逸話:姉対使用人
夜叉王丸と黒闇天が人間界に行っている時に天竺の屋敷では軽く騒動が起きていた。
黒闇天の姉である白明天は夜叉王丸の屋敷である門前で怒鳴り声を上げていた。
「何で私を入れて暮れないのよ?!」
「貴方様のような品位の無い方を当屋敷に入れる訳にはいきません」
怒鳴る白明天とは対照的に凛は冷静に対応した。
「私に品位が無いですって!!」
凛の言葉に白明天は怒りを露わにした。
「淑女はこんな所で怒鳴り声を上げたりしません」
図星を指され白明天は押し黙った。
「・・・たかが使用人の分際で・・・・・」
「えぇ。使用人です」
白明天の言葉に凛は顔色一つ変えずに対応した。
「・・・・“天”の長を務め毘沙門天の娘である私に向かって、よくも・・・・・・!!」
「毘沙門天様の娘であるのなら、旦那さまの“妻”である姫様も同じ事です」
“妻”である部分を強調した凛。
「・・・・・・・・」
白明天は唇を噛んだ。
この使用人は実に自分を怒らせる。
眉の一つも動かさず言葉も事務的だが、相手の神経を逆撫でする言葉を平気で言う。
そして相手が怒るのを待っていたように張った罠に獲物を落とし仕留める。
まさに獲物を巧みに追い詰める猟師だ。
ここで更に怒っては相手の思う壺だと白明天も解っていたので我慢した。
今日は使用人と喧嘩をしに来たのではない。宴の招待に来たのだ。
先日、両親に言われた。
『近い内に屋敷で宴を開くから夜叉王丸殿と黒闇天を招待して来い』
これを聞いて何で自分が行かなければ、と思ったがすぐに思い直した。
この宴を利用して夜叉王丸の屋敷に行ける。
自分という見合い相手を振り自分より遥かに劣る妹を取った男を振り向かせるチャンスだ。
人間出身である悪魔。
武人らしい逞しい肉体を持ち外見からは考えられない笛の名手。
幸いにも同じ八部衆であるから彼の人柄は分かっている。
だから妹から奪い返せる自信があった。
そう思って遥々、牛車で来たのに出迎えたのは無愛想な使用人が一人だけで屋敷に入れるのを拒んできた。
「お話がなければ、屋敷から消えて下さい。屋敷が汚れます」
「・・・・覚えておきなさい」
白明天はギリッと唇を噛みながら捨て台詞を残すと身を振り返し牛車に乗り去って行った。
「今は引き下がるわ。・・・・・だけど、必ず夜叉王丸様を奪い返すわ」
凛は白明天が去ったのを確認すると屋敷の中に戻って茶の間に行くと大きな息を吐いた。
「はぁー。あの手の娘の相手は疲れます」
お湯を沸かしながら凛は考えた。
『旦那さまには報告するとして、姫様には言った方が良いかしら・・・・?』
主人には黒闇天に関する事は全て報告する事を義務付けられている。
問題は黒闇天には報告するべきか否か。
『姫様は優し過ぎるから話したら行きそうね』
黒闇天は邪神であるが心は優しい。
本当なら夜叉王丸とは仲の良い夫婦なのに・・・・・・・
あんな“牢獄”のような屋敷で隔離され育ったから捻くれてしまったのだ。
やっとの思いで屋敷から出れたのに、また自分から戻る必要なんてない。
『姫様には報告しない方が良いわね』
報告するにしても先に主人である夜叉王丸に報告するのが先だ。
「・・・・・“娘”である姫様を守るのは“母親”の務めですもの」
本当の親子ではないが黒闇天は娘みたいなものだ。
幼い頃から見てきた手の掛かる大きくも愛おしい娘。
「・・・・姫様は私が守ってみせる」
男顔負けの凛々しさで凜は決意した。