第一話 Cパート
時刻はもうすぐ夜中の一二時、日付が変わろうとする頃である。ベッドタウンで盛り場と言えるようなものが特にない内渚町は町中が眠りに沈んでいる。
内渚町の町中にある、とある神社。その門前には三台の自転車が駐輪していた。境内に入ると、そこには三人の少女の姿がある。三人とも身にしているのは動きやすさを重視した私服である。ことらはホットパンツにTシャツ、その上からGジャンを羽織っている。たつみはTシャツにジーンズというスマートな出で立ち。ゆたかは明るい色合いのパーカーとキュロットパンツを組み合わせていた。
声を潜め、人目をはばるように歩いていくことら達三人。神社の社殿に到着し、たつみが持っていた鍵で扉に付いていた南京錠を開ける。少女達はそのまま社殿の中へと忍び込むように入っていった。
さして大きくない田舎の神社であり、社殿の中は広くはない。月明かりがかすかに漏れ入ってくるだけで、社殿の中はほぼ暗闇だ。ことら達は置物に脚をぶつけながらもそれぞれの配置についた。社殿の中央に等距離を取って三人が立っている。正三角形の頂点にそれぞれが立っている形である。
ことら達の中央に、ペンギンに似た謎のぬいぐるみが姿を現した。暗闇の中で自ら発光しているかのようにロビンの姿が浮かび上がっている。
「結界を張るよ」
ロビンの言葉を合図にことら達三人が手を伸ばして互いの手を結んだ。少女達が目を瞑る。
「それじゃ、夢の世界に転移する」
転移は一瞬だった。身体が自由落下するような、眠りに落ちるような感覚。ことらは慌て気味に脚を踏ん張り、目を開ける。そこはもう元いた現実の世界ではない。ロビンに連れられ、招き入れられた、夢の世界である。
周囲の状況は何も変わっていないように見える。正面にご神体を安置した祭壇があり、注連縄が張られている。左右の壁に並ぶ、額縁に入った写真や賞状。畳の足下にはゆたかが蹴倒したお供え台が転がっている。
そう、周囲の状況が見えているのだ。先ほどまでと同じ、暗闇の中のはずなのに。光源などろくにないはずなのに。まるで自分の目が可視光増幅式のナイトビジョンになったかのように、私服のたつみやゆたかの姿が明確に見えている。
三人が社殿の外へと出ると、そこはまだ元の世界と何も変わりないように見えた。ただ、空の様子がおかしい。先ほどまでは、現実では雲一つない星空だったのに、今は空の全てが分厚い雲に覆われていた。雲は渦を巻くように蠢き、あちこちで雷鳴が轟いている。
最初のうちはその差異に戸惑っていたことらだがもうすでに同じことを七回も経験しており、小さな奇異には注意を払うこともなくなっている。私服から赤いドレスの魔法少女姿に一瞬で変身したことらはその場で大きく跳躍、内渚町の中心部へと向かった。
住宅の屋根から屋根へ、一歩が一〇メートルの歩幅で宙を駆けていくことら。たつみがそれに続き、ゆたかが最後尾からそれを懸命に追っている。たつみとゆたかもすでに私服から魔法少女の戦闘服に――白と青のドレスに着替え済みだ。
町の様相が少しずつ変わっていく。最初のうちは日本の片田舎のベッドタウン、内渚町そのままの姿だった。だが先に進むにつれて見慣れない建物が目に付いてくる。十階建て、二十階建てのコンクリートビル、三階建ての煉瓦の建物。だがそのガラス窓は全て砕け、建物自体にもひびが入って今にも崩れそうだ。先に進むほどそんな見慣れない建物が増え続け、やがて町の姿は完全に内渚町の面影をなくしていた。
「……なんか、アメリカっぽいな」
「そうですね」
歩道に設置された消火栓、店の看板、路上でひっくり返っている自動車――それら全てが日本のものではない。ハリウッド映画で見かけるアメリカの町並み、そのものだ。ただし人間の姿がどこにもない。まともな姿を保っている建築物が一つもない。そこは人類滅亡後十数年を経たかのような、無限に広がる廃墟の町だった。
三人は路上の中央に集まり、背中合わせになって周囲を観察した。ことらはどこか苛立たげな表情で、たつみは普段通りの冷静さで、ゆたかは若干怯えを見せながら。
「――あ、あれ!」
