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第三話 Cパート

 時刻はすでに夜中の一二時を回っている。場所は内渚町……に見えるがそこは現実の内渚町ではない。そこは夢の世界。夢の妖精ロビンに誘われて入り込んだ、現実世界に隣接するもう一つの世界である。

 ことらはたつみ・ゆたかという仲間と共に夢の世界を進んでいた。


「別に無理に付き合わなくていいんだぜ」


 とことらが少し後ろを歩くたつみに声をかけた。


「仕方ないわ。あなたを一人で戦わせるのはあまりに危険だもの」


 たつみの返答は照れ隠しなどではない。バク退治も単なる義務感で付き合っているだけなのが感じられ、ことらは「けっ」と顔を背けた。そのことらの視界をゆたかの顔がかすめる。


「お前はどうなんだよ、ゆたか」


「えっと、その、わたし一人じゃ怖くてできないですけど、二人が一緒なら」


 ゆたかが慌て気味にそう答える。ことらはゆたかの依存心を垣間見たように思い、白けた気分を募らせていた。

 ことら達は夢の世界を歩いていく。夢の世界の様相は現実世界とほとんど変わりがなかった――先ほどまでは。今、この時期の内渚町に発生するはずのない濃霧が世界を覆っている。


「ロビン、これは?」


「どうやら宿主がようやく眠りに就いたようだね。宿主の夢とこの世界が接続しようとしているんだ」


 ゆたかの疑問にロビンが答え、


「要するにこれから本番、ってことだな」


「油断しないでよ」


 ことらが太々しく笑い、たつみが注意を促した。

 そのとき、濃霧の中に二つの人影が。ことらは戦輪を、たつみは剣を、ゆたかはハンマーをそれぞれ構え、その人影に備えた。


「何だ、やっぱりお前達か」


「こんばんわ」


 濃霧の中から姿を現したのは飛鳥と虎子であり、虎子は普段のスーツ姿だが飛鳥はすでに魔法少女に変身している。ことらの膝が崩れそうになるが寸前で踏み止まった。自分の精神力が見る見る削られていくのが感じられる。


「親父のこの姿を見せればいるかさんは結婚する気をなくして、全部解決するんじゃねーの……?」


 ことらはそう思わずにはいられなかったが、飛鳥は自分の姿を特に恥ずかしいとも思っていないようだった。


「町の様子が変わっていきます……!」


「そろそろバクが出てくるわね」


 強い風に流されて濃霧が晴れていく。そこに現れた町の光景はすでに内渚町の姿ではなくなっていた。いきなりオーケストラの派手派手しい音楽が鳴り響く。


「こ、これは……」


「何だこりゃ?」


 と唖然とする一同。空の色はピンクであり、漫画みたいな白い雲が浮かんでいる。通りの両脇に並んでいるのはチャペルか神社のいずれかで、その全てで結婚式が挙式されていた。町中で奏でられているのはメンデルスゾーンの「結婚行進曲」だ。新郎新婦、参列者、神父や神主、その全員が容貌のないマネキンのような人形である。ぱらぱらとふりまかれたライスシャワーがことらの元にもわずかに降りかかっている。紐につながった多数の空き缶を引きずるオープンカーが中央の通りを駆け抜けた。


「こ、これがいるか君の……」


「バクによって増幅され、暴走した内面世界だね」


 飛鳥は戦う前から心を折られそうになっていた。屈しそうになる膝を手で押さえて何とか立っている状態だ。


「そんな有様で戦えるの?」


「……いるか君を救うのは俺の役目だ」


 虎子の確認に飛鳥は顔を青ざめさせながらも強がって見せる。虎子は肩をすくめた。


「そう、とりあえず頑張ってみて」


 虎子が視線で通りの先を指し示す。そこにあるのはいるかに寄生したバクの姿だった。

 鼻筋が通っているだけの、目も口もないマネキンのような容貌。そのバクが純白のウェディングドレスを着、ベールで頭部を覆い、両手でブーケを持っている。ただしそれは正面から見た姿で、反対側から見るとそのバクは白無垢の和装を身にまとい、文金高島田の髪を角隠しで覆っていた。洋装の花嫁と和装の花嫁が背中合わせで合体しているような姿である。

