦士は意気軒昂に、ダイチやダイゴの補佐として守備、攻撃にと忙しくなく動き、軽装戦士のサトル、カズキも軽やかに敵を屠る。
その連携はまるで、演劇や殺陣を見ているようになめらかだ。
唯一の軽装歩兵であるヒナタは、無鉄砲ながらも同盟の鉄砲玉の異名をもらったようだ。ユウイチロウにときおり、無鉄砲すぎるぞ! と叱られているのは、もはや全員が微笑ましく見ている。
後衛も盤石の体制になった。職人肌の魔術兵シンイチは黙々と仕事をこなし、弓兵のノボルが後衛の指揮を執る。
ミナトはノボルの補佐をしつつ、ツバサ番というのが定番になった。なぜかツバサは、ノボルの指示をあまり聞いていないためだ。
ツバサ本人は「きっ……き、聞いてるし!」と言い張るが、ノボルとミナトは苦笑いをするだけだ。いっても無駄と諦めている、とも表現できる。
しかし――2ヶ月過ぎた同盟でツバサには、以外な才能があったことが判明する。
――詠唱をしなくても、魔術名すら唱えなくても魔術が、全く同じように放てるという事実だ。魔術兵にはシンイチ、ミナト、ツバサがいるが、それができるのはツバサただ1人だ。
どうも魔力もツバサは多いようだ、とわかった。
あるときは無言で、ゴブリンの群れに向かって、石礫の魔術を10秒間に10連射したのは、誰もが驚いた。
「高橋名人かっ!」
と思わず、普段冷静なノボルが冷静さを失って突っ込んだが、ジェネレーションギャップを思い知るだけになった。
シンイチはある日、ツバサに尋ねる。
「どうして、無言で魔術が放てるの? コツとかありますか?」
「えっ? え…… えと、ええええ? できないの? こ、こう……ズバーン?」
いくら聞いても要領を得ないので、シンイチは詠唱の早口を練習することにした。ようするに諦めた。
後にシンイチが、「超速の詠唱魔術師」と二つ名がつくのはまた別の話だ。
傍らではダイゴが「がはは! やっぱりな!」と大笑いし、ダイチも苦笑していた。
同盟の名称は単純に「誓約と林檎」。「金と銀」にはならなかったようだ。
――同盟を組んで3ヶ月ほどたち、秋が訪れる。全てはサトルたちにとって、順調だった。
「なあ、ユウイチロウさん。聞いてるか? 近々戦が起こるんだってさ」
「ええ……少しは……。カズキさんのところの情報は?」
いつもの飄々亭で飲みながら、誓約と林檎は情報交換をしていた。今日の稼ぎも悪くなかった。ゴブリン40匹、ホブゴブリン5匹が戦果であり、最近はそれくらいなら安全マージンを十分にとっても戦える規模だ。
前衛が2人が化け物じみているので、当然かもしれない。
休みには教官のザンザたちに教えを請い、付き合ってもらい、出撃は朝早くから夜遅くまでという毎日を続けたからだろう。たまの休みには、銀の誓約の塒に黄金の林檎が来て、ダイチが手料理を振る舞うという日々だった。
すでに誓約と林檎同盟は、戦士の顔になりつつあった。
「確かなスジの情報からですが……カズキのいうことは事実でしょう。魔人軍が動きを活発化している、とのことだそうです。
我々義勇兵も駆り出されるでしょう。
班同盟は義勇兵編成に考慮されのは本当のようです」
一息にノボルが状況を説明する。
サトルは応える。
「こういう状況を想定しておいて、良かったです……。――生き残る確率は上がります」
ユウイチロウ、カズキも重々しく、コクリとうなずくとヒナタが声を荒げる。
「え! なんで俺らが戦争するんすか! やりたいやつで、やっときゃいいっすよ!」
他の班員たちも心境は同じようだ。なにせ戦争のない世界、いや国から召喚されたのだから、こちらの世界に概念が染まったといっても抵抗はある。
