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第二話「親子の会話をしましょう?」Aパート




 ことらは夢を見ていた。

 ことらはロビンに誘われて赴いた夢の世界で魔法少女となり、バクと呼ばれる魔物と戦っている。それは夢の世界の中での夢のような出来事ではあるが、ことらにとってそれは数時間前の現実だった。

 ことらはもう七回もバク退治に加わっていて、本気で身の危険を感じたことは一度もない。だがその夜出現したバクはこれまでのバクとは全く違っていた。圧倒的な攻撃力により近寄ることすらままならず、逃げ回ることしかできない。それでも何とか危険を冒して敵の懐へと飛び込むが、敵の迎撃を受けてことらは深手を負ってしまった。

 夢の世界での出来事は現実世界には何らの影響も与えることができない――ただ一つ、人間の精神を例外として。夢の世界での戦闘に負けて「殺された、死んだ」と信じてしまったならそれが現実となるのである。ことらはバクに戦いで敗れ、夢の世界で殺されるところだった。そしてそれは現実でのことらの死を意味していた。

 だがことらは九死に一生を得る。ことらの危機を救ったのは、自衛隊の迷彩服を着た巨漢の男。口ひげを生やし、サングラスをかけた、人相の悪い、いかつい男――ことらの父親、飛鳥だった。

 飛鳥は迷彩服からふりふりの赤ドレスの魔法少女姿へと変身。四〇男の精神力を持ってバクを鎧袖一触してしまう。戦いを終えた飛鳥は、


「バク退治は俺達大人に任せろ」


 と、魔法少女をやめるようことらに命ずる。それに対することらの返答は、


「お前なんか父親じゃねー!!」


 という絶叫と、右拳のストレートだった。


「親に何しやがる!」


「やかましい変態! 変態を父親に持った覚えはねぇ!」


 ことらの拒絶に対して飛鳥は失笑のような余裕の笑みを見せつける。ことらは苛立ちを深めた。


「いいや、ことら。お前は紛れもなく、疑いようもなく俺の娘だ。自分の身体を見るがいい」


 え?とことらが反射的に下を見――声にならない悲鳴を上げる。痩せっぱちながらも普通の女子中学生の身体だったことらの首から下が、ボディビルダーみたいなマッチョマンとなっていた。魔法少女の赤いドレスは今にもはち切れ、破れそうだ。しかも飛鳥がサイドリラックス、サイドチェスト、サイドトライセプス等のボディビルの各種ポーズを取るたびにことらの身体も勝手に動いて飛鳥と同じ体勢を取っている。


「ふはははは! それでこそ医王山家の娘、その筋肉こそ医王山家の血筋の証! ことら、お前も筋肉に目覚めるがいい!」


「いやだ! 筋肉はいやだ!」


 ことらは頭を振って「いやだー!」と絶叫する。心底からの悲鳴を上げ――


「……あれ?」


 ことらは布団の中で横になっている自分を発見した。布団を足ではね飛ばし、腕や胸や腹や足を両掌でぺたぺたと触る。筋肉は人並みで脂肪はろくにない、痩せっぱちの中学生の身体――普段は色々と不満もあるが、今だけは自分のこの身体を心から愛おしく思えた。


