第一〇話 Cパート
一方、一足早く夢の世界にやってきたことら達三人はバクの姿を探して移動している。
「多分あっちだな」
「ええ、そうね」
夢の世界はいつもとは違い、内渚町の姿を形取ってはいなかった。ビルが建ち並び、広々とした公園は緑に覆われ、高速道路の高架が視界を横切り、眼前にそびえるのは白亜の殿堂――国会議事堂。
東京都千代田区の国会議事堂とその周辺を模した夢の世界で、ことら達は一路国会議事堂へと向かって空を駆けていた。
「いつもは夢の世界でも内渚町ばっかりだから、こういうのも新鮮だな」
「東京には年に二回は行ってますけど、この辺は来たことないです」
とゆたか。ことらとゆたかは半ば観光気分で周囲を見回している。
「あれは銅像ですか? ひどく大きいですね」
「本当だ。誰のだろう」
高さが一〇メートルはありそうな巨大な銅像が国会議事堂の正面に、その前庭の中央に屹立していた。暢気なことら達に対し、たつみは警戒を強めている。
「注意して。あんな銅像、現実には存在しないわ」
ことら達は意表を突かれたような顔をした。たつみの警告は無意味ではなかったようで、バクの攻撃がことらとゆたかを襲うが、二人は間三髪くらいでそれを避けることができた。
「な、な……」
慌ててバクから距離を置くことら達。三人はそのバクの姿に言葉をなくしている。高さが一〇メートルはありそうな、総ブロンズ製の、真新しい十円玉のように輝かしいその銅像。杖をつき、和服を着た老人の姿をしたそれが、竪町雁之助氏をモデルとしているのは一目瞭然だった。
「避けろ!」
その銅像が杖を振り上げ、たつみめがけて振り下ろす。たつみはそれを余裕を持って避け、振り下ろされた杖は地面に大きな穴を穿った。
「これがバクなの……?」
「うん、あの老人に取り憑いているバクだ」
ゆたかの確認にロビンが頷く。三人は途方に暮れたようにそのバクを、竪町老人の巨大な銅像を見上げた。
「こんな敵とどうやって戦ったら……」
「権力欲や自己顕示欲がそれだけ強いのか、それとも自己イメージがここまで肥大化しているのか……いずれにしても強敵ね」
二の足を踏むゆたかとたつみに対し、ことらは勇ましく前へと進み出た。
「どんなに馬鹿でかくったってバクには違いないんだろ。だったらいつものように戦うだけだ!」
ことらはそのまま突進して大きくジャンプ、バクの眉間へと右拳を放った。急所を撃たれてそのバクは身体を揺らす。バクは腕を振ってことらを払おうとするが、その間にことらはバクの右腕に乗って肩へと走り、バクの背中へと回っている。
「あれだけ大きいと素早く動けないようね」
ことらに続いてたつみが参戦。バクの身体を足場にジャンプをくり返し、頭頂部まで一気に駆け登る。頭頂部に達したたつみは足下に向かって真っ直ぐ剣を突き刺した。
「FFSSYYAAー!」
バクが悲鳴を上げ、頭頂部のたつみを打ち払おうとする。だがその間にもたつみは右肩の上へと移動している。一方ことらは左肩へとやってきていて――二人は言葉も交わさず、視線だけで互いの意志を通じさせていた。
「せいっ!」「ふんっ!」
ことらが右拳を、たつみが剣を、バクの二つの目へと叩き込む。バクは一際大きな悲鳴を上げた。バクは二人を捕まえようとするが、
「ていっ!」
バクの足下に接近していたゆたかがバクの足の小指をハンマーで一撃。バクの動きが鈍った隙にことらとたつみはバクから離れ、撤退した。
「いい感じだな。このまま押し切ってぶっ倒すぞ」
不敵な笑みのことらに対し、たつみもまたわずかに微笑んで答える。
「ええ、でも油断しないで」
「大丈夫です、これなら勝てます!」
ことら達は気迫を込めてそのバクへと向き直った。忌々しそうに唸っていたバクだが、不意に顔を歪める。それはバクの嘲笑だった。
