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第三話 Bパート



 土曜日のその日、時刻は午前一〇時を回ったところである。場所は内渚町内のとあるシックな喫茶店。

 飛鳥はその喫茶店で四人掛けの席に一人で座り、コーヒーを味わっていた。飛鳥が座っているのは入口近くの席であり、そこから離れた奥の席には虎子とことらが座っている。二人の席は観葉植物の陰となっていて、よほど注意深く観察しなければことら達の存在に気付かれることはないだろう。

 虎子が飲んでいるのはオレンジジュース。ことらはチョコレートパフェを注文し、その甘さに顔をとろけさせていた。


「朝っぱらからそんなものを」


 と呆れ顔の虎子に対し、ことらはそれに構わない。


「五百円も出してそんなの飲んでる方がもったいないじゃん。もう二百円出してこれ頼んだ方がお得だろ」


 ことらの言葉に虎子も「一理ある」と得心する。


「コーヒーとか紅茶とかならそれくらい出すのも仕方ないかな、って気もするけどさ」


「カフェインを摂取するとトイレが近くなるでしょ。張り込みのときとかは禁物なのよ」


 虎子の解説に今度はことらが「一理ある」と納得する番だった。

 なお、ことらの横の空席にはロビンが鎮座している。虎子はロビンの存在を無視しつつも時折冷たい視線で射貫いており、ロビンは非常に居心地の悪い思いを抱いていた。

 そのロビンがいきなり後ろを振り返った。ロビンが首を伸ばして入口の方を伺おうとし、虎子とことらもその方向へと視線を向ける。いるかがその喫茶店に入ってきたのはちょうどそのときである。


「やあ、いるか君――」


 飛鳥はそのまま、しばし絶句する。いるかが両手にいくつもの紙袋を提げていたからだ。その重量にいるかの肩は抜けそうになり、顔中汗まみれになっていた。


「その荷物は?」


「今日は具体的な話を進めるんですよね!」


 いるかは紙袋に入っていた書類をテーブルの上に積み上げる。旅行会社の新婚旅行のパンフレット、ホテルの結婚式案内のパンフレット、ブライダル業者のパンフレット、結婚情報誌やその切り抜き――そういった書類の山脈がテーブルの上に築き上げられた。


「さあ、まずは式のプランから決めましょう!」


 いるかはぎらぎらと輝く瞳を飛鳥へと向ける。一方の飛鳥は完全に腰が引けていた。


「いやあの……式はできるだけ地味に。披露宴はもうやりたくないんだが」


「それでしたらこちらのプランなんかが!」


 といるかはパンフレットの一つを飛鳥へと突きつける。飛鳥はいるかのペースに完全に呑まれていた。

 一方、その様子を奥の席から観察していることら達は、


「取り憑かれているね」


「増幅されてるな、ありゃ」


「暴走しているわね」


 一匹と二人は完全に意見の一致を見ていた。


「あそこまで症状が進行したなら今のわたしでも判るわ。悪かったわね、余計な手間をとらせて」


「余計なんかじゃねーよ。バクの識別もその退治も、わたし達現役魔法少女の役目だ」


 虎子が刃のような視線をことらへと向ける。ことらは強い眼差しでそれを跳ね返し、視線のぶつかり合いで火花が散った。


「ロビン、今日の夜にやるぞ」


「うん、判った」


 バク退治を譲ろうとしないことらの姿勢に虎子は呆れたようなため息をつく。


「全く、どうしようもない頑固者ね。誰に似たんだか」


「そんなの母さんに決まってるだろ」


 ことらの即答に虎子は小さな微笑みを見せた。

 ……虎子とことらはいるかが席を外した隙に喫茶店を抜け出した。いるかは終日結婚式と新婚旅行とその後の結婚生活について要望や展望を語り続け、飛鳥は平和鳥の置物となってひたすら相槌を打ち続けた。

 いるかが飛鳥を解放し、帰宅する頃には日は完全に傾いていた。日がもうすぐ沈む時間帯、内渚町のある公園で飛鳥は虎子・ことらと合流する。精根尽き果てた飛鳥はベンチに座り込み、頭を抱えていた。


「……ともかく、いるか君がバクに取り憑かれていることは間違いないんだな」


 飛鳥の確認に虎子が「ええ」と頷く。


「そうか、バクさえ退治できればいるか君は元に戻るんだな」


 と飛鳥は多少なりとも気力を取り戻した。


「別にこのままでもいいんじゃねーの?」


 ことらは父親に意地悪を言い、笑う。飛鳥は「お前な」と言うがそれ以上は続かなかった。


「いるかさん、結婚願望を増幅されているんだろうな。このまま放っておけば親父に尽くしてくれるいい嫁さんになってくれそうじゃん」


「そうもいかないよ」


 とことらをたしなめるのはロビンである。


「バクは心の弱った人間に寄生するから、怒りや憎悪といった負の感情を増幅することが多くなる。でも今回のようにそれ以外の感情を増幅することだって特別珍しくはないんだ」


「じゃあ愛とか正義とかの感情を増幅することも?」


「よくあることだね」


「それっていいことじゃ?」


 ことらの疑問を「いえ」と否定するのは虎子だ。


「愛の感情を暴走させた人間はストーカーとなって、一方的に思いを寄せる相手を殺してしまうかもしれない。正義の感情を暴走させた人間は自分が悪と見なす相手を殺そうとするかもしれない」


「それじゃいるかさんも?」


「『自分の結婚生活にとって邪魔となる』と判断して、わたしやことりを殺そうとするかもしれないわね」


 ことらが真顔をうつむかせる。自分の軽口をあるいは悔いているのかもしれなかった。


「バクに取り憑かれた人を放置しておくと最後にはどうなるんだ?」


 飛鳥の疑問に答えるのはロビンである。


「バクは取り憑いた人間の感情を増幅させ、暴走させ、最後には何らかの形で爆発させる。そうやってバクは効率よく精神エネルギーを吸収するんだ。バクは吸収した精神エネルギーの一部を自分の増殖に使う。そうやってバクは増えていくんだけど、たとえば憎悪を糧にして増殖したバクは憎悪の感情を好むようになるんだ」


「だから放っておけば夢の世界は憎悪を好むバクでいっぱいになり、現実世界は憎悪の感情を暴走させた人間ばかりとなるでしょうね」


 ロビンの説明を虎子が補足した。ことらと飛鳥が真剣な表情をロビンと虎子へと向ける。二人は自分の中でそれぞれの戦う理由と目的を再構築しているようだった。


「へっ、そういうことなら放っとけないよな。この筋肉ダルマに嫁いでくれる稀少な人材なんだし」


 ことらは右拳を左掌へと打ち付ける。そのことらの頭部を飛鳥の掌が覆った。


「子供の出る幕じゃない。ここは俺に任せておけ」


 ことらは飛鳥の腕を振り払う。


「親父こそ引っ込んでろよ。バク退治はわたし達魔法少女の役目なんだ」


 ことらの強硬な姿勢に飛鳥は呆れたようなため息をついた。


「全く、どうしようもない頑固者だな。一体誰に似たんだか」


「そんなの親父に決まってるだろ」


 ことらの即答に飛鳥は小さな笑みを見せた。




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