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第六話 Cパート



 その翌日の放課後。


「こんにちわー」


「お邪魔します」


 学校帰りのことらとたつみは西泉家を訪問した。その途端、


「ことらちゃん久しぶりー」


 と鷹子がことらを抱きしめる。ことらは胸に顔を埋めて窒息しそうになっていたが、たつみは恒例行事となっているそれをスルーした。


「いらっしゃい」


「いらっしゃい……と私が言うのも変だがね」


 とダイニングキッチンまで進んだたつみを迎えるのはゆたかと真鶴だ。たつみは「お邪魔します」と再度挨拶をした。真鶴は身体のあちこちに湿布を貼り、包帯を巻いているが、大して重い怪我ではないようだった。

 ようやく鷹子から解放されたことらがダイニングキッチンへとやってくる。ことら達はテーブルに付いてそれぞれの椅子に座った。


「さて、お茶でも用意しようか」


「真鶴さんは座っていてよ。今日はあなたが先生なんでしょ」


 西泉家の元夫婦はごく自然に会話を交わしている。それを見たことらはちょっと複雑そうな面持ちとなった。


「……なあ」


 ことらはゆたかを指で招き寄せ、こっそりと耳打ちをする。


「お前んとこのおじさんとおばさん……その、普通だな。うちなんか顔合わせると結構ぴりぴりしてるんだけど」


「まあ、ことらちゃんちは……」


 とゆたかが苦笑する。さらには鷹子も「虎子ちゃんだからねー」と口を挟んできた。


「それにうちは偽装離婚みたいなものだから」


 とあっけらかんと暴露する鷹子。ことらは「え、そうなの?」と目をぱちくりとさせた。


「シングルマザーに対する補助や控除はかなり手厚いんだよ。鷹子さんの収入なら、ゆたか一人くらいは養えるようになるからね」


「真鶴さんだって養えるのに」


 と拗ねたように言う鷹子だが、真鶴は「さすがにそれは情けないから」と苦笑した。

 ……ことら達の前に炭酸飲料がコップで出され、ことら達はそれで喉を潤す。さらにはスナック菓子も用意され、それは鷹子が真っ先に口に運んでいた。


「――さて。今日はバクや夢の妖精について知りたい、という話だったね」


 真鶴の確認にたつみが「はい」と頷いた。


「お父さんから色々話を聞いたけど忘れてることもあるし、ことらちゃん達の疑問をお父さんに後で確認するのも手間だから、今日ここで一緒に話を聞いた方が、って思って」


 娘の説明に真鶴は「うむうむ」と頷いた。


「私の専攻は近代史で、近現代史の様々な事象を心理学的に分析する研究をしていた。鷹子さんからバクとの戦いの話を聞かされたとき、私の研究がバクや夢の妖精の正体を探る端緒になるのではないか、と思ったんだ。鷹子さんやゆたか、七塚さんや大聖寺さんから聞き取りをし、様々な情報を集めて推測を重ねた……が、まだまだ研究は途上だ。憶測や予想が多分に含まれている、そんな話でよければ聞かせてあげられるが」


「お願いします」


 たつみが即座に頭を下げ、ことらが慌て気味に「します」とそれに続く。真鶴が二人の頭を上げさせ、ここに真鶴の「バク及び夢の妖精、夢の世界」講座が開講となった。








「まず、全ての人間の精神や魂は一つにつながっている。現実世界に依拠する私達は普段それを意識することはできない。だが私達の魂は、無意識の領域は深いところでつながり、一つとなっているんだ。それを図にすること、こうなる」


 真鶴は用意していた図を取り出した。そこに描かれているのは人間の魂のあり方を模式図にしたものだが、一見すると単に突起が並んでいるようにしか見えないだろう。地面から卵の上半分のような突起がたくさん生えていて、整然と並んでいる。さらにそこに水が張って、突起の下半分が水没している、そんな図である。


「このでっぱり一つ一つが一人の人間だ。水の上が現実世界、水面下が無意識の領域。人間は現実世界しか認識できないから、一人一人の人間は孤立し、独立しているものと思い込んでいる。だが水面下では、無意識の領域では人間の魂は一つにつながっているんだ」