「……はあ、夢か」


 ことらは肺の息を全て吐き出すくらいのため息をつき、


「朝っぱらから何を騒いでいるんだ」


 そのことらに、ベッドの横で佇んでいた飛鳥が呆れたような声をかける。音よりも速いことらの跳び蹴りが飛鳥の腹に突き刺さった。

 ……些細な行き違いはあったものの、寝坊をしていたことらを飛鳥が起こし、医王山家の朝の食卓がようやく営まれていた。


「学校はどうだ? 苛められてないか?」


「ん、大丈夫」


「そうか」


 飛鳥とことりの間では普段通りの会話が交わされているが、


「お前はどうだ? 苛めてないだろうな」


「……」


 ことらはただの一言も言葉を返さない。敵意に満ちた視線を返すだけである。飛鳥は内心でこっそりとため息をついた。


「お父さんはお仕事どう?」


「まあ、ぼちぼちだな」


 姉の機嫌が尋常でなく悪くともことりの振る舞いは普段と何も変わらなかった。やがて朝食を終えた姉妹が家を出て学校に向かう。


「いってきます」


「……」


 ことりはいつものように挨拶をするがことらは口を利かないままだ。ことらは結局起きてから一度も飛鳥と会話をしなかった。

 初夏の内渚町をことらが歩いていく。風力発電所の風車が日の光を照り返し、白く輝いている。内渚町は今日も暑くなりそうだった。








 町立内渚中学校は普段と何一つ変わることなく授業中である。教室の中央の席でゆたかは真面目に板書をしていて、後方・窓側の席ではことらが教科書で顔を隠して爆睡中だった。

 そんな午後のあるとき、


「……ん?」


 ことらのスマートフォンが震え、ことらはそれによって目を覚ました。ことらは教師に見つからないようこっそりと画面をタップし、受信したメールを開封する。メールの差出人の名は大聖寺たつみだった。


『放課後、校門に迎えが来る』


 ことらが顔を上げてゆたかの様子をうかがうと、ゆたかもまた着信メールの確認をしているようだった。

 放課後特に予定が入っているわけではないし、「どういう用事なんだ」とたつみに問うのも億劫だし(たつみの性格からしてまず答えは返ってこないだろうし)、この授業が終わればもう放課後だ。ことらは授業の残り時間も寝て過ごすこととした。

 授業終了のチャイムが鳴り、放課後である。ことらはクラスメイトと少しだけ立ち話をしてから教室を後にした。昇降口で靴を履き替えて屋外に出る。外に出れば目の前に校門があって……

 ことらは内心で「おいおい」と突っ込みを入れてしまった。校門の前には外車のリムジンが停車していて、スーツを着た運転手が直立不動で誰かを待っている。運転手の横にたつみとゆたかが立っているのを見れば、彼等がことらを待っていたことは自明だった。

 田舎の中学校には不似合いなリムジンに下校中の生徒達は不躾な視線を送っている。注目の的となっているゆたかは恥ずかしげに身を縮める一方、たつみは普段と変わらぬ涼しげな表情で堂々と屹立していた。

 可能であればあの中に混じたくはなかったことらだが、


「遅いわよ。ことら」


 それはそもそも不可避だった。ことらはたつみに「悪かったよ」と雑に返答し、逃げ込むようにリムジンに乗車する。ことらに続いてゆたかが、最後にたつみが乗り込み、リムジンはほとんど音を立てずに滑るように発車した。

 ……ことら達を乗せたリムジンは数分もかからずに目的地に、内渚町の町役場へと到着した。中学校からはほんの数百メートルしか離れておらず、


「別に歩いてきてもよかったじゃん。何があるんだよ、ここで」


 別に実害があったわけではないが、ことらはそう言わずにはいられなかった。


「お前がエスケープしないようにするためだよ」


 ことら達を出迎えた飛鳥が理由を述べる。ことらは無言のままきびすを返し、逃げ出した。飛鳥が「こら待て!」と呼びかけるがことらはそれを完全無視だ。が、


「大事な話があるのよ」


 逃走経路には虎子が待ち構えていた。さらなる逃走を図って左右を見回すことらだが、


「さあ」


 と虎子はスーツの右袖の手元から鉄鎖チェーンを引っ張り出した。長さは一メートルほど。普段からスーツの右袖の内側に収納している、虎子愛用の得物である。虎子は両端を持ってチェーンを強く引っ張り、鉄と鉄のぶつかる冷たい音を鳴らした。