 そのバクが開いてない目を飛鳥へと向け、存在しない口で「アスカサン」と飛鳥の名を呼んでいる。飛鳥は怖気を振るった。


「――マジカル、特殊警棒!」


 飛鳥は愛用の得物を取り出し、恐怖を振り払うように「うおおおーーっっ!」と雄叫びを上げてバクへと突撃。特殊警棒を振りかざし、バクを殴打せんとし、


「え」

 そのとき、そのバクの腹部が大きく膨らんだ――まるで妊婦のように。飛鳥は反射的に特殊警棒を急停止させる。バクが手にしていたブーケを飛鳥へと投げ渡し、飛鳥は無意識のうちにそれを受け取ってしまう。その途端、ブーケに隠されていた手榴弾が爆発した。


「親父!」


「おじさん!」


 ことら達が思わず声を上げる。爆煙が晴れるとそこには踏み潰されたカエルのような、無様な飛鳥の姿が。


「大丈夫、死んではいないわ。もう戦えないでしょうけど」


 冷静な虎子の言葉にことらは安堵の様子を見せた。


「そんな、医王山のおじさんが……」


 とゆたかはショックを受けているが、虎子にしてみればそれほど意外な結果ではない。


「とにかく相性が悪かった、それに尽きるわね。そもそもあの男にいるかさんを、その分身と言えるバクを傷付けられるわけがないんだし」


 ことら達三人は顔を見合わせた。どうやって戦うべきか考えあぐねている。その三人にロビンがアドバイスをした。


「宿主の精神力を比較するなら、このバクはこの間のバクよりも強いのは間違いない。でも、あのバクには人間に対する害意が弱いからこの間よりも危険性はかなり低いはずだ」


「三人がかりで少しずつ敵の精神力を削っていく、というところかしら」


「我慢比べか。厄介だな」


 と言うことらだが代案があるわけでもなく、たつみの立てた方針を是とした。ことら達三人が武器を構えてバクを包囲、真っ先にことらが突撃した。


「てえいっ!」


 ことらはバクめがけて握り込んだ戦輪ごと拳を撃ち放った。バクは手にした何かでことらの戦輪を受け止める。耳障りな音にことらが顔をしかめ、


「かんざし?」


 バクが手にしていたのは髪に挿していたかんざしだ。それでことらの戦輪を防御している。


「ざけんな!」


 とことらが両方の戦輪を、拳を乱打。だがバクはその全てをかんざしで受け止め、跳ね返した。さらにはかんざしを手裏剣のように投げ飛ばす。今度はことらがそれを戦輪で打ち返した。


「フンッ!」


 一方ことらの反対側からはたつみが攻撃を仕掛けていた。たつみが上段から剣を振り下ろし――バクはそれをナイフで受け止める。たつみが驚きに目を見張った。


「あれ、もしかしてウエディングケーキ入刀用の」


「ふざけてるわね」


 ゆたかの推測にたつみが悪態をつく。バクがいきなり攻撃に転じた。刃が伸びてたつみの剣と遜色のなくなったナイフをバクが目にも止まらぬ速さで振り回す。たつみは必死にそのナイフを剣で受け止め、受け流した。防御に手一杯で攻撃どころではない。たつみの額を嫌な汗が流れている。

 ゆたかは得物のハンマーを振り上げ、そのままの姿勢で固まっていた。バクとことら・たつみの攻防があまりに激しく、めまぐるしく、助太刀できないでいる。どんくさい自分が攻撃に加わってもことらとたつみの邪魔になるだけ――ゆたかにはそうとしか思えなかった。


「いい加減正気に戻れよ! 親父の再婚には賛成するから!」


 ことらは「少しでも隙ができれば」といるかに対して呼びかける。が、バクの攻撃は弱まるどころか一層激しくなった。


(あなたみたいな若い子に何が判るのよ! 三〇過ぎたWACに結婚相手なんて見つからないのよ!)


 嵐のようにくり出されるかんざしの攻撃に、ことらはたまらず後退して距離を取った。たつみも同時に後退する。


(たとえバツイチでもコブ付きでも、飛鳥さんを逃したらもう結婚なんて……邪魔はさせない、誰であろうと……!)