「一見そのパソコンがスタンドアロンに見えても実際には無線LANでインターネットにつながっているようなものだと?」


「そう! 悪くない喩えだね」


 と真鶴は破顔した。


「私達が普段認識する現実世界、現実の次元に対し、普通なら決して認識できない無意識の領域、全ての人間が一つにつながる魂の次元――私はこれを『サイ次元』と呼んでいる」


 ふむふむ、と頷くたつみに対し、ことらは何となく胡散臭げな顔だった。真鶴はそんなことらに優しく微笑む。


「信じられないかい?」


 見透かされたような問いにことらは「いや、あの」と慌てたが、


「その……証拠はあるのかなって。『地獄に落ちるぞ』って人を脅すインチキ占い師がいるでしょ。『証拠はあるのか、お前見てきたのか』って言いたくならない?」


 ためらいながらも正直に、辛辣に感想を述べることら。真鶴は苦笑はしても慌てはしなかった。


「あいにく私はまだ見ていないんだが、見てきた人は何人もいるよ。ことら君、君だってその一人だ」


 ことらは「え」と目を丸くした。


「ゆたかや君達は夢の妖精に導かれて『夢の世界』に何度も足を踏み入れているだろう? それが、ここだ」


 と真鶴は図に描かれた地面を指し示した。


「ロビンが『夢の世界』と呼んでいるのは、このサイ次元のことなんですね」


「学者というのは自分で作ったもっともらしい用語を使いたがる人種なんだ。言葉の違いはあまり気にしないでほしい。『全ての人間の魂は夢の世界を通じてつながっている』――それが理解できていればいい」


 ゆたかが手を挙げ、真鶴に質問した。


「じゃあ、『夢の妖精』は? ロビン達はどういう生き物なの?」


「彼等は肉体を持たない、情報だけの存在だ。我々が一般的に考える生命の定義には当てはまらない。だが彼等には知性があり、感情があり、自分の意志がある。サイ次元に棲息する、情報だけで構成された知性体――『サイ次元知性体』、私はそう呼んでいる」


「何か、宇宙人みたいな扱いだな」


 とことらが冗談半分に呟き、真鶴は「それほど間違ってはいないね」と真面目に答えた。


「肉体的基盤を持たない彼等の精神や文明がどんなあり方をしているのか、私には想像もできない。そういう意味では彼等は人間にとって宇宙人よりも遠い存在だよ」


「でもわたし達はロビンと普通にコミュニケーションができます。ロビンには人間と同じ感情があるようにしか見えません」


「彼等本来の感情のあり方が人間と全く同じだとは、正直信じられない。おそらくロビンはそういう風に作られたのだと思う。ロビンのような『夢の妖精』は魔法少女と円滑なコミュニケーションを取るという役割のため、人間のような感情を与えられたんじゃないだろうか」


 その推測にゆたかは戸惑いを見せた。


「でも、感情を与えるなんてそんなことが可能なの?」


「少なくとも、不可能だとする根拠はないね。人間の常識という枠の中で彼等のことを考えるべきではない。何でもありだと思っていた方が安全だよ」


 たつみが別の疑問を発した。


「ロビンの姿を現実世界でも見ることができるのは?」


「彼は自分が選んだ特定の人間に自分がそこにいるように思わせている。彼が自分の立体映像を投影しているのは現実ではなく、君達の頭の中なんだよ」


 そう考えれば夢の妖精が見える人と見えない人がいる理由が説明できる、と真鶴。ことら達はそろって「なるほど」と得心した。


「それじゃ、バクの正体は?」


「簡単に言えば鵜飼いにとっての鵜と同じだ。サイ次元知性体と一口に言っても一様ではなく、様々な立場があるらしい。人間に対する干渉を最小限に留めようとする者、人間社会に積極的に干渉しようとする者――ロビンが前者に属しているのは間違いない。そして、人間の迷惑を顧みない者。彼等がバクを人間に接触させ、人間から精神エネルギーを奪わせ、そのバクを回収して精神エネルギーを集めているんだ」


 ことらが腹立たしげに「何のためにそんなことを」と問い、真鶴は「判らない」と首を振った。


「言わば、我々はサバンナにいる象のようなものだ。密猟者は金のために象牙を手に入れようとしてゾウを殺している。バクは象狩りに使う猟犬のようなものかな」


「それじゃロビンは……」


「密猟者を取り締まる自然保護官、のようなものなんじゃないかと思う。ロビンが人間に対する干渉を嫌い、自分達やバクに関する情報を出し渋っているのも、自然保護官としての立場を考えればあるいは当然なのかもしれない。バクと戦う協力者にわざわざ子供を選んでいるのも人間社会に対する干渉を最小限に抑えるための一つの知恵なのだろう。


