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第八話 Cパート



 そしてその夜。内渚町の住宅街の一角、その建売住宅の一つ。

 その家の子供部屋では松任まさるが学習机に突っ伏して眠っているところだった。照明は煌々と点されたままで、机の上には問題集やノートが広げられている。どうやら勉強の最中に居眠りし、そのまま深い眠りに落ちたらしい。

 一方、いつもの神社に集合したことら達三人はロビンの誘いにより夢の世界へとやってきていた。


「さて、バクはどこなんだ?」


 民家の屋根から屋根へと跳躍しながら、ことら達は内渚町を進んでいく。内渚町の姿は普段のそれとほとんど変わりなく、バクの気配も感じられなかった。


「どういうこと? ロビン」


「それは僕にも判らない。でも宿主の夢がこの世界に接続していてバクがどこかにいるのは間違いないよ」


 不審に思いながらも左右を見回し、バクを探すことら達。やがてゆたかがあることに気が付いた。


「……あっち、おかしくないですか?」


 三人はある民家の屋根に集合し、ゆたかが指差す方向へと注視する。そこにあるのは内渚町の町外れに広がる西瓜畑だ。その姿もまた現実とは大差ない――ただ、現実と比較してその広さが何倍にもなっているだけである。


「確かに広いな」


「行ってみましょう」


 ことら達はその西瓜畑へと向かって跳躍した。

 数分もかからずにことら達はその西瓜畑に到着する。見渡す限り広がる畑には西瓜の蔓が生い茂り、丸々とした西瓜が無数に、たわわに実っているようだった。夜闇の中のことなのでシルエットしか判らないが……。


「この季節にもう西瓜が実っているのはおかしいわね」


 ことらは足下の西瓜を蹴飛ばしそうになったので足をずらし――結果として爪先に食いつかれるのを回避していた。


「西瓜じゃない……! 何だこいつ?!」


「ひっ……!」


 西瓜に見えたのは真ん丸にデフォルメされた人間の生首だ。畑に実っている、西瓜に見える丸い物体。少なくとも見える範囲の無数のそれは一つ残らず人間の生首である。おそらくはこの畑全域で西瓜の代わりに人間の生首が実っているものと思われた。

 あまりにおぞましい光景にゆたかだけでなくことらやたつみも息を呑んでいる。その生首は全て同じ顔であり、ことら達はその顔に見覚えがあった。厚化粧をし、栗色の髪は鳥の巣のようなパーマで、両端が吊り上がった眼鏡をかけていて――松任まさるの母親の顔だ。


「ロビン、これが今回のバクなの?」


「いや、違う。これはバクじゃない。これは宿主の内面世界、その風景の一部に過ぎないんだ」


 え、と意表を突かれたことらとゆたかがロビンを見つめた。


「それじゃバクはどこに」


「――いた! あれがバクだ」


 ロビンが指し示す方向へと三人が視線を向ける。西瓜畑の真ん中に人影があった。内渚中学校の学生服を着ていて、比較的小柄な体格の少年だ。おそらくはことら達と同学年だろう。鼻筋が通っているだけの、目も口もないマネキンのような容貌。だがかけている眼鏡といい、体格や全体の雰囲気といい、そのバクが誰を模しているのか推測するのは難しくなかった。

 そのバクは手にした金属バットで足下の西瓜を――松任まさるの母親の生首を叩き潰した。生首は西瓜のように砕けて赤い果肉を撒き散らしている。


「……バクの宿主は母親じゃなくてあいつの方だったのかよ」


 そのバクはことら達に目もくれず、黙々と足下の生首を金属バットで砕き続けていた。バクの周囲は飛び散った西瓜の果肉でまるで血の海のようだ。


「母親に対する敵意や殺意を暴走させているんですよね……?」


「他に考えられないわね。このまま放っておけば現実世界であれをやりかねないわ」


 とたつみはバクが金属バットを生首へと振り下ろす姿を指し示した。


「そうだな。退治してやらねーと」


 ことらは戦輪を構えて突撃する。ことらに続いてたつみが、さらに続いてゆたかがバクへと突撃した。


「URYYYYY!」


 戦意を向けられてようやくバクもことら達の存在に気が付いたようだった。バクは即座に反応して金属バットでことらを迎撃する。ことらの戦輪とバクの金属バットが激突し、火花を散らした。