三人の中でゆたかが最初に気付く。次の瞬間にはことらとたつみはゆたかを挟んで、ゆたかから数メートルの距離を置いて横一直線に並んだ。三人が敵と向かい合う。ことら達がそのバクと対峙した。
「GRRRUUU……」
そのバクはシルエットだけなら人間と全く同じだった。ただし、全身の大半を近未来的な装甲で覆ったその姿は、装甲のない部分から筋肉繊維と電子機械が露出したその姿は、あまり人間らしくはない。まるでハリウッド映画に登場するサイボーグだ――ついでに言えば、どう見ても悪役なのは間違いなかった。
敵の異様な迫力にゆたかが一歩後退る。ことらも気圧されそうになるが敢えて前に一歩踏み出した。たつみは、
「症状が進行すると威圧感も増すようね」
と感心している。普段と変わらぬその様子にことらは多少気が楽になった。
「あれもバクなんですよね? 取り憑かれた人じゃなくて」
ゆたかの確認にロビンが「あれはバクだ」と答える。
「宿主と深くつながっていてその影響を強く受けているけど、君達とは違って宿主本人がこの場にいるわけじゃない」
「あれを殺しても宿主が死ぬわけじゃないのね」
「うん。無傷ってわけにはいかないけど、宿主の生命が危険になるのはよほどの場合だけだよ。――言っておくけど君達はそうじゃないからね?」
ロビンの忠告にことらは「判ってるよ」と煩わしげだ。ことらは忠告を振り払うかのように前に出た。
「へっ、歯応えのないバクには飽き飽きしているんだ。お前も見かけ倒しでなきゃいいんだけどな!」
両手に戦輪を握ったことらがバクへと突貫する。バクは右腕をことらに向かって突き出し――その右腕が自動小銃に変形した。
「なっ……!」
ことらが空中で身を翻す。次の瞬間にはことらがいた空間を銃弾が切り裂いた。銃弾ははるか後方の建物に当たってその壁を蜂の巣にする。
「な、な……」
尻から着地したことらは言葉も出ない様子だ。バクが今度は左腕を銃器へと変形させた。左腕を構成していた部品が飛び出したり引っ込んだり延びたり縮んだりをわずか二、三秒で何十回もくり返し、その腕が銃器へと姿を変える。銃器に詳しい人間ならそれがバレットM82という名のアメリカの対物ライフルであることが判っただろう。ついでに言えば右腕が形取っているのは旧ソ連製の傑作小銃AK47だ。
バクがバレットM82の銃口をことらへと向けた。ことらはその場で大きくジャンプして銃撃を避ける。バクの後方から斬り込むことを狙っていたたつみだが、バクはたつみとゆたかに向けてAK47を乱射。二人は慌ててジャンプして建物の上へと逃げ込んだ。三人がある建物の屋上へと集まる。
「ロビン! 何なんだよあのバクは!」
ことらが八つ当たり気味にロビンを問い詰め、
「あんなの、当たったら死んじゃうじゃないですか!」
ゆたかも涙目になってロビンに抗議する。ロビンは懸命にことら達をなだめた。
「二人とも落ち着いて。ここは夢の世界で、あれは本物の鉄砲じゃない。バクに取り憑かれた人間の怒りや憎悪が鉄砲の形をしているに過ぎない。その人間の悪意が銃弾の形をしているだけなんだ」
「でも、あれは本物の銃器にしか見えないわ」
たつみの指摘をロビンは部分的に肯定した。
「宿主がよほど鉄砲に詳しいんだろうね。
『この鉄砲にはこれだけの力がある』
『この鉄砲ならこれだけのことができて当然だ』
――宿主のその信念があのバクの力の源泉になっている。君達もその敵の信念に呑まれてしまっている。
『あの銃弾が命中したなら死ぬほど痛い、死んでしまう』
君達の弱気な心、君達の不安が、君達を本当に殺してしまうだけの力を敵の銃弾に与えてしまっているんだ。だから、君達は敵よりももっともっと強く思い込み、信じなきゃいけない。
『あの銃撃は本物じゃない、当たっても何も起こらない』
『自分達の力はバクの悪意よりずっと強い』
――バクと戦うのに何より必要なのは強い意志、強い心なんだ」
「そんなこと判ってる! でも」
ことらはそれ以上抗議を続けられなかった。建物の屋上へとバクが移動してきたからだ。バクは今度は立てた右膝をことら達へと向ける。右膝が変形しながら伸び、M79グレネードランチャーと化した。単発銃のはずのそれから榴弾がくり返し発射され、ことら達のいた場所へと着弾。ことら達はすでに散開して逃げ出していたので被害はない。だが、