 ――子供を危険にさらすそのやり口は決して褒められないし、私も認めるつもりはない。だが、彼は人間総体に対する悪意を持っているわけじゃない、その点は認めてもいいと思っている」


 真鶴の言葉にことら達がそれぞれの思いに沈む。が、少女達が考えているのが自分達の「お供」のことであるのは共通していた。








「んじゃ、また明日」


「さよなら」


「うん、じゃあね」


 真鶴の講義を聴き終えたことらとたつみは、ゆたかに見送られて西泉家を後にした。二人が夕暮れの内渚町の町中を歩いていく。ことらとたつみの自宅は反対方向だが途中までの道は一緒だった。


「……おじさん、何で大学をクビになったんだろ。あんなにすごい学者なのに」


 ことらは独り言のように呟く。答えが返ってくるとは思っていなかったが、


「大学のポストは研究成果を出せばそれだけで得られるわけじゃない」


 たつみはその答えを提示した。


「学内政治・派閥争い・師弟関係……研究成果以外の要素が多分に含まれる。おじさんはその点が全くできない人だったそうだから」


「ああ、なるほど。確かにそんな人だよな」


 ことらはその説明に心底からの納得をした。


「それに、肝心の研究成果の方も問題にされたわ」


「それって、夢の世界やバクの研究のせいで本業が疎かになってたってこと?」


 たつみは「それならまだよかったんでしょうけど」と首を横に振った。


「……夢の世界の研究を本業にしてしまったのよ。さっきの講座、あれを論文にして発表したの」


 ことらは「あっちゃー」と天を仰いだ。


「……それはクビになっても仕方ないな」


「ええ、あまりにも迂闊だったわ。でも、おじさんを責めることはできない。ゆたかを魔法少女にしたくない一心で必死に研究していて、他のことが全く目に入らなくなっていたそうだから」


 ことらは気まずげに沈黙するが、ふとあることに気が付いた。


「もしかして親父や母さんが魔法少女に変身できたのって、おじさんの研究が関係してるのか?」


「そうらしいわね。わたしも詳しくは知らないけど」


 ことらは複雑そうな面持ちで沈黙する。飛鳥や虎子の親心はことらにとっては「大きなお世話」だが、真鶴のゆたかに対する親心までも否定するつもりはなかった。


「……何とかしてやれねーのかな、おじさんのこと。今のままじゃあんまりだろ」


「中学生のわたし達には何もできないわよ」


 ことらは「んなこた判ってる」と返答し、その上で、


「それでも、何とかしてやりたいって思うじゃん。大学をクビになったのがわたし達のためだった、っていうんならさ」


 たつみは少しの間沈黙し、やがてため息をついた。


「――父に話をしてみるわ。何かいい伝手があるかもしれない」


「期待してるぜ、県議様」


 ことらはわざとらしく手を合わせてたつみを拝む。たつみはちょっと嫌そうな顔をした。

 ……その夜、医王山家。


「ことら、話がある」


 ことりが就寝したのを確認し、飛鳥はことらを自室から呼び出した。居間のソファに飛鳥が座り、その向かいにはそっぽを向いたことらが姿勢を崩して座っている。


「金剛崎先生と一里野さんから話を聞いた」


 ことらは欠伸をした状態のまま硬直した。


「暴走族五人を相手に喧嘩を売るなんて、何を考えているんだ? もし金剛崎先生がいなかったらどうなっていたことか」


「もっと上手くやるつもりだったんだよ。おじさんが先に逃げてくれればわたしだって適当なところで逃げるつもりだったのに」


 ことらはふて腐れたように言い訳をし、


「一里野さんがそんな無責任なことをするはずがないだろう」


 と飛鳥はため息をついた。


「お前がふっかけた勝ち目のない喧嘩に一里野さんを巻き込んで、余計な迷惑をかけたそうじゃないか。それに何より、お前に取り返しの付かないことがあったら俺や虎子がどれだけ悲しむと思っているんだ」