サトルはヒナタに優しくいう。
「そうだね……それならどれだけ良いか。でも……参戦しないなら死罪、という情報もあるんだ」
ダイチは悲しそうにつぶやく。
「……うん、やるしかないみたいだね、サトル、ユウイチロウさん、みんな」
「がはは! やっぱりダイチはいいなっ! 覚悟の決め方が早い! 俺様も覚悟を決めた! 思う存分暴れてやろうではないか! なーに! DD――ダイゴ・ダイチ――が貴様たちにはついている!」
(……ダイチ・ダイゴなんだけどな)
ダイゴは不安を吹き飛ばすかのように、快活に笑う。ダイチはダイゴのDDに反応して、思わず苦笑いをもらす。
そのとき、ユウイチロウとカズキが高らかに宣言する。
「絶対に生き残ります。いいですか? 無様でも生き残って帰りましょう!」
「もう……仲間の死は絶対ゴメンだ! 生き残るぞ!」
『おう!!!』
飄々亭の誰かが声を上げる。
「俺たち勇敢義勇兵っ!」
まばらに飄々亭の義勇兵たちが、その声に続く。
『俺たち勇敢義勇兵っ!!!』
班のリーダーと思しき義勇兵が、その後に続く。ユウイチロウ、カズキも声を張り上げる。
「勇敢、すなわちあきらめないっ!」
班員たちは声を張り上げ、唱和する。
『勇敢、すなわちあきらめないっ!!!』
リーダーたちは姿勢を正し、さらに声を張り上げる。嵐のように、飄々亭を熱気が包む。
「娼館のあの娘を抱くまではっ!」
『娼館のあの娘を抱くまではっ!!!』
「死んでなんかやるものかっ!」
『死んでなんかやるものかっ!!!』
「生き残る!」『生き残る!!!』「生き残るっ!」『生き残るっ!!!』「生き残れっっ!」『生き残るっっっ!!!』
唱和が終わった頃、ノボルが飄々亭の全員に語りかけるように、声をだす。
「みんな! 聞いてください! 情報では――もう知っている人もいるかも知れませんが、魔人軍3万、我々は義勇兵1500、正規軍5000だそうです。
開戦前には、近隣からの友軍が4000! 籠城にはギリギリの人数です!
しかし! 王都からは援軍が確約されている、との情報もあります!」
ユウイチロウとカズキは精一杯、声を張り上げる。
「勝ちましょう! 生き残りましょう!」
「勝つぞ! 死ぬな!」
あとに続く声は賛同するものだった。
「もう、仲間を失いたくない!」
「勝とうぜ! 召喚されたばかりの、俺達とは違うところを見せてやる!」
「わけも分からず、殺されてたまるか!」
「魔人軍?! なんぼのもんじゃい!」
「ひっ……ひ、引きこもりたい!」
最後のは当然ながらツバサだ。空気よめ、とサトルは顔をひきつらせる。ツバサはサトルにとっては天才だ。詠唱なしに魔術を放て、中級レベルの魔術まで習得し始めている。
魔術範囲も初級魔術兵の5メートルから、すでに15メートルにまで達している。20メートルなら大魔術師と呼ばれるレベルだ。
(天は二物を与えず……か。コミュ障がなければ、本当に天才なんだけどなぁ……)
サトルがどう思ったところで、ツバサはツバサだ。それ以上でも、それ以下でもない。
熱気と喧騒の中、各班のリーダーと補佐たちは盛んに情報交換をする。なかには同盟を! という交渉もあるようだ。
銀の誓約、黄金の林檎の「誓約と林檎」同盟もいくつかの交渉を持ちかけられた。
落ちこぼれの義勇兵と呼ばれた銀の誓約は、わずかに義勇兵の中心にいる存在となったのだ。
これにて「第一章 チートなき世界でのあまりモノ義勇兵」は終章。次回から新たな展開、第二章が始まります。
戦争編ですよね、普通に。ようやく主人公のサトルが輝き始める予定。ん? 主人公がサトルだって忘れてた? そんなの筆者もですよ。気にしない。




