第一三話(最終話)「これからもずっと魔法少女」Aパート
「いつまでも人を見下してんじゃねーぞ、おるぁ!」
ことらはその場で大きく跳躍。一〇メートル以上をジャンプして上空の犀星の鼻先へと身を躍らせた。
「とっとと目を覚ましやがれ!」
戦輪を握り込んだことらが拳をくり出し、犀星がそれを腕で防御する。ことらはそのまま空中に滞空、犀星へと連続パンチを浴びせようとする。だが犀星はその全てを腕で受け、あるいは払い、あるいは避けた。一発も直撃を与えられないままターンは犀星のものとなり、犀星が槍のように鋭い拳の一撃を放つ。
「――っ!」
ことらは両腕をクロスさせて間一髪でそれを防御するが、受けた両腕が折れたかと思ってしまった。吹っ飛ばされたことらは地面に墜落する。
「いててて……この野郎!」
起き上がったことらは再度跳躍し、犀星へと挑みかかった。ことらは跳躍の勢いのまま犀星に拳を叩き付けようとし、だがその拳は犀星の掌より捕まれてしまう。
「な……! ちくしょう、離せよ!」
ことらは拳を引き、あるいは押すが、まるでことらの拳と犀星の掌が癒着したかのようにびくともしない。ことらはその姿勢のまま犀星の延髄を狙って回し蹴りを放つが、犀星はその足を手で掴んだ。拳は離れても今度は足首を捕まれており、ことらは逆さに吊り下げられた状態となっている。
「この、スケベ親父が!」
ことらはその体勢から犀星の顎へとかかとを叩き込む。顎を強打され、跳ね上げられる犀星だが……大したダメージではないようだった。だがさすがに苛立ったようである。犀星はことらの身体を棍棒のように振り上げた。
「まずいっ……!」
ことらは頭部を守るべく頭を抱え込み、強く目を瞑った。犀星はそのままことらを地面に叩き付けようとし――ことらの身体が空中に放り出された。そのことらを何者かが抱きかかえる。
「大丈夫? ことらちゃん」
目を開けたことらが最初に見たのはゆたかの顔だった。ことらはゆたかに空中でキャッチされたのだ。ことらが慌てて犀星の姿を探した。
「目を覚ましなさい、金剛崎犀星」
見ると、犀星は空中でたつみと戦っている。たつみが斬りかかったために犀星はことらを手放したのだと、ことらは理解した。
たつみは犀星にくり返し斬りかかるが、その剣先はかすりもしない。犀星が避けてたつみの姿勢が崩れたその瞬間を狙い、犀星の蹴りがたつみの腹へと叩き込まれる。その隙とも言えない隙を突いて、
「どすこーいっ!」
ジェット噴射で飛んできた天馬が犀星に体当たり。犀星はその両肩を掴んで天馬を押し留めた。その好機を逃す虎子ではない。虎子がチェーンを延ばし、それが犀星の首に巻き付いた。
「GUGA!」
犀星を地面に引きずり下ろすべく虎子がそのチェーンを引く。犀星は肘を天馬の脳天に叩き込み、両手を空けた上でチェーンを掴んで引き返した。虎子の爪先が宙に浮きそうになる。
「虎子!」
だがそのとき飛鳥が虎子に加勢した。飛鳥はチェーンを掴み、大地を踏みしめ、力任せにそれを引く。
「このままおっさんを引きずり下ろすぞ!」
「判ってるわよ!」
飛鳥と虎子は力を合わせ、全力でチェーンを引っ張った。犀星もそれに対抗しているが単純な力比べなら飛鳥に分があり、犀星は徐々にその高度を落としている。さらに、
「先生ごめんなさいねー!」
空中に跳躍した鷹子がハンマーを犀星に叩き付けんとする。犀星は煩わしげに拳を放ち、ハンマーを殴り返した。体勢を崩した鷹子が墜落する。だが、
「ナイス、龍子ちゃん!」
鷹子はただの囮だったのだ。龍子が犀星の後背から襲撃し、剣でその羽根を斬り裂いた。
「GGUUGGAA……!」
