ep11 班同盟
大変おまたせしました。11話です。どうぞよろしくお願い致します。
城壁にたどり着いた銀の誓約、黄金の林檎、黒翼同盟は沈痛な面持ちのまま義勇兵ギルドに向かう。
淡々と黄金の林檎、黒翼同盟は戦死者の報告を済ませた。ユウイチロウは黄金の林檎のリーダーカズキに伝える。
「後は私達が、報告しておきますので」
「すまない、お願いする。――明日、時間を取れないかな? えっと、相談があるんだ」
「……わかりました。明日は休みにするつもりでしたし。どこで待ち合わせましょう?」
「――市街地の飄々亭は知ってる? あそこで日の落ちる頃でどう?」
「ええ、飄々亭ですね」
一方でサトルはユウイチロウに任されて、報告に来ていた。義勇兵ギルドの軽装戦士教官ザンザに、ことのあらましを伝える。ホブゴブリンが3匹もいたこと。ホブゴブリンが45匹ものゴブリンを率いていたこと。
黄金の林檎のリーダーから聞いたあらましも、もちろん伝えた。
「戦死者が出ちまったか……それもゴブリン草原で4人も、か」
「はい、凄惨な戦いでした。あの、黒翼同盟はどうなるんでしょう?」
ザンザは嘆息しながら、視線を窓に向ける。表情は変わらないが、唇を噛み締めているようにも、サトルには思えた。
「そうだな、しばらくは班の立て直しってとこだろうな。さすがに4人欠員じゃ出せん。そこらあたりはギルド職員が、うまくやるだろうさ。上にもな。
おそらくだが、中級以上の班に回されて再教育だな。
ま、お前らのところはよくやった。そう落ち込んだ顔をするな。
むしろ――俺たち義勇兵教官の力不足だ。すまなかったな……」
「……いいえ」
それだけ言ってザンザは席を立つ。サトルも一緒に席を立ち、ユウイチロウたちに合流する。
その夜、いつもどおりにダイチが料理して水都が手伝う。ヒナタがはしゃぎ、ツバサをからかう。前と変わらない夜に思えて、前と何かが変わった雰囲気もする。
班員全員がそれを知りながら、全員が前と変わらない夜にしようとしている。
ユウイチロウが切り出す。
「今回は初実戦から2日目だというのに、本当に大変な戦いでした。みなさん、お疲れ様でした」
「うぃっす~」
「はいっす! お疲れ様っした!」
ミナト、ヒナタが元気良く応えるとユウイチロウが続ける。
「戦果はホブゴブリン2匹、ゴブリンは初日と2日目あわせて18匹です。またホブゴブリンの装飾品などもいただけました。サトル、いくらになりました?」
「おっ! お、お疲れ様! じゃなくて――お、お金!」
サトルが取り出した布袋を、ツバサがジーッと見ながら嬉しそうにはしゃぐ。
「えっとですね……ゴブリンが18匹で銀貨9枚、ホブゴブリンが2匹で銀貨8枚、装飾品が銀貨6枚。
義勇兵ギルドで申請した際に、異常事態だったので報告ボーナスということで銀貨10枚。
全部で銀貨33枚です」
「……すごいね!」
「うぉー! 10日分くらいの稼ぎですか~。ホブゴブリン単価高いし~!」
「すげーっすわ! 俺らすげくないっすか?!」
「お、お金! ひ、ひっ引き込もれる!」
「ツバサ? 引きこもりませんよ?」
ユウイチロウの冷静なツッコミに、ツバサはうなだれる。ツバサは本当に、引きこもり体質のようだ。
ユウイチロウは全員に告げる。
「明日は休みにしようと思います。あと――黄金の林檎が明日の夜に相談があるそうです。みなさん、行きますか?」
全員が神妙に頷く。サトルは思う。今、黄金の林檎の班員たちが、どういう気持ちで過ごしているのか? と。
「相談ってなんだろうね?」
ダイチがユウイチロウに質問するが、ユウイチロウはわからない、と首を横に振っただけだ。
