第一三話 Cパート
内渚中学校に登校したことら達は平凡で平穏な中学生生活を謳歌している。季節は間もなく夏休み。学校全体が浮き立っているかのようだった。
「なんか目が溶けるくらい寝ちゃってたよー」
「他に何もできなかったもんね」
「停電が復旧してくれてよかったよ」
クラスメイトの会話を小耳に挟みながら、ことらとゆたかは顔を寄せ合いこそこそと内緒話をした。
「……覚えている人はいないみたいですね」
「おっさんとウィリーが上手くやってくれたんだろ」
そこにクラスメイトの一人が話しかけてくる。
「ねぇ、二人はこの停電の間どうしてたの?」
ゆたかは咄嗟のことで上手く受け答えができないでいる。ことらが、
「サバイバルしてたぜ」
と適当に答え、ゆたかは、
「ことらちゃんのところにお世話になってました」
と話を合わせた。クラスメイトは、
「さすが自衛官の家」
等と感心している。ことら達は安堵の感情を素知らぬ顔で隠していた。
放課後、ことらとゆたかはたつみと合流し、連れ立って帰路に着いている。夏の強い日差しを避け、三人は木陰を選んで歩いていた。
「集団昏倒事件、なかったことになってるんだな」
「みんな、あの日は停電のせいでずっと家に閉じこもっていたって思ってます」
ことらとゆたかの言葉を受けてたつみが「ええ」と頷いた。
「夢の妖精や夢の世界が現実世界に干渉した、その痕跡を全て消し去り、その事実を最初からなかったことにする――ウィリーはそれを『再調整』と呼んでいるわ」
ウィリーの要請に従い、金剛崎犀星が兵隊型バクを制御。バクが宿主の思考と行動を誘導し、今回の事件の痕跡を一切合切消去させたのだ。報道機関やニュースサイトは報道された集団昏倒事件のデータを全て削除。空白は「内渚町の大規模停電」というでっち上げの事件に置き換えられた。警察や自衛隊、公共機関の書類からも「集団昏倒事件」と記されたものは廃棄され、あるいは差し替えられ、書き換えられる。個人のパソコンやスマートフォン・携帯電話に残った動画データ・画像データも全て削除。撮影された写真は廃棄され、個人が記した日記も書き換えられた。集団昏倒事件の物理的痕跡・情報上の痕跡を全て消し去った上で、兵隊型バクは宿主の記憶をも書き換えてしまう。最後に兵隊型バクをウィリーが全て回収し、「再調整」は完了である。
このようにして今回の集団昏倒事件は最初からなかったことになり、夢の妖精が人間社会に干渉した事実も、夢の世界が存在する証拠も、何もかもが消去されてしまったのだ。
「夢の妖精の干渉派はこれまでくり返し人間社会に干渉してきた、とウィリーは言っていたわ。多分、今回のような『再調整』は初めてではないのでしょうね」
「それじゃ、夢の妖精のせいで起こったいろんな事件が連中のせいじゃなく、人間だけのせいになってる、ってことかよ」
「そうなのでしょうね」
たつみが淡々と述べるが、ことらとゆたかは「納得できない」と言わんばかりの顔をしていた。
「納得できない、って顔をしているね」
ことら達が足を止める。振り返った三人の背後には、ペンギンに似た謎のぬいぐるみの姿が。
「ウィリーか?」
ことらの確認にウィリーが「うん」と頷く。三人は再び歩き出し、その後をウィリーがついてきた。
「一体何の用だよ」
「現状の説明と、今後の相談かな。疑問があるなら答えられる範囲で答えるよ」
ウィリーの言葉に三人が視線で相談し、まずことらが最初に質問をした。
「ロビンはどうなったんだよ」
「夢の世界――僕達の社会に強制送還されたよ。彼が今後このような事件を二度と起こさないよう、人格調整が行われる」
ことらが「人格調整?」と首を傾げ、ウィリーは当たり前のように解説する。
「人間に対する強すぎる同情心を弱めるんだ。人間に同情はしても行動に移すまでは至らないように」
ことらだけでなくゆたかやたつみもまた酢を飲んだような顔になった。
「……人格や性格を変更するなんて、そんなことが可能なの?」
たつみの確認にウィリーが「うん」と頷く。
「もちろんそれなりに手間はかかるけど、必要ならその程度の手間を僕達は惜しまない」
ことら達は少しの間沈黙した。再び口を開いたのはゆたかである。
「……それって、許されることなの? いくら悪いことをしたからって、人格を勝手に変えてしまうなんて」
「この話をすると君達人間は大抵同じ反応をするね」
ウィリーは肩をすくめるような仕草をし、ことらはちょっと苛立った。
「でも、思い出してほしい。僕達夢の妖精が持っている人間みたいな人格はそもそも後から追加された機能だ。だからロビンとレンのように二つに分けることもできるし、不具合を起こしたなら修理もする。サイ次元知性体としての基本人格まで調整するわけじゃないんだよ」
ゆたかとたつみは一応納得の様子を見せる。
「それがロビンにとっての罰……」
「ロビンはバクを使って人間の感情を自分の望む方向に制御しようとしていた。その行為には相応しい罰なのかもしれないわね」