「何だ? 雰囲気が違うぞ」
「来るわ、バクの攻撃よ」
上を振り仰いだバクは、
「FFSSYYAAー!」
高らかに雄叫びを上げた。ことら達は油断なくバクの攻撃に備えている……が、それきり何も動きを見せないバクに訝しげな顔をした。
「何だ? 何のつもりだ?」
「何か出てきました!」
後背を警戒していたゆたかが警告を発する。慌てて振り返ったことらはその「何か」を目の当たりにした。
「……人形か?」
プラスチック製の、卵を逆さにしたような形の頭部には目も鼻も口もない。首などの関節部もプラスチックチューブで、可動域は広そうだ。身にしているのはどこかで見覚えのあるブランド物の背広で、さらに眼鏡をかけている。動作はかなり緩慢で、特別強くはなさそうだ。
「この数は……!」
ただし、この人形はすでに十体上出現していて、さらに間断なく地面から生まれ続けている。ことら達は完全に人形に包囲されてしまっていた。
「ひいいっっ?!」
ゆたかが悲鳴を上げながらハンマーを振り回す。殴られた人形は数体まとめて砕かれて地面に崩れ落ちた。が、人形の後続は絶えることなくやってくる。
「ちっ、何なんだよこいつ等は?! どういう敵なんだ?!」
ことらは疑問を発しながらも拳や蹴打を無造作に振り回して人形を砕いていく。が、破壊される人形より生まれる人形の方がずっと多かった。
たつみは人形をなぎ払いながらも思考を巡らせ、それほど時間をかけずにある推論に達していた。たつみはジャンプして人形の包囲網から抜け出し、一人で竪町老人の銅像へと向き合い、対峙する。
「自分の銅像を議事堂前に立てて、自分の息子を意志を持たない人形のように意のままに操る――これがあなたの望んだ世界なの?」
(そうだ! それが悪いか!)
バクは吠えながらたつみへと杖を振り下ろす。たつみはバックステップでそれを避けた。
「息子? この人形って竪町雁也なのか?」
「言われてみればこんな服と眼鏡だったかも」
ことらとゆたかは戦いながらもたつみの言葉に耳を傾けた。テレパシーのように発せられるバクの言葉は――バクとつながる竪町雁之助の意志はことら達にも届いている。
(儂が今の地位を築き上げるのはどれほどの艱難辛苦を重ねたと思っている! 儂の苦労を思うなら雁也が儂の地位を引き継ぐのが当然ではないか!)
そのバクは杖と、身勝手な論法を好き勝手に振り回した。
(雁也は大聖寺の娘と結婚し、その資産と家名を引き継ぐのだ! 大聖寺家の後援を得て雁也は国会議員となり、いずれは首相となる! 儂が果たせなかった夢を、願いを、儂に代わって雁也が叶えるのだ!)
「雁也さんはあなたじゃないし、あなたは雁也さんじゃない」
たつみの剣がバクの足を切り裂く。が、バクには大して堪えていないようだった。バクが杖を振り下ろし、たつみは舌打ちをしつつ後退する。
「雁也さんが首相になったところで、それに何の意味があるの? 赤の他人の誰かが首相になるのと、何がどう違うと言うの?」
(雁也は儂の分身、儂の半身! 雁也が首相になるのは儂が首相になるのと同じこと!)
ことらは雁也人形を破壊しながら「そんなわけねーだろーが!」と叫ぶ。だがそれは雁之助の心に届きはしなかった。
「雁也さんには雁也さんの意志があり、人格があり、人生がある。親のあなたであろうとそれを自由にしていいわけがないわ」
(笑止!)
バクが振り下ろした杖をたつみは剣で受け止める。両者の力が拮抗していたのはわずかな時間だけで、すぐにたつみはバクに押された。バクは土管のような太さの杖で上からたつみ押し潰さんとし、たつみは必死にそれに耐えている。
(雁也の意志? 雁也の人格? 知ったことではないわそんなもの! 雁也の人生は儂に奉仕するためにあるのだ!)
