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楽園の果実

作者: 紫ヶ丘



老舗の御曹司に脅迫同然に請われ、高校卒業してすぐ嫁ぐことになった双子の姉。

そして、双子の、特に男女の双子は外聞が悪いという時代遅れが過ぎる思想を持つ彼の一族に慮った両親と祖母によって、姉には内密に俺は勘当された。


わかってちょうだい。

家のため、あの子のため、何よりあなたのためなのよ。


母は薄々勘づいていたんだろう。

俺と姉の関係に。

姉弟以上の感情に。


手遅れになる前にと思ったのかもしれない。

だから言ったんだ。


もう手遅れだよ?


あの時の母の顔。

思い出すだけでも笑いが込み上げてくる。


母はきっと誰にも言わない。

事実が露見しても知らぬ体でいるだろう。

慌てふためく祖母と父を見て暗い気持ちでほくそ笑むのだろう。

今まで私を虐げてきた罰よ、と。


いつかこんな日が来るとは思っていた。

父は祖母に頭が上がらないし、母は父と祖母の小間使い同然、そして何より祖母は俺を憎んでいた。



俺が十歳のとき、箪笥貯金が減っていたので部屋に格安の防犯カメラを仕掛けた。

犯人は祖母だった。

慣れた手つきは明らかに常習犯。

そういえば夕食で友人と旅行に行くと話していたっけ。

還暦を祝ってもらったお礼に今回の旅費は全額祖母が持つと言っていた。

そのわりに新しい服を買っていたからおかしいなと思ってたけど、こういう事だったんだ。


箪笥に大した額が入っていないと分かると、ベッドの下やクローゼットの中や勉強机の引き出しを順々に開け、本や教科書をぺらぺら捲ったり、ついには鍵のかかる引き出しをこじ開けようとしたところで慌てて部屋を出ていった。

その手に二千円を握りしめて。

恐らく電話か何かで母に呼ばれたんだろう。

引き出しを開けていたら二万円入っていたのに残念だったね。


俺は姉に協力を頼み、夏休みの自由研究で祖母の犯行をまとめて発表してやった。

防犯の心得という題で、箪笥貯金の危険性、防犯カメラの有用性等々を写真つきでまとめたそれは優秀作として新聞に取り上げられ校長先生から賞状も貰った。


何も知らない祖父と両親が、祖母を迫真の演技だったと褒めそやした。

自由研究の内容を知り、俺を親の敵のように睨み付けていた祖母もこれには気をよくして、どうせ言うまいとでも思ったのか満更でもない顔で応じていたが、俺が演技ではなく本物の窃盗だと証拠を揃えて祖母に盗んだお金を全額返金してと迫れば事態は一転。

家庭内裁判の始まり始まり。

俺は直近で盗まれた三万四千二百一円と、これまでに盗んだであろう金額も加味された十二万円─祖母のお小遣い半年分─を慰謝料として手に入れた。

嬉しかったのは今回の件で姉共々自分の銀行口座を作ってもらえたこと。

銀行口座と聞いた瞬間、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた祖母を見るに止める気はなかったんだろう。

それ以来祖母の自分へのご褒美と称した買い物はなくなり、俺への誕生日やクリスマスのプレゼントもなくなった。

お年玉も空袋を渡されたので、その事を世話好きな町内会の会長を親に持つクラスメイトに愚痴ったら効果抜群、翌日姉と同額のお年玉をもらえた。

そんなこんなで祖母は俺を目の敵にしているのだ。



勘当されたのは三日前。

その日は高校の卒業式だった。

姉に海外に行くことを伝え、荷物を取りに帰ったらいきなり勘当された。

内心ナイスタイミングと思いながら、荷物を持ってそのまま海外へ。


大学は受験していない。

妻となるのだから家を守れという御曹司一族の意向で大学進学を諦めさせられたと姉が言ったから。

同じ大学に通って、二人暮らししようと約束していたのに。

余程、俺が姉と一緒にいることが気に入らなかったんだろう。


今日は姉の結婚式。

姉のウエディングドレス姿はさぞ美しいことだろう。

御曹司、今頃あんたは姉が手に入ったと喜んでいるんだろう?

初夜に胸を踊らせているんだろう?

残念だったな。

姉の初めては既に俺がもらっている。

怒り狂うあんたを見られないのが残念だよ。


例え勘当されていなくても、姉とは二度と会えない、会わせてもらえないことは分かっていた。

だから俺達は、姉の結婚が本決まりになる前に二人だけで結婚式を挙げた。

レースのストールをベール代りに頭にかけた白いワンピース姿の姉と、二つで千円の指輪を交換して永遠の愛を誓ったその夜に、身も心も結ばれたのだ。



『私はこれから先もずっと、貴方だけを愛している。貴方だけを愛し続けるわ』



本当に良いの?

