何もかもが美少女な生活
夏の暑さにやられたようだ
耳をつんざく音が俺を眠りから引き上げさせる。
『もう朝だよ? 起きないと、メッ! だぞ』
「ん~」
朝、俺は誰かにそんな声をかけられた気がして目を覚ました。枕元では目覚まし時計がけたたましく鳴り響いている。
眠い体を引き起こし、上半身だけ起き上がると俺は目覚まし時計を止めるべく手を伸ばす。
『え? あ、あの急に何? べ、別に嫌とかそんなんじゃなくて、その、心の準備とか……』
「………………」
そこで俺はその声の主が何かを悟った。そしてこうも思った。またか、と。
俺は昨日置いたはずの目覚まし時計のところに小さな女の子がいるのを見て頭を振る。女の子は本当に小さく身長15cmあるかないかくらいの大きさだ。特徴としては目覚まし時計の音の原因である2つのベルとその間のハンマーが頭に乗っかっていることだろうか。まあ端的に言うと目覚まし時計が擬人化した、だな。
俺は自分の妄想具合にため息をつき1人呟く。
「はぁ、どうやったら見えなくなるのかね」
『む~、なんでそんなことを言うの~? ……リンのこと嫌いになっちゃったの?』
「ぐッ!」
俺の独り言に擬人化した目覚まし時計、リンは頬を膨らませて憤る。
しかしそれもすぐに収まり、急にしおらしくなると顔を僅かに伏せて落ち込んだようにそう言った。
これには俺も耐え切れず苦悶の呻き声をあげる。なんだよ今の。可愛すぎだろ。俺の好みはお見通しってか?……俺の妄想だから当たり前か。
そんな風に思いながら俺はベッドから立ち上がる。
『あ……もう、行っちゃうんだ…………で、でもまた夜には帰ってくるよね? それでまた私と、その、一緒に寝てくれる、よね? ……うぅ、今の恥ずかしいよぉ……』
そんな俺を見てリンは名残惜しげな声を漏らす。そしてそのままリンは俺の帰りを待つ宣言。え?なにこの子可愛すぎて生きるのが辛い。
俺は後ろ髪を引かれる思いをしながらも学校に遅れないため部屋を出た。最後にチラと部屋を見るとそこにはただの目覚まし時計がけたたましく鳴り響いていた。慌てて止めた。
いきなりだが、俺はかなりの妄想野郎だ。四六時中何かを頭の中に描いている。ぼーっとしてる時間などない。
だからだろうか。最近変なものが見えるようになってきた。
『あぁん……いやぁん! そこ、らめぇ!』
俺の手の中で悶えているのはスマホだ。
いや、正確にはスマホを擬人化した美少女だ。
肩くらいの長さの白髪に、宇宙のようにキラキラした現実感のない大きな目。整った顔立ちはまさに二次元から飛び出してきたとしか思えない。
そんなスマホちゃんを俺は片手に持ち、フリックしたりタッチしたりしている。
『あぅん! 今日の、天気は、あぁ! 晴れ、ですぅぅうう!』
「………………」
俺は俺の手の中でぐったりとしているスマホちゃんを机の脇に置き、トーストを取りに行く。
「……はぁ」
何故今日の天気を確認するのにこんなにも疲れなきゃいかんのだ。
思わずため息が出るほどに疲れた俺はトーストを焼く機械の前で佇む。まだ出来てなかったらしい。
そして空いた、空いてしまったこの時間。俺はまた妄想を展開しそうになって……
「っ! いかんいかん! 違うことを考えよう」
頭を振って煩悩を飛ばした俺はホワホワと先ほどのことを思い出す。
手の中で悶えるスマホちゃん。タッチする度にピクンと反応するスマホちゃん。乱れた髪を直しもせずにぐったりするスマホちゃん。
「…………柔らかかったな」
俺の妄想、ここに極まれり。
ふっと呟いた後に慌ててそんなことはないと頭に浮かべたが、思い出せば思い出すほどスマホちゃんは柔らかかった気がしてくる。
「……いや、スマホじゃん。柔らかいってなんだよ……」
『チーン! 出来たよ! いっぱい食べてね!』
変なスパイラルにはまりかけたそのタイミングでトーストが出来上がる。不穏なセリフとともに。
いつの間にか斜め上へと向けていた視線をゆっくりと下へ持って行くと、そこにはキツネ色にこんがり焼けたトーストを両手で持ち上げる美少女がいた。