一方のことらは充分に納得できたわけではないがそれ以上の追求はしなかった。その代わりに別の問題について言及する。
「それじゃ、金剛崎のおっさんについてはどうなんだ?」
「僕達は何もしないよ?」
とウィリーは即答した。
「もし金剛崎犀星が罪を犯したのだとしても、それは夢の妖精がいなければ犯すことのなかった罪だ。僕達には彼を罰する権限がない。それが必要なことなら、君達人間が彼に罰を与えるべきなんじゃないかな」
ウィリーの言葉に三人は顔を見合わせた。
「……どうするの? ことらちゃん」
「お前はどうしたんだよ、ゆたか」
逆に問われたゆたかはやや躊躇いがちに、
「……その、法に基づいて罰を下すとしてもそんな法律どこにもありませんし、実害を被った人もそんなに多くはないし、あの人も多分凄く反省しているでしょうし、無理にわたし達が罰を下す必要は……」
「あの方は誰よりもまず自分に厳しい方よ。自分の罪は自分で裁くでしょう、わたし達が口出しをするべきではないと思うわ」
たつみもまたそう言い、ことらは安堵したような顔をした。
「そうだな、それじゃ放っておこうぜ。切腹するとか言い出したらまたぶん殴って止めることにして」
その方針にたつみも「そうね」と同意した。その一方腰が引けたようになっている。
「またあの人と殴り合いをするんですか? 今度は現実世界で」
その指摘にことらとたつみは顔を見合わせた。
「……確かに現実世界だとちょっと厳しいかな」
「おじさんとおばさんが力を貸してくれるなら対抗できるのではなくて?」
ことらとたつみは現実世界での犀星との戦闘について打ち合わせをしている。そこにウィリーが口を挟んだ。
「その心配はいらないと思うよ。金剛崎犀星は事件前と同じ活動を再開している。多分、行動で償うことを選んだんじゃないかな」
そうか、とことらがため息とともに頷いた。
「おっさんは黒幕をやめて、ロビンもレンも元の世界に戻っていった。もうこの世界にバクを放つ奴はいないってことか」
「兵隊型バクも回収されている。ウィリーが夢の世界に帰ってしまえばもうわたし達を夢の世界に導く夢の妖精は一人もいなくなる」
「わたし達は夢の世界に行けないし魔法少女にもなれない。魔法少女はもう卒業ってことですよね」
ことらが、たつみが、ゆたかがそれぞれそう述べ、最後に揃ってため息をついた。少女達の表情には様々な感情が浮かんでいる。失望、安堵、寂寥……一様ではない、それぞれの思いが。
「……それがそうでもないんだけどね」
ウィリーの呟きはことら達の耳には届かなかった。彼女達が三人同時にある感覚を得ていたからだ。
「これは……!」
「確かにバクの気配だ、でもどうして?」
ことら達は混乱と緊張をない交ぜにした顔を付き合わせた。そんな少女達を、ウィリーはどんな感情も読み取れない表情で見つめている。
時刻はすでに夜中の一二時を回り、日付が変わっている。場所は内渚町の町中……だが町の様子がおかしい。
二四時間営業のコンビニから電灯が消えている。町を見渡しても電灯の灯っている家が、窓が一つもない。通りには自動車が一台も走っていない。まるで町は完全に無人であるかのようだ。
その内渚町を三人の少女が歩いていた。その三人はまるでアニメの登場人物のような、フリルとリボン満載のドレスを身にしている。
「……まさか、またここに来ることになるなんてな」
文句を言いたげなことらではあるが、その表情は口調を裏切り満更でもなさそうだった。
「でも、よく考えたら当然のことだったわね」
「ロビンが放ったバクが増殖していて、全部回収できていないなんて……」
たつみは普段通りのポーカーフェイス。ゆたかはやや不安そうに周囲を警戒している。
――ロビンがレンとして行動していた際、精神エネルギー回収を目的として多数のバクを放っていた。それらのバクのうち大半は魔法少女によって倒され、封印され、その残りは事件の後にロビンやウィリーの手によって回収されていた――が、それは全てではなかったのだ。バクは人間の精神エネルギーを糧として増殖する。増殖によって新たに生まれたバクの中にはロビンの制御が充分に利かない個体もあり、それ等が野良バクとして未だ夢の世界を彷徨い、あるいは人間に取り憑いているのである。
不意に、周囲の視界が悪くなった。夏本番のこの時期に発生するはずのない霧が内渚町を覆おうとしている。霧は急速にその深さを増していった。
「これは……」
「多分、眠りに就いた宿主とこの夢の世界が接続しようとしているんじゃないかしら」
たつみの解説にことらが獰猛な笑みを見せた。
「へっ、やっとかよ」
そのとき、濃霧の中から二つの人影が現れ出た。ことら達はそれぞれの得物を構え、戦いに備えた。そして充分に距離が縮まり、その姿が明確となる。そこに現れたのは、
「何だ、やっぱりお前達か」