「親子の会話をしましょう?」


 静かに微笑む母親に、ことらは逃亡を断念する他なかった。

 ことら達三人は飛鳥と虎子に先導され、町役場の中を進んでいく。


「結構長引きそうだけど、ことりはどうするつもり?」


「子守りは頼んである。大丈夫だと思う……多分……」


 飛鳥と虎子がそんな会話を交わしているうちに一同が会議室の一つへと到着する。ことら達がその部屋へと入るとそこで待っていた三人の人物がことら達を出迎えた。


「やあ! 久しぶりだな、ことらちゃん! ゆたかちゃん!」


「こんにちわ」


 大聖寺氏が「がははは」と豪快に笑いながら、大聖寺夫人が淑やかに微笑みながら声をかけてくる。ことらとゆたかは「こんにちわ」と挨拶を返した。

 残る一人は、


「ことらちゃん久しぶりー、相変わらずちっちゃくて可愛いわねー」


 顔を見た途端いきなりことらを抱きしめる。その豊満な胸に顔を埋め、ことらは窒息しそうになった。


「……久しぶりだけど相変わらずのようね、鷹子ようこも」


「虎子ちゃん久しぶりー、元気そうで羨ましいわぁ」


 呆れたような虎子と言葉を交わしながらも、鷹子と呼ばれた女性はことらを抱きしめたまま頬ずりを続けている。ことらは少々強引に鷹子の腕の中から抜け出した。


「もう、そういうことは自分の娘にやれよ」


「だってあの子恥ずかしがって抱っこさせてくれないんだもん」


 苦情を言うことらとすねる鷹子。一方ゆたかは母親の振る舞いに恥ずかしそうにしている。

 ――鷹子は虎子や龍子と同年代の、ゆるい雰囲気を持った女性だった。スーツの虎子、和服の龍子に対し、鷹子はサマーセーターにジーンズという私服だ。ソバージュにした栗色の髪はおかっぱ程度の長さ。細いフレームの、丸いレンズの眼鏡をかけている。身長は虎子達とさほど変わらないが、虎子達よりもさらに二回りほどグラマーだ。……ただ同時に、腹や太腿への脂肪の蓄積も相応であり、あと一歩――いや、あと一寸――いや、あと一センチメートルで「禁断の領域」に入ってしまう体型だった。現時点では辛うじて、紙一重で、崖っぷちで「すっごいグラマー」と呼べる範囲に収まっている。


