第二十一話:二日酔いと留守番
「・・・・・うぅぅ、気持ち悪い」
童は口を抑えた。
屋敷から帰った翌日、童は二日酔いになっていた。
『酒を飲み過ぎたのか?』
昨夜どの位まで飲んだのか覚えてないのが悪い証拠か?
「・・・・・うっぷ」
吐き気がして傍にあった桶に顔を突っ込む。
「大丈夫ですか?姫様」
凜が背中を摩ってくれた。
「これが二日酔いじゃなくて悪阻ならどんなに良かったか」
背中を摩りながら凜は小さく愚痴を零した。
「姫様が吐き気がすると言った時には懐妊したのかと思ったのに・・・・・・」
「まぁ、良い練習にはなるかも知れませんね」
「何が、良い練習なのじゃ?」
桶から顔を上げて凜に尋ねた。
「懐妊した時ですよ。御子が出来ると皆が経験する時です」
「・・・・・こんな思いするなら妊娠したくない」
「姫様はまだ若いから仕方ないですね」
童の苦言に苦笑して凜は立ち上がった。
「何か胃に優しい物を作って来ます」
部屋から出ようとする凜を止め飛天はどうなのか聞いた。
「旦那様なら魔界に行く準備をしています」
「魔界に?」
「昨日、養父である皇帝から手紙で呼び出しが合ったのです」
「皇帝が養父?」
っという事は飛天は皇子?
「はい。恐らく妻を娶った事で問い詰められるんですよ」
どこか嬉しそうに笑う凜。
「何が嬉しいのじゃ?」
「いえ。何でもありませんわ」
何かあると分かっていたが吐き気が酷くて、それ所ではない。
「凜は飛天の父に会った事があるのか?」
「一度だけあります」
「どんな方じゃ?」
「王として威厳に満ち溢れた方です」
他人に男には手厳しい凜が手放しで褒めるのだから余程立派な方なのじゃろう。
「ただの悪戯好きのエロ爺だ」
凜の言葉を否定したのはいつの間にか部屋にいた飛天じゃった。
「よぉ。黒闇天」
片手を上げ挨拶する飛天。
「主は、二日酔いじゃないのか?」
童より酒は飲んだ筈じゃったのに飛天はケロっとしていた。
「あれ位じゃ酔わねぇよ」
不敵に笑う飛天に童は少しむっとした。
「そう怒るな」
苦笑して童の頭を撫でる飛天。
「土産を買って来てやるからよ」
「・・・・・童は、子供ではない」
「要らないのか?」
「・・・・・要る」
「楽しみにしてろ」
童の態度に微笑して飛天は凜と出て行った。
後に残った童は再び吐き気に襲われた。
吐き気が少し治まる頃に凜が粥を持って入って来た。
「治まりましたか?」
「うむ。何とかの」
まだ少し気持ち悪いが何とか動ける。
「それでは粥をどうぞ」
童に粥を差し出す凜。
「では頂くぞ」レンゲで粥を掬い口に運ぶと温かく美味しい味が広がった。
粥を食べ終えると凜が待っていたように切り出した。
「姫様。夕食の買い物に行くのですが、お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ。腹も治まった」
しかし、凜は尚も心配そうな顔をしていた。
「童も千八百歳。一人で留守番くらい出来る」
この言葉に凜は渋々といった顔をしたが折れた。
「姫様を信用します。ですが、くれぐれも気をつけて下さいね」
「大丈夫じゃ」
苦笑しながら凜の気遣いが嬉しかった。
「それでは、行って参ります」
凜を玄関まで見送り屋敷の中に戻ると吐き気もしなくなったので縁側に行く事にした。
縁側に行って腹に手を添えながら適当な場所に腰掛けると花畑を眺めた。
今の四季では桜が散り紫陽花などが綺麗だった。
紫陽花・・・・・家族団欒を意味する花。
「・・・・・家族、か」
童は家族を望んでいるのか?