筋骨隆々の肉体を魔法少女の赤いドレスで覆った、中年男と、
「こんばんわ」
大人の色気全開のグラマーな肢体に幼女向けの赤いドレスをまとった中年女性。ことらの父親の飛鳥と、ことらの母親の虎子である。ことらの身体が崩れ落ちて両手両膝が地面に付く一方、たつみとゆたかは警戒を解いていた。
「おじさんとおばさん」
「どうしてここに」
たつみ達の問いに飛鳥は、
「こいつに連れてきてもらったんだよ」
と自分の横に立つウィリーを親指で指し示す。ことらはウィリーの掴みかかり、その襟首部分を力任せに締め上げた。
「この野郎、いつの間にか姿が見えなくなったと思ってたら……!」
「こ、ことら。暴力はよくないんじゃないかな」
とウィリーはちょっと苦しそうだ。
「ことらちゃん、ウィリーの話を聞いてからにしようよ」
とゆたかに仲裁され、ことらはようやくウィリーを解放した。ことら腕を組み、半目になってウィリーを見下ろしている。
「それで? どういうつもりでわたし達だけに任せず親父達まで呼んでるんだよ」
「大人に戦わせず、子供を魔法少女にしてバクを退治させるのは地球保護局の規則なんだよ。僕はそれに従わなきゃいけない。でも、それと同時に地球保護管には子供達の安全確保のため大幅な裁量が認められているんだ。今回医王山飛鳥と七塚虎子をここに連れてきているのもその裁量の範囲内だ」
「俺達は夢の妖精の力を現実世界で悪用するつもりはないからな」
と飛鳥が、
「わたし達は夢の妖精の事情を裏側まで知ってしまっている。現地協力者としてこれ以上の適任はないでしょう?」
と虎子が口を挟んだ。ことらは自分の両親へと向き直る。
「わたし達が現役でいるんだから母さんも親父も必要ねーだろ」
飛鳥と虎子は「そうはいくか」「そうもいかないでしょ」と口を揃えた。
「バク退治は大人に任せて子供は子供らしくするんだ。勉強だってやらなきゃいけない」
「この間の期末試験、ひどい点だったじゃない」
両親の説教にことらは「ああ、もう!」と吠え、
「夢の世界まで来てそんな話してんなよ!」
と逃げ出した。
「こら、待て!」
と飛鳥がそれを追い、虎子が続く。さらにその後にたつみとゆたかが続いた。
「金剛崎のおっさんぶっ倒したのはわたしだろ! 親父達の出る幕はねーよ!」
「あんなのはたまたまだろう! お前に倒せないバクだって必ず出てくる!」
「バク退治はわたし達に任せなさい!」
ことらは「いやだ!」と叫んで大きくジャンプ。民家の屋根へと上がり、屋根から屋根へと跳躍した。それを飛鳥が、虎子が跳躍して追っている。
「大体、中学二年にもなって魔法少女もないでしょう! 歳を考えなさい!」
「母さんにだけはそれを言われたくねーよ!」
虎子の叱責にことらはもっともな返答をする。虎子が無言でチェーンを取り出し、ことらは慌てて移動速度を上げた。
「お前はいつまで魔法少女をやるつもりだ!」
飛鳥の問いにことらは月まで届くくらいに大きくジャンプし、叫ぶように答えた。
「わたしは! これからもずっと魔法少女だぜ!」
……医王山一家の鬼ごっこはその後一晩中続けられたと言う。その一方バクはたつみとゆたかの手により倒され、封印されていた。
☆ ☆ ☆
あなたには娘さんがいます。
年齢は今年一四歳の中学二年生。生意気盛りで反抗期の真っ直中です。あなたも顔を見るたびについ小言を口にしてしまい、言い争いになってしまいます。喧嘩もほとんど日課みたいなもので、あなたもこの頃はため息が絶えない毎日です。
その娘さんも間もなく一四歳。大人とは言えないとしても、もう子供ではありません。自分の考えを持ち、自分の判断で行動できる年齢です。ときにその判断は親の自分が判らなかった正解を直感で見抜きます。ときにその行動は親の自分が手にできなかった結果を力尽くでもぎ取ってしまいます。娘さんの成長はあなたにとって何よりも誇らしく、同時に何よりも寂しく感じられるものです。
ですがそれでも、あなたにとってその娘さんは幼い頃そのままに、何よりも大事で誰よりも愛おしい、かわいいかわいい愛娘です。
その娘さんは、あなたの言うことも聞かずに魔法少女を続けています。
娘さんは夜な夜な家を抜け出し、何かの魔物と戦っています。連日の夜更かしのために勉強はおろそかとなり、成績も明らかに下がっています。こんな調子で来年の高校受験は――いえ、それはともかくとして。あなたは娘さんに魔法少女を辞めてほしいと願っていますが、娘さんは魔法少女であることに誇りを持っており、誰に何を言われようと決して辞めるつもりはありません。
この現実に直面しているあなたは、何を選択しますか?
一、魔法少女を辞めさせる。
二、娘さんを応援する。
三、娘の代わりに自分が戦う。
四、娘と一緒に自分も戦う。
「魔法少女ユメミルことらの家族の人」はこれにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。