「……どうやって戦えって言うんだよ、あんなのと」
ことらは物陰からバクの様子をうかがいつつ、苦々しい顔をした。
「自分を信じなきゃ駄目だよ! ことら達が逃げ回れば逃げ回るほど敵は自分の力を確信して手が付けられなくなる。逆に敵に自分の力を疑わせればそれだけ敵は倒しやすくなるんだ」
「そのためには敵よりも強く自分の力を信じなきゃいけない、敵よりも強い意志を持たなきゃいけない、って言いたいんだろ? 判ってるよそんなこと」
ことらは大きく深呼吸し、覚悟を決める。
「たつみとゆたかに敵の注意を引くように伝えてくれ」
ロビンは「判った」と頷いて移動する。ことらも敵の目を盗み、物陰から物陰へと移動した。
屋上に佇むバクが敵の姿を探し求めている。前後左右を見回すバクが下方に何かを見出した。見ると、路上をたつみとゆたかが走って移動している。バクは喜び勇んで屋上から飛び降り、アスファルトを砕きながら路上へと降り立った。
バクの腹が大きく開き、そこからグロスフスM42機関銃の銃身が飛び出してくる。バクがたつみ達へと向けて銃弾を雨あられと撃ちまくった。
「ひーっ! ひーっ!」
ゆたかは泣きながら逃げ回ることしかできない。たつみはゆたかよりは冷静だが、それでも焦りを感じずにはいられなかった。
「こんなこと、長くは続けられないわ」
たつみは逃げながらも後方を振り返り、敵の姿を確認する。ちょうどバクがある建物の前に差しかかり、その屋上からことらが飛び降りたところだった。
「てええいいっっ!」
意を決したことらが空中へと身を投げ出し、十メートル下のバクに向かって流星のように落ちていく。ことらの両手の戦輪はバクの頭頂部を寸分の狂いもなく狙っていた。
「殺った!」
殺せる、敵の頭を真っ二つにできる――ことらは自分の勝利を確信した。だがそのときバクが頭上を振り仰ぎ、左腕のバレットM82の銃口を頭上へと掲げる。バクはにやりと嫌らしい嗤いを浮かべた。
気付かれたと理解したことらが咄嗟に身体をひねる。バレットM82が発射されたのはそれと同時である。銃弾はこたらの左足をかすめ、そのふくらはぎを切り裂いた。大量の赤い血が撒き散らされ、ことらが激痛に顔を歪める。
ことらはそのまま地面に、バクのすぐ横に墜落した。何とか身を起こすが左足が石になったかのようにぴくりとも動かない。それでもことらは腕で這いずってバクから距離を置こうとした。
そんなことらをバクが見つめている。仮面のようなバクの顔にはどこか不快な感情が浮かんでいるようだった。対物ライフルの銃弾はもし人間に命中したなら身体が真っ二つに裂ける。M82の銃弾は至近弾でも衝撃波で人を殺せるくらいである。もしことらにその知識があったならことらは今の銃撃で死んでいたかもしれない。だがことらには、
「急所に命中しなければ死なない」
という確固たる思い込みがあり、それがことらの生命を救ったと言える。小松うしおがそれを知ったならあるいは憤死するかもしれず、無知により自分の力を否定されたバクが不快感を抱いたのも当然である。
そのバクはM82の銃口をことらの頭に突きつけた。この距離なら外しようがない、ことらの頭はトマトのように砕け散ると、バクは確信した。銃器に詳しくないことらもさすがに誤解しようがない。撃たれれば間違いなく自分が死ぬと理解し、確信してしまっている。
「ことら! 銃弾くらい戦輪で跳ね返せる! 自分を信じなさい!」
「ことらちゃん!」
たつみとゆたかが必死に声をかけるがその声はことらの耳には入っていなかった。ことらの心には届いていなかった。バクが引き金に指をかける。ことらは息を呑み、強く目を瞑った。
「うちの娘に何してやがるこのガラクタがあーっ!」
突然響く胴間声。跳び蹴りを食らったバクが一〇メートル以上吹っ飛ばされ、地面を転がった。聞き慣れた声に耳を疑ったことらが目を開けると、
「もう大丈夫だ、ことら」
身長は一九〇メートル近く、プロレスラーのように分厚い筋肉を有する頼もしげな男。自衛隊の迷彩服を着、サングラスをかけた、浅黒い肌の口ひげの男――見慣れた男の見慣れた背中に、ことらは今度は自分の目を疑い、最後に自分の正気を疑った。