一方で黄金の林檎も、塒に帰っていた。黒翼同盟を抜けて新たに加わったタケルも一緒だ。タケルの班替えは義勇兵ギルドで、驚くほどあっさりと認められた。
カズキはテーブルに両腕をつき、頭を伏せて班員に言う。
「みんな! すまなかった……自分の判断でゴリが……戦死した」
「それを言うのなら、私の方こそ! 黒翼同盟の責任のほうが大きいんですから!」
そこに黄金の林檎最年長のノボルが、声を掛ける。
「……カズキ、気にしないのは無理でしょう。でもみんなは、今でも貴方を信じてますよ?」
ダイゴ、シンイチ、リュウイチもノボルの言葉にうなずく。
「それから、タケル。もう貴方は黄金の林檎の班員です。そのかしこまった”私”は止めてもよいのでは?」
ノボルは軽く微笑みながら、タケルに問いかける。
ノボルは黄金の林檎の最年長であり弓兵だ。切れ長な目の美丈夫で170センチほどの身長。雰囲気は冷静で事務的、といった印象だ。
タケルが思わずテーブルの上に落涙する。
「僕……僕は……っ」
タケルがなにか言いかけたところで、ノボルは切り出す。
「えー今回の戦果は歳入がゴブリン20匹、ホブゴブリン1匹にその装飾品。報告ボーナス、戦死者手当です。
ゴブリンが銀貨10枚、ホブゴブリンと装飾品で7枚、報告ボーナス10枚。
――戦死者手当が10枚です。
歳出は司祭様の祈祷料で銀貨3枚。なぜか酒樽をいただきました。
計34枚の銀貨が今回の収支です」
黄金の林檎最年少のリュウイチが「ノボルさん、っぱね~!! 空気切り裂きすぎ~!!」と茶々を入れる。
シンイチやダイゴもうんうん、とリュウイチの言葉に頷く。
カズキ、タケルが呆然としていると、髭面と大きな体を揺らしながら、ダイゴが快活に声を上げる。
「がはは! いつまで落ち込んでやがる! 台所は火の車! 俺様たちは明日も食わなきゃ、生きていけん! そうだろ?! リーダー! よろしく頼むぜ! タケルもな!?」
シンイチ、リュウイチも再度大きく頷いて同意を示す。
ノボルは「まったく、そのとおりです」とでも言いたげな表情で、首を横に振り含み笑いをする。
「がはは! おう! ノボル! 司祭様から酒樽もらったんだろ? 『なぜか』じゃねーよ! シンイチ、コップ出せコップ! ほれ、リーダー! タケル! 飲もうぜ! 音頭はリーダーがとれよ! ほれ、シンイチ! つげつげ!」
「すまない! みんな。いや、ありがとう! 勇敢で仲間思いだったゴリに!」
『ゴリに!』
ノボル、シンイチは淡々とエールを飲む。ダイゴ、リュウイチは肩を組みながら義勇兵歌を歌い、ダンスを踊る。その横ではタケルとカズキが何杯ものエールを痛飲する。
「僕はれすねぇ~! 黄金の林檎に来れてよかったれす~……カズキすぁん! 黄金の林檎バンザイ!」
「おう、タケルぅ! 乾杯しよう! 乾杯! 飲め飲め~! 自分も、もういっぴゃいくれー!」
その横でノボルが独りごちる。
「まったく、手のかかるリーダーです……ま、支えがいがあるってものですが」
向かいのシンイチが、その独白を聞いてニコリと微笑み、ノボルのコップにエールを注ぐ。
半月が夜を静かに照らし終えた頃、この宴も終わるのだろう。
日が昇り始める頃、サトルいつものとおりに起床する。外からは雨音がしずしずと聞こえ、湿った空気が窓から入り込む。
「雨か……」
サトルはつぶやきながら目を覚ます。鼻に美味しそうな香りが届く。きっと炊事場からだろう。ヒナタ、ミナト、ツバサは相変わらず眠ったままだ。鼻をヒクヒクさせているから、きっとヒナタは朝食ができたら起きてくるだろう。
