序章
二十時間ぶりの帰宅だった。
秋本初音は靴を脱ぎ散らかしたまま、一直線にベッドへと向かった。夕食? 風呂? 洗濯? 歯磨き? 知ったことか。全部明日だ明日。いやもう今日かあははー日付変わってら。あと四時間後には出勤しなきゃいつも通り。
(三時間……とにかく寝てから)
ベッドに突っ伏し、手探りでスマホを取り出す。今朝、ではなく昨日の朝に人事から支給された社用スマホ。
メールの使い方を訊ねたら「そんなことも知らないのですか」と呆れられた。知らねえよ悪いか。私立名門大学出身だかなんだか知らないが、歳下のくせに先輩に対してその態度はなんだ。腹が立った初音はろくに説明も聞かないでスマホを受け取って営業部に戻った。
とはいえ、怒りを顔に出さないだけの分別はある。営業部の同僚に使い方を教えてもらったので必要最低限のことーー電話やメールならばなんとかできるようにもなった。問題はない、と思っていたのだが。
(アラームってどうやって設定するんだろ)
早くもガラケーが恋しくなった。何故機種変をした。高性能過ぎて使えないとは本末転倒。
「……いいや、もう」
初音はスマホを放り投げた。ベッドの上で小さく跳ねてパタリと伏せるスマホ。目覚まし時計をセットする気力も今の初音にはなかった。
とにかく眠い。寝たい。一刻も早く。欲望のおもむくままに瞼を閉じようとしたその瞬間、軽やかな電子音が鳴った。
『これはまた、ずいぶんと乱暴な扱いだな』
低い男性の声がした。