逸話:目障りな妹
帰りの道を牛車に揺られながら白明天は扇を苛立った様子で弄っていた。
「・・・あの使用人、絶対に許さないんだからっ」
つい数時間前に手酷い反撃を受けて退散させられた事を思い出すと怒りが湧き出る。
これまで使用人にあのような屈辱を味あわされた事はない。
いつも使用人たちは自分に頭を下げて敬っていた。
しかし、あの凛という使用人は違っていた。
真っ正面から自分と向き合いあろう事か歯向かってきた。
『淑女は怒鳴り声を上げたりしません』
思い出すだけで腹が立ってきた。
「ちょっと、もう少し速くならないの?」
苛立った声で牛を引く従者に尋ねた。
「・・・も、申し訳ありませんっ」
「謝る暇があるなら速くさせなさいよ!!」
従者の態度が更に苛立ちを募らせて怒鳴った。
「ひぃ!す、すいません!!」
また平謝りする従者に諦めたのか白明天は吐息した。
『・・・・これも全て黒闇天のせいよ』
ギリッ
と唇を噛む白明天。
昔から目障りな存在でしかなかった。
幼い頃から自分の後を着いて回り自分と同じ物を欲しがった妹。
しかし、自分の方がいつも上だった。
楽器の演奏も舞も頭脳も美貌も、そして両親の愛情さえも・・・・・・・
両親に可愛がられているのを妹は羨ましそうな眼差しで見ていた。
優越感が心を埋め妹は自分より格下だと分かった。
千歳になった頃から殿方に見初められ始め花や歌、着物や装飾品を送られ甘い言葉や紳士的な態度で誘惑されたりした。
何度か付き合った殿方はいたが長続きせずに終わってしまった。
そんな戯れの恋を数百年している時に八部衆の間で開かれた宴で初めて知り合った。
暗黒を思わせる黒髪と黒の瞳に紺色の狩り衣の外からでも分かる位までに鍛えられた肉体。
極めつけが右の眼帯が謎めいた雰囲気を出していた。
彼の姿を見た瞬間、心が止まった。
遠目から眺める事から始まり宴がある時には必ず彼の姿を探した。
見つけると彼は殆ど酒にも料理にも手を付けず気怠そうにしていた。
その雰囲気が他の殿方と違い興味を更に膨らませた。
それから宴で音楽に合わせて舞が始まると彼が懐から竜笛を取り出して吹き始めた。
透き通るような音色と他の楽器と奏でられる演奏は聞く者を魅了した。
この時点で彼に心惹かれたと感じた。
屋敷に戻ると両親から思わぬ事を言われた。
『飛天夜叉王丸殿と今度、見合いをしてくれぬか?』
自分が心惹かれていた男と見合いができると分かり喜んだ。
しかし、見合いをする数日前に妹が夜叉王丸に攫われたと聞いた。
呆然と同時に妹に激しく怒りを覚えた。
『どうせ、黒闇天が夜叉王丸様を誘惑したに決まってるのよ』
ミシッ
と扇が悲鳴を上げる位うでに力を込めた。
幼い頃から自分の物を欲しがる癖があったから、夜叉王丸も欲しがったのだ。
成長した妹は自分よりも色気があるように思えた。
恐らく色気で夜叉王丸を誘惑したに違いない。
直ぐに取り戻しに行きたかったが八部衆の仕事なので行けなかった。
やっと仕事を終えて屋敷に戻ると妹の姿が見えたので呼び止めて屋敷に入れた。
自分の挑発に妹は怒りの表情を出したが直ぐに消え自分に対して挑戦状とも言える言葉を投げつけた。
“飛天は姉上の物になぞなりません”
これを言った時の妹の不適な笑みを忘れないだろう。
「この私に勝負を挑むなんていい度胸ね」
バキンッ
大きな音を立てて扇が粉々に砕け散った。
「必ず・・・・・夜叉王丸様を奪い返してみせる」
妹と同じく不適に笑い声を上げる白明天。
牛車の外では従者が更に恐怖を感じ牛を急かしていた。