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雨の桜  作者: ドラキュラ
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第二十話:宴で交渉

牛車に揺られ屋敷に向かうこと三時間。


普通なら馬で三十分。


徒歩でも一時間で着く距離を牛車などという非合法な乗り物に乗ったせいで屋敷に着いたのは夜になっていた。


「まったく、何て不便な乗り物じゃ」


不満を言いながら童は簾を押し退けた。


「そう怒るな。これも宴に長居しない為だ」


童を宥めるように笑い掛ける飛天。


「そうは言って・・・・きゃっ」


牛車から降りようとしたがバランスを崩して倒れ掛けた。


しかし、地面に倒れる済んでの所で飛天が童を抱き止めてくれた。


「大丈夫か?」


「う、うむっ・・・・」


飛天が心配そうな声で聞いてきたが童は飛天に抱き締められている事で鼓動が速くなるのを感じた。


『少し大人しくしてくれ』


自分の心の臓に懇願した。


「・・・・お待ちしておりました。夜叉王丸様」


暫く飛天の胸に手を置いていると使用人が気まずそうに出て来た。


「・・・・・ッ」


童は恥ずかしくて飛天の胸に顔を押し付けた。


「・・・・・皆様が待っております。こちらへ」


使用人は頬を赤くさせ屋敷の中へ促した。


「行くぞ」


胸に顔を埋めていた童を引き離し歩き始める飛天。


少し傷ついたが、ここで恥ずかしい真似をすれば飛天に迷惑が掛るし姉上に嘲笑われるのは必定。


そんな事は御免なので堂々とした佇まいで飛天の後を追った。


屋敷に入り宴の場まで行くと既に童と飛天を除き八部衆の者や母上達の友人が来ていた。


父上と母上が中心に座り姉上が左側に座っていた。


何時もなら無表情か眉間に皺を寄せた表情をする二人が何故か阿呆のように口を開けたまま固まっていた。


否、父上と母上だけでなく姉上も宴の場に居た者たちが信じられないような眼差しで見ていた。


「本日は、宴にお招き頂きながら遅くなり申し訳ありません」


飛天は近くまで行くと土下座して父上に頭を下げた。


童も慌てて真似をしようとしたが、またもや袴の裾を踏んでしまい転びそうになった。


しかし、また飛天が童を抱き止めてくれた。


「・・・お前、わざと転んでるのか?」


小声で囁きながら疑いの眼差しを向ける飛天。


「・・・・ち、違う。事故じゃ。事故っ」


童も小声で言い返した。


飛天も童も知らなかったが傍から見ると抱き合っているようにしか見えないらしい。


「は、早く・・・せ、席に着け」


父上がうろたえた口調で命じた。


「・・・承知しました」


飛天は童を促し席に移動した。


また転ぶのではないかと思った飛天が手を取って促してくれた。


童と飛天が席に着いたのを合図に宴が始まった。


楽器の演奏により心地よい音色が鳴り響きそれに合わせて踊り子が舞をして皆が酒を飲み始めた。


飛天は宴が始まると朱色の杯に酒を注ぎ一人で飲み始め童も料理を食べ始めた。


いつもと変わらない宴だと思っていた。


しかし、宴が始まると何人かの男達が童に近づいてきた。


全員、童の元見合い相手じゃった。


その中の一人が意を決したように声を掛けて来た。


「あ、あの、貴方は黒闇天殿ですよね?」


「・・・だったら、何ですか?」


今さら何の用じゃ?


「い、いえ。今日は一段とお綺麗でいらっしゃると思いまして・・・・・・」


「いつも黒や紫の着物姿しか見なかったので別人かと思いました」


口々に童を称賛してきた。


『一体、何の真似じゃ?』


まったく、こ奴らの意図が解らなかった。


手酷く侮辱した男達から褒められて内心は複雑じゃった。


「・・・・・まぁ、先ずは私の酌を・・・・・・」


「いえいえ。私の方を・・・・・・」


童が戸惑っている内に男たちが杯に酌をしようとしてきた。


「いいえ。一人で大丈夫ですので・・・・・・」


丁寧に断ったが男達は引かなかった。


これには困り果てていた。


しかし、そこへ


「・・・俺の妻に迷惑を掛けないで欲しいのだが?」


低いドスの籠った声を発し威圧的な眼差しで男たちを見る飛天。


その凄さに男たちは一目散に散った。


「助かったぞ。飛天」


素直に礼を言ったのに飛天は険しい顔で童を一瞥しただけだった。


「な、何を怒っているのじゃ?」


自分でも驚く位に震えて弱々しい声だった。


「・・・・・別に」


感情のない声に童は強く胸が締め付けられた。


「な、何かしたなら謝るから。だ、だから怒らないでくれっ」


「・・・・・・」


対して飛天は無言で酒を注ぎ飲んだ。


童は泣きそうな顔になるのが分かった。


「な、何か言ってくれ。飛天っ」


飛天に嫌われるのが怖くて童は、今にも泣き出しそうな顔で懇願した。


するとさっきまで怒っていた表情の飛天が苦笑に変わった。


「そんな顔をするな。少し悪ふざけをしただけだ」


これを聞いて童は力任せに飛天の腕を抓った。


まったく痛そうな顔をしていなかったが我慢できなかった。


「童をからかった罰じゃ」


ぷいっと横を向く。


「そんなに怒るなよ。俺が悪かったから、な?」


謝ってくる飛天。


「・・・主など知らぬ」


こんな大勢の前で醜態を曝した事が恥ずかしくて童は拗ねたままだった。


「そう怒るなよ。ほれ、酌してやるから」


童の気持ちを裏切るように気さくな笑みを浮かべ飛天は酒杯に酒を注いだ。


「ふんっ。こんな事で童の機嫌は治まらぬぞ」


ぶすっとした表情のまま杯を煽る。


「まぁ、気長に待つさ」


苦笑しながら飛天は空になった杯に酒を注いだ。


「・・・・童ばかり飲んでも癪じゃ。主の杯にも注いでやる」


我ながら良い口実だと思い飛天と向き合い飛天の杯に酒を注いだ。


「ほぉう。なかなか良い酌だな」


「そうか?」


「あぁ。これなら毎夜お前に酒の酌を頼もうかな?」


「・・・・・童にも酒を飲ませるなら考えても良いぞ?」


口端を少し上げて笑ってみせる。


「あぁ。別に良いぜ?」


飛天もニヤリと口端を上げて笑ってきた。


「・・・・交渉成立じゃな?」


「あぁ。交渉成立だ」


互いに注いだ酒杯を少しぶつけた。


「交渉の祝いに」


どちらかともなく笑い酒を飲んだ。


それからはたわいない会話を楽しみながら酒を飲み合った。


いつも一人で酒を飲んでいたが今夜は飛天と二人で飲み合って楽しい。


それも合ってか大量の酒を飲んでしまい記憶が曖昧になった。


後で飛天に聞いても教えて貰えなかった。


そして後日、童は酒の飲み過ぎで二日酔いになってしまった。



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