第十二話:迷子が迷子に
「さぁ、どうぞ」
童に茶の入った湯呑みを差し出す姉上。
その仕草に洗練された気品があった。
「・・・ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる。
あれから姉上に命令されて屋敷の中に上がり姉上の部屋に案内された童。
母上も父上と一緒に出かけていて今、居るのは姉上と使用人だけ。
「・・・・・・・」
童は無言で俯いた。
・・・・・白明天。
童の姉にして天竜八部衆の“天”の長を務め琴の名手としても有名な姉上。
一族の者たちから溺愛されて育ち幼い頃から童の憧れであり・・・・・もっとも憎かった相手。
姉上さえ居なければ、この女さえ存在しなければ、童の姉でさえなければ・・・・・・・童は幸せに暮らせたのじゃ!?
「・・・・あら?どうかしたの?」
童の感情を読み取ったのか姉上が意地悪そうな笑みを浮かべて見てきた。
「・・・・何でもありません。どうぞ気になさらないで下さい」
表情を押し殺して童は姉上を見た。
「・・・嘘が下手ね」
冷たい声が部屋に響いた。
「昔から表情の感情は隠せても瞳の感情は隠せないんだから」
「・・・・・・・・」
図星を指されて何も言えなかった。
流石は“天”の棟梁を務めているだけの事はある。
「私を憎んでるんでしょ?嫉妬してるんでしょ?」
「・・・・・・・・」
童は歯を食い縛る気持ちで我慢した。
「貴方って昔から変わらないわね」
蔑みを含めて姉上は童を海色の瞳で見てきた。
「昔から私ばかり見て私が欲しい物を欲しがって父上に強請っては困らせてたわよね?」
「・・・・・・・」
「今でも変わらないわね。その性格は」
どこまでも童を馬鹿にした口調の姉上。
「大きくなったから変わったと思っていたのに、今度は私の婿候補だった夜叉王丸様を横から奪い取ったんだから」
「・・・・・・・」
姉上の瞳に怒りが宿るのが解った。
「どうせ父上にでも泣き付いたか、色仕掛けでもしたんでしょ?」
「・・・・・・・」
「あなたに出来る事なんてたかが知れてるわ」
「夜叉王丸様も遊び半分で付き合ってるんじゃないの?あの方は気まぐれだから」
童よりも飛天を知っている雰囲気を出す姉上。
言い返せない自分が悔しかった。
姉上の言うとおり童は飛天を同じ屋敷に住みながらとは知らなかった。
妻などとは名ばかりの存在。
床寝もしてないし、飛天の趣味も癖も何も知らない。
自分自身に嫌気が差していると姉上から聞き捨てならない言葉が出てきた。
「今は貴方の夜叉王丸様でも時期に私の夫になるかわ」
童は無意識に扇を強く握り締めた。
それこそ関節が白くなるまで握り締めた。
「あの方も時期に貴方を捨てて私の元に来るわ。貴方の色仕掛けも直ぐに飽きるわ」
嘲りの笑みを浮かべる姉上に童は思った。
姉上は何も分かっていない。
童が父上に泣き付いても意味はない。
色仕掛けなどした事もない。
どれも童を侮蔑する言葉だが、何よりも許せないのは飛天の事じゃ。
時期に飛天は姉上の夫になるじゃと?
ふざけるな!あの男は童の夫じゃ。誰が姉上に渡すものか!!
大声を出して言いたかった。
だが、ここで怒っても童が悪いと使用人たちは判断するじゃろう。
昔から姉上が全て正しいのだ。
この屋敷では正しい事でも悪い事になるのを童は身に染みている。
・・・・・ここは、我慢じゃ。
「どうしたの?何か言いなさいよ」
挑発した声を出す姉上。
「・・・・姉上は勘違いをなさっています」
「・・・・・・・?」
姉上は訝しげに首を傾げた。
「童は・・・・・・・」
「童は飛天に色仕掛けなどしていません。飛天から求婚してきたのです」
「ッ!!」
姉上は驚きの表情を浮かべた。
「それから飛天は姉上の夫になぞなりません。・・・・・一生ね」
わざと丁寧な言葉で言って挑発の眼差しを送ってやった。
暴れるのは我慢したのじゃ。
これ位の仕返しは良いじゃろう。
「・・・・それでは失礼します」
眉を顰める姉上に慇懃に頭を下げて童は部屋を出て行った。
「・・・・・はぁ」
屋敷を出た童は帰り道をため息を吐きながら歩いていた。
姉上と話したせいで無駄に体力を使った。
「帰ったら湯に浸かろう」
そんな事を思いながら屋敷へと帰る道を歩んでいると幼い子供が泣いていた。
道行く者は知らんぷりしていた。
このように幼い子供が泣いているのに誰も手を貸さないとは情けない。
「・・・・そこな童子。どうしたのじゃ?」
見るに見過ごせず童は子供の前まで行き尋ねた。
「・・・迷子になったの」
子供は嗚咽を混ぜながら答えた。
「・・・そうか」
童はため息を吐きながら懐から手拭いを取り出して童子の顔を拭いた。
「泣くでない。童が主の親を探してやる」
「・・・・・本当に?」
「嘘を吐かん」
童は童子の幼い手を掴んで親を探し始めた。
何でそんな事を言ったのか分からなかった。
迷子探しなど柄でもないのに・・・・・・・・
そんな事を思いながらも童は子供の手を掴んで母親を探し始めた。
「ありがとうございますっありがとうございますっ」
一刻ほどして童子の親が見つかり童は何度も礼を言われた。
「・・・別に礼など良い」
他人に感謝されるのが慣れてない為ぶっきら棒に答える。
「もう、迷子などになるでないぞ」
それだけ言うと童は親子に背を向け歩き始めた。
ふんっ。本当に柄でもないな。
扇で扇ぎながら歩いている内に童自身が迷子になっているのに気づいた。
「・・・・どこじゃ?ここは?」
童は見知らぬ街を一人で歩いていた。
もちろん場所など知らぬ。
屋敷から殆んど外出した事のない童は途方に暮れた。
「・・・・こんな事なら飛天と一緒に来れば良かった」
後悔しても遅いが、ここには居ない飛天の顔を思い出した。
あ奴がいれば困る事など何もないのに・・・・・・・
「・・・・飛天」
「何だ?」
「っ!!」
驚いて振り返ると飛天が腕を組んで立っていた。
「飛天!!」
「お前、こんな所で何してんだ?迷子にでもなったか?」
「ぐっ・・・・・」
「何だ?本当に迷子か」
呆れ果てた飛天。
「う、煩い!それより主はどうしてここに居るのじゃ?!」
「お前の帰りが遅いから迎えに来た」
そう言うと飛天は童の腕を掴んで止めてあった馬の上に乗せた。
「凛がカンカンだ。怒られるのは覚悟しておけよ」
飛天の言葉に童は身震いした。
凛を怒らせると半端じゃない位に怖い。
「まぁ、俺も一緒だから心配するな」
自身も馬に跨り童を抱き締めるような態勢になりながら飛天は笑った。
何故か、その言葉を聞いて安心した。
それから屋敷に戻ると童は飛天の言う通り凛に雷を落とされた。
しかし、飛天も一緒だった事からあまり怖くはなかった。