ep10 悲痛の帰路
怒気をはらんで近づいてくるユウイチロウに、撤退戦をしていた2班の1つ、黄金の林檎のリーダーのカズキが駆け寄る。
他の班員は一瞥もせず、戦死した班員を前に涙を流し、号泣し、何かをこらえ、その死を悼んでいる。
カズキは爽やかイケメンという言葉が、まさにそのとおりの人物だった。
「黄金の林檎のリーダーをしている軽装戦士のカズキです――すまなかった! 本当に申し訳ない! しかし……助かったよ、全滅もあり得たのだから」
カズキは深々と頭を下げ、申し訳なさそうに謝りながらも肩を震わせていた。
ダイチが言った「あまりやりすぎないようにね? ユウイチロウさん。彼らは仲間を失ってるんだから」という言葉が、ユウイチロウの頭の中で響く。
ユウイチロウはやや怒気を抑え、カズキに問う。
「銀の誓約の重装戦士、一応リーダー? なのでしょうか、ユウイチロウです。どうしてあそこで、撤退戦を継続しなかったのですか? 事情を聞かせていただきたい」
「……本当に申し訳なかった! 我々黄金の林檎は異常事態に遭遇した。ゴブリン約40匹、ホブゴブリン3匹という大集団を察知して、斥候に向かったんだ。
当然ながら我々は異常事態に、すぐに逃走を選んだ。かなうわけがない。しかしゴブリンたちの集団にも感づかれたようで、追跡された。
逃走している途中ばったりと、彼ら黒翼同盟と出会ったのだが――自分たちは異常事態を伝えて逃走するようにと……。
しかし彼らのリーダーのアイキはこの戦力ならやれると言い張り、言い争っているうちにゴブリンの集団に追いつかれて、撤退戦に移行したんだ。
黄金の林檎から1名死亡、黒翼同盟から3名死亡が被害状況だ……。君たちが来てくれなかったら、もっと被害は拡大していただろう。全滅だってあり得た。本当に感謝する……」
真っ赤になった目でカズキは気丈にも、ユウイチロウの目を真正面から見て続ける。
「重ねてお詫びと感謝を。黄金の林檎の戦死者はゴリという重装戦士だ。寡黙だが優しいやつだった……。
最初に出会ったのが君たち銀の誓約なら、彼も死なずにすんだかも知れない……」
再びカズキは一筋の涙を頬に伝わせ歯噛みし、ユウイチロウの目を真っ直ぐと見ると「後は黒翼同盟のリーダー、アイキにでも聞いてほしい」と言い残し、その場を後にした。
ユウイチロウは茫然自失している黒翼同盟――残り3名のもとに向かう。黄金の林檎とカズキを責める気にはなれない。彼らは最善を尽くしたと思えた。
「黒翼同盟ですね? アイキさんはどちらですか?」
「――我……だが?」
「銀の誓約の重装戦士、ユウイチロウと申します。事情をお聞かせいただきたい。どうして逃走を選択しなかったのですか?」
ユウイチロウの怒気に、ユウイチロウより背の高いはずの、魔術兵のアイキはひるむ。言葉こそ丁寧語だが、ガテン系で髭面のユウイチロウの迫力は、相当なものだ。
「ち、違うんだ! 我のせいではない! 重装戦士共が不甲斐なかったのだ! 我の作戦は完璧だった! こんなはずではないのだ! 魔術剣士たる我に従っていれば、こんなことにはならなかったのだ!」
ユウイチロウの怒気がさらに膨らんでいく。その眼差しは一睨みしただけで、人を殺せそうな勢いだ。
「――黒翼同盟のリーダーは貴方なのでは? 私は事情を聞かせろ、と言ったはずですが?」