「さて、これで役者が揃ったわけだが」


「一里野さんは?」


「先約があって出席できないと連絡が」


 男親の二人の確認に対し虎子が「いえ」と異議を唱えた。


「あと一人ここに呼ぶべき者がいるわ。――あと一匹というべきかしら」


 虎子が冷徹な視線をことら達へと向ける。


「ロビンという、あなた達魔法少女のお供をここに呼びなさい」


 ことら達が顔を見合わせ、三人を代表してことらがテレパシーでロビンを呼んだ。目を瞑ったことらが呼びかけることしばし。ことらが目を開くのと、


「来たよ、ことら」


 ペンギンに似た姿の謎の生き物?がこの場に現れたのはほぼ同時だった。ただロビンの姿は立体映像のように曖昧で、向こう側がわずかに透けて見えている。


「おお、私にも見えているぞ!」


 感嘆する大聖寺氏に対し、ロビンは疲れたようなため息をついた。


「見せているんだよ、この場の全員に。――魔法少女以外に姿を見せるのは本当はルール違反なんだけど、そうも言っていられないから」


「判っているじゃない」


 と虎子。大聖寺氏が「さて!」と殊更に大きな声を出し、一同の注目を集めた。


「我々のことは聞き及んでいるだろうが、一応自己紹介をしておこう。私は大聖寺天馬だいしょうじ・てんま、そこにいるたつみの父親だ。これは妻の龍子」


 天馬はロビンに対してまず自分と龍子を紹介した。天馬に続き、


「俺は医王山飛鳥。そこのことらの父親だ」


「わたしは七塚虎子。ことらの母親よ」


 と飛鳥と虎子が名乗りを上げる。最後に、


「わたしは西泉鷹子にしいずみ・ようこ、ゆたかの母親よ。よろしくね?」


 と鷹子がロビンに自己紹介をする。それを受けたロビンは複雑そうな面持ちで一同に名乗た。


「……僕はロビン。ことら達三人のお供をしている、夢の妖精だ」


 その自己紹介を受けて虎子達が頷く。それが「バクと戦ってる方がよっぽどマシだった」とことらが語る、舌戦の火蓋となった。


「わたし達のことは先代のお供から聞いているはずでしょう? ことら達に目を付けたのもわたし達の娘だったから、じゃなくて?」


 虎子の詰問に対し、ロビンは沈黙を保っている。ロビンに代わってことらが「どういうことだよ」と問い返した。虎子は小さく肩をすくめ、


「わたし達は先代の魔法少女だったのよ」


 何気なく答える。ことらとゆたかは「え」と言ったきり絶句した。ことら達が龍子や鷹子に視線を向けると二人は肯定するように頷く。


「わたし達が今のあなた達と同じくらいの歳の頃、わたし達はチームを組んでバクと戦っていた。内渚町の平和を守っていたわ」


「もう二五年も前のことよ。懐かしいわぁー」


 ことらは壊れた人形のようなぎこちない仕草で首を動かし視線をロビンへと向けた。だが何を問うべきかも判らない。そんなことらに代わってゆたかがロビンに問うた。


「……そうなの? ロビン。わたし達が魔法少女に選ばれたのはそんな理由なの? わたし達の素質も、純粋な心も、強い意志も、何も関係なかったの?」


「そんなわけはないよ」


 とロビンは続座に否定する。


「戦士の素質も、純粋な心も、強い意志も、平和を愛する思いも、魔法少女にとっては必要不可欠だ。何も関係ないなんてあるわけがない」


「でも合否の判定基準はかなりゆるいみたいねぇ。うちの子が『戦士』として素質を認められるくらいなんだから」


 と鷹子。飛鳥が大きく頷いてそれに同意した。


「ことらに『純粋な心』や『平和を愛する思い』があると認められるくらいだからな。まず『先代魔法少女の娘だから』って理由でことら達が目を付けられて、『純粋な心』や『平和を愛する思い』は一定ラインを上回っていたから不合格にしなかった、ってだけだろう」


「もし露見したとしても、親が魔法少女だったなら子供が魔法少女になることにも理解がある。魔法少女として戦うことも容認、あるいは黙認する――そういう思惑があったのだろうな」


 と天馬。ロビンは飛鳥達の言葉を否定しない。ことら達にとってそれは肯定と同義だった。ことらは面白くなさそうな様子ではあるが、


「……それで結局、それがどうしたんだよ。親のコネで魔法少女になるのは間違いだ、って言いたいのか? わたし達が魔法少女をやるのにそれが何か関係あるのか?」


「いや、何も関係はないな」


 と飛鳥。ことらは「それなら」と言い募ろうとするが飛鳥が続けて言う方が早かった。


「先代が誰だったか、なんて無関係だ。『戦士の素質』や『純粋な心』があろうとなかろうと、どうでもいい。――お前達は魔法少女を続けるべきじゃない。バクとの戦いは俺達大人に任せるんだ」


