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わらわはヨルである

作者: 戌亥 葱寅

 暖かくなってきて動き出す時間が早まった黒猫は、廃寺のそばにあるブルーシートと丸太の間から飛び出した。

 春風が吹き荒れていて目にゴミが入ってくるが、それさえ目をつぶれば、日向ぼっこをついついしたくなりそうな丁度いい気温だ。先月は気温が氷点下を下回っていて、午後になるまで動きたくない。動いたとしても黒猫以外の生き物はまだ冬眠でもしているのだろうか、廃寺に全く現れない。


 鳥がいれば食わずとも、捕まえたい。ご飯に困ってるわけではないの。ただ暇、それだけのこと。いつになったら他の子は動き出すのかしら。退屈ね。この故なく退屈。


 足に重鎮をつけたように黒猫は、のそのそと廃寺の周りを徘徊し始めた。一周、二周、三周。しかし、回ったところで何ら面白いことは起こらなし。それに気づいた黒猫は退屈に諦めブルーシートの前で足を止めた。


カシャカヤ、タタタッタ

 下のほうから音がするわね。地面の沈みが大きいわ。幼いころに見たイノシシかしら?いや彼らはもうとっくにこの辺にはいやしないわ。歩幅も大きいしズンとくるし。


クシャ、ズ、クシャ、ズ

 普通だったら、得体のしれないものが近づいている場合は逃げるか警戒するかしただろうが、生憎黒猫は退屈だった。恐怖より好奇心が勝ってしまった。まるでそれを待ち伏せするように廃寺とブルーシートの間で構えた。久々の高揚感に胸が熱くなる。

 登ってくる。見えてくる。だが、期待させたものは、幾分以外で、黒猫も思いつかせなかった。

人間である。


「……      」


 「…   」


 両者は、固まった。黒猫はその人間に対して、抱いた感情は中学生が修学旅行で初めて見た清水寺を見たような、なんとなくすごい。けれども、これがなんなのかよくわからない。漠然とした興味だった。一方、人間はと言うと山登りに来たら廃寺を見つけワクワクして登っていたというのに、死角に黒猫がいた。彼は猫が嫌いなわけではない。むしろ好きなのだが。いつも、手を伸ばすと逃げてしまうという小さいトラウマがある。今回も手を伸ばそうかどうか、無意識に迷っている。

 そのことに感付いたかどうかはわからないが黒猫は自ら人間に近づき唆す。人間は安心した様子で、手を頭の上に乗せる。

 黒猫は撫でられることが、心地いいことに、この時知った。母親に舐められたような安心できる、久しく優しい感覚に浸る。自分の絵がいていたようにはならなかったが、満たされはした。

 逆に人間は、困惑している。彼が夢に思い浮かべていたことが、目の前で起こっているからだ。首輪を嵌めていない見るからに野良である黒猫がここまで自分に懐き、じゃれついてくるのか。彼は黒猫の不幸話を思い浮かべるが、どうもこのかわいさには勝てそうもない。人間はおとなしく身をゆだねることにした。


 鳥よりも、おいしいものが釣れた。ここ最近の退屈もこれでチャラね。


 黒猫の機嫌は上々だ。ここで、さらに人間はそれに追い打ちをかけるように話しかけてきた。


 「君は、黒いね。黒いから、クロがいいかな。毛並みがいいし、ずっと触っていたいな…ヨルにしようか。黒って言っても綺麗な黒色だし。」


 名前を考えている彼の口調は、どんどん弾んでいく。まるで実の子に名前を付ける親のように。

黒猫は彼が何を言っているのか見当もつかなかったのだが、頬が上がっているのは理解できたようで益益気分がよくなった。

 人間の手が止まった。黒猫は額を彼に押し付けて撫でることを要求する。


 「あー、ごめんごめん」


 彼はまた撫で始めたが目線が黒猫に向かずに廃寺のほうを向いていた。

 黒猫も彼の視線が気になって体をひねって確認する。

 そこには、三毛猫がいた。目ヤニが多少目立つが、毛並みのよさそうな三毛猫が廃寺の床下からじーっとこちらを見続けている。

 黒猫にとっては非常に居心地が悪く気分が悪い。じゃれあいを他人に見られたくないのは猫も同じで、ヨルも例外ではない。恥ずかしい気持ちが抑えきれなくなりヨルは人間の手を払いのけてブルーシートの中に戻ってしまった。


 せっかく、いい日になれたと思ったのに、最悪ね。あんな三毛猫いたかしら。何も今日来なくてもいいじゃない。


 ヨルはブルーシートの中で恥ずかしさを紛らわしたくて、ぶつぶつ不満を思い浮かべる。不満を思い浮かべても外がどうしようもなく気になる。人間は帰ってしまったのか、三毛猫はまだいるのか、ゆっくりとシートから首だけ伸ばしてそれらを見渡してみる。