悔しげにうめく犀星。もしこれが現実世界なら龍子の剣は空気を斬ってそれで終わりだっだたろう。龍子の剣は自分の背中に届かない――犀星の長年の戦闘経験はその間合いを正確に計測していたのだ。ただ、龍子が狙ったのは犀星の背中ではなくバクの羽根であり、さすがの犀星にもこれまで羽根を生やして戦った経験がなかった、それだけのことである。
羽根を裂かれた犀星は高度を維持できなくなり、地面に降り立つこととなった。その犀星を飛鳥が、虎子が、一同が包囲する。ことらやゆたかも戦列に加わり、九人の魔法少女が犀星と対峙した。
「そう言えば言ってなかったな、ことら」
と飛鳥が男臭い笑顔を向ける。ことらは「何だよ」と一瞬だけ飛鳥を見、視線を犀星へと固定した。
「俺は金剛崎先生のことを誰よりも尊敬しているし、誰よりも世話になっている。――だが」
飛鳥はマジカル特殊警棒を振り上げ、
「堅苦しいあのおっさんが苦手だったんだよ!」
犀星へと突貫した。
「ううおおっっ!」
雄叫びを上げた飛鳥が犀星と激突する。戦車同士が正面衝突したかのような衝撃が広がった。両者がたたらを踏んで体勢を立て直す。犀星は一歩、飛鳥は二歩。飛鳥が振り下ろすようにくり出した拳を犀星はダッキングで避け、犀星が飛鳥の懐に入ってアッパーを放つ。飛鳥はのけぞって何とかそれを避けるが、姿勢が大きく崩れている。犀星が追撃して右拳のストレートを放とうとするが、
「ごっつぁんでーす!」
腕を十字にして頭部を守りながら天馬がぶちかましを仕掛けてきた。犀星は天馬とがっぷり四つ手組むこととなる。両者が踏ん張り、天馬のマジカル化粧まわしが悲鳴を上げた。
「理想は結構。だが先生個人の趣味をバクの力で他者に押し付けるのは間違っている!」
「GUGA!」
犀星は天馬を上手投げでぶん投げた。それと入れ替わりに真鶴が突撃。
「先生が望んでいたのはこんな世界なのですか!」
真鶴はマジカルスコップで犀星を殴打せんとする。だか犀星は余裕を持ってそれを避け、逆に真鶴は犀星の拳を顔面に受けてしまう。真鶴はひっくり返って大の字となった。
「漫画も好きに描けない世界なんて、わたし嫌です!」
「人の茶碗を取らないでよー!」
真鶴の仇を討たんと、ゆたかが、鷹子がハンマーを振り上げて犀星へと突撃した。だが犀星はそれを避けつつ鷹子の背後へと回り込み、鉄山靠(八極拳の技の一つで、ショートレンジの体当たり)を食らわせる。鷹子が吹っ飛ばされたその軸線上にゆたかがいて、鷹子はゆたかを巻き込んで諸共に地面を転がった。
「……」「……」
視線で会話を交わしたことらと虎子は同時に突進した。虎子が右から、ことらが左から犀星を挟み込もうとする。虎子はマジカルチェーンを伸ばして犀星を鞭打たんとした。だが犀星は流水の動きでそれをかわし、接近していたことらへと狙いを付ける。攻城槌のような一撃がことらを襲うが、ことらはその場に踏み止まってまともにそれを受けた。
「いってぇ……」
鉄壁よりも堅い十字受けは何とか犀星の一撃に耐えていた。だがそれだけで、反撃もままならない。そこに犀星が第二撃を加えようとし、
「いい加減にしやがれ、くそじじい!」
飛鳥に邪魔をされた。放たれる拳に対して飛鳥は防御を度外視して突貫、犀星に抱きつくことに成功した。ただ、そのままでは柔道技で投げ飛ばされてそれで終わりだっただろう。そうならなかったのは、
「そのまま捕まえていなさい!」
飛鳥には味方がいたからだ。虎子はマジカルチェーンを最大限延ばし、飛鳥ごと犀星を拘束する。犀星と飛鳥の胴体にチェーンが巻き付いた。二重、三重では収まらない。四重、五重でも終わらず、六重、七重をさらに超え、八重、九重でようやくチェーンが尽きたようだ。犀星は身動き一つままならなくなっている。
「構わねぇ、来い!」