「ちっ、堅ぇ!」


 手のしびれに顔をしかめたことらが一旦後退。それと入れ替わりにたつみがバクに接近した。バクは上段から真っ直ぐにたつみの頭部へと金属バットを振り下ろすが、たつみはそれを剣で受け流した。さらにがら空きとなったバクの胴を横薙ぎする。会心の手応えにたつみは自分の勝利を確信した。


「UUU……URYYYYY!!」


「まさか!」


 そのまま沈むかと思われたバクが踏み止まる。油断していたたつみは奇襲を受ける形となった。バクの振り回す金属バットがたつみの肩を殴打する。


「たつみちゃん!」


 ゆたかがバクを牽制している間にたつみが後退。たつみは後方で肩の痛みを堪えていた。


「大丈夫か?!」


「ええ、問題ないわ」


 だがたつみの顔色からしてそれは強がりにしか聞こえない。ことらは仲間の負傷に焦燥するばかりである。

 一方バクはゆたかと鍔迫り合いを演じているところだった。自他共に認める運動音痴のゆたかといい勝負になっているということは、バクの宿主の松任まさるもまたゆたかに負けず劣らずの運動音痴なのだろう。得物もハンマーと金属バットと、打撃武器である点が共通している。取り回しはハンマーの方が不利だが攻撃力は勝っていて、金属バットはちょうどその逆だ。運動神経にも得物にも差がないなら、勝敗を決するのは意志の強さだ。


「こ、ことらちゃーん!」


 ゆたかは半泣きになりながら仲間に助けを求めた。バクが殺意や敵意を暴走させているのに対し、ゆたかはそこまで遠慮会釈なしに敵を攻撃することできない。人間の形をしたものを、人間と深くつながっているものを殴ることができない。その差は戦況に明確に現れていた。


「ゆたか!」


 ことらが突撃して敵を牽制している間にゆたかが大急ぎで後退。危険地帯から脱したゆたかは一息ついているところだった。が、その一方でことらが不利な戦いを強いられている。


「くそ、こいつしぶとい……!」


 ことらの攻撃はちゃんと敵に入っている。ことらの蹴りがバクの鳩尾に突き刺さり、ことらの戦輪がバクの腕を斬り裂いた。バクは傷付き、痛みを覚えている。


「URYYYYY……!」


 だがバクはそれを無視してことらへと立ち向かっていた。痛みや傷や疲労といった全てのマイナスを戦意の高さで穴埋めしているかのようだ。


「くそ、何なんだよお前は! これだけ戦えるのならあの母親にだって普通に言い返したらいいだろ!」


 ことらの戦輪がバクの顔面を直撃、バクは身体をふらつかせた。


「ねちねちと恨みを溜め込んでんじゃねーよ。母親を殺す前にやることがあるだろうが!」


 ことらはとどめの一撃を放った。ことらの戦輪がバクの眉間に突き刺さり――バクが横に払った金属バットでことらは腹部を殴打され、吹っ飛ばされた。


「そ、そんな……」


 間合いが近すぎたため腹部の打撃は大したものではない。それより会心の一撃を無効にされた衝撃の方が大きかった。


(何が判る……あんな家に生まれた、あんな母親を持った僕の何が判る……!)


 バクの、松任まさるの恨み辛みが声となっている。何年にもわたって蓄積された憎悪と怨念がバクの力となり、ことら達を圧倒していた。


(僕はあいつの人形じゃない、あいつの奴隷じゃない、あいつのペットじゃない。僕の人生はあいつのものじゃない、僕はあいつのために生きているんじゃない。僕には僕の夢があり人生がある、僕は僕のために生きていくんだ!)


 バクが金属バットを振り上げてことらへと襲いかかる。ことらは倒れた姿勢のままでそれから逃げられない。


「ことら!」


 そこにたつみが飛び込んでくる。たつみは剣でバクの金属バットを受け止め――たつみの剣がへし折れた。折れた剣先が地面に刺さっている。


「くっ!」


 たつみはそれでもことらを守ろうとした。折れた剣を構えて防御の体勢となってバクの攻撃に備える。

 一方現実世界の、内渚町の一角。松任まさるの部屋には今、その母親が侵入していた。


「何を眠っているのあなたは!? まだ今日のノルマは終わってないじゃない!」


 ネグリジェにカーディガンを羽織った母親は松任まさるを肩を掴んで揺り動かした。だが松任まさるは目を覚まさない。母親は松任まさるの襟首を掴み、その上半身を無理矢理引き起こした。それでも松任まさるは目を覚まさない。


