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第七話 Bパート




「心配するのはいいけどさー」


「ごめんなさい、変なことに付き合わせちゃって」


「それでゆたかの気が済むのなら様子をうかがうくらいはしてみましょう」


 ある日の放課後、ことらとゆたかとたつみは内渚町の町中を歩いていた。三人は一旦それぞれの自宅に戻って着替えているため私服である。


「予備校って行ったことないんだけど、部外者が勝手に入って大丈夫なのか?」


「大勢の生徒が常に出入りしているのだから、入り込むのはそれほど難しくないと思うわ」


「でも、都会の大手の予備校じゃちゃんと入館チェックをしているって言いますよ」


 ことらは清楚な雰囲気の白いワンピースを着、麦わら帽子を被っている。まるで高原の避暑地にやってきたお嬢様のようで、ことらにとってはぼろが出ないよう振る舞うのが苦痛なようだった。たつみは長い髪を頭頂部でポニーテールにし、着ているのはレザーのベストとハーフパンツだ。肌の露出の多い、パンキッシュな服装だが、背の高いたつみには思いの外よく似合っていた。ゆたかが着ているのはチェックのミニスカートとカーディガン、それにストライプのネクタイ。わりと普通の格好だが、それを組み合わせると都会の私学の制服のようである。全身で「今時の女子高生」を主張しようとしているが何故かどこかそれが空回りしているかのようで、いまいち板に付いていなかった。


「あの予備校にそこまでの設備はないと思うけど」


「不法侵入扱いされるのは勘弁だな」


「素直に『見学に来ました』って言って正面から入れてもらった方がいいんじゃないんですか?」


 ことら達は内渚第一予備校に侵入することを企図しており、それぞれ普段の好みとは全く違う服装なのは変装のつもりである。この姿を知り合いに見られても、一見だけなら正体が知られることはないだろう。

 ことら達の足下にはロビンがいて、三人とともに歩いて移動している。ロビンは三人の進行方向を見据え、眉をひそめた。


「あー、できるだけそれは避けたいな」


「そうね。本当にやむを得ない場合はそうするのも仕方ないけど」


 ことらとたつみが方針を一にする。ゆたかは首を傾げるが異議を唱えはなかった。


「……バクの気配がする。この先だ」


 不意に告げられたロビンの言葉に三人が「え?」と同じ反応を示す。ことら達はそれぞれの表情でバクの気配を探り、そして顔を見合わせた。


「本当だ」


「まだ距離はあるけど確かに感じる」


「どうします?」


 三人は沈黙するがそれも長い時間ではない。


「……ゆたかには悪いが、わたし達は魔法少女だ。バクの特定を優先させる」


 ことらの決断にゆたかも「それで構いません」と頷く。ことら達はバクの気配がする方へと向かい再び歩き出した。もっとも、その方向は内渚第一予備校への方向と同じである。三人は無言のまましばらく歩き、やがてある建物に到着した。


「……ここか?」


「ここのようね」


「ここですよね」


「ここに間違いないよ」


 看板には「内渚第一予備校」の名が記されている。ことら達は当惑したように顔を見合わせた。


「……まー、手間が省けたっていうか、もののついでっていうか。バクを探すのと一緒におじさんの様子も見ていこうぜ」


 気を取り直したことらが前向きな方針を出し、たつみとゆたかもそれに賛成する。三人はバクの捜索を再開した。


(大丈夫ですか?)


(問題ないわ)


(よし、入ってこい)


 「三人同時に予備校に入るのはさすがに目立つだろう」と判断し、ことら達は少しだけ時間をおいて別々に侵入することとした。まずはたつみが生徒のような顔で侵入。それにことらが続き、最後にゆたかが予備校に入った。ゆたかは左右を見回しており、いかにも挙動不審である。


(びくびくしてんじゃねーよ、目立つじゃねーか)


(は、はい。ごめんなさい)


(堂々としていればいいのよ)


 ロビンの中継するテレパシーで注意をされつつも、三人とも何事もなく予備校の建物内に侵入した。予備校内でも三人は固まらないようにし、近くにいても他人のような顔をしている。


(さて、ここからどうする?)


