第十六話:人間界でデート
「随分と空気が悪く騒音がうるさい所じゃな」
童は初めての人間界に不快感を感じた。
今いる所は東京とかいう場所じゃが、空気は悪い騒音はうるさい、人は一杯で何も良い事がない。
「こんな場所に住む人間が理解できん」
扇であおぎながら隣で煙草を蒸す飛天に愚痴を漏らした。
「まぁ、仮にも日本の首都だから商売的にやりやすいんだよ」
苦笑しながら答える飛天。
確かに都ともなれば人も集まるし商いもやりやすい筈じゃな。
「しかし、ここは幾らなんでも・・・・・・これは酷くないか?」
童はどうもこの都を好きになれない。
「まぁ、俺も仕事以外では来たくない場所だな」
「では何でここに来たのじゃ?」
仕事でもないのに・・・・・せっかくのデートなのだから、もっと海の見える場所とか季節の風流を楽しめる京の都が良かった・・・・・・
人間界のカップルは互いの手を掴み合ったり腕を組んだりして他愛無い話をして買い物を楽しむと凛から聞いたのに・・・・・・・・・・・・
何で、こんな空気が悪く自然がない場所を選んだのじゃ?
「この前、頼んでいたバイクを取りに来たんだよ」
童の考えを読んだのか飛天は口を開いた。
「バイク?」
童は首を傾げた。
「バイクとは何じゃ?」
「天竺から出た事がないお前は知らないんだったな」
飛天は納得したように一人で頷いた。
「バイクってのは天竺でいう馬みたいなものだ」
「つまり移動する道具か?」
「その通りだ」
童の答えを飛天は頷いた。
「お前なら好きになると思うぞ」
童が?
「ま、着いて来な」
飛天の手を掴むと歩き出した。
「ひ、飛天っ」
童は突然の事で驚いて赤面して声が上擦った。
「手を掴み合ってデートをしたかったんだろ?」
ニヤリと口端を僅かに吊り上げて笑う飛天。
どこまで童の考えを読んだのじゃ?!
しかし、飛天から手を掴まれた時は嬉しかった。
それから二人で手を繋いで街を歩いた。
人間界にある物は全て見た事もない物ばかりで童は童子のようにはしゃいだ。
飛天と二人でデパートという所に行って買い物をしてアクセサリーなどを見た。
「綺麗な装飾品じゃの・・・・・・」
硝子の中に入った色取り取りの宝石に童は眼を奪われていた。
「何か買ってやろうか?」
それを聞いて童は飛天を輝くような眼で見た。
「良いのか?」
「あぁ。一つ位なら構わん」
童は嬉しくて真剣に選び出した。
しかし、あまりに多すぎて選ぶのに迷った。
「選べないなら店員に選んで貰え」
迷っていると飛天が助言してきた。
「・・・・すいません。宝石を選んでくれませんか?」
人間相手に命令口調で話すのは不味いと考えて敬語で尋ねた。
「少々お待ち下さい」
店員は気分を悪くしなかったのか笑顔で宝石を選び出した。
「これなど如何でしょうか?」
店員が見せたのは紫色の首飾りで先端が剣のように鋭かった。
突っ張って素直になれない。
まるで今の童の性格を表わしているようだった。
「・・・・これで良いです」
童は店員が選んでくれた宝石にした。
「幾らですか?」
飛天が童の前に出て値段を尋ねた。
「○○○○百万になります」
店員が値段を言うと飛天は懐から長財布を取り出すと紙幣を出して渡した。
どれくらい高いのか分からないが恐らく相当な値打ち物じゃろう。
「宝石は箱に入れますか?それともこのままでお持ち帰りになりますか?」
金を受け取りながら店員は童に尋ねてきた。
「・・・じゃあ、このままでお願いします」
童の言葉に店員は直ぐに渡そうとしたが飛天が宝石を取り上げた。
「飛天?」
童は頭一つ分高い飛天を見上げた。
「後ろを向け」
言われるままに後ろを向くと飛天の手が童の首に回るのを感じた。
「動くなよ。今、着けている所だ」
小さく囁く声が吐息と一緒に童の首を刺激した。
「ッ・・・・・・・」
何もしてないのに童は感じてしまい身動きしてしまった。
「おい。動くな」
童の気持ちなど知らずに飛天はネックレスを着けるのに集中していた。
「ちっ、中々うまく着けられないな」
舌打ちしながら手を動かす飛天。
飛天が声を上げる度に童の首に吐息がかかり手が童のうなじを撫でるように感じた。
「あっ・・・・んっ・・・・」
童は必死に唇を噛んで声を漏らさないようにした。
せっかくのデートで羞恥な真似をしたくなかったからじゃ。
童の我慢など知らずに飛天はネックレスを着け終わった。
「よしっ。できたぞ」
満足な声を上げて笑う飛天を童は息を整えながら睨んだ。
童が地獄のような我慢をしていたのに、こ奴は満足そうに笑いおって!!