バクはさらに力と体重を杖に込め、たつみは今にも潰れそうになっている。たつみは歯を食いしばって堪えているが、もう持ちそうになかった。
「たつみ!」「たつみちゃん!」
ことらとゆたかはたつみを助けに行こうとするが、雁也人形に包囲されてそれもままならない。
「――っ!」
ついに限界が来てたつみの膝が崩れる。丸太のようなバクの杖がそのままたつみにのしかかり、たつみはそれに押し潰される――たつみが垣間見たその光景は数秒先の確定した未来図、そのはずだった。
丸太と巨岩がぶち当たったような、鈍い音が響いた。たつみは一瞬己が目を疑う。
「……お父さん?」
「もう大丈夫だぞ、たつみ」
太々しい笑顔で愛娘に笑いかけているのは大聖寺天馬だ。天馬は頭上で両腕を交差させ、それでバクの杖を受け止めている。
(き、貴様……!)
動揺したバクがさらに杖に力と体重を込めるが、天馬は足に根が生えたように微動だにしなかった。
「随分空しい姿ですな、竪町さん。まるで風船のようですよ」
(な、何を……)
憐れむような天馬の言葉に、バクは胸を突かれたように身体を揺らした。
「私も政治家ですからね。偉そうに見せたい、かしづかれたい、威張り散らしたい、尊敬されたい――そう思うのも判ります。そんな役得でもなけりゃ到底こんな商売はやっていられませんよ、確かにね。でも、そういう下世話な欲望は上手く隠さないと駄目なんですよ。あなたはその辺が下手でしたね。首相になれなかった理由、自分でも判っているんじゃないんですか?」
バクはさらに動揺を深め、身体をふらつかせた。バクは倒れそうになりながら後退し、天馬の頭上から杖が引き上げられる。
「バクが……」
「この人形も」
バクによる統制が弱まったため雁也人形による攻勢も中断となった。雁也人形の軍団はことらとゆたかを包囲しつつも待機の状態で、ことら達も警戒しつつ一息ついている。
「あなたは下がりなさい。ここはあの人に任せるのよ」
龍子がたつみを引きずるように後退させるが、それは雁也人形との接近を意味した。雁也人形の軍団の一部が分離し、たつみと龍子を包囲する。
「たつみ!」「おばさん!」
二人を心配することら達が声を上げた。一方雁之助のバクが嘲笑を浮かべる。
(愚かな……! この儂に逆らうとどうなるか、それを思い知るがいい)
バクは指揮棒のように杖を振り上げ、振り下ろした。
(行け、雁也よ! 我が僕よ! その者達を生かして帰すな!)
雁之助の命令を受けた雁也人形が戦闘体勢に入った。何十体という雁也人形がことら達を包囲し、少しずつそれを狭めていく。
「ちっ……」
「ことらちゃん……」
ことらもさすがに疲労の様子を示し、ゆたかは半泣きになっていた。
「お母さん、まずことら達と合流して」
たつみもまたいつになく焦りを見せるが、その一方龍子は涼しい顔のままだった。
「――先生、お願いします」
「え?」
ことらとゆたかとたつみ、三人の心が今一つとなった。龍子がある方向へと声をかけ、たつみはその声の行き先を目で追う。議事堂の反対側、緑地の樹木と並ぶ街灯――その上に何者かが佇んでいる。
「あれ……バクか?」
「もしかして、みねこさん?」
その何者かからはバクの気配が感じられた。そうである以上それは笠間みねこのバクとしか考えられない。
バクの身体は女性形態だが、バストやヒップは笠間みねこよりも十数パーセント増となり、ウエストは同じくらいの減である。そのグラマーな肉体を黒いラバースーツで完全に覆っている。毛髪は外に出ているがそれだけで、顔も含めてほんのわずかも肌を露出していない。さらにラバースーツの上からボンテージ風の黒いビスチェを身にし、足にはハイヒール。とどめに手に持っているのは鞭である。
「……女王様?」
ゆたかの言う通り、まさしくそれは女王の姿だった――ただしSMクラブの。
みねこのバクが街灯から飛び降り、地面に降り立つ。そして真っ直ぐに歩き、雁也人形の軍団へと接近する。雁也人形はそれぞれの反応を示した。身体を硬直させる者、背を向ける者、身を隠そうとする者、距離を置こうとする者、表れ方は様々だがそこに共通しているのは、
「……怯えてる?」
そう、数十体を数える雁也人形の軍団はたった一体のバクの姿に動揺し、怯えていたのだ。ことらは首を傾げた。
「こいつ等、あのじじいが生み出した人形だろ? 本物とつながってるってわけじゃないのに……」
「つながってるんじゃないでしょうか……?」
自信なさげにそう言うゆたかへとことらが視線を向けた。
「本物の竪町雁也さんは竪町雁之助さんやみねこさん、それにわたし達とも一緒に今結界の中で眠っているんですから、多少のつながりができていても不思議はないと思います」
一方雁之助のバクは雁也人形が示した動揺に、その無様な姿に苛立ちを見せている。
(お前達何をしている! お前達は儂の人形、儂の奴隷! 儂の命ずるままに儂の敵と戦うのがお前達の役目だろう!)