飛鳥の短い叫びに一同がその意図を理解した。剣を構えた龍子とたつみが突撃し、龍子のの刃が犀星の肩を、たつみの突きが犀星の太腿を貫いた。
「GGUUGGAA!」
激痛と怒りに犀星が咆吼を上げている。だがそれで怯む一同ではなかった。ハンマーを振り上げた鷹子とゆたかが、スコップを掲げた真鶴が、そして戦輪を握ったことらが、一斉に犀星へと突撃する。龍子とたつみは剣を突き刺したままにして犀星の動きを封じた。
「勝てる!」
ことらはそう確信し――気が付いたら地面に倒れ伏していた。
「な……」
胴体が鈍く重い痛みを訴え、呼吸一つままならない。それでもことらは上体を起こして犀星を仰ぎ見た。
「GGUUGGAA!」
チェーンの束縛から解き放たれた犀星が飛鳥の両足を両脇で抱えて、高速で大回転をしている。飛鳥の身体は重量九〇キログラムを超える凶悪な棍棒と化していた。そんなものをまともに食らって立っていられる人間など一人もいない。犀星にとどめを刺すべく全員が接近していたことが災いし、魔法少女の全員がなぎ倒された。全員をたたきのめしたことを確認し、犀星が飛鳥を放り捨てる。飛鳥の身体は何メートルも宙を飛び、無様に地面を転がった。
「ぐ……」
死んではいないが、生きているのが不思議なくらいのダメージだ。飛鳥は指一本まともに動かせないでいる。飛鳥ほどではないとしても、ダメージが深刻なのは他の面々も同じだった。
「そんな……おじさん」
ゆたかは地面に座り込んで肩を落としていた。九人の中で一番犀星に対抗できそうな飛鳥が再起不能に追いやられたのだ。ゆたかの心が折れそうになるのも当然だった。
「くっ……」
虎子は膝を付き、何とか立ち上がろうとしている。だがそれ以上身体が動かなかった。
「やはり先生には勝てないのか……?」
「このままでは現実世界が……」
天馬や真鶴は彼我の戦力差を冷静に考え、ウィリーの提案する最後の手段を選ぶ方向に心が傾いている。龍子や鷹子、たつみにしても「もう勝てない」と感じているのは同じだった。一同の胸には諦めが満ち、その心は折れかかっている。その中で、
「よっと」
ことらは足を上に向けたでんぐり返しみたいな体勢から、地面に付いた両腕の力で飛ぶように伸び上がり、大地に降り立った。
「ことら……」「ことらちゃん……」
その姿に誰もが目を見張っている。ことらは未だ太々しく笑っていた。未だ戦意を保ち、心は決して折れていなかった。
「GGUUGGAA!」
犀星がことらへと吠える。それは苛立ちや怒りを音にして吐き出したものだった。それに対してことらは牙をむき出しにした笑みを見せつける。
「へっ、来いよ」
さらに指招きの仕草で挑発。それに切れた犀星が大股で歩いてことら接近した。ことらの前で足を止めた犀星はことさらに大きく振りかぶり、ハンマーのような鉄拳を振り下ろす。ことらはそれを交差した両腕で受け止めた。
「へっ、こんなもんかよ」
痛みでしかめそうになる表情を笑顔で上書きすることら。犀星の苛立ちは募るばかりだ。犀星がもう一撃を加え、ことらはそれに耐える。今度はことらが犀星の腹に蹴りを叩き込み、犀星は防御せずにそれを受け止めた。まるで岩を蹴ったかのような反応が足の甲から伝わってくる。
ことらと犀星は足を止め、技巧を捨て、純粋な力比べ、我慢比べの殴り合いを続けた。その勇姿に、真鶴や天馬は自分の目が信じられないでいる。
「そんな……どうしてことらちゃんが」
「先生と互角に戦っている……何故」
これが現実世界ならことらは犀星の一撃で沈んでいるだろうが、ここは夢の世界。子供であろうと大人と互角に戦うことは不可能ではなかった――意志の強さで対抗できるのであれば。
「GGUUGGAA!」