 いるかから――いるかにつながるバクからにじみ出るその執念に、その妄執に、ことらとたつみが気圧されている。バクが攻撃の体勢を取り、ことら達はそれを防御せんとした、そのとき。


「か、母さん?」


 バクとことら達の間に虎子が割り込む。バクが存在しない目を虎子へと向け、その視線を固定した。バクが存在しない口で歯軋りを立てている。バクの敵意が、憎悪が急速に膨らんでいくのが肌身に感じられる。


「母さん、危ない! さがって!」


 が、虎子はその警告を平然と聞き流した。


「このバクはわたしが相手をするわ。いるかさんもわたしに言いたいこと、ぶつけたい思いが山ほどあるだろうし」


「そんな、バクと戦えるのは魔法少女だけ――」


 ロビンが虎子を止めようとし、その言葉を途切れさせる。ことらは「まさか」と嫌な予感を覚えるが、それはすぐに現実となった。

 虎子が何も持っていない手を高々と掲げ、


「ドリーム・カム・トルゥー・パワー・ウェイクアップ!」


 何となく意味がありげでその実ほとんどないかけ声を高らかに謳い――次の瞬間には光の奔流があふれかえった。眩しい光の渦の中にあり、虎子の姿はシルエットしか判別できない。その虎子のスーツが光の中に溶けて消え、虎子は全裸になったようだった。どこからともなく星を撒き散らしながら飛んできたリボンが虎子の身体に巻き付いてレオタードを、さらに真紅のドレスを形成する。一際大きなリボンが胸元で結ばれ、ルビーのブローチが形作られた。最後に虎子の髪が赤いリボンによりツインテールに結われ、魔法少女の姿が完成する――ただしそれを身にしているのは、非常にグラマーな、大人の色気全開の、熟女と言ってもいい四〇前後アラフォーのおばさんだ。


「魔物がはびこる夜の闇に、愛の炎が燃え上がる! 人の世の夢守るため、ここに参上紅蓮の戦士! 赤の魔法少女・スカーレットタイガーがお仕置きよ!」


 しかも口上付きである。北極のそれよりも寒々しいブリザードがことらの心の中を吹き抜けた。飛鳥の場合は魔法少女姿の似合わなさっぷりが有頂天まで突き抜けていてもう笑うしかない状態だったが、虎子の場合はなまじ美人なだけに似合わない点は同じでも笑えない似合わなさとなっている。ある意味飛鳥より虎子の方がより一層痛々しかった。


「ばばぁ無理すんな……」


 思わずそう漏らしたことらを誰が責められようか――虎子は責めるけど。魔法で形作られたチェーンが虎子の手元から何メートルも伸び、ことらを鞭打たんとする。ことらが慌てて飛び退いて直撃だけは避けられた。


「何すんだよ!」


「親をばばぁ呼ばわりするんじゃないわよ」


 ことらを一喝した上で虎子はバクへと向き合った。虎子の得物は現実と同じくチェーンだが、現実と違うのは虎子の精神力に応じてチェーンが何メートルでも何十メートルでも伸びることだ。今は一メートルほどの長さに抑え、虎子はバクへと接近。バクの身体に向かって渾身の力を込めてチェーンを叩き付けた。


「KKUURRYY!」


 バクが悲鳴を上げながらも反撃。バクの右拳が虎子の顔面を捕らえる。虎子が即座に殴り返し、拳の応酬が続いた。

 ことら達は両者の戦いに介入することができず、ただ見守るだけである。


「……わたしの場合名乗りはホワイトドラゴンになるのかしら」


「わ、わたしブルーイーグルって名乗らなきゃいけないんですか?」


 たつみとゆたかがそんな会話をしているが半分以上は現実逃避だった。虎子とバクとの戦いは違う意味で壮絶さを増している。


(目障りなんですよあなたは! とっくに別れたはずなのにいつまでも飛鳥さんの周りをうろちょろと!)


「わたしは娘を気に懸けているだけよ! あの男のことはどうでもいいわ!」


(嘘ばっかり! とにかくわたしと飛鳥さんの間を邪魔しないで!)


「邪魔するつもりはないわよ! でもことらとことりはわたしが守る!」


(娘さんのことだってわたしに任せればいいんです!)


「あんたみたいな小娘に任せられるわけがないでしょう!」


(自分から育児放棄したくせに!)