雁之助の命令を受けた雁也人形が、その軍団が戦う意志を示した。ことらやゆたか、たつみや龍子へと包囲を解いて、軍団の全ての人形がみねこのバクと向かっている。ゆっくりと前進し、みねこのバクを包囲した。
雁也人形が四方八方から、一斉にみねこのバクに襲いかかろうとした、まさにそのとき。
(雁也さん!)
みねこのバクが手にした鞭で地面を打ち――次の瞬間には全ての雁也人形が土下座をしていた。
「……えっと」
ことら達は言葉もなく、ただ唖然とするだけだ。数十体もの雁也人形が一体残らず土下座をしているその光景は、ある意味壮観と言えただろう……違う視点に立てば涙を禁じ得ない姿だったが。
(か、か、か……)
そして雁之助にしてみれば憤死してもおかしくないような、悪夢の情景だったに違いない。憤怒が、動揺が、バクとつながる雁之助の思考をショートさせている。
(雁也め、竪町の男がそんな馬の骨に土下座など……!)
が、天馬はそんな雁之助をせせら笑った。
「あなただって選挙のたびに公衆の面前で土下座しているじゃないですか。あなたの薫陶の賜物ですよ」
(貴様!)
雁之助のバクが杖を振り回すが、天馬はジャンプで後退してそれを避けた。全身から憤怒のオーラを放った巨大な銅像が前進し、ゆっくりと天馬に接近する。
(貴様のような奴に目をかけた儂が愚かだった……!)
その敵意を、殺意を一身に受けながらも天馬は不敵に笑っていた。
「あなたは悪い夢を見ているんですよ、竪町さん。そろそろ目を覚ます時間でしょう」
雁之助の前に進み出た天馬は仁王立ちとなった。そこからさらに足を大きく開き、腕は胸の前に。宇宙刑事っぽいポーズから一旦上半身を屈め、伸び上がって手を高々と掲げ――
「蒸着!」
光が、星屑が奔流のように溢れ、天馬の姿を覆い隠した。たつみは目を庇いながらも天馬の姿を見届けようとする。光がオーバーフローして天馬の姿はシルエットでしか捉えられなかったが、天馬の衣服は全て光に溶けて全裸になっているようだった。星屑とともにどこからともなく飛んできたリボンが天馬の身体に巻き付き、まずレオタードを形成。さらにブーツやグローブ、ドレスやスカートを形成する。最後に大きなリボンが胸の上で結ばれ、光が真珠のブローチの形となり、変身が完了した。そこにいるのは白いドレスを身にまとった一人の魔法少女――ただし体重が百キログラムを超える、相撲取りみたいな体格の、脂ぎった四〇前後のおっさんの。白いドレスは腹の贅肉により今にもはち切れんばかりで、裾がめくれてへそが外に顔を出している。
「……うわぁ」
ことらもゆたかもそれ以外に言葉がない。飛鳥や真鶴の魔法少女姿もそれぞれ痛々しかったが、天馬のその姿にはまた別種の痛さがあった。ただ、天馬が陽的な性格を有するために精神的な痛さの面では三人の中で一番マシかもしれない。お調子者がノリノリでオカマの真似をしているかのような、笑って許せる(気がする)何かがそこにはあった。――その一方、外見上の見苦しさという点では三人の中で一番ひどかったが。
「……ことら」
不意にたつみに名を呼ばれ、ことらは「なんだ?」と返答した。
「わたし、今なら反抗期っていうのが何なのか、心で理解できる気がする」
ことらは「そうか」と頷きつつ、たつみが一つ成長したことに涙した。
天馬の変身に竪町雁之助のバクはあっけに取られているように見えたが、それも長い時間ではない。
(小賢しい……!)