珍しくユウイチロウもまだ眠っていた。激戦の疲れのせいだろうか、きっと精神的にもきつかったのだろう。
「あれ、もう起きたの?」
「おはようございます、ダイチさん。なにか手伝いましょうか?」
「いいよ、サトルは座ってて。折角の休みなんだし」
ダイチは鍋に向かいながら、楽しそうに鼻歌を口ずさむ。本当に料理が好きなんだな、とサトルは思う。
サトルは今日、義勇兵ギルドによってから市街地に繰り出すつもりだ。昨日の激戦は、本当に危なかった。新たな魔術の習得のための情報や、武具の情報などを集めるのが目的だ。
どんな方向で班の強化を進めていけばいいか? とサトルは思案する。
「サトル、難しい顔してるね? 悩み事? ほら、ごはんができたよ。少し奮発したんだ」
サトルがテーブルに顔を向けてみると、朝食としては別格に豪華な料理が並んでいた。
大麦で作った麺をベーコン、チーズ、牛の乳、卵で絡めたパスタ。カモの内蔵を抜き、それに雑穀のリゾットと香草を詰めて焼いたロースト。ハム、大根、玉ねぎ、ザワークラウト、そら豆で彩られたサラダ。
サトルは思案していたことも忘れ、ゴクリとつばを飲み込む。
匂いにつられてユウイチロウ、ミナト、ヒナタ、ツバサも起きてきたようだ。
「……これは、豪華ですね」
「おはよっす~……っ!? 豪華ですね~! 美味しそ~!」
「なんか、いい匂いしてると思ったんすよ! ダイチさんすげーっすわ!」
「うぅぅ……う、美味そう!!!」
ツバサは普段見せない素早さで、席について手を伸ばす。
「ツバサ! みんなでいただきましょうね?!」
ユウイチロウは「またか……」とでも言いたそうな表情で、ツバサを注意する。
一方、黄金の林檎が目を覚ましたのは、すでに太陽が真上に登るか登らないかのときだ。ダイゴを除いて誰もが、フラフラとアンデッドのように起き上がり、頭を抱える。
「がはは! 二日酔いとは軟弱な奴らだ! 俺様はスッキリよ! ほれ、どうせそんなこったろうと思って、飯を作ってやったぞ! 俺様に感謝だな! がはは!」
ダイゴが快活な大声を出すと、カズキがフラフラとしながら言う。
「……もう少し、声を小さく……小さくしてくれ。頭に響く……」
「頭痛い~……超痛いんですけど……」
「……私ともあろうものが、ふ、二日酔い……うぇっぷ!」
「僕、もう無理かもぉ」
「……」
リュウイチ、ノボル、タケル、シンイチも相当のようだ。
カズキ、ノボル、シンイチ、タケル、リュウイチはフラフラと、コップで水を飲んではまた飲み干す。
ダイゴが用意したのはポルチーニ茸、キャベツのザワークラウト、鶏のひき肉、鷹の爪が入ったスープだ。味付けには塩、胡椒、酢が使われている。二日酔い用と義勇兵ギルドが推奨している料理だ。
重装戦士のダイゴは基本的にズボラだ。戦闘面では黄金の林檎随一の守備力、攻撃力を誇るが、事務的なことや生活面では「がはは! 面倒くさい!」と言ってはばからない。
もみあげから生えている髭と、ぼさっとした短髪のルックスはまるでクマのようだ。180センチ半ばもある身長と盛り上がった筋肉は、威風すら感じさせる。
ノボルはダイゴが料理をしている姿を想像して、くすりと笑う。まるで蜂蜜を採るクマさんのようだ、と。
「ほれ! 食え! せっかく俺様が料理したんだ。残したら承知せんぞ!」
ノボルの笑みの意味に気がついて、ダイゴは照れ隠しのように大声を上げる。カズキたちもスープに手を付ける。
「お、結構イケる!」
「ダイゴさんって料理するんですね?! 僕、びっくりしました! 美味しい!」
カズキとタケルは昨日でかなり、打ち解けたようだ。隣ではシンイチが黙々とスープを飲み、まるで「生き返るようだ」とでも言わんばかりの表情をしている。