「も、申し訳ありません! 事情については私から説明して良いでしょうか!」
ユウイチロウとアイキの会話に、黒翼同盟の生き残りの1人であるタケルが、慌てて口を挟む。
タケルは170センチ台の、本当に普通の20歳くらいといった印象だ。いや、20歳にしては大人びているだろうか。
「アイキは下がっていてください! 話にならないので!」
タケルは憤怒の表情でアイキに告げる。ユウイチロウに向き直り、深々と頭を下げてタケルは謝罪と感謝を述べる。
「本当に申し訳ありませんでした。逃走する機会を失わせ、撤退戦にもつれ込み、最後は暴走しました。
謝罪する言葉も見つからないほどに……本当に申し訳ありませんでした。
駆けつけていただいたことで、なんとか3名は黒翼同盟も生き残りました。感謝します」
ユウイチロウは話を促す。タケルはところどころ歯噛みしながら、ユウイチロウに事情を説明する。
「黒翼同盟は私以外はすべて10代です。多少……いやかなり浮かれている班員が多くて……多かったと言うべきでしょうか。
なぜこんなところに入ってしまったのか? 悔やまれますよ。
すいません……事情の説明でしたね。
黒翼同盟ではサブリーダーの重装戦士レン、軽装戦士で15歳だった……ヤマト、重装戦士のシオンが戦死しました。
ヤマトはアイキの暴走した指示に従って……。
まだ名乗っていませんでしたね、失礼しました。私は重装戦士のタケルといいます。
生き残りは先程の魔術兵アイキ、弓兵のタツミ、そして私だけです」
タケルは続ける。ユウイチロウは静かに頷きながら話を聞く。
「黄金の林檎が逃走してきたときにばったり、私達は出会いました。事情を聞いて私は逃走を強く進言したのですが……アイキやサブリーダーのレンは頑なに、この戦力であれば撃破できると言い張ったのです。
黄金の林檎は無茶だと断言し、アイキやレンを説得しようとしてくれました。
君たちは10代だろう? こんなところで命を無駄にするなと。
そうこうしているうちにゴブリンの集団に追いつかれ、撤退戦に移行したのです。赤い狼煙もそのときに黄金の林檎が上げてくれました。
黒翼同盟の班員は……私も含めてですが、どこか浮ついたところ、夢見がちなところがあったのだと思います。
……私はっ! 私は……黒翼同盟を離れようと思います。アイキにはついていけません!」
独白にユウイチロウは表情をしかめる。29歳のユウイチロウには、黄金の林檎の気持ちが理解できる。タケルも誠実に、嘘なく話してくれたのだろうとも判断できる。
責めるべきはリーダーのアイキなのだろうが、彼には何を言っても無駄だと思えた。
「た、タケル!! 何をさっきから話してんだよ! 俺らのせいじゃねーよ! お前ら銀の誓約がもっと早く来れば、アイツラも死なずにすんだんだよ!!」
ブチッ!! と何かが切れる音が2つしたと――黒翼同盟の弓兵――タツミは思った。本来の臆病な自分を隠すために、ナルシスト気味に振る舞っていたタツミは人の顔色に敏感だ。
ユウイチロウが怒気をはらんで怒鳴る。タケルも続く。
「おいっ!! われぇ……ええかげんにせーよ! 何を言っとるんか分かっとんかっ?! 暴走もお前の指示やて? ふざけんのもたいがいにせーよ!
15歳のヤマトが死んだんは、われのせいやろがぁ!