バクが天馬に向かって前進。一方の天馬も前へと、またバクへと向かって無造作に歩いていく。数秒で両者の距離はほぼゼロとなった。バクは杖を思い切り振り上げ、渾身の力で振り下ろす。だが天馬がそれを避け、杖の先端は天馬の横の地面を穿っただけ――いや、そうではない。
「おじさん!」
バクはその状態から杖を横へと払い、天馬の身体が吹っ飛ばされた。十数メートルも宙を飛び、天馬は地面を転がっていく。
「お父さん!」
娘の声が聞こえたのか、天馬はすぐに起き上がった。幸い間合いが近すぎたため単に飛ばされただけで、殴打の傷手はほとんどないようだ。たつみは安堵の表情を垣間見せた。
「次はこちらの番だ」
天馬はその場で仁王立ちとなり、足を大きく開いた。
「マジカル、横綱まわし!」
天馬の腰回りに光が集まり、太い縄を、紙垂を形作る。光が弾け飛んだその下には相撲取りが締める雲竜型の横綱まわしが締められていた。化粧まわしの前垂れには「動橋」の二文字が麗々しく記されている。
「えっと、何あれ」
「あの人、大学の学生相撲では横綱だったらしいから」
我知らずのうちにこぼれたことらの疑問に龍子が答えた。
天馬はスカートがめくれるのも構わずに高々と、頭の上よりも高く片足を揚げ、四股を踏んだ。その地響きがまるで大地を揺らすかのようだ。天馬は蹲踞の体勢へと移行、さらにそこから前屈し、両拳を地面の上に置いた。尻は頭よりも高く上がっている。
「行くぞ、竪町雁之助!」
天馬の尻が火を噴いた――かのようだった。重モビルスーツのごとくスカートの下に隠していたロケットノズルが点火し、炎を噴き出している。もしことら達が天馬の真後ろに位置していたならロケットの炎が直撃し、ダメージを受けていただろう。――排気の勢いでスカートが完全にまくり上がってまわしを締めた天馬の尻が丸出しになっていたから、それを目の当たりにした精神的ダメージも同じくらいに重かったに違いない。
天馬がその場に留まっていたのはほんのわずかの時間である。前屈みの、ぶちかましの体勢のまま天馬はまさしくミサイルのような速度で雁之助へと突撃した。天馬はほんの数センチメートル宙に浮いているがそれはことら達からは判らない。申し訳のように足を前後させつつ、まるで地面を滑るかのように突進する。
「どすこーい!」
天馬はそのまま雁之助のバクに体当たりし、その右足を破壊。そのままの勢いでバクの後方へと突き抜けた。右足首から下を完全に砕かれたバクは身体を大きく揺らしている。が、未だ倒れていない。
「もう一丁!」
アイススケートのようにターンをした天馬はバクへと再度突撃、今度は左足へと体当たりした。足を砕けはしなかったものの、天馬はそのままその左足にしがみついている。
(何をする! これ以上儂に逆らうのか! 雁也と大聖寺の娘が結婚し、その子供が首相になれば、この国を支配するのは儂とお前の血筋となるのだ!)