リュウイチはノボルと同じく、ダイゴの料理姿を想像したようで、ひたすら「ブヒャヒャヒャッ! ヒーッ! お腹がっ!」と、笑い始めた。ダイゴが一喝する。
「何を笑っている! リュウイチ! 俺様が作ったんだ! さっさと食べろ! くそぅ……柄にも無いことをするんじゃなかったぜ……」
普段は快男児のダイゴだが、最後の言葉は消え入りそうなくらいに小さかった。
カズキが切り出す。
「みんな、聞いてくれ。今日の日のくれる頃、銀の誓約と飄々亭で会う。みんなは銀の誓約をどう思った?」
「カズキ、それは……班同盟を結ぼうということですか? ふむ……なるほど。それで?」
ノボルは事務的に淡々と、カズキに話を促す。
「自分は銀の誓約さえよければ、そうしたいと思っている。みんなの安全を考えても、そのほうがいいと思う」
カズキが言い切った後、ノボルは全員を見渡し意見を促す。最年少のリュウイチが手を挙げる。
「いいと思うっすよ~? 僕は。落ちこぼれってみんな言ってたっすけど、昨日は超頼りになったし~」
「では、ダイゴは?」
「がはは! いいんじゃないか? あのダイチってやつは、なかなかやるな! 俺様とダイチが並べば、どんな攻撃も通さんぞ!? ホブゴブリンも一撃だろうな!」
「タケルは? どうでしょう?」
「僕は……ユウイチロウさんしか話してないですが、信用はできると思います」
「シンイチは?」
「……うん、みんなが賛成なら、構わない。私は、私の仕事をするだけだし」
一通りの意見を聞いた後で、ノボルはきっぱりと口を開く。
「私は反対です。第一に、立場として黄金の林檎が下になる可能性があります。助けてもらった立場ですからね。
別にユウイチロウさんをそう思うわけじゃありません。しかし他の班員はどうか? わかりません。
第二に、人数が増えればそれだけ、諍いも増える可能性があります。
船頭多くして船山に登る、という言葉もあります。かえって危険が多くなるかも知れません」
『……』
カズキ以外が黙るなか、カズキは口を開く。
「うん、ノボルの言っていることは理解できる。班同盟の話はまだ、銀の誓約にはしてない。反対が多ければ、感謝の宴とするつもりだったんだ。
……ノボルは本当にそう思って言ってる??」
カズキは爽やかで魅力のあるルックス、いや雰囲気をしている。カリスマ性が備わっていると言っていい。そのカズキに上目遣いですねられると、どうにもノボルは困る。
黄金の林檎は当初、ノボルが指示を出したりしていたが、カズキはノボルより論理的でないにもかかわらず、おおよそでは的確に物事を見抜く。直感というやつだろうか? ノボルにはないものだ。
だからノボルはリーダーをカズキにして、自分は補佐役に回ろうと決心した。全員が賛成したなら反対意見を、全員が反対したならあえて、賛成意見を提出するようにしている。
(……見抜かれてますか。まったく……カズキにはかないません。お手上げ、というやつですね)
やれやれ、と嘆息しノボルはお手上げポーズを見せる。
タケルはまだこの雰囲気になれてなかったのか、ホッとした表情を見せた。ダイゴが「がはは! 相変わらずカズキは、人たらしだな!」と豪快に笑う。
太陽が西に少し傾いた頃、黄金の林檎は飄々亭へと、何かを乗り越えようとするように結論を出した。
日が傾くまで、どのような条件でどのように同盟するのか? 黄金の林檎の話し合いは続く。その表情は真剣そのものだった。
後に彼らは「金と銀」と呼ばれるように……? あれ? こんなマンガ見たことがあるような。カイジより好きでした(笑)