逸話:帰りの出来事
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
夜叉王丸の屋敷を出た毘沙門天と吉祥天は牛車に揺られながら無言で来た道を戻っていた。
毘沙門天は家を出てからの黒闇天の冷たい態度は初めてではないから良かったが、吉祥天はこれが初めてであった事から刺激が強すぎた。
今日は自分も連れて行ってくれと頼まれて連れて来たのを後悔した。
男である自分よりも女である妻の方が黒闇天も心を許すであろうと言われて同行を許したがまったく意味がなかった。
妻が口を開く暇も与えずに黒闇天は自分たちを冷たく拒絶した。
ショックだったのか互いに無言だったが不意に吉祥天が口を開いた。
「・・・・私が、私たちが黒闇天をあんな性格にしてしまったのですね」
「・・・あぁ。わし達が黒闇天をあそこまで追い詰めてしまったのだ」
弱々しい声で毘沙門天は答えた。
自分達が白明天ばかり可愛がったせいで黒闇天をあんな性格に変えてしまった。
その事を妻はさっき身を持って味わった。
「・・・・どうすれば良いんだ?」
ぽつりと泣き言を言う毘沙門天。
あれでは連れ帰れない。
仮に連れ帰っても心を開く事はないだろう。
自分達は黒闇天と仲直りしたいのだ。
始めは親に逆らうけしからん娘だと思っていた。
だが夜叉王丸の屋敷で見た黒闇天の表情は自分達が見た事のない表情だった。
夜叉王丸の汗を拭き取り何かを囁かれて赤面する娘。
あんな生き生きとした表情は長年の間一緒にいたが見た事がない。
自分達と屋敷にいた時はいつもふて腐れた表情か投げやり的、もしくは反抗的な表情しか見せなかった。
それなのに夜叉王丸の屋敷では普通の娘と変わらない表情をしていた。
驚きと同時に嫉妬と羨望が沸き上がった。
こんな表情もできるのか。
それならなぜ、自分達には見せなかった表情を他人には見せる。
自分達にも見せて欲しかった。
年頃の娘と同じような表情を笑った表情を見せて欲しかった。
しかし、黒闇天の表情を、笑顔を奪ったのは・・・・・間違いなく自分たちだ。
親である自分たちが娘の表情を奪ったのだ。
「・・・・もう、遅いのかしら」
吉祥天の言葉に毘沙門天は強く否定した。
「いや、大丈夫だ。まだ遅くない」
自分に言い聞かせるように毘沙門天は言った。
「これから少しずつ黒闇天と話し合って和解しよう」
震える吉祥天の肩を優しく抱き締めながら毘沙門天は語った。