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五時間目 家庭科

 母の物を借りたのだと、誰が見ても分かるほど可愛らしいエプロンが、柳瀬の手に握られていた。黄色くて、あちこちにひよこの刺繍がある。

 瞳から一切の感情を削り落とした柳瀬は、おそろしく似合わないエプロンを、ばさっと音を立てて広げると、嫌そうに首から下げた。


「調理実習という授業を頑張る意義について、十文字以内で端的に述べよ」

「内申点が上がる。句読点込みで八文字」


 指を追って数を数えながら、石原は即答した。

 文句でも返ってくるかと思ったのだが、柳瀬からは何の言葉も戻ってこない。腰から下にだけ巻くタイプの、紺色のエプロンを巻き終えた石原が、ようやく柳瀬に視線を送ると、彼は口をへの字に歪めて、言葉も出ないといった様相だった。


「言いたいことがあるなら、はっきりどうぞ」

「正直ちょっと引く」


 なんでだ。内申は大事だろう。


「内申で良い点とって、前期の面接だけで高校受かるほうが楽じゃん。お前が筆記テスト好きだとは知らなかったよ」

「いや嫌いだけど」


 真顔で首を振る柳瀬に、石原は大仰にため息をついた。


「そろそろ本気で頑張んないと、まじで受からないよ? 正直今でも、俺と柳瀬が同じ志望校とか信じられないし」

「仕方ないじゃん。あそこのテニス部の顧問、すごいんだって」


 公立高校でありながら、全国大会へと生徒を導いた、優れた指導者なのだそうだ。石原はスポーツには詳しくなかったが、スポーツ推薦も碌にとっていない公立高校が、大会で勝ち抜くことの難しさは、なんとなくわかる。

 しかし、何が不安って、柳瀬がこの現状を楽観視していることだ。


「直前になって焦んないでよ? いつもの小テストとは違うんだから。一夜漬けで詰め込める範囲じゃないからね? 一週間前に泣きつかれても、俺にはどうしようもないからね?」

「わーかってるって。

 ほら、それより人参切ろ。班の女子に怒られる」


 言われすぎて耳にタコでもできているのか、柳瀬は手を振って石原の警告を軽くいなした。

 半年後にも、果たしてこいつは笑っていられるのだろうか。喉まで出かかった言葉を、石原は無理やり飲み込む。先生や親に散々言われているだろうから、何も友人まで敵に回ることもなかろう。


 その代わり、勉強ではなく調理に関して、柳瀬のやる気を引き出すことにした。このままだと、野菜類の大半を石原だけで切ることになりそうだ。


「……まあ内申は冗談にしても、料理できるようになるのは、悪いことじゃないよね。いつか一人暮らしするときに、きっと便利だし」

「そう? 俺はコンビニの隣のアパートで暮らすからいいや」

「大塚さん、たしか料理できる男の人を、カッコイイって言ってたような」

「おう、石原。そっちの玉ねぎも寄越せ。この俺が切り刻んでくれる」

「うん、よろしく」


 石原は笑顔で玉ねぎを放る。確かに大塚さんは、朝の料理番組を持っているイケメン俳優をカッコイイと言っていた。だから嘘はついてない。うん。ついてないな。


 しかし柳瀬は、どこからどう見ても不器用そのものだった。自宅で料理の手伝いなど、したことがないのだろう。

 慣れない手つきで柳瀬は包丁を握る。見ているこっちがヒヤヒヤする。ついうっかり包丁が滑って、指でも切ってしまいかねない。


「……勇者ユウイチは、料理できそうにないな」

「え? する必要ある? 自炊とかしないだろ。あの世界」


 涙目をこちらに向けた柳瀬。石原はポケットティッシュを渡してやる。

「ん」

「お、サンキュ」


「で、あの世界だけど。むしろ自炊ばっかりでしょ」

「酒場じゃないの?」

「野宿しないの?」

「……あ。するわ。

 でもまあ、なんとかなるだろ」

「その楽観的な性格、も少しどうにかなんない?」

「だって大丈夫だし。なんならやってみようか?」

「おう。望むところだ」


なぜかわからないけれど、玉ねぎで目が痛くなったことがありません。

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