褐色の肌に元気一杯の笑顔。ショートな黒髪がよく似合う体育会系の女の子だ。
その子が両手を掲げてトーストを縦に持っている。バランス感覚えげつないな。
『ん? どうしたの? 元気がないのか? なら朝飯食べないと! ほら、食べて!』
「あぁ、ありがとう」
純粋無垢な瞳を向けられて色々諦めた俺はお礼を言いながら掲げられたトーストを手に取る。
トースターちゃんは弱々しい笑みを浮かべた俺を心配そうに見上げていたが、俺がしっかりとトーストを手に取ると嬉しそうに顔を輝かせ、大きく頷いた。
なんかもうこれでいい気がしてきた。
「あとはコーヒー…………」
『うぅん、もうちょい、だからっ』
作っていたコーヒーを取ろうとそちらへ顔を向けた俺は衝撃的な光景を目にしてしまった。
それは立ったまま、足元にあるカップへチョロチョロと、一部の界隈では聖水と呼ばれるものを出している女の子だ。
女の子は所謂清楚系美少女だ。長い黒髪に大人しそうな顔立ち。簡単に折れてしまいそうなほどに細い手足は少女の可憐さを引き立たせている。
そんな子が顔を耳まで赤らめさせ、ワンピースの裾を捲り上げて出す様はなんとも背徳的。立ちながら出しているところも高得点。
おしむらくは出しているのが黒い水な点か。
『はぁ、はぁ、出来、たよ』
「………………」
顔を真っ赤にしつつも首を傾げてにっこり笑うコーヒーメーカーちゃんに俺の心は折れてしまった。
俺は無言で清楚系美少女特製のコーヒーカップを手に取り、一気に飲み干す。
マグマのような熱さが喉を焼く。
思わず眉を寄せるが、すぐに熱さは引き、ホッと一息ついた。
「ほぅ、ご馳走様」
『ん、お粗末様、です』
声の方を見ればお淑やかに両手を前で重ね、にっこりと笑うコーヒーメーカーちゃん。
あの子が出したものを俺は…………いや、俺はコーヒーを飲んだんだ。そうだ、あれはコーヒーであり、コーヒー以外の何者でもない。
自分の中の邪な感情に抗い、自分にそう言い聞かせながら、俺はトーストをもそもそと食べ始める。
コーヒーがないせいで口の中の水分もってかれた。
朝ご飯を食べ終わったら歯磨きだ。
そう、歯磨きなんだ…………
『ヘイヘイ! どうした? 早く磨いちゃおうZE!』
「…………」
洗面台の前に立った俺は歯ブラシの入っていたコップの中から手を振るパリピ風の女の子を何ともいえない目で見ていた。
星形で大きなメガネに、ソフトクリームみたいにめちゃくちゃ盛った頭。胸元は大きく開いており、すっごく目の保養に……けしからんと思う。
そんなパリピちゃんは両手を広げて『さあ、私を使って!』と言わんばかりに俺を見上げている。
『さあ、私を使いなYO!』
実際言ってた。
いや、何度も言うがこれは俺の妄想だ。
現実とは何の関係もなく、本当はこれもただの歯ブラシなんだ。
俺はそう自分に言い聞かせると一度だけ深呼吸をして、パリピちゃん……じゃなくて歯ブラシへと手を伸ばした。
「……よし、俺は使うぞ」
『あわっ! ほ、本当に使うんだ……こ、心の準備が……』
これは歯ブラシであって、小さな女の子ではない。
パリピちゃんの言葉は聞こえないフリをして、俺はパリピちゃんの肩を指で優しくつまんだ。
そしてコップから持ち上げると、むちむちで艶めかしい生足を右手でがっつり握った。
『あっ! ちょっ! まっ、あんっ!』
「………………」
俺は何もしていない。ただ歯磨きをしようとしているだけだ。
手の先でわたわたとしているパリピちゃんを努めて視界に入れないように目を細めながら、徐々に口へ近づけていく。
『あ、あの、心の準備とかっ! その、あの、初めてはもう少し……』
そういえば昨日新しい歯ブラシに変えてたんだっけ。
聞こえないようにしていたはずの声に頭は勝手に反応してしまう。
てかなんだよ、初めてって。確かにそうだけどさぁ! しかも内容までちゃんと理解すると案外初心だったりなんだよそれ! 俺的に超高得点だよ!