 ことらは自販機の並ぶ休憩スペースに陣取った。とりあえず炭酸飲料を買い、それを飲んでいる。


(どうやら一番の上の階のようね)


 たつみは生徒のふりをしたまま当たり前の顔で講義を受けていた。周囲の他の生徒達は見慣れないたつみの姿に首を傾げているが、ただそれだけだ。


(「関係者以外立入禁止」になってました)


 ゆたかがいるのは女子トイレの個室である。人目がなくなりようやくゆたかは一息ついていた。


(どうしましょうか? お父さんも見かけませんし……)


 と途方に暮れるゆたかだが、


(僕が様子を見てくるよ)


 とロビンが提案する。


(それならお願いするわ)


(お前もたまには役に立つな)


 ことら達がそれぞれの言い方で賛成を表明。それを受けてロビンは建物の最上階へと向かった。廊下を歩き、階段を登るロビンだが、その姿を見ることができるのはことら達三人だけ。他の人間にはその姿は見えていない。ペンギンに似た姿の謎のぬいぐるみがよたよたと歩いていても、それを気にする人間はただの一人もいなかった。

 最上階へとやってきたロビンは視覚情報もことら達へと送信、三人はそれを共有した。


(ロビンてこんなこともできるんだ)


 初めて知ったロビンのスキルにゆたかは感心する。ことらやたつみも内心は同様だった。


(この階だけ内装が全く違うわね)


(何だかやけに豪華だな)


 他の階はリノリウムの床なのに対し、この階だけ廊下から赤い絨毯が敷かれているし、ドアもスチール製ではなく木製だ。絨毯もドアも大して高価なものではないことはちょっと見ればすぐ判るが、それでも少しでも見栄えをよくするべく精一杯のことをしている事実はひしひしと伝わってくる。


(ここみたいだね)


 ロビンは「学長室」というプレートが掲げられた部屋を前にしている。ロビンはそのまま前進、学長室の木製ドアを幽霊のように素通りして室内へと入っていった。


「見ろ! これが完成模型だ!」


「いや、すばらしいですなー」


 そこに立っているのは高層ビルの大きな模型であり、高さは二メートルを超えている。そのすぐ側に立つ松本は後ろに倒れる寸前まで偉そうに胸を張り、真鶴はただぽかんと上を見上げていた。

 誇らしげに高層ビルの模型を提示する松本に対し、真鶴は機械的でおなざりな返答をするだけだ。だが松本は真鶴の様子を欠片も目に入れていなかった。平和鳥の置物でも置いておけばいいんじゃないだろうかと、人のいい真鶴すらも考えている。


「百階建てで最上階が学長室だ! こんな貧相な学長室とはわけが違うんだ。ジャグジーや室内プールも備え付ける! ヘリポートも設置するぞ!」


「豪気なことですなー。ですが建設費が大変そうですなー」


「何、一千億もあれば充分建てられる。十万人から百万円ずつ集めればそれだけで一千億だ!」


「ですが十万もの生徒を集めるのは簡単ではありませんなー」


「私の大学はハーバードやケンブリッジ以上の、世界に名だたる超名門だ! 世界中から学生を募れば十万だろうと二十万だろうと、いくらでも集められる!」


 ロビンの中継するその光景に、ことら達三人は開いた口がふさがらない様子だった。


(バクに取り憑かれているね)


(虚栄心や自己顕示欲といった部分が増幅されているようね)


(完全に暴走しているな)


(ええ、妄想にはまり込んで現実が見えなくなっているとしか思えない)


 一方ゆたかは父親の姿とその虚ろな表情にうろたえている。


(ど、どうしよう、お父さんが)


 そのゆたかをたつみが(落ち着きなさい)とたしなめた。


(幸い、このバクは他者への害意を強めているわけじゃない。あの人の危険を心配する必要はないと思うよ)


 とのロビンの言葉にゆたかは露骨に安堵した。


(でも、放っておくわけにもいかないでしょう)


(それはもちろんだ。早く退治するのに越したことはない)


(そうですね。お父さんだってこのままじゃ心が病んでしまうかも)


 他の面々の言葉を受けて、ことらは虚空に向かって頷いている。


(よし、決まりだな。今夜退治するぞ)


 ことらは右拳で左掌を打ちつけてその決意を示した。清楚な服装の少女の、それにそぐわない振る舞いに通りかかった男子生徒がぎょっとしているが、ことらはそれに気付いていない。

 その後、ことら達三人は予備校のロビーで合流、三人そろって予備校を抜け出した。ことら達は今夜の戦いに思いを馳せつつ帰路に着く。最後尾のゆたかが後ろを振り返って内渚第一予備校の建物を見上げる。ゆたかはそこに父親の姿を、おかしくなった経営者に苦しめながらも、それでも必死に働く真鶴の姿を幻視した。




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