苛立ちが限界に達した犀星はことらの身体に打ち下ろすような拳を叩き込んだ。一発や二発ではない。息が続く限りくり返し、連続の打撃である。怒濤のようなその攻撃にことらは身を丸めて耐えている。いや、単に耐えているだけではない。
ことら不敵な笑みを見せている。その笑みで犀星に語りかけている。「この程度でわたしは屈しない」と。
「GGAAーー!!」
犀星の苛立ちと怒りが頂点を突き抜けた。明確な殺意と渾身の力を込めた右拳の一撃が真っ直ぐにことらの頭部へと振り下ろされる。それに対してことらは、
「フッ!」
同じ右拳を放ってそれを迎撃した。空中で両者の拳が激突し、轟音が響く。ことらと犀星は拳をぶつけたまま、力比べの体勢となった。
「……何故だ?! 何故貴様のような小娘が」
犀星の思考が、感情がバクを押しのけて表に出てきている。自分と互角に戦っていることらのことがそれだけ不可解であり、それだけ動揺が深かったのだ。
「儂を誰だと思っている? 儂がどれだけのものを積み重ねてきたと思っている? 儂がどれだけの苦難苦闘を経てきたと思っている? それを、たかだか一四年も生きていない小娘が何故……?!」
「へっ、そんなことも判らねえのかよ!」
ことらは拳に力を込めて犀星を押す。押された犀星は一歩後退った。
「あんたがこれまでに積み重ねてきたもので戦ったのなら、わたしなんかひとたまりもねーよ。でも、あんたはそれを投げ捨てたんじゃねーか」
何だと、と動揺する犀星にことらは続けた。
「これまでの全部を捨てて、あんたはバクに頼ったんだろ?! そんな奴に負けるかよ!」
気炎を吐きながらことらが拳を放つ。それをまともに食らった犀星はたたらを踏んだ。調子に乗ったことらが追撃する。
「要するにあんたは! 普通のやり方じゃ世の中をよくできないから、これまでのやり方じゃ駄目だったって諦めて! バクに頼ったんじゃねーか! あんたの心はとっくに折れてるんだよ!」
犀星は防御もままならずことらの攻撃を受ける一方だ。ことらは「このままいける」と自分の力を過信した。
「その折れた心でわたしに勝てると思うのならやってみろ!」
ことらがとどめの一撃を犀星の鳩尾へと突き刺した。犀星の身体が揺れ、そのまま膝を屈するかと思われたそのとき、
「何っ……!」
犀星は組んだ両手を上に振り上げ、力任せに振り下ろす。それをまともに食らったことらは脳を大きく揺らし、水平に立っていることも困難となった。たまらず後退して距離を置くことら。そのことらに、犀星がゆっくりと接近する。
「何が判る、貴様のような小娘に……」
犀星が大地を一歩踏み締めて前へと進んだ。
「何が判る、この儂の人生の……」
犀星がさらに一歩進んだ。まるで自分の人生の軌跡を追うかのように、ゆっくりと歩いている。
「何が判る、この儂の苦難と苦闘の……」
犀星がもう一歩前へと進んだ。小動物くらいならそれだけで殺せそうな怒気を、オーラを犀星は全身から放っている。ことらは密かに冷や汗を流した。
「何が判る、この儂の……」
犀星が最後の一歩を踏み締めた。もうことらは犀星の間合いの中にある。仁王となった犀星がことらの目の前にそびえ立っていた。
「何が判るというのだ、言ってみろ!」
「知らねえよ!」
犀星が拳をくり出し、ことらもまたそれに拳で対抗する。構図としては先ほどとほぼ同じ、違っているのはことらがあっさり打ち負けたことだった。吹っ飛ばされたことらが無様に地面を転がった。何とか立ち上がろうとすることらに犀星が接近する。
「負けたくせに、諦めたくせに……!」
ことらは罵声を上げて自分を奮起させようとした。だが、それによって奮起するのは犀星もまた同じだった。
「ああ、そうだ! 儂は負けた、諦めた!!」
