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第一話「お前なんか父親じゃねぇ」Aパート

 和洋折衷の建売住宅が建ち並び、街路樹と街灯が整然と列を作り、公園があり神社があり小学校がありコンビニエンスストアがある。そこは日本のどこにでも、いくらでもありそうな、ごく普通の地方都市。比較的近年開発されたベッドタウンにしか見えなかった――ただし。


 街灯に電球の代わりに眼球が下がっていて、それが光っていて。

 空全体が血のような紅色で。

 満月の代わりに眼球が虚空に浮かんでいて、その直径が普通の月の十倍もありさえしなければ――の話だが。


 そんな場所がこの日本のどこかであるはずがない。外国のどこかでも、地球上のどこかでもあり得ない。それは幻想か空想か妄想か、あるいは夢の中としか考えられなかった。もし夢の中だとするならそれはきっと悪夢なのだろう。

 その、現実とは微妙に、あるいは大いにずれた悪夢の世界の中で、音がしている。風が流れている音、木々の梢が揺れる音、そして何者かが空を切って飛んでいる音。

 家々の屋根から屋根へと跳躍し、空中を駆けているのは異形の怪人だった。体格は中肉中背の成年男子程度。服は着ておらず、真っ白の肌の質感はまるでプラスチックのようで、マネキンが動いているとしか思えない。頭部には毛髪も耳も口も鼻もないが、目はあった……目しかなかった。首から上が一個の巨大な眼球となっているのだ。さらに、全身の各所に眼球が付いていた。肩に。肘に。掌に。脇腹に。腰に。太腿に。膝に。爪先に。

 怪人は頭部を含めた全身の眼球の虹彩をしきりに動かして周囲を見回している。その怪人もまた悪夢か妄想の存在であることは言うまでもなかった。

 その怪人を三人の人影が追っていた。

 怪人と同じように、屋根から屋根へと十メートル以上の距離を軽々と跳躍して空中を駆けている。特に先頭を駆ける一人は一歩の歩幅で屋根から屋根へと跳んでいて、自動車にも匹敵するほどの速度で空中を疾走していた。後続の一人は何とかそれについて行っている。最後尾の一人は跳躍にためらいがあるようで、先行する二人に大幅に遅れていた。

 先頭を走っているのは赤い服を身にした少女だ。フリルとリボンが満載の、ミニスカートのワンピース。スカートは何枚ものペチコートにより大きく膨らんでいる。胸にはルビーと思しき赤い宝石と、一際大きなリボンの組み合わせ。三人とも同年代の、中学生ほどの少女で、身にしているのも色違いの、同じ基調のドレスである。これまた夢か幻想か、漫画かアニメにしか出てこない格好の少女達だ。

 が、服装は幻想のようでも中身は決してそうではなかった。


「へっ、逃がすかよ!」


 先頭を走っていた赤い少女が先回りをし、怪人の前に立ちふさがる。赤い少女は同世代と比べるとやや小柄。赤みがかかった髪はかなりのショートで、その髪を頭頂部で何とか集めてゴムでくくっている。一般的にはポニーテールと呼ばれる髪型だが、それよりも茶筅髷と呼んだ方がより実物に近いかもしれない。活発そうな、勝ち気そうな少女である。

 赤い少女はどこからともなく取り出した得物を両手に握り、民家の屋根の上で怪人を待ち構えた。少女の得物は戦輪チャクラムと呼ばれる、円輪の刃だ。少女はそれをメリケンサックのように握り込んだ。

 怪人が少女に向かって突進する。少女は戦輪を握り締め、タイミングを合わせ、


「てええいいっっ!」


 怪人に向かって正拳突きを、戦輪を放った。少女の戦輪と怪人の拳が激突し、両者ともが弾け飛ぶ。少女の身体は屋根の上から落ちて地面を転がった。


「……痛てて、ちくしょう」


 少女は文句を言いながらもすぐに立ち上がった。同じように路上に落ちた怪人もすぐに立ち上がっており、ダメージと言えるほどのダメージは受けていないようだった。


「油断しすぎよ」


 後続の一人が追いつき、赤い少女の横に並んだ。赤い少女は「判ってるよ」と煩わしげに答えた。

 追いついたのは白を基調とした服装の少女だった。同世代と比べるとやや背が高く、濡れるような美しい黒髪は腰まで届く長さで、それに白いリボンで軽くまとめている。古風な日本人形のような、凛々しい少女である。

 白い少女はどこからともなく日本刀を取り出して構