林まで撤退戦ができれば、その被害はなかったんちゃうんかい!? おぉ?! こらぁ!!」
「アイキ……っ!! 私はもうこの班をやめます。愛想が尽きました!! どうぞお好きになさってください!!」
アイキはただうろたえ、独り言のようにぶつぶつと呟くように言葉を吐く。
「ち、ちがう……俺のせいじゃない……俺の、俺のせいじゃ……お前らが悪いんだ……おまえらが……お前らが早く来てたら……」
タケルは黒翼同盟に背を向け、2人して歩き出しながらユウイチロウにまた謝罪する。
「申し訳ありませんでした、お見苦しいところを……。アイキに何を言ってももう無駄でしょう。
――ところでユウイチロウさんって、怒ると関西弁になるんですね?」
「あ~……こちらこそ申し訳ない。ははは……隠してたんですが出てしまいましたね。
タケルさんはどうするのですか? これから」
先程の怒気から一転、ユウイチロウは恥ずかしげに応じて話を変える。
「……まず黄金の林檎の方たちに謝罪してきます。あちらでもゴリさん……でしたか。戦死者が出てしまったので、許してもらえるとは思っていませんが……」
「そうですか、私も同行しましょう。多少は……いないよりいるほうが、風当たりもきつくはないでしょう」
「ありがとうございます……ユウイチロウさん」
タケルとユウイチロウは黄金の林檎に向かい歩きながら、会話を交わす。ユウイチロウは思う。
(こんなちょけた戦いで、戦死者がでーへんだけマシやったんやろな……。ん? あかん! 標準語や、標準語……そう、標準語です)
黄金の林檎の対応は大人だった。年長組が多いせいかも知れない。カズキはタケルの謝罪に応じる。
「いいよ、もう――こんなこともあるさと、訓練期間中にみんなで散々話し合ったからね。
悲しくないわけじゃない……ただタケルくん、君は最善を尽くしていたと思う。
君の奮戦がなければ、被害はもっと拡大していたかも知れない」
カズキは優しく、タケルの肩を手で軽く叩く。
タケルは涙を流しながら、カズキに深々と礼をして、立ち去ろうとしたそのときにカズキが声を掛ける。
「タケルくん、君……うちに入る気はないかい? 他の班員も君のせいだとは思っていない。ゴリが欠けたばかりで……こんな事を言うのもなんだが……必要なことだ。ゴリも許してくれるだろう……」
「……いいんですか? 私で? みなさんならもっと……優秀な重装戦士が来てくれると思うのですが」
「ふふ、うちも台所は火の車でね? あまり探している余裕もないんだ」
「わかりました……贖罪の意味も込めて、ぜひ私を加入させてください。がんばりますから……ゴリさんの分も……わた、わたじ、がんばりまずがらぁっ!!」
涙を目にため鼻水を出しながら、決意の表情でタケルはカズキに告げる。
「それでは……私はこのへんで」
話が予想以上にまとまったところで、ユウイチロウがそう切り出すとカズキはユウイチロウを引き止める。
「ユウイチロウさん、城壁内まで戻るんでしょ? 自分たちとご一緒しませんか? いえ、ご一緒してください。正直こちらも、ダメージが大きくて……」
「……わかりました。班員に事情なども説明したいので、後ほどご一緒しましょう」
ユウイチロウは銀の誓約の班員たちのもとへ戻る。その間に思考がぐるぐると回る。
(黒翼同盟のリーダーとサブリーダーが、戦犯なのはわかります。しかし……どうしてゴブリン草原にホブゴブリンが? あの大集団はなんだったんでしょうか?)
「ユウイチロウさん、おかえりなさい!」
「おかえり! ユウイチロウさん。どうだった?」
サトルとダイチがユウイチロウの帰還に気が付き、声をかけてくる。
「ええ、後ほどみなさんが集まってから説明しますね。作業の進み具合はどうですか? サトル」
「もう殆ど終わっています」
「さすがはサトルですね」
「ユウイチロウさん! おかえりっすわ~! どうっしたか?」
「あ、おかえりなさ~い。どうでした~?」
「お、お、おかっ、おかえる!」
「ヒナタ、ミナト、ただいま。……ツバサ、おかえる? って何? ブホッ!」
ユウイチロウは思わずツバサの言葉に吹き出した。班員達を見てホッと安堵したせいだろうか。銀の誓約の笑い声がゴブリン草原に響いた。
ツバサ1人がもじもじと「お、おかえり! って言ったし! 言ったし!」と顔を赤くしていた。
戦死者の出た戦場での、空元気だったに違いない。
ユウイチロウが事の顛末を説明すると、ヒナタは「うわ~中二病っすやん!」と呆れた表情をして吐き捨て、ミナトはやれやれと肩をすくめて見せる。
サトルはやるせない表情を見せ、ダイチは珍しく静かに怒っていたようだ。
ツバサは一言「あ、あっ! あほ!」と発言したのみで、あとは平常運転に戻った。
「これって……義勇兵ギルドに報告ですよね? ユウイチロウさん」
サトルが切り出すと、ユウイチロウも深く頷く。
「そうだね……異常事態だよね? これ」
ダイチも同意する。
少し離れた場所でヒナタが、ミナトとツバサ相手に武勇伝を語ってはしゃいでいた。サトルはボソッとごちる。
「なんでヒナタって、こーいうときだけボキャブラリーが豊富になるんだろう? 辛い時ほどはしゃぐよね……」
「俺、駆けってったんすよ! そこでホブゴブリンの横から脇を! 渾身の刺突! んで、ユウイチロウさんたちに加勢して、短槍刺突三連!