犀星が血を吐くように叫びながら拳の一撃を放つ。拳に込められた憤怒と悲哀がことらの心へと叩き付けられた。
「我が師から受け継いだ武士道精神を世に伝えるべく、若者を導くべく、儂は血反吐を吐くような努力を続けてきたのだ! この国を、この世界を少しでも良くするべく、儂は石にかじりつくように耐えてきたのだ! それを!」
故郷に戻って武道道場を開いたものの門下生が集まらず、土木工事のアルバイトで糊口をしのいだ――そのときの苦闘を拳に込め、犀星は一撃を加えた。ことらは今にも倒れそうになっている。
不良少年を更生させるべくさいせい道場を開いて武道を叩き込んだが、その少年が教わった技を使って傷害事件を起こした――そのときの悲しみと絶望を拳に込めて、犀星はさらなる一撃を放つ。ことらの意識は失われる寸前となった。
自分の活動に共感してくれた政治家を最大限応援していたが、その政治家が汚職事件を起こした上に自分のことを「ただの夢想家だが利用価値はある」と馬鹿にしていることを知った――そのときの憤怒を拳に込めて、犀星はとどめの一撃をことらに叩き込む。ことらは押し潰されたように地面に倒れ伏し、完全に死に体になったかのように見えた。
犀星は潰れたことらを見下ろし、静かに語りかける。
「四〇年以上に及ぶ儂の活動は全くの無為だった。無駄だった――だが、それでも儂は理想だけは捨てることができん。儂はこの国を、この世界を少しでも良くする。そのためなら喜んで人柱となろう。化け物と、悪鬼羅刹と呼ばれよう。老い先短いこの生命を喜んで投げ出そう」
犀星はバクによる暴走を乗り越え、暴走した感情の制御を取り戻したように見えた。犀星はことらに背を向ける。
「これ以上邪魔をするな。儂は儂の理想を実現する」
そう告げて歩き出したその背中に――ことらの戦輪が投げ付けられた。振り返った犀星は信じられないものを見たという顔になっている。
「……まだ終わってねぇよ」
ことらは満身創痍であり、指の一突きで今にも倒れそうだ。が、それでも立っていた。ことらは自分の足で立ち上がっていた。
「貴様……」
「行かせねぇ。まだわたしは負けてねぇ。まだ勝負はついてねぇ!」
一歩足を動かすだけでも全身が悲鳴を上げている。それでもことらは犀星へと吠えた。ことらの意志はまだ折れておらず、犀星はむしろ気圧されている。
「ことら……!」
「ことらちゃん……!」
どこまで諦めないことらの勇姿にたつみとゆたかは心を奮い立たせた。ことらに加勢しようとする二人だが、「待て」とそれを止める者がいる。
「おじさん……」
「おばさんも。どうして」
二人を止めたのは飛鳥と虎子だ。飛鳥も虎子ももう一度戦えるだけの気力を全身からかき集め、すでに立ち上がっている。すぐに犀星に挑みたい、ことらに加勢したい――そう思っているのは飛鳥達も同じだった。だが二人はそれを自制した。血が出そうなくらいに唇を噛み締め、拳を握り締め、それでも今にも飛び出そうとする自分自身を抑えている。
「ここはあの子に任せましょう」
「ことらを信じて、今は見守るしかない」
飛鳥も虎子もさいせい道場で武道を叩き込まれた、犀星の門下生だ。両者の戦いに他者が介在するべきではない、してはならない――飛鳥達は武道家の端くれとして、ことらと犀星の戦いに何か穢すべきではないものを感じ取っていたのだ。
たつみはその感覚を理解し、剣を下ろす。ゆたかはいまいち共感できないようだったが、それでも飛鳥達に逆らいはしなかった。
たつみが、ゆたかが、飛鳥が、虎子が、龍子が、鷹子が、天馬が、真鶴が見守る中、ことらと犀星は再び拳を交えんとする。これが最後の戦いになることをこの場の全員が感じ取っていた。