「事情も知らないで勝手なことを! わたしが好きであの子達を手放したと思っているの!?」


 虎子とバクとの戦いはいわゆる修羅場と化している。ことらは居たたまれないこと限りなく、できれば帰って寝たいところだった。


「……帰ったら駄目かな」


「決着するまでは待機すべきでしょう」


 ゆたかの呟きをたつみが否定する。ことら達三人はその後も虎子とバクとの戦いを見守り続けた……ほぼ一晩中。

 現実世界ではそろそろ太陽が昇ろうとする時間帯。ことらは眠い目を擦りながら虎子の戦いを見守っている。ゆたかは船を漕いでおり、たつみは器用にも立ったまま眠っていた。

 飛鳥が仁王立ちとなって戦いを見つめる中、虎子とバクとの戦いはようやく決着を見ようとしていた。


「……医王山のお義母様はわたしなんか足元にも及ばないくらいきつい性格だから覚悟しておきなさい。ただ、ことらとことりには物凄く甘いからあの二人を味方に付けておけば何かと有利に事を運べるわ」


 拳と共に叩き込まれた虎子の忠告を受け、バクが頷く。全身ズタボロのバクはついにその姿形を維持できなくなり、崩れようとしていた。


「――ロビン、封印しなさい」


 虎子の指示を受けてロビンがバクを封印する。なお虎子の姿もバクに負けないくらいにズタボロである。力尽きた虎子はその場に座り込んだ。


「その……お疲れさん」


 と飛鳥が虎子へと声をかけた。


「今回のバクは俺にはどうしようもなかったからな。助かったよ」


「――いい子じゃない。大事にしなさいよね」


 虎子は屈託のない微笑みを見せてそう言う。飛鳥は「もちろんだ」と頷いた。

 夢の世界の内渚町に太陽が昇っている。夢の時間はもう終わろうとしていた。








 その後、ある休日の医王山家。


「さあ、ことりちゃん! いるかお姉さんが来ましたよ!」


 輝かんばかりの笑顔を浮かべて医王山家に突撃してきたのはいるかである。ことらは「うぃーす」と普通に挨拶をし、ことりはこっそりと逃げようとしている。いるかが身にしているのはジャージのスポーツウェアだった。


「今日もいい天気、絶好のフィールドアスレチック日和ね! 森林公園で一汗流して、その後は温泉でひとっ風呂浴びるわよ!」


 朝っぱらからハイテンションのいるかに対し、ことりは渋い顔を隠さなかった。


「……運動嫌い、図書館で本を読んでる方がいい」


「駄目よ、子供は身体を動かさなきゃ!」


 いるかはことりに善意と身体を押し付ける。ことりは後方へ逃げようとするが、壁に追い込まれて逃げようがなくなってしまった。いるかはことりを担ぎ上げてしまう。


「助けて、お父さん、お姉ちゃん」


 と助けを求めることりだが、


「いるか君の言うことをよく聞くんだぞー」


「しっかり鍛えてもらえよー」


 飛鳥にもことらにも身体を動かすことが苦痛だという発想がなく、ことりを助けるつもりが欠片もない。ことりは絶望を抱いたままいるかに拉致され、連れ去られていった。

 ――嫁いびりを飛鳥に叱責されてことりも一応反省し、


「今度はいるかさんの顔を立ててあげよう」


 等と考えていた。そのことりの前に現れたのは、夢の世界で一晩中虎子とどつき合いを演じ、色々とあらゆる意味で吹っ切れた、パワーアップしたいるかだったのだ。以降、ことりはいるかのペースに巻き込まれっぱなしになっている。


「ことりは優等生だけど運動だけは苦手だもんな。いるかさんに鍛えてもらうのがちょうどいいだろ」


 ことらはそう言って何やら偉そうに一人頷いているが、


「お前の勉強も見てもらうぞ。二等陸尉の階級は伊達じゃないんだからな」


 飛鳥に太い釘を刺されてしまう。勉強から逃げ出す口実をことらは何も思い浮かばなかった。

 ……医王山家は現在父親一人、娘二人の三人暮らしである。だがそこに新しい家族が加わるのにはそう遠い未来のことではなかった。




第四話「母の愛は海より深く」


Aパートは10月13日月曜日21時、

Bパートは10月14日火曜日21時、

Cパートは10月15日水曜日21時、


 の更新予定です。

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