第十四話:無言の優しさ
湯に浸かり凜の用意した着物に着替えて飛天のいる客室に戻った。
「待たせたな?飛天」
中に入ると父上と母上は口を開けたままじゃった。
童の姿に見惚れていたのか?
わざとらしく首を傾げてみせる。
いつも渡される着物の色は紫だけじゃったが、ここに来てからは色々な着物を着れるようになった。
「遅かったな?」
飛天が少し疲れた口調で話し掛けてきた。
どうやら二人の相手で疲れたようじゃな。
「大丈夫か?飛天」
童は心配で駆け寄った。
近くで見ると少し汗を掻いていた。
童は手拭いを取り出し額を拭いた。
「・・・あぁ。少し疲れた」
父上と母上に気付かれないように息を吐いた飛天。
「・・・迷惑を掛けてすまん」
申し訳なさに謝った。
「気にするな。俺が自分から買って出たんだからよ」
櫛で溶かし、垂れ下げたままの髪を飛天が優しく触れた。
「・・・・・ッ」
髪に触れられただけで鼓動が激しくなった。
飛天の手はゴツゴツして無骨だったが感触は優しくて安心感を抱かせた。
童はどうしたのじゃ?
「・・・・・ゴホン」
後ろから凜が咳払いをしてはっ、とした。
ちらりと飛天の影から見ると父上も母上も真っ赤になって口をパクパクさせていた。
『姫様。演技は程々になさいませ』
凜がアイ・カンタクトで童を窘めた。
・・・・・あれは演技ではなかったのじゃがな。
童は心の中で思ったが言わずに隅に閉まった。
ここで余計な事をしたら不味いと判断したからじゃ。
「それで、毘沙門天様と吉祥天様はどういった用件で来たのですか?」
胸の鼓動が収まるのを待ってから二人と向かい合うように座ると飛天も直ぐに童の隣に座った。
「お前を連れ戻しに来たらしい」
飛天が分かり切ったように説明した。
「そ、そうだっ。黒闇天。今から屋敷に帰って来い!?」
どこか鎮痛な表情の父上。
「そうよ。黒闇天。千八百歳と言っても貴方はまだ子供よ」
母上は珍しくヒステリックな声を上げずに喋った。
「それに夜叉王丸殿と歳が幾つ離れているの?千歳も離れているのよ」
「結婚相手ならわしが見つけてやるから」
二人は思いつく限りの言葉を言っているように聞こえた。
別に千歳くらいの歳の差など関係ないじゃろ?
それに姉上の婿候補に選んでいるのじゃから問題ない筈じゃ。
「・・・・一つ尋ねます」
童は父上を見た。
「な、なんだっ?」
父上は固唾を飲んだ。
「・・・・・童の結婚相手をどうやって捜すのですか?」
「過去に何度か見合いをしましたが誰も、ただの一人も童と結婚したいと言う方はいませんでした」
「もっとも“姉上”となら結婚したいと言っておりましたよ。・・・・・全員」
これには閉口した父上と母上。
それはそうだろう。
今までした全ての見合い相手に言われたのだ。
“白明天殿となら結婚したい”
初めて言われた相手は、ひそかに慕っていた幼なじみじゃった。
幼い頃から童と姉上を比べず接してくれた唯一の人。
それが成長するに連れて恋だと理解した。
見合いをした時は天にも昇る勢いだったが開口一番に断りの言葉を言われた。
『黒闇天は白明天殿じゃないから無理だよ』
幼い頃から慕っていた幼なじみからも姉上と比べられた。
それを皮切りに全ての見合いで決定打になった。
「・・・・ですから幾ら見合いをしても無駄です」
冷たく言い放った。
誰も童を認めてくれない。
誰も必要としてくれない。
見合いなどしても返って傷つくだけだ。
誰も童と結婚したいと言う男など存在しないと思っていた。
だけど、飛天だけは童と結婚したいと言ってくれた。
今まで出会った男の中で初めて言ってくれた。
初めて自分は求められていると思った。
「・・・童は見合いをする気はありません」
「それと屋敷に帰る気も一切ないです」
はっきりと言った。
「し、しかし黒闇天っ。夜叉王丸殿は悪魔。魔界に帰るかも知れぬぞ」
父上が食い下がった。
「その時は妻として飛天に着いて行きます」
それに、と付け加える。
「童のような一族の恥さらし者の邪神は魑魅魍魎が跋扈する魔界が似合うではないですか?」
わざと皮肉げに笑った。
「何を言う!?お前はわしの“大切な娘”だ。一族の恥さらしではない!!」
閉口していた父上が怒鳴り声を上げた。
その中で“大切な娘”という単語が出たが何も感じなかった。
散々に罵り侮辱したのに今さら大切な娘言われても実感が沸かなかった。
「そのような戯れ事は結構です」
「黒闇天!!」
「お帰り下さい」
父上に言った。
何の感情も込めずに・・・・・・・
「・・・・・わしは諦めないぞ。必ず連れ戻す」
父上は黙っていた飛天を睨むと身を翻した。
「貴方っ!?」
母上も直ぐに父上の後を追った。
「・・・・・・」
父上と母上が出て行ってから童は俯いた。
“大切な娘”
戯れ事だと思ったし口でも否定した。
しかし、どこかで僅かに嬉しかった。
あんなに童を毛嫌いしていた父上の口から出された言葉。
例え嘘、戯言だとしても心の何所かでは期待していたのかも知れない。
「・・・・・心とは分からぬものじゃな」
ポツリと童は漏らした。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
飛天も凛も何も言わなかった。
しかし、それが童には何故か二人の優しさのように思えた。