「い・や・だ!」


 ことらが断固として拒絶する。牙と敵意をむき出しにしたことらと飛鳥が獣のように唸りながら、至近距離でにらみ合った。その様子を見守っていた天馬だが、


「――そもそも、何で君達夢の妖精とやらは子供に戦わせているんだ?」


 問われたロビンは戸惑いながらも生真面目に答える。


「そ、それは魔法少女になれるのは純粋な心を持った子供だけ――」


「俺はなれたぞ」


 飛鳥の端的な指摘にロビンは沈黙を余儀なくされた。若干の時間をおいてロビンが反撃しようとする。


「き、君は一体誰の力を借りて! 僕達お供の力がなければ魔法少女になれるはずがないのに!」


 だがそれに対する回答は虎子の「答える必要はないわ」という拒絶だけだった。


「……まさか、先代お供が? ウィリーさんが?」


 大人達は沈黙を守っている。それが肯定なのか否定なのか、ロビンには判断がつかない。


「――と、とにかく! 大人の精神は汚れているんだ! それで夢の世界を汚染するわけにはいかないから!」


「確かに大人になって色々汚れはしたけど、子供だからって純粋とは限らないんじゃない? わたしは自分がそれほど純粋だった記憶はないわよ」


 虎子の指摘にロビンが「ぐっ」と詰まる。さらに天馬が嫌らしい笑みを浮かべて指摘した。


「君は本当はこう言いたいんじゃないのか? ――『子供は純粋だから騙しやすい』」


「わたし達がいいように騙されてるって言いたいのか?!」


 とことらが反発するが飛鳥はそれを否定しない。


「少年兵問題って知っているか? アジア・アフリカの紛争地帯では反政府ゲリラなんかが子供を誘拐して洗脳し、自軍の兵士に仕立てているのが国際問題になっている。子供は大人に比べれば知識も経験も乏しいから洗脳に対する抵抗力が低い。死や危険に対する忌避感も弱いから危険な戦場でも構わず突っ込んでいく。ゲリラにとってはコスト・パフォーマンスに優れた消耗品なんだ」


 飛鳥の説明にことらは怒りに歯を軋ませている。だが大人達はその怒りを意に介さなかった。


「……魔法少女が少年兵と同じだと?」


 たつみの確認に龍子が「ええ」と頷く。


「あのバクの正体は? 『夢の妖精』を自称する謎生物の正体は? 個体数は? 組織は? 活動目的は? 生命を懸けて戦うのならまずそれらを明らかにするべきなんじゃないか? ことらちゃん、君はそれをこの謎生物に確認したかね?」


 天馬の指摘にことらは「ぐっ」と詰まってしまう。


「それで『いいように騙されていない』ってどうして言えるんだ」


 飛鳥の呆れたような言葉にもことらは「ぐぐっ」と唸ることしかできなかった。そこに龍子からのフォローが入る。


「……少年兵に対して『どうして少年兵になったんだ』と責めるのはナンセンスではなくて? この子達もそれと同じだわ。この子達が魔法少女になったことより、この子達を魔法少女に仕立てた者を追求するべきよ」


「そうね。こいつらの悪辣な手口を考えればことら達のことは到底責められないわ」


 虎子と龍子が揃って氷点下の眼差しをロビンへと向ける。ロビンは怯みながらも、


「ぼ、僕は彼女達の同意を得て……」


「その、最初に同意を得たときこの子達はまだ四歳だったわね」


 虎子の言葉に触発され、ある記憶がフラッシュバックした。それはことらの中に残る最も古い記憶。ことらはたつみやゆたかと一緒に海辺で遊んでいた、砂浜に漂着した大きな卵を見つけ、それを割ると中からロビンが出てきたのだ……


「『大きくなったら魔法少女になるって夢の妖精と約束した』――まだ四歳のこの子がそれを言い出したとき、わたしがどれだけの絶望を感じたのかあなたに判るかしら」


「その後もあなたは年に数回のペースでこの子達に接触し、魔法少女として戦う意義をこの子達に吹き込んできた。これが洗脳でないなら何だと言うの?」


 ロビンは気まずさに身を縮めることしかできない。飛鳥はロビンに対する怒りを隠さなかったし、天馬は一応笑顔の仮面を被っていたが内心では不快さが渦を巻いているのはすぐ判ることだった。


「……なるほどな、やっと納得できたよ。たつみ君やゆたか君ならともかく、うちのことらが魔法少女なんてボランティアじみた真似を進んでやるのはどうにも腑に落ちなかったんだ」


「そうね。もし一〇年前からの接触がなかったとして、何も知らない今のことらの前にこいつが現れて『魔法少女になってよ』ってお願いしたとしても、ことらが一笑に付してそれで終わりだったでしょうね」


