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異世界は召喚されし者に優しくない  作者: 高橋 聡
第一章 チートなき世界でのあまりモノ義勇兵
1/13

ep1 プロローグ

 はじめての小説です。週に1度は最低でも投稿しようと思っております。どうぞよろしくお願い致します。

 ふとサトルの目が覚めるとそこは薄暗い空間が漂っていた。ゴツゴツとした岩の感触が背中から感じられる。薄暗い中で目を開ければ幾人かの人の気配がするようだった。

 「なんだよ! ここは!」と怒声が響いた。声がエコーしている。


 サトルにも何が何だか理解が不可能だが、自分は自殺したはずでは? とふと思い出す。なぜ生きているのだろうか? ここはどこなのだろうか? 何もかもがわからない。


 サトルの人生は良いものではなかった。

 両親は離婚し、母親に引き取られたが生活は苦しく、それでも母親は大学にまで行かせてくれた。もっとも奨学金をサトルが自力で勝ち取ったとも言えるが。

 しかし母親は離婚した後に心を病み、ひっきりなしに男を家に連れ込んだ。母親は水商売をしていた。きっと寂しかったのだろう。


 父親は離婚後に音沙汰は一切なくなった。どうやら事業に失敗して失踪したのだと後で親戚に聞いた。

 サトルは憧れていた。普通ということに。普通に生きていくということに。だから奨学金をもらって大学にも通ったし、それなりに良い大学でもあった。

 そして卒業後、普通に就職を決めた。


 母親は我がことのように喜んだ。「あなたは普通の人生を歩みなさい」と涙してくれた。

 サトルはその時にはじめて、母の愛を深く感じた。

 就職した先の企業に恵まれなかった。いや、上司に恵まれなかったと言うべきだろうか。

 サトルは上司に気に入られず、日々罵詈雑言を浴びせられ、長時間労働にクタクタになり、就職したその日から精神と肉体をすり減らした。

 それでも普通に生きるために3年は転職も考えないでおこうと思ったのだ。石にかじりついてでも”普通に生きるのだ”と。喜んでくれた母をがっかりさせないためにも。


 23歳の終わりに母が自殺をした。

 遺書らしきものは残っていた。ただ「サトル、頑張れ。ごめんね、こんなお母さんで」と。離婚後に水商売に身を投じ、サトルの生活も支えてきた母親だったが心を病んでいたのは離婚のせいだけではなく、水商売のせいもあったのかもしれない。サトルが就職し、無事に生活していくさまを見て自分の役割は終わったと思ったのかもしれない。


 サトルは一晩中泣き続け、それでも会社に事情を説明して有給を取ろうと連絡した。そこで浴びせられた言葉がサトルの心をさらに追い詰めていった。


 24歳の春、サトルは精神的にも肉体的にも追い詰められ、睡眠薬の過剰摂取によって自殺を図ったはずだった。そう、死んだはずだった。


 なぜ今ここにいる?


 「どういうことか説明しろや!」と怒声が飛ぶ。

 あたりを見渡すと中世風の鎧を着て槍を携える兵士が見えた。「ここ、どこなの?」と泣き声に似た気弱な声が聞こえる。サトルもそれを聞きたい、というより自分は死んだはずなのになぜ生きているのか? と問いたい。


「僕、死んだはずなのに……」


 そんな声がかすかに聞こえた。サトルが見渡すとおおよそ30人ほどの狼狽している人間と、そして中世風の兵士が10人ほどいるようだ。

 サトルには自然に涙が溢れてきた。死にたかったのに、生きていることにホッとしている自分がいたのと同時に、これからのことが不安で焦燥の予感もあったのかもしれない。また生きなければならないのか、と。


 体格の良い髭をはやした隊長格の男、そう、鎧が他とは少々デザインが違う男が大声で言う。

「静粛に! 聞きたまえ! 諸君らは召喚された! アトゥム大陸人族国家、イシス神国の騎兵長ダーリアである! 諸君らには義勇兵になってもらう! 選択肢はない!

 大広間に後ほど案内する! そこで諸君らは義勇兵入隊の手続きを行ってもらう! 拒否は許されん! 拒否すれば即刻投獄である!