「お、親父……?」
「おう、お父さんだぞ」
飛鳥が太々しく笑いかける。だがことらは目の前の光景が信じられず、呆然とするだけだ。自分を助けたのがシルクハットとタキシードの変な仮面の変態だったとしてもここまでの衝撃はなかったに違いない。
「ことら、さがりなさい」
と背後からことらを抱きかかえるのは虎子である。
「母さんまで……どうしてこんなところに」
「話は後。バクはあの男に任せておくのよ」
と虎子はことらを引きずって後退する。そのことらと虎子の元にたつみとゆたかが合流した。
「七塚のおばさん……」
「どうしてここに」
ゆたかもたつみも事態を理解できないようで、それ以上言葉が出ない。だが一番困惑し、惑乱しているのはロビンだった。
「君達は何なんだ?! 一体どうやってここに、この夢の世界に。ここには僕達夢の妖精の導きがなければ入れないはずなのに!」
「説明の必要はないわ」
だが虎子はロビンには冷たく言い捨てるだけだ。その一方娘の友人二人に対しては笑顔を見せた。
「話は後で、あのバクを倒してからにしましょう」
「そんな、バクと戦えるのは夢の妖精から力を受けた魔法少女だけのはず――」
ロビンはそこで言葉を途切れさせる。ロビンの視線を追うように虎子が、ことらやたつみやゆたかが飛鳥の背中を見つめた。
バクと対峙していた飛鳥が無手のままバッタの改造人間みたいな構えを取る。左腕を高々と掲げ、右腕は胸の前に。精神を集中した飛鳥は高らかにその語句を発した。
「変身、トウッ!」
飛鳥の周囲から膨大な光が溢れる。ことらは目を庇いながらもその光景を見続けた――見なければよかったと心底後悔したけれど。
光の奔流の中で詳細は見えず、シルエットしか判別できなかったが、飛鳥が着ていた服は光に溶けて飛鳥は全裸になっていた。星を撒き散らしながらどこからともなく飛んできたリボンが飛鳥の身体に巻き付いて、レオタードを形成。さらにその上からリボンが巻き付き、フリル満載の赤いドレスをかたどった。最後に一際大きなリボンが胸の上で結ばれ、ルビーのブローチが形作られ、魔法少女の変身が完成する――ただしそれを身にしているのは、筋骨隆々の、プロレスラーみたいな体格の、口ひげを生やした四〇前後のおっさんである。赤いドレスは筋肉により今にもはち切れそうになっている。
たつみとゆたかは馬鹿みたいにぽかんと口を開けたままで、脳は眼前の光景を理解することを拒否していた。たつみ達ですらこうなのだから、飛鳥の身内たることらの衝撃はいかばかりか。ことらはこの世の終わりを見たかのようなすごい顔になっている。
飛鳥は一歩一歩前に進み、バクへと接近する。怯えたように何歩か後退ったバクだが、意を決して反撃を開始した。AK47、M82バレット、グロスフスM42機関銃の銃弾を放ち続ける。銃撃を飛鳥へと集中させる。もしこれが現実なら飛鳥はハンバーグみたいなミンチとなり、そぼろ肉となってそこら中に飛び散っているはずである。
だが飛鳥は知っていた、これが夢でしかないことを。
「まるで安いドラマの効果音だな。本物とは音が全然違うんだよ」
銃弾のシャワーをまるで意に介さず飛鳥は前に進み続けた。焦ったバクはさらに銃撃を加え続けた。トンプソンM1短機関銃、日本の三八式歩兵銃、イギリスのL85アサルトライフル、イタリアのベレッタM93R等々、様々な銃器を全身から生やして飛鳥を撃ち続ける。
「どうした? それが本気か?」
だが飛鳥には無意味な攻撃だ。飛鳥の歩みを一歩たりとも止めることができない。
このバクにとって飛鳥は最悪の天敵だった。本職の自衛官である飛鳥から見ればこのバクは、このバクの宿主の小松うしおは知ったかぶりの素人でしかない。バクは自分の自信を突き崩され、自分の強さに疑いを持ってしまっている。「幻想の銃器ではこの男に勝てない」と理解してしまっている。
だがバクはそれでも銃撃を続けた。外見は銃弾に見えてもその本質はバクの宿主、小松うしおの悪意や憎悪。それが銃弾の形を取っていただけだ。バクは銃弾として形取ることをやめ、悪意や憎悪を直接飛鳥へとぶつけた。