無意識に自分の腹を着物の上から撫でた。
もし、飛天の子を身篭ったら・・・・・・
「・・・・・飛天は喜んでくれるか?」
凜なら喜んでくれるじゃろう。
だが飛天が喜んでくれなかったら?
いや、飛天に限ってそんな事はない。
自分の考えを即座に否定した。
「飛天なら喜んでくれる」
きっとあの大きな手で優しく子を抱いてくれるに違いない。
「男か女かどっちじゃろうな・・・・・?」
凜は女を望んでいたが飛天はどっちが欲しいのじゃろう。
「やはり跡取りとして男か?」
それとも凜と同じく女か?
「どっちが良いのじゃろうな?」
再度、自分の腹を撫でた。
童としたらやはり凜と同じく女の子が欲しい。
幼い頃、母上に髪を溶かして貰ったり買い物に行ったり出来なかったから娘とやってみたい。
「名前も考えなくてはな」
どんな名前が良いじゃろう?
ふと紫陽花が目に入った。
「うむ。子の名前は・・・・・・・」
最後まで言う前に意識が無くなり始めた。
「・・・な、ん、じゃ?」
薄れ行く意識の中で複数の人影が近づいて来るのを感じた。
しかし、何も出来ずに意識を失った。
それからどうしたのか分からないが目を覚ますと布団に寝かされていた。
「ここは・・・・・・」
半身を起こそうと頭痛がして額を抑えた。
子供の名前を思い付いた時に意識を失ったまでは覚えている。
しかし、その後は覚えてない。
悩んでも仕方ないと思って重い身体を起こし襖を開けて外を見た。
そこは・・・・・
「童の住んでいた屋敷・・・・・・・」
かつて住んでいた屋敷じゃった。
「・・・・・何で」
少しア然としたが直ぐに分かった。
恐らく父上の部下が童を運んだに違いない。
「・・・・・冗談ではないぞ」
直ぐに庭に裸足で下りると誰も居ないのを確認して急いで塀を乗り越えようとした。
しかし済んでの所で
「黒闇天!!何をしてるの!?」
母上が真っ青にしてヒステリックに叫んでいた。
童は急いで塀を乗り越えようとしたが後ろから力強い腕に連れ戻された。
「何をしてるんだ!黒闇天!?」
父上が童を抱き締めながら怒った。
童は治まり掛けていた吐き気が襲って来た。
「・・・・・うぅ」
父上を押し退けて童は茂みに吐いた。
「大丈夫か?黒闇天」
父上が背中を摩ろうとしてきた。
「・・・・・童に触らないで、下さいっ」
振り払おうとしたが吐き気がまた襲って来た。
茂みに顔を突っ込んだままいると
「悪阻の時は気が立つから私に任せて下さい」
母上は優しく言ったが嫌悪感しか沸かなかった。
「大丈夫?黒闇天」
優しく語りかける母上を童は振り払った。
「・・・一体、・・・何の真似ですっ?」
吐き気を我慢しながら童は二人を睨んだ。
「飛天の屋敷に居たのに何で、童を連れて来たのですか?」
「そ、それは、お前と話をしたかったのだ」
父上がすまなそうに言ってきた。
「だが、正面から行っても無理だと思ったから・・・・・・・・・・」
「だから部下を使って連れて来たと?」
「・・・・・そうだ」
童の質問に父上は苦々しく答えた。
「・・・ふざけないで下さい!!」
「もう童には構わないで下さいと言った筈です!?」
童は怒りの声を出した。
「黒闇天っ。落ち着きなさい。お腹の子供に触るわ」
母上が宥めようとするのを童は振り払った。
「触らないで下さいっ」
バシッと母上の手を叩く。
「帰して下さい!飛天の屋敷に帰して下さい!!」
涙を流して童は叫んだ。
「・・・帰して下さい・・・・・帰、して」
激しい吐き気と目眩が襲って来て童は意識を失った。