「何をしている?! 眠ったふりのつもり?!」


 普通に考えればここまでされて目が覚めないわけがない。それでも目が覚めないなら何か異常が起こっているか、寝たふりをしているかのどちらかだ。そして母親は後者の判断を下した。


「この! この! 目を覚ましなさい! 眠っている時間なんてあなたにはないでしょう!」


 母親は松任まさるの頬にビンタをする。最初のうちはそれでも大した強さではなかったが、それでも目を覚まさない松任まさるに対して母親は激高。ビンタではなく「平手で殴打」がくり返された。松任まさるの頬は赤を通り過ぎて青くなっている。


「二位なんか取ってわたしに恥をかかせて! これ以上わたしに反抗するつもり?! わたし言うことが聞けないの!?」


 母親は松任まさるを床の上に押し倒し、その上に馬乗りとなる。松任まさるを殴る手はいつの間にか平手から握り拳となっていた。


「……GU……GA」


 松任まさるは目を覚まそうとしているがその境界線にあり、夢と現実の区別がついていない。その松任まさるの手がベッドの下へと伸ばされる。そこに隠されている金属バットの柄が、潰さんばかりに強く強く握り締められた。

 ――同時刻、夢の世界。バクが金属バットを再度振り上げ、それを振り下ろそうとし、


「……え?」


 何が起こったのか、誰にも理解できなかった。バクの身体が揺らぎ、ノイズが生まれる。まるでテレビの受信状態が悪くなったかのようにノイズが増え続け、バクはノイズに飲まれるようにして消えていった。バクが消えて内渚町の様子も、西瓜畑の光景も現実に近いものへと戻っていく。


「ロビン、どういうことだ?」


「バクはどうして消えたの?」


 バクの気配はもうどこにも感じられない。だが三人は一箇所に集まって周囲を警戒し続けた。


「た、多分宿主が目を覚ましたんだと思う」


 ロビンの口調は自分でも信じられないことを告げるそれだった。三人は数瞬言葉を失ってしまう。


「――何やってるんだよ! 宿主が目を覚まさないようにするのはお前の役目だろ!」


「も、もちろん僕もいつも通りにそれをしていたんだ!」


 ロビンの抗弁に三人は顔を見合わせた。三人を代表してたつみがロビンに確認する。


「それでも宿主が、松任まさるが目を覚ましたのよね」


「バクがこの夢の世界に現れるのは宿主が眠っている間だけだ。だから夢の妖精はバクに逃げられないように宿主を深い眠りに誘って、ちょっとやそっとのことでは目が覚めないようにする。でも、もちろん絶対に目が覚めないわけじゃない。宿主が生命の危険を感じるようなことがあればさすがに目が覚める……」


 三人とロビンは同時にある判断に行き当たっていた――何が起こっているのか判らないが、松任まさるの身に何かよくないことが起こっている、と。


「わたし達を現実世界に戻せ! すぐに!」


「わ、判った」


 ロビンが頷き、十を数える間もなくことら達の意識は一瞬途切れる。気が付いたときにはすでに現実世界に戻ってきていた。周囲を見回せば町外れの神社、その社殿の中だ。社殿を飛び出した三人は自転車に乗って走り出した。とりあえず町中、中学校の方へ向かって走っている。天候が崩れ、内渚町には雨が降り出していた。


「どこに行くんですかー?!」


「松任まさるの家に行くしかねーだろ!」


「でも家の場所が判りません! ことらちゃんもたつみちゃんも知らないでしょ?」


 確かにゆたかの言う通り、クラスも違い、話したこともない相手の自宅など知るはずもない。ことらは舌打ちをし、それでも自転車を走らせ続けた。


「調べてもらうわ」


 一人冷静なのはたつみである。たつみはスマートフォンを取り出してどこかに電話をした。


「バク退治に失敗しました。何か異常なことが起こっているかもしれません。……はい……はい。……はい、松任まさるです」


 やがて通話を終えたたつみは、


「こっちよ。先導するわ」


 と三人の先頭に立って自転車を走らせた。ことらとゆたかがその後に続く。


「……それはいいけど、誰と電話してたんだ?」


「お母さんよ。今日のバク退治のことも事前に報告していたから」


 何気なしに告げられた事実にことらとゆたかは驚くが、今は何も言うことができなかった。今二人にできるのは自転車を急がせることだけだ。雨脚は次第に強くなって三人は雨に濡れるが、雨合羽を着たり傘を差す手間も今は惜しい。ことらの肌は嫌な汗をにじませているが、それも雨露と混ざり合ってことらの肌を濡らしていた。

