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僕とぼくと星空の秘密基地  作者: 浅原ナオト
終章「ぼく」
45/45

9-4

 駅に戻ってから別のバスに乗り、僕はゴミ処理場に向かった。

 ゴミ処理場は思っていたより大きくなかった。あの頃のままの形ではないけれど、周囲に自然も結構残っている。まだまだ、街中よりは星が綺麗に見えそうだ。

 秘密基地のあった辺りを探そうとも思ったけれど、様変わりし過ぎていてとても無理そうなので止めた。車道を歩き、開けた場所を探す。やがて小高い丘のようになった草原を見つけ、その上に足を進めた。

 丘を登りきる頃には、少し息が切れていた。あの頃ならこんな丘、駆け足で気がつかないうちに上り切ってしまっただろうに。年は取りたくない。

 草むらに腰を落とし、目を瞑る。涼しい風が汗まみれの身体に心地よく染みる。そのうちに近くの草むらががさがさと揺れ、僕はそこにじっと目を凝らした。

 寅模様の猫が、ぴょこんと草むらの中から飛び出してきた。

 固まる僕に向かって、猫が「にゃあ」と一つ鳴いた。こんにちは。そう言っているのが分かった。あの頃、アイツの言っていることが、何となく分かったように。

 あれから十八年。とらさぶろう、とらしろう、いや――

「とらごろう……ぐらいかな?」

 問いかける。猫はアーモンド型の目で僕をじっと見た後、「意味が分からないよ」と言いたげにぷいと顔を背け、草むらの中に消えた。自分から声をかけてきたくせにこれだ。自分勝手はご先祖様譲りだな。僕は、笑った。

 ――さて。

 脇に置いたビジネスバッグを開き、霊園で隆聖から受け取った封筒を取り出す。封筒を開け、右手を開いてその上に中身が出てくるようにひっくり返す。ザアッと硬い固形物が封筒の中を滑る音の後、手のひらの上に飛び出したものは、やはり、僕の予想通りのものだった。

 秘密基地の鍵。

 くすんだ銀色の鍵を見た途端、僕の中のぼくが僅かに声を上げた。無骨な手で鍵をギュッと握りしめる。あの頃より身体は大きくなったし、力も付いたのに、鍵は重たくなったように感じられた。きっと、時間を吸ったからだろう。

 来た方向とは逆の丘の下を臨むように、僕は立ち上がった。両手を広げ、胸いっぱいに澄んだ空気を吸い込む。そして右腕を頭の後ろに振りかぶって――

 鍵を、青空に向かって放り投げた。

 陽光を反射して、鍵がキラリと光った。まるで、夕暮れの空に浮かぶ一番星のように。

 そのまま太陽まで飛んでいくように思えた鍵は、やがて失速し、地に向かう。離れるごとに小さくなり、形も見えなくなり、音も立てずにどこかの草むらへ落ちる。僕は立ち竦んだまま、両腕をだらりと下げ、全身から力を抜いた。

 温かい水滴が、頬を伝った。

 泣いている。意識した途端、拭っても拭っても、涙が止まらなくなった。泣いているのは僕じゃない。ぼくだ。止めろよ、ぼく。僕は大人の男なんだ。もうすぐ父親なんだ。恥ずかしいだろ。みっともないだろ。

 僕はぼくを説き伏せる。だけど、泣き虫のぼくは泣き止まない。もう、知るか。僕は涙を拭うことを止めて、丘を下るように歩き出した。

 生暖かい風が涙に当たり、その刺激がまた新しい涙を生む。濡れて、乾いて、また濡れて、頬がピリピリと痺れる。そして僕はほんの少し、誰に見せるわけでもない、静かな微笑みを顔に浮かべた。

 行こう、ぼく。泣きながら歩いて行こう。

 愛すべき世界が、僕たちを待っている。




(了)

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