 不動の生物が2匹いた。1匹は人間で、撫でていた手をどうすればいいかわからずしゃがんだ状態でブルーシートのほうを見ている。もう一方の三毛猫はというと人間を見ているが決して近寄ろうとはしない、黒猫と違ってしっかりとした警戒心を露わにしている。

 先に動いたのは、人間であった。黒猫がブルーシートから出てこないと判断し、立ち上がって三毛猫のほうに近づいていく。


 「でておいでー、でておいでー」


 人間は顔を猫の目線に近づけて、喋りかける。

 三毛猫は決して、警戒を解こうとしない。逃げるわけではないが、決して目を離さなかった。

 人間は少々粘ったが、猫の性格について多少知っていたようで諦めて廃寺の階段に腰を掛けて、何やらぶつぶつ呟き始める。


 「三毛猫って言っても、ほとんど白い色してるよなー ヨルと対象でヒカル?ヒカリ?それともアサ…アサはないな。」


 また、何か言ってるわね。そんなことしてないで、早くその三毛猫を追っ払ってほしいわ。

 ヨルがそう願っていると、床下にいた三毛猫が出てきて、人間のほうに近づいていく。両者の距離がだんだん短くなりついには手の届く位置まできた。

 「…撫でていいですかぁー?」

 人間はか細い声で、三毛猫に同意を求める。もちろん、三毛猫も言葉なんて理解できないが声のトーンで判断したのか、頭を差し出す。

 気持ちよさそうに人間の隣に座り込むが、黒猫にとっては気分の良いことでない。

なんで、あのこがなでられてるの。ちょっと、退きなさいよ!


 「ニャーーーーーーーーーーッ」


 低い鳴き声が、三毛猫に向き。三毛猫もうめき声をあげる。


 ちょっとどきなさいよ!


 なんでよ、あなたがいなくなったんだから別にいいでしょ。


 にらみ合いが続き、追いかけっこが始まる。黒猫がの続きそのまま三毛猫がいなくなるまで続いた。大人げない。


「ヨル追いかけちゃダメだろ!」


 人間の図太い声が、黒猫を静かにさせた。そのまま彼は、何かを言った後に下って行ってしまった。

黒猫には後悔しか残らなかった。生まれて初めての反省だ。

 反省しながら、人間がまた来ないかとも期待した。


 暖かい日が続いて、ほかの生き物が動き出してきた。それらをからかい遊んでも人間のことが頭をよぎる。彼がまた来ないのかと、諦めがつかない。


 昨日も、一昨日もこなかったわ…。


 山道から、人影が登ってくる。

 幾度と待った人間のものだろうか、黒猫は立ち上がり山道にかけて駆けていく。あの人間だとして、また撫でてくれるのだろうか。影に近づく程に不安が大きくなる。怖くなり隠れようと引き返そうと体の向きを変えたとき、あたりが暗くなった。


 振り向き返すと、袋を持った人間が仁王立ちしていた。


 「ヨルー、やっと見つけた」


 どうやら、人間はあれから何度か廃寺に訪れ黒猫と入れ違いになっていたようだ。しかしながら、黒猫はそれを知らない。不安で人間の持ち物が凶器に見えてくる


 あの、白いのは何…?カサカサ音がする生き物かしら?


 黒猫が悩み続けているのと気にするそぶりもなく、人間が袋から鰹節を取り出した。

黒猫はその見た目と臭いで思い出した。

 一昨日、廃寺の傍に同じものが置いてあって食べていたことを。


 あれは人間が置いていったものだったのね。じゃあ、もうおこってないのかしら。


「ほらー、鰹節だよー たべるかー」


 鰹節を手に乗せて黒猫に差し出す。恐る恐る舌を伸ばし、一口また一口なめとっていくたびに黒猫は人間に寄りかかる。それを見計らい、もう一方の手を額の上に乗せて近くの木にもたれ掛かった。

 黒猫が食べ、人間が撫でる光景がしばらく続いた。

 夕刻に差し掛かる前に、人間が口を開いた。


 「ヒカルとはもうあんなことするなよ」


 黒猫に伝わる筈もなかったが、すでに黒猫もここ数日間のうちに反省していたので、彼の言葉を幾分予測できた。

 猫の謝り方を人間に試す。手のひらを人間の手に重ねた。伝わったのか伝わらなかったのか、その答えはこれから先もわかることはないだろうがこれからもこの人間が来ることを祈るばかりだ。


 この後も、人間は時々廃寺のある山に登っては黒猫と三毛猫に鰹節を手土産に遊びに行っている。

いざ短編を書こう!と意気込んでも。

なかなかネタがおもいつかなかったので、いっそ自分の体験を書いてみようかなと思って書いてみました。

犬か猫かと聞かれると、「犬派」です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 猫が可愛いなあと思いました。 わたしも撫でたいです。
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