「それが何だと言うのです?」
必死に天馬を懐柔しようとする雁之助に対し、天馬は憐れむような目を向けるだけだった。
「親には親の、子供には子供の人生があり、人格がある。これを一緒くたにするのは間違いです。子供は親の人形じゃない」
巨木にしがみつくようにバクの左足に両腕を回した天馬は、
「どっこいせーっ!」
そのまま引っこ抜くように足を持ち上げる。バクは完全に体勢を崩し、そのままひっくり返った。地響きを立て、バクの巨体が地面に倒れる。
(く……くそ)
何とか起き上がろうとするバクだが、その眼前にはたつみが移動してきてきた。たつみは静かな、だが確固たる信念を持ってバクの顔の前に立っている。
(き、貴様……)
たつみは横倒しになっているバクの眉間に、
「子供は親の奴隷じゃない」
渾身の力と意志を込めて剣を突き刺した。
(ぐ……が……)
竪町雁之助のバクが己が敗北を認めたようだった。ブロンズの巨体がまるで腐るかのように崩れ、縮んでいっている。
「よし、これで封印できる」
隠れていたロビンがバクの前に進み出、バクの封印作業に取りかかる。この光景にことら達は戦いが終わったことを理解した。
「たつみ、おじさん! 大丈夫なのか?」
「ええ、怪我はないわ」
「私も問題ないよ」
たつみの元に天馬が、龍子が、ことらやゆたかが集まった。互いの無事を確認し合い、互いの健闘を称え合っている。
「しっかし強敵だったよな」
「ええ。竪町雁之助さんのバクも大変だったけど、あの人形の軍団も厄介でした」
「そうね。でも笠間みねこさんが協力してくれたから――」
その場の全員が硬直した。自分達が失念していた非常に重要なことをようやく思い出したのだ。
今、この場には六人の人影がある。ことら、たつみ、ゆたか、天馬、龍子……そして笠間みねこのバク。みねこのバクが一同の輪に加わり、まるで談笑に混じっているかのようだ。
……その後、みねこのバクとことら達の死闘がくり広げられた。疲れ切ったことら達にとってみねこは竪町雁之助に匹敵する強敵となったという……。
後日、県庁。
「雁也さん」
朝、通勤してきた雁也を見つけたみねこが声をかける。振り返った雁也がみねこの姿を認め――即座に土下座した。
「……何しているの?」
「い、いや、何だか条件反射で」
雁也はそんな言い訳にもならないことを言いつつ、土下座の姿勢を維持してみねこの機嫌を伺っていた。
「それとも何か謝るようなことをしているわけ?」
「いや、とんでもない」
雁也は立ち上がってみねこに向き直った。
「たつみ君との婚約は解消しているし、君との結婚も親父に認めさせた」
笑顔でそれを告げる雁也に、みねこは目を丸くした。
「え、あなたのあのお父様が」
「親父は入院してからすっかり弱気になっているんだ。まるで悪い憑き物が落ちたみたいだよ」
雁也の言葉にみねこは柔らかく微笑んだ。
「……ええ、本当にそうかもしれないわね」
同日の内渚中学校、その放課後。
「――結局、何でたつみちゃんは竪町さんとの婚約を続けようとしていたんですか?」
「おかげでみねこさんが暴走して、大変だったんんだぜ?」
ことら達三人は仲良く学校を出、町中へと向かっているところである。ゆたかとことらがたつみに婚約の理由を問うが、たつみは答え難そうな様子だった。
「どう見てもあの中年に本気だったわけじゃなさそうだしな」
「結婚への憧れっていうのも考えられますけど、いまいちたつみちゃんのキャラクターに合わないんですよね」
「最初は家の利益を考えて、だったんだろうけど、おじさんもおばさんも嫌な顔をしているのにそんな理由で婚約を続けるのもおかしな話だし」
「結局、本人に確認しないと判らないって結論に達しました」
一歩先を歩くたつみを、ことらとゆたかが後方から執拗に問い詰める。沈黙を守っていたたつみだが、やがて諦めたようにため息をついた。
「……その」
たつみは前を向いたまま、質問への答えを口にする。
「心配されるのが嬉しかったから……」
ことら達には背を向けているためたつみが今どんな顔をしているのかは判らない。だがことらもゆたかもたつみの耳が赤くなっているのを見逃しはなかった。
「もう一回こっちを向いて言ってくださいたつみちゃん」
「今ならたつみのすっげえレアな顔が見られそうだぞ」
面白がったことらとゆたかはたつみの前に回り込もうとし、またその顔をのぞき込もうとする。たつみはそれを避けるために早足となった。それをことら達が追い、たつみがさらに逃げ出し、やがて両者は全力疾走となる。
たつみとことら・ゆたかの鬼ごっこは内渚町全域を舞台に日が暮れるまで続けられたとのことである。
第一一話「でも、それっておかしくね?」
Aパートは11月06日木曜日21時、
Bパートは11月07日金曜日21時、
Cパートは11月08日土曜日21時、
の更新予定です。