なんだか悶々とした気分がわき上がる中、とうとうパリピちゃんが俺の口の中へと侵入した。
『あ』
その一言だけって妙に生々しく感じるよな。
もう考えないようにする努力を放棄した俺は少々激しめにパリピちゃんをシャコシャコしていく。
『あ、あ、あ、あ、あ』
や・め・て・く・れ!
もうこれ以上は無理だと感じた俺は早々に歯磨きを終える。
あれだな、イソジンしよ。
『ふきゅ〜』
パリピちゃんを取り出すとそこにはあんなに盛っていた髪が乱れ、服も所々脱げた、ビショビショなパリピちゃんがいた。
「……………………」
この後めちゃくちゃイソジンした。
現在の時刻は午前八時。
学校が始まるのは九時からなのでそろそろ家を出なくてはならない時間だ。
俺は出発前の最後の確認を行っていた。
「筆箱よし」
『まだ握ってくれないの? 今日は放置プレイ?』
「教科書よし」
『恋の方程式など馬鹿な考えだと思っていましたが、あなたとなら……解ける気がします』
「弁当よし」
『あなたへの愛がいーっぱい詰まってるわよ!』
「俺が作ったんだけどな…………」
いつまでも終わらない自分の妄想に辟易しつつも確認を終わらせた俺は鞄だけを手に持ち、玄関へと向かう。
制服は玄関のハンガーにかけてあるので、今は肌着のみ。
テクテク誰もいない家の中を静かに一人で歩いてく。
そして玄関につくとそこには今までとは違い、人間サイズの女性がいた。
『はい、どうぞ』
彼女はズボンと制服をそれぞれの腕にかけた状態で立っていた。
俺は彼女の手からズボンを手に取り、何もいわずに履く。
チラッと彼女の顔を伺うが、そこにはにこやかな笑みしかない。
『はい』
ベルトを締め終わるとすかさず彼女は制服を広げてくれる。
そこに俺は手を入れ、羽織ると少しだけくねっと体を捻って制服を着る。
制服を着終わった俺は靴を履き、扉に手をかけたところで彼女へと視線を向ける。
『いってらっしゃい』
彼女は片手を胸のあたりで振り、そう言ってくれた。
母のように微笑み、こちらが安心するような雰囲気をまといながら。
「…………」
俺の妄想癖はえげつない。
日常のありとあらゆるものが自分好みの女性になっていく。
端から見たらそれは夢のような光景に思えるかもしれない。
しかし自分の見たくない一面や、普通に使いたいものまで女の子になるってのはなかなかに辛いものがある。
だが…………
「……行ってきます」
こうやって母のような人に行ってきますと言えることは今の俺にとってすごく幸せなことだと思う。
玄関横に飾ってある小さい頃の家族写真を見ながら、俺は悲しみを断ち切るように前を向いて家を出てい――
「あれ? あんたまだ学校行ってなかったの?」
「あれ? 母さん起きるの早いね」
「あんたがうるさかったからね。ところでハンガーに向かっていってらっしゃいとかあんたどんだけ寂しかったんだい」
「……いいだろ、別に」
「ま、いいけどね。とりあえずいってらっしゃい」
「……行ってきます」
改めて、俺は身長百四十センチ、ペタンコおっぱいに見送られながら家を出ていった。
「マグネット」にてこれを連載しています
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