 十数分ほど自転車を走らせ、三人はようやく目的地に到着した。内渚町の住宅街の一角に建つ、何の変哲もない建売住宅の一つ。それが松任まさるの自宅である。同じような家が無数に建ち並ぶ中で、たとえ住所が判っていてもそれだけを手かがりにその家を訪れるのは容易なことではないだろう。だが今だけは非常に簡単だった。

 ――ある家の前に何台ものパトカーが、救急車が集まっている。寝間着姿で傘を差した野次馬もぼちぼちと姿が見えている。


「……間に合わなかったか」


 ことらは、たつみとゆたかもまたがっくりと肩を押した。ことら達はスピードを落としてこっそり、ゆっくりとその家に近付いていく。そのことら達を見とがめた者がいた。


「ようやく着いたのね」


 そこにいるのは虎子だ。虎子は現場の松任家から少し離れた場所に佇んでいる。どうやらことら達が来るのを待ち構えていたらしいが、ことらにとっては予想外のことだった。――虎子はそこまで説明しなかったが、母親組は別の場所でバク退治をしており、それが終わったので子供組の様子を見に来ようとしていたところだった。そこにちょうどたつみからの連絡が入ったのである。


「母さん、どうしてここに」


「龍子から連絡を受けて。バク退治に失敗したそうね」


 虎子の問いにことらは無言のまま悔しげに目を伏せる。その背後から、ゆたかが遠慮がちに問うた。


「……あの、あの家で何があったんですか? 宿主の松任まさるはどうなったんですか?」


「松任まさるが金属バットで母親の松任犬子を殴打。近所の人が騒ぎを聞きつけて一一〇番通報し、駆けつけた警官に松任まさるは保護されたわ」


 突きつけられた事実に、三人はそれぞれの表情で自分達の敗北を噛み締めた。


「松任まさるはまだ一三歳だし、被害者も大怪我はしたけど死んだわけじゃない。それに母親に大きな問題があったことは近所の人達も口を揃えて証言しているそうよ。多分、松任まさるは児童自立支援施設に送られることになると思うわ」


「……わたし達がちゃんとバクを退治できていればこんなことは起こらなかったんですか?」


 虎子は「それは何とも言えないわね」と肩をすくめた。


「今夜こんなことにはならなかったとしても、松任まさると母親との関係が変わらなければいずれは起こっていたかもしれない……そう考えることもできる。逆に、今夜バクが退治されれば松任まさるが抱えていた殺意はある程度発散され、時間稼ぎができたかもしれない。その間に母親との関係が変わっていたかもしれない」


 虎子の指摘をことら達は各々で、だがそろって真摯に受け止めている。虎子はその様子を見、小さく笑みを漏らした。


「どちらが正しいとしてもそれはあなた達を責める理由にはならないわ。もし責める人がいるならわたしが決して許さない。あなた達はよくやっているわ」


 虎子はそう言って三人を認めるが、三人はそれを喜びはしなかった。ことら達の表情は沈んだままである。--虎子は和倉ほたるのバクを退治したときのことを思い返していた。その際に龍子や鷹子と話していたことを。


『問題はバクの強さよりもその方向性よ。あの子が増幅されているとするならそれは親への反抗心。ことら達がそれを力尽くで叩き潰せると思う?』


 今回発生したのはまさしく虎子がこのときに懸念していた事態だったのだ。松任まさるのバクがこれまでの他のバクと比較として特別強敵だったとは思えない。それでも勝てなかったのは、ことら達がバクの思いを、バクの意志を頭ごなしに否定することができなかったから--理由はそれに尽きると、虎子は確信している。


「――もう遅いわ。帰って眠りなさい。明日も学校があるんでしょう?」


 虎子の指示にことらは「うん」と頷き、自転車の方向を転換する。ことら達三人が自転車を走らせ、夜の闇に消えていくのを虎子は気遣わしげな顔で見送っていた。




 第九話「どうかあの子を助けてあげて」


 Aパートは10月30日木曜日21時、

 Bパートは10月31日金曜日21時、

 Cパートは11月01日土曜日21時、


 の更新予定です。

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