「そんなの、わたしが下手を打ったってだけで親父達には関係ないだろ」


「ないわけがあるか!」


 飛鳥は思わず怒鳴るが、ことらは煩わしげな顔をするだけだ。


「ああもう! 確かに失敗したかもしれないけど、わたしは正しいって思ったことをやったんだ! その結果はわたしのもんで、親父のもんじゃねーよ!」


 ことらと飛鳥がにらみ合い、空気が音を立てて軋んだ。しばらくその状態が続き、先に飛鳥が引く。


「……その結果の中には俺や虎子が悲しみ、苦しむってことも含まれるんだ。それを忘れるなよ」


 ことらは返答をしないが、よく見ないと判らないくらいに小さく頷いた。


「あと、今月の小遣いはなしだ」


 ことらは「ぐっ」とうめくが、時間をかけてようやくその罰を――自分の行動の「結果」を呑み込んだ。


「……わ、判った」


「あと、虎子が下す判断にも罰にも俺は関与しないから」


 それと同時に鳴り響く、ことらのスマートフォンの着信音。ことらは処刑台を目前とした死刑囚のような顔を飛鳥に向けるが、飛鳥は無情に首を横に振るだけだ。ことらは通話をためらい、呼び出し音が長い時間鳴り続けている。

 ……それからしばらくの時間をおいて、医王山家の居間。飛鳥は手酌で缶ビールを飲み、つまみのピーナツやさきいかを口にしている。虎子の説教ににより精根尽き果てたことらはソファにうつ伏せで横になっていた。


「……母さんだって若い頃は喧嘩三昧だったんじゃないか。レディースで散々暴れて、挙げ句にさいせい道場に放り込まれたんだろ。親父と知り合ったのもそこだったって、わたし知ってるんだぞ」


 うつ伏せのまま何やら呟き続けることら。どうやら虎子に面と向かっては言えないことをここで吐き出しているらしい。ことらは手足を真っ直ぐに伸ばしており、まるで死体がうつ伏せになっているようだった。

 ことらの呟きに触発され、飛鳥の意識は過去へと旅立った。最初に金剛崎犀星と出会ったときのことを思い返す――飛鳥は犀星に喧嘩を売るためにさいせい道場へと乗り込んだのだ。


「おらあっ! 出てこいや、じじい!」


 そのときの飛鳥はまだ高校生。学生服は裾がへそまでの極端な短ラン。ズボンはニッカボッカみたいな極太のボンタンだ。口ひげを生やし、目にはごついサングラス。リーゼントはレニングラードカーボーイズのように巨大である。

 四〇歳の現時点と比較すれば筋肉の量が少なく、幾分細身ではある。が、誰よりも恵まれた体格と体力により喧嘩では負けたことがなく「自分は無敵だ」とどうしようもなく自惚れていた。

 その飛鳥と相対するのは金剛崎犀星。当時はまだ四〇代だがその容貌は今と大差なく、すでに老成した達人として完成を見ていた。


「ふん、何のようだ。小僧」


「てめえが捕まえた俺の舎弟を返してもらいにきたぜ!」


 飛鳥は牙を剥いて威嚇をするが、犀星は余裕の笑いを漏らすだけだ。


「彼等は更正するために自分の意志で我が門下となったのだ。誰であろうとその意志を曲げることは認められんな」


「力尽くで押し込めてるだけだろうが! そっちがその気なら……!」


 飛鳥は特殊警棒をぬいて構えを取る。犀星は「最初からその気なのだろうが」と吐息を漏らし、扇子を懐から取り出した。


「俺が勝ったら舎弟は返してもらうぜ、じじい」


「よかろう。後はその拳で語るがいい」


 飛鳥と犀星が対峙するが、それも長い時間ではない。


「うおおーーっっ!」


 雄叫びを上げた飛鳥が犀星へと突進した。このときの飛鳥は自分の力を際限なく高く、犀星の力をあまりに低く見積もっていた。


「柔道や空手の有段者とも喧嘩した経験はあるが、大して強い相手じゃなかった。武道家なんて言ってもどうせその程度」


 それが飛鳥の見積もりの根拠だったのだ。だが飛鳥の喧嘩相手は、もし高校の部活動の公式戦に出たなら県大会でそこそこの成績を収めるのがせいぜいの、ただのチンピラ。それに対して犀星は日本武道界の頂点に君臨する「生ける伝説」だ。その両者を同列に見ているのだから、このときの飛鳥は迂闊などというレベルではなかった。