「何だ?顔を真っ赤にして?」
飛天は訝しげな顔をした。
「・・・何でもない」
童はそっぽを向いて飛天の声を無視して店を出た。
店を出ると自分の身勝手さと子供のような行動に嫌悪した。
飛天は童にネックレスを着けようとしただけじゃ。
それを勝手に怒って店を出たのは童じゃ。
「これでは拗ねた子供のようじゃな」
自嘲気味に笑みを浮かべてみせる。
千八百歳になったのだから立派な大人なのに・・・・・・・
父上にも立派な大人だと大口を叩いていたのに。
「情けない・・・・・」
童は凛から渡された手提げバックから愛用の扇を取り出して顔を扇いだ。
いつも困った事があると扇で扇ぐ童の癖。
「・・・・・はぁ」
小さく溜め息を吐く。
しばらく歩いていると
「ちょっと彼女」
声を掛けられ振り返ると見るからに軽薄そうなチンピラ風の男がいた。
「一人なら遊ばない」
男は勝手に童の状況を決め付けた。
ニヤニヤ笑っている瞳の奥には欲望が渦巻いていた。
その瞳は童に愛人にならないか?と申し込んで来た奴らと同じだった。
嫌悪と侮蔑の心が湧き上がった。
「さぁ、行こう」
童の腕を掴もうとした男の手を扇で叩き落とした。
「痛ッ」
「気安く童に触るな」
男は一瞬だけ怒りの表情をしたが直ぐに戻った。
「怒った顔も可愛いね」
再び手を出して来る男。
童が技を出そうとした時じゃった。
「勝手に俺の女に手を出すんじゃねぇよ」
男を後ろから襟首を掴んで持ち上げる飛天が目に入って来た。
「こいつは俺の女だ。餓鬼は引っ込んでろ」
乱暴に男を放り投げると童を睨む飛天。
「勝手に行くな」
ギロリと睨む飛天の瞳には若干だが怒りが混ざっていた。
初めて飛天に怒られて童は身を縮めた。
「す、すまん」
「反省しているならいい」
飛天は直ぐに睨むのを止めると童に手を差し出した。
「行くぞ」
「・・・・うん」
出された手を取り二人で行こうとした。
しかし、
「おいっ。勝手に行くんじゃねぇよ!」
飛天に放り投げられた男が怒り心頭でいた。
「まだ用があるのか?」
うんざりしたように男に視線を送る飛天。
「その女は俺が頂くんだよ!?」
男は出し抜けに正拳を飛天に突き出してきた。
飛天は童から手を離すと軽く首を動かして避けると男の手首を掴んで捻った。
「ぐわっ」
「骨を折られたくないなら消えろ」
ギリギリと締め上げながら飛天は男に忠告した。
男は何度も頷いた。
「・・・・・・」
飛天は直ぐに腕を解放すると男に背を向けて再び童に手を差し出した。
「今度こそ行くぞ」
「うむ」
童は飛天の手を再び掴むと群衆が見る中で堂々とその場を後にした。