 以上。あとは歩兵第三分隊長に一任する」


 「ちょっと待てよ! どーいうことだよ!」と怒声が上がるが、ダーリアは背を向けて洞窟の入口に歩き始める。なに、いつものことだと鼻を鳴らしながら。


 歩兵第三分隊長は説明を始める。まるで事務的に、淡々と。

「諸君たちは召喚された。わが国は魔人族や亜人種、魔獣との戦いにて劣勢である。よって諸君たちはこの太古の遺跡から召喚をされたわけだ。

 衣食住は一応保証しよう。義勇兵となるのならば。

 さきほど騎兵長が拒否すれば投獄と言ったが、それでも衣食住は保証されるのであれば悪い話ではあるまい。

 諸君たちは一度死んでいる。であれば命をかけてもなんの支障もあるまい。

 まあここにいても飢えて死ぬだけだ。片付けが手間だ。気も変わるかもしれん。

 ひとまず大広間に案内して説明と契約をしよう。

 拒否するもよし、契約するもよし。説明だけ聞いてからでも良いだろう。

 そう思うものは私に続くように」


 サトルは分隊長とやらの言葉の意味を考えていた。

 一度死んでいる? もしかしてここに集められたのは自殺した人たちなんじゃないのか? という疑問が頭の中を巡っていた。

 召喚という非現実的な現象について考えなかったのは、考えても仕方がないという思考からだろう。


 兵士と分隊長が洞窟の入口に向かって歩き始めると、一人、また一人とその後に続いた。

 なににせよここを出ないことには何もわからないからだろう。選択肢はないのだ。

 自殺するにしても餓死なんて辛い死に方は、どいつもまっぴらごめんだろう。


 洞窟の入口は石畳になっており、今は夜なのだろうか? 煌々と照らされる松明だけが頼りになる。

 入り口を出ればそこには2つの月と、星明りが輝く夜空があった。まるで星が落ちてくるような、そんなサトルがついぞ見たことのない星明りだ。


 洞窟の入口の外の左側には彼方に城壁らしきもの、そして城壁に建てられた塔が見える。右側には簡素に建てられた石造りの建物、そしてその向こうにはまた城壁が見える。

 いったい何重に城壁を張り巡らしているのだろうか? などと誰しも考えてしまう光景だろう。そう考えている間にも石造りの建物にサトルたちは案内された。

 いや連れて行かれた。


 重い木造りの扉がギーっと開くと、木製の四角テーブルと椅子がいくつも並んだ簡素な作りの部屋が広がる。正面には大きなテーブルと役人と思われるものが数名鎮座している。

 「かけたまえ! さっさと座るように! 第三分隊長、あとは任せる」と先ほどのダーリアと名乗った男がサトルたちに指示をする。しょうがなく、あまり生気のない動作で座っていく。

 分隊長が仰々しく中央に歩み寄り、どうやら説明を始めるようであった。


 説明の内容のおおよそのところはこうだった。

 イシス神国という人族国家およびイシス神を信仰する種族はエヌルタ神を信仰する魔人族や亜人種から侵攻を受けており、ついに大陸の西側にまで追い詰められた。

 100年も戦争は続いており、慢性的に男手も足りず、そんなときに太古の遺跡の魔術陣を発見してそれが召喚に使えるものだと判明した。焼け石に水だが3ヶ月に一度その魔術陣を使用して20~30人の異世界の男を召喚している。

 諸君らはこの世界では体格もよく精強であるので、選択肢なく義勇兵として戦ってもらうのだそうだ。

 待遇は衣食住は一応保証される。最低限の生活が保証されるということだ。戦っていれば、だが。


 そういえば……とふとサトルは気がつく。

 分隊長、ダーリアは体格がよく170センチほどあるものの、歩兵は目測では160センチちょっとくらいではないか? 正面のテーブルに座る役人に至っては、座っているから正確にはわからないものの、160センチもないのではないか?


 「あの……質問をいいですか?」と一人の生真面目そうな男が手を挙げる。ダーリアと分隊長が鷹揚にうなずくと彼は聞いた。

「なぜ僕たちの中に女性がいないのですか?」

 ダーリアはフンと鼻を鳴らして、またか……とでも言うように面倒臭そうにうなずくと、分隊長が説明を始める。


「その質問は召喚のときによくあるのだが……君たちの世界では女性を戦場に送るのかね? 戦場で体力に劣る女性を使ったところで意味はあるまい。

 それにわが国は慢性的に男手不足だ。女性を戦場に送って死なせるということは、それだけ子供が産めなくなるということだろう?

 男はいくらでも種をまけるが、女性はそうはいかんからな。私には諸君らの世界のほうが理解できんよ。理解する必要もあるとは思っていないがね」


 これを機に次々に質問が上がる。魔法はあるのか? 魔人族や魔獣はどんなものなのか? 召喚されたものの特色は体格だけなのか? お米はあるのか? 内政チートはできるのか?

 きっとなろう小説などで異世界転生ものがはやり、ついにはアニメ化するものまで出てきた影響だろう。


 すべての質問に分隊長はまるでテンプレートを読むがごとく答えていく。そのおおよそは、そんな都合の良い話はない、というものだ。魔術を除いてだが。

 サトルが一番愕然としたのは米がないということであったらしいが。


 そして最も重要な説明が行われた。

 かいつまんで言えば、召喚されたものの記憶は徐々に薄れてくというものだ。現世界の概念にないものは、忘れていくのだ。

 つまりこれは異世界の知識を生かしてチートなどという活躍は絶望的ということだ。この世界の概念にどの程度、何があるのか? この世界の概念に存在しているものであれば、その知識や特技は忘れないということだろう。


「僕たちに与えられたのは、この世界の人間より優れた体格だけ……」


 サトルはそう理解した。正確には異なるのだが、とにかくこの時にサトルはこう理解をしたのだった。

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