 飛鳥は特殊警棒を大きく振りかぶり、力任せにそれを振り下ろす。犀星はそれを竹の扇子であっさりと受け止めた。


「何っ……!」


 飛鳥はもう一度警棒を振り上げようとする。が、警棒はまるで固定されたかのようにびくともしなかった。押しても引いても警棒が犀星の扇子から離れず、焦りが募るばかりである。


「――ふん」


 犀星が小手先で扇子を一回転、飛鳥の手から離れた特殊警棒が遠方へとすっ飛んでいき、地面を転がった。何故自分が警棒を手放したのか全く理解できず、飛鳥はただ呆然とするだけだ。馬鹿のように棒立ちとなっている飛鳥の腹に、


「フンッ!」


 犀星が速射砲のような蹴りを叩き込む。飛鳥の身体は何メートルも吹っ飛ばされた。

 ……それでも戦意を失わなかった飛鳥は犀星にあらがい続け、子供のようにあしらわれ続け、ボロ雑巾同然の姿となった。この喧嘩をきっかけに飛鳥もまたさいせい道場の門下生となり、そこで虎子と知り合ったのだ……。


「確かに金剛崎先生には、俺も虎子も随分と世話になったな」


 飛鳥は懐古の味をビールと一緒に飲み干す。飛鳥の呟きを耳にしたことらが身を起こした。


「金剛崎先生に頼めば一里野のおじさんの就職先、世話してもらえるんじゃないの?」


 ビールを持つ飛鳥の手が空中で止まった。


「確かに先生なら何とかできるかもしれんが……」


「親父から頼んでよ。おじさんが再就職できればゆたかだって、おばさんだって」


 飛鳥は少しの間顎に手を当て考えるが、


「一里野さんには俺達も力になってもらっているからな。大聖寺さんと相談して、もう一度話をしてみるか」


「期待してるから」


 ことらは希望の眼差しを飛鳥へと注ぐ。飛鳥はそれから逃げるように顔を逸らした。








 数日後の夜、内渚第一予備校。その最上階の学長室。


「松本学長、外線が入っています」


 事務員が予備校の経営者へと電話をつなぐ。予備校の経営者――松本は舌打ちをして電話を取った。


「もしもし、松本だが?」


 横柄に名乗る松本に対し、電話の向こう側の人物が名を名乗る。


『松本君かね? 金剛崎だ』


 その途端松本が飛び上がるような勢いで立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。


「はい、ヘンリー・G・松本でございます! 金剛崎先生、ご無沙汰をしております!」


『久しいな。ところで私の知り合いと会ってもらうことはできんかね。君の予備校で講師を募集していると聞いてな』


「判りました、採用いたしましょう」


 松本の即答に犀星が少し間を置き、確認する。


『……会いもせんで決めるのかね』


「先生のご紹介でしたら間違いはないでしょう! 喜んで採用させていただきます!」


 一方こちらは犀星の道場、その事務所だ。


「そうか、ではよろしく頼む」


 犀星はそう言って電話を切った。その事務所には今は犀星しか人影がない。


「一里野真鶴に力を貸すの?」


 と犀星を問うのは女性の声だ。口調は大人のそれだが声の質はやや幼いように感じられた。


「不満か?」


「あの男は余計な詮索が過ぎる。目の前にいてほしい男じゃないわ」


「私も医王山や大聖寺のようにはあの男を信頼できん。だから試す」


 また一方、内渚第一予備校。犀星から送られてきたメールを見、松本は頭を抱えていた。


「よりによってこの男か。最初から先生の紹介で来ればいいものを」


 そのとき、松本の背後に黒い影が忍び寄る。だが松本はそれに気付きもしなかった。忍び寄っていたのは獣の形を取った「影」そのものだったのだから。


「先生から紹介された人を辞めさせるわけには……いや、ここは前向きに考えるべきか」


 獣の影が松本の影に接触。二つの影は一つに重なり、解け合って混ざり合う。


「大学に勤めていた人間なら色々と利用価値もあるだろう。私はこんな田舎の予備校の学長で終わる男じゃないんだ」


 松本が口を歪め、尊大な嗤いを見せる。それと全く同じ嗤いを松本の影が、その中の獣が見せていたことを、松本が知る由もなかった。




 第七話「お父さんはお父さんだから」


 Aパートは10月23日木曜日21時、

 Bパートは10月24日金曜日21時、

 Cパートは10月25日土曜日21時、


 の更新予定です。

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