 両親から散々に言われていることらだが、二人の言うことをことらも否定できないでいる。


「『魔法少女をやったら何か得があるのかよ』くらいは言ってたよな……『推薦でいい高校に行けんのか』とか」


 ということらの呟きに天馬が「そう、まさしくそれだよ」と大きく頷く。


「謎生物、君はバクと戦う子供達に対して何か報酬は用意していないのかね」


 ロビンは「そんな!」と非難の声を上げた。


「これだから大人は! バクとの戦いは人助けなのに報酬を求めるなんておかしいだろう!」


「いや、無報酬で戦わせる方がどうかしているだろう」


 天馬が冷静に切り返し、大人達は揃って頷き同意を示した。


「仮にわたし達が無報酬で、ボランティアで戦うことに納得していたとしても、それでもおかしいと?」


「ボランティアを全否定するわけじゃない」


 疑問を示したのはたつみであり、回答するのは飛鳥である。


「だが、その戦いが、バク退治が本当に社会や人々にとって必要不可欠なことなら、それがボランティア前提なのはどう考えても間違っている」


「わたしやこの男や大聖寺さんは、種類は違うけど公僕としてそれぞれ社会に必要な仕事をしているわ。それを『人助けだから、社会に必要なことだから』って理由で無報酬にするのが、給料をゼロにするのが本当に正しいことだと思う?」


 母親の説明にことらは「何か違うだろ、それ」と呟く。だがその違いを言語化できないことらの疑問は大人達に相手にされはしなかった。


「……魔法少女になれること、夢の世界で魔法を使えること、それ自体が報酬だ」


 ロビンが苦しげに説明するのを、


「全く割に合わないわね」


 と虎子が言下に斬り捨てた。

 今まで舌戦を見守ってきたゆたかが母親へと問う。


「お母さん、お母さんもわたしに魔法少女をやめてほしいって、そう言うの?」


 その問いに鷹子は「んー、そうね」と苦笑した。


「わたし達のときは最後まで親に内緒のままで、親の気持ちなんか無視して何度も危ない橋を渡ってきたわ。だからあまり偉そうなことは言えないけど」


 鷹子の所感にことらは意を強くする一方、虎子達は「余計なことを」と言わんばかりの表情だ。だが鷹子の言葉はそこで終わりではなかった。


「――わたし達のときにもし大人が力を貸してくれたなら、あの子達も犠牲にならずに済んだのかもしれないのよね……」


 鷹子の慨嘆に、しばしの間沈黙がその部屋を満たした。


「あの子達?」


 とことらが、


「犠牲?」


 とゆたかが疑問を抱く。虎子は少しためらっていたが、意を決したようだった。


「――わたし達にはもう二人仲間がいたのよ。わたし達は五人でチームを組んでいたわ」


「その二人はどうなったんだよ」


「一人は戦いで生命を落とし、一人は心を病んでしまった」


 悲痛な静寂がその場を支配する。虎子は少しの間過去に戻って仲間を悼んでいたが、やがて現在へと戻ってきたようだった。


「五人の仲間がいて二人が犠牲になってしまった……あなたが、たつみちゃんやゆたかちゃんがそうならないなんて、どうして言えるの? わたしがあなたを喪わないなんて、どうして言えるの?」


 沈痛な面持ちの虎子が悲しげな瞳をことらへと向ける。ことらは逃げるように虎子から目を逸らした。


「でも、わたし達が戦わないなら代わりに医王山のおじさんが戦うんでしょう? おじさんが犠牲になっても構わないんですか」


 たつみの疑問に虎子が「構わないわよ」と即答し飛鳥が「お前な」と突っ込む。元夫婦漫才を手短にすませ、飛鳥は真面目な顔で子供達に向き合った。


「俺は自衛官だ。市民のために生命を懸けて戦う覚悟はとっくの昔に決めている。ましてや自分の娘に戦わせておいて自分は安全な場所に隠れているだけ、なんて納得できるわけないだろう。


 ――お前達がもっと大人であれば俺もうるさいことは言わない。だがお前達はまだ子供で、しかも俺達の娘だ。子供を危険から遠ざけるのは大人としての義務であり、親としての権限でもある。お前が魔法少女を続けることを、俺は決して認めない」


 飛鳥は確固たる意志の元に断固として宣言。虎子達大人の全員が無言のまま飛鳥に同意した。ことらは決してそれに同意していないが、反論の言葉を何一つ思いつくことができない。ことらにできるのは苛立たしげに顔を背けることだけだった。




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