ダイチさんには負けるっすけど、戦果2位は俺じゃないっすか!?
ミナトさん! 褒めて! すげーっしょ!」
「ヒナタ……ユウイチロウさんに叱られたの、もう忘れたの~? 僕の指示も無視したし~?」
「ひ……ヒナタ、しっ叱られた! やーい!」
「……ミナトさん、ツバサひどっ! ツバサなんか、いっつもユウイチロウさんに叱られてるっすやん!」
「こここ、今回は叱られてないもんね!」
珍しくヒナタがツバサに押される。ツバサは得意満面の顔をヒナタに向ける。
反論に困ったヒナタは、どうやらイジりに出たようだ。
「おかえる? ってなんすかっ? ブホッ! ぎゃははは!」
「おかえるはウケた~! ぎゃはは!」
「か、かかっ! 関係ないしっ! ち、ちゃんとおかえりって言ったし!! い、言ったし!」
少し離れた場所でバカ話をしているヒナタ、ミナト、ツバサを見てサトルは思う。
(誰も欠けなくてよかった……! 本当に……)
3班は遺体を集め、木々をくべて火葬する。火魔術で着火し、遺体をくべていく。仲間の遺体が荒らされるのを防ぐためと、アンデッドにならないための処置だ。ドッグタグだけを各班のリーダーが手にしている。
それぞれがすすり泣き、号泣し、食いしばり、涙する。傷だらけの身体で。誰かが歌い出す、義勇兵の歌を。ハラハラと誰もが涙を流し合唱する。
勇敢な義勇兵 我ら義勇兵
豪快な義勇兵 我ら義勇兵
君の死を悼み 心が深遠に沈む
君の死を糧に 明日へと向き直る
街に帰ったら酒を飲もう そう潰れるまで酒を飲もう
明日までは酒を飲もう そう潰れるまで酒を飲もう
憂鬱な帰り道 我らの義務だろう
陰鬱な帰り道 我らの生きる道
生と死の狭間だから 生きる意味が問われる
己を奮い立たせて 生きる意味が問われる
豪快に酒を飲もう そう潰れるまで酒を飲もう
明日また繰り出そう 死ぬかも知れぬ世界へ踏み出そう
剣を掲げよ 槍を掲げよ 輩の死を決して忘れるな
生き残れ そこへたどり着け 頼りのなるのは仲間と己自身だ
黄金の林檎と合流し、ゴブリンとの会敵もなく無事帰路につく銀の誓約。草原は相変わらず草木のむせ返る匂いが、風に乗って運ばれてくる。
太陽はすでに西に傾き、銀の誓約と黄金の林檎の帰路に照りつける。熱い、熱い真夏の夕日だ。
銀の誓約と黄金の林檎の後を、黒翼同盟の2人が気まずそうに離れて歩く。
悲痛の表情と沈黙だけが帰路の支配者だ。
はじめて見た人の死。いつか自分たちもそうなるのだろうか? と思うと空元気すら湧いてこない。銀の誓約には現実感すらままならない。
それでも銀の誓約は全員が密かに心の中で再び誓う。決して銀の誓約の誰も死なせはしないと。