第一話:雨の出会い
夜叉王丸の妻、黒闇天の物語です。
「・・・・・はぁ」
重くて動き難い十二単を着ながら童は憂鬱なため息を吐いた。
今宵、開かれる宴は姉上が所属している八部衆の親睦を深める宴で童も父上と母上に強制的に出された。
『お前も少しは姉上のように社交的になれ』
そう言って嫌がる童に十二単を着せて髪型も結っていたのを垂れ下げた格好にされた。
そして宴も始まり酒も進み皆が騒いでる中で童は一人だけ酒を飲んでいた。
姉上は大勢の若者達が囲んで父上と母上の周りも知人などが囲んでいた。
一人で飲んでいるのは童だけ・・・・・・・
ふんっ。つまらぬ宴じゃ。
一人で酒を注いだ朱杯を一気に飲むと立ち上がる。
母上が咎めるような視線を送ってきたが知ったことではない。
元から出たくもない宴に出たのじゃ。
童が何をしようと童の自由じゃ。
母上の視線を無視して部屋を出る。
童が部屋を出ても誰も見向きもしなかった。
部屋を出た後は酔った身体を冷やす為に離れに向かった。
離れに向かっていると雨が降ってきたのが屋根の音で分かった。
「・・・・・雨、か」
せっかくの桜もこのように雨に濡れては台なしじゃな。
憂鬱なため息を吐きながら童は離れと歩を進めた。
離れに着いても雨は止まなかった。
それ所かひどくなっていた。
「・・・・嫌な雨じゃな」
こんな酷い雨を見ているとあの時の最悪な出来事を思い出してしまう。
数百年を経た今でも鮮明に覚えている
『所詮!お前は・・・・・・・・・!?』
雨の中で父上が怒鳴り散らす声と地面に泥だらけで倒れる童に送る侮蔑の眼差し。
「ふんっ。下らん」
軽く舌打ちして童の特等席に向かう。
離れにある童の特等席は庭園を一望できる席。
何時も嫌な事があると庭園にある四季折々の花を眺める。
そうすると嫌な事など直ぐに忘れてしまう。
嬉々として離れの中に入り特等席に向かった。
しかし、童の特等席に何者かが座っていた。
誰じゃ?童の特等席に座ってる輩は?
そこは童だけの特等席じゃぞ!!
「そこな座ってる者は誰か?」
腰に差していた扇を出して座ってる輩に指す。
「・・・・・俺以外に離れに来る奴が居るとは珍しいな」
首だけを動かして童を見る輩に見覚えがあった。
「・・・お主、宴に居た者か?」
確か片隅で一人、飲んでいた男じゃったな?
「あぁ。確かに居た」
男は応用に頷いた。
「嬢ちゃんも宴に居ただろ?」
心地よい低い声で男が尋ねてきた。
父上の声も低いが、この男の方がもっと低かった。
「・・・確かに居た」
男の質問に答えた。
「やっぱりな。一人で不機嫌そうに飲んでいるから覚えてた」
男の言葉にむっとした。
「悪かったの。不機嫌そうに飲んでて」
「あのように騒がしく飲むのは嫌いじゃ。それにこのような堅苦しい衣装も嫌いじゃ」
十二単の袖を煩わしく上げて見せた。
「奇遇だな。俺も騒がしく飲むのも堅苦しい衣装も嫌いだ」
愉快そうに笑いながら豪華に飾られた礼服の裾を持ち上げる男。
「ほぉう。主も嫌いとは奇遇じゃな」
童も笑ってみせた。
「主、名は何と言うのじゃ?」
この男に興味を持った。
男は席から立ち上がると腰まで伸びた黒髪が小さく揺れた。
「地獄帝国男爵、飛天夜叉王丸だ」
名乗り終えると左しかない黒の瞳で童を見てきた。
「ほぉう。あの“成り上がり者”として名高い飛天夜叉王丸か」
童は噂を口にした。
飛天夜叉王丸、人間から悪魔になり男爵にまで出世して八部衆の“夜叉”の棟梁になった成り上がり者。
それが童が聞いた噂だった。
「あぁ。その成り上がり者だ」
男、夜叉王丸は苦笑した。
「否定しないのか?」
「否定できないからな。事実、俺は人間出身の成り上がり者だ」
夜叉王丸は酒瓶を口にした。
「今日も出たくなかったが、無理矢理に出されたから早々に離れに逃げた」
ニヤリと笑う姿は何処か人を馬鹿にした口調だったが自然と怒りは沸かなかった。
「嬢ちゃんはどうして来たんだ?」
「童は・・・・・童も主と同じ理由じゃ」
夜叉王丸の質問に童も苦笑して答える。
「そう言えば、まだ名のっておらなかったな?」
「黒闇天だろ?」
名乗ろうとした所を夜叉王丸が遮った。
「ほぉう。童を知っておるのか?」
どうせ録でもない噂じゃろうがな。
「毘沙門天と吉祥天との間に生まれながら邪神として忌み嫌われる娘」
「“天”の棟梁を務める姉の白明天とは正反対の容姿と性格を持ち両親からも持て余されている」
やっぱり、録でもない噂じゃな。
「確かに童は、鼻摘まみ者じゃ」
「この容姿と性格のせいで両親からも忌み嫌われて生きる娘じゃ」
否定できないのが歯痒くてならない。
「否定しないんだな」
「否定できないのは分かり切っている」
「本当なら父上も母上も童を勘当したい筈じゃが世間体からできない」
「だから、こうして飼い殺しするしかないのじゃ」
「最も結婚でもすれば話は別じゃがな」
苦笑して答える。
「じゃが誰も童を、邪神の童を娶る男などおらん」
「そうか?俺だったらお前を娶るが?」
夜叉王丸が爆弾を投下してきた。
「まだ名乗りあっただけだが、お前みたいな面白い娘なら嫁にしても良い」
「童が面白いとは愉快な事を言う男じゃ」
今までそんな事を言う者は誰もいなかった。
皆、童の事をつまらぬ女じゃとしか言わなかった。
それをこの男は面白い女と言った。
「では、童が主の妻になると言ったら童をこの屋敷から連れ出してくれるか?」
「あぁ。約束してやる」
冗談のつもりでも嬉しかった。
「ふふふふ。では楽しみにしておるぞ」
「あぁ。明日にでも迎えに来てやる」
その後は他愛無い話をして盛り上がった。
夜叉王丸ばかりですいません。