『あんなに尽くしたのに! あれだけ人のことををこき使っておいて! あのくそ女は他の奴に!』
その憎悪に飛鳥も顔をしかめたが、ただそれだけだ。飛鳥の歩みは止まらない。
『あなたとの付き合いは気の迷い、なかったことにしたい……そこまで言うか?! それなら俺はお前の存在をなかったことにしてやる!』
「ああ、そいつは災難だったな。だがその程度で人を殺そうとするなよ」
飛鳥はもうバクの至近だ。無造作に突きつけられた飛鳥の言葉に、バクは憤怒に打ち震えた。
『その程度……その程度だと?! お前に俺の苦しみがああぁぁぁ!!』
バクは直接飛鳥に襲いかかる。だが飛鳥はドレスの背中へと手を差し入れ、
「――マジカル、特殊警棒!」
取り出した得物――二段式の黒い特殊警棒でバクを殴打、バクは地面に倒れ伏した。起き上がろうとするバクを飛鳥はさらに蹴り倒す。
「その程度か? お前の苦しみはその程度か?」
昏い声がバクの頭上から降りてくる。今度は戦慄に震えるバクに、飛鳥が警棒を振り下ろした。鉄板をも凹ませる警棒の一撃がバクの頭部を痛打する。
今は仕事に専念したいと、小学生にもならない娘二人を置いて嫁が出ていった――そのときの絶望を特殊警棒に込め、飛鳥はさらに一撃を加えた。バクはもうふらふらになっている。
せっかく推薦を受けて部内選抜試験を受けられたのに、不合格だった――そのときの屈辱と申し訳なさを得物に込めて、バクにさらなる一撃を加える。バクは戦闘能力をもうほとんど喪失していた。
反抗期に入った娘が「お父さんの洗濯物は汚い」と言い出して洗濯物を一緒に洗うことを拒否するようになった――そのときの悲哀を警棒に込め、飛鳥はとどめの一撃をバクに加える。バクの頭部は完全に潰れ、地面に倒れ伏し、死に体になったように見えた。
「ふん、所詮は中学生相手に粋がっていただけのチンピラか。貴様程度に……貴様程度に」
飛鳥は警棒を大きく振り上げ、
「四〇男の愛と怒りと悲しみが超えられるかあーっ!」
バクを襲うダメ押しの一撃。バクはすでに死体同然であり、生きているのが不思議なくらいの状況だった。
ことら達と一緒に唖然としたままその光景を見守っていたロビンだが、
「そ、それ以上はだめだ! それ以上やるとバクの宿主が死んでしまう!」
「それならとっとと封印してくれ」
ロビンの言葉に飛鳥はあっさりと身を引いた。ロビンは飛鳥とバクを等分に見比べていたがやがて気を取り直し、額の菱形の模様から光を放ってバクを封印する。バクがその場から姿を消し、世界の様相も急速に変貌していた。アメリカ風の廃墟から日本の地方都市の姿へと戻っていっている。
「さて……」
戦いを終えた飛鳥がことらの元へと足を向けた。ことらは未だ虚ろな表情のままで、口もきけない様子だった。
二歩分ほどの距離を置いて、飛鳥はことらと向かい合った。ことらの横には虎子が付き添い人のように佇んでいる。
「自分の力の程が理解できただろう。お前はもう――たつみ君やゆたか君も――お前達はもう戦わなくていい。バク退治は俺達大人に任せろ。魔法少女なんかやめて、普通の子供に戻るんだ」
大人らしい威厳を込めて飛鳥がことらへと通告する。ことらは下を向き、少しの間打ち震えていたが、
「お前なんか父親じゃねー!!」
涙目となったことらの渾身の右拳が飛鳥の顔面に突き刺さる。飛鳥はたまらず吹っ飛ばされた。
「親に何しやがる!」
飛鳥は何とか起き上がった。ことらは物心両面で完全に戦闘体勢となっている。
「やかましい変態! 変態を父親に持った覚えはねぇ!」
「誰が変態だ!」
と抗議する飛鳥だが、ふりふりのドレスの魔法少女姿のままではほとんどの人間はことらに味方するものと思われた。
ことらと飛鳥の言い争いはその後延々、一晩中続けられたと言う……。
問、あなたの娘さんが魔法少女になってしまいました。あなたは何を選択しますか?
三、娘の代わりに自分が戦う。
第二話「親子の会話をしましょう?」
Aパートは10月06日月曜日21時、
Bパートは10月07日火曜日21時、
Cパートは10月08日水曜日21時、
の更新予定です。