そう聞いた俺に口づけながら言ってくれた。

この言葉と左手薬指にはめた指輪を頼りに俺は生きていく。




















「父さん、誕生日おめでとう」


「誕生日おめでとうございます、お義父さん」


「お祖父ちゃん、誕生日おめでとう!」


「じーちゃ、おめとう!」


「ああ、皆ありがとう。祝ってくれて嬉しいよ」



あれから約六十年。

私は七十七歳になった。

海外先で祖父の昔馴染みと出会い、身の上を話したら、好きなだけ居ても良いと言われたので、思いきって外国国籍を取得した。

何度か結婚を進められたが、気持ちの上では既に結婚しているので、代わりに養子を迎えた。

今は息子夫婦と孫が二人。

それなりに幸せに過ごしている。



「それと、これ誕生日プレゼント。父さん珍しくこのVRゲーム気にしてただろ?フルダイブ型だけど安全性はお墨付きで上限年齢もないし、中身も本物みたいだって評判良いし、思いきって買ってみた。ゲームするもよし、旅行気分を味わうもよし。世界中にユーザーがいるから父さんの知り合いとも会えるかもしれない。あ、ちび達には言い聞かせておくけど、父さんもちび達がいたずらしないよう部屋の鍵は掛けてくれよ?鍵は私達も持ってるからさ」



「──こんな高価なもの、私がもらって大丈夫なのか?」



「もちろん!三つ買ったら二割引だったんだよ!生産が追い付いたっていうのは本当みたいだ。父さん、ゲーム内でも会えるといいね!」



「ああ、そうだな。ありがとう。本当に嬉しいよ」















──ようこそ、私達は貴方を歓迎します。まず、キャラクターネームを決めてください。




『朔』




──同じ名前の方がいらっしゃいますがよろしいですか?




『はい』




──続いてキャラメイクとなります。現在の姿を元にお作りしますか?一からお作りしますか?




『現在の姿をどのくらい変えられる?』




──身長は増減十五センチ、体重は身長を基準にした平均から増減十キロ、目・髪・肌については色の制限はありません。年齢の下限は十八歳。上限はありませんが、年齢に応じた筋肉量となりますのでご注意ください。




『現在の姿を元に、年齢は十八、目と髪は黒』


現れたのは昔の自分。

多少雰囲気が違うのは実年齢との差のせいか?

もう少し前髪を伸ばそう。



──現在キャラメイク中です。この姿でよろしいですか?変更したい箇所があればお申し付けください。




『前髪をあと二センチ伸ばしてくれ』




──現在キャラメイク中です。この姿でよろしいですか?変更したい箇所があればお申し付けください。




『これでいい』




──現在キャラメイク中です。続いて種族を選んでください。種族によって見た目に変更があります。ご注意ください。




『人族で』




──現在キャラメイク中です。人族が選択されました。この種族でよろしいですか?



『はい』




──現在キャラメイク中です。職業を選択してください。種族によっては選択できない職業があります。ご注意ください。




『旅人で』




──現在キャラメイク中です。『旅人』が選択されました。続いてステータスを振り分けてください。ステータスについての説明が必要であればお申し付けください。ステータスポイントは残り100ポイントです。



『おまかせで』




──現在キャラメイク中です。ステータスポイントの振り分けが完了しました。続いてスキルを選択してください。スキル取得によってステータスの増減があります。ご注意ください。スキルポイントは残り50です。




『おまかせで』




──現在キャラメイク中です。『剣技』『野草知識』『健脚』『夜目』を取得しました。スキルポイントは残り10です。スキル取得によってステータスが上昇しました。以上でキャラメイクを完了します。完了した場合、各種変更は出来ません。本当によろしいですか?




『はい』




──キャラメイクが完了しました。各種変更を希望される方は課金が必要となります。また、ゲーム内では様々な課金アイテムがございます。よろしければご利用ください。チュートリアルを受けますか?




『いいえ』




──それでは始まりの町に転送します。よい旅を。









「……すごいな」



現実と変わらない町並みに思わず声が出た。

賑やかな声、美味しそうな匂い、何よりNPCとは思えない町人達の表情。

仮想現実はここまで進化したのか。



──ここはもう一つの現実。さあ!あなたの叶えられなかった夢を叶えられるかもしれない世界へ旅立とう!──



初めてこのゲームのCMを見たとき、姉の言葉を思い出した。


『VRってどんどん進化するわね。いつか現実と変わらないゲームが出たら、待ち合わせ場所は教会にしましょう』


古ぼけてしまった左手薬指の指輪。

けれど記憶の中の姉はいつでも美しくて。

その度に思うのだ。


もう一度会いたい。

もう一度貴女に会いたい。


私も姉も七十七歳。

いつお迎えが来るかわからない。

もしかしたら、もう姉は────


嫌な想像を振り払う。

同じゲームをする保証はない。

世界中にユーザーがいると言っても始まりの町が共通とも限らない。

姉がゲームを出来る状況かもわからない。

それでも私は一縷の望みにかけるのだ。



『庭のある家で家庭菜園しながらのんびりしたいわ。猫は無理だけど代わりに犬を買いましょ。早く猫アレルギーの治療薬が出来たら良いわね』



このVRゲームはゲーム内で結婚できる。

現実同様の夫婦関係を営めるのだ。

十八歳以上でないとプレイ出来ないのはそのためだ。

PKはないしセクハラ防止機能は万全だし、魔法はもちろん、従魔として様々なペットを育てたりも出来る。

念願の猫にだって触れるのだ。


地図を見ると始まりの町にも教会があった。

途中花屋で花を買って教会に急ぐ。

会える可能性は低い。

限りなくゼロに近いだろう。

それでも私は走る。


もし今日姉がいなくても私は諦めない。

いつか会えるその日まで教会に通い続ける。

そう、私の寿命が尽きるまで。










































「──朔、待たせてごめんなさい」



「大丈夫、俺も今来たところだよ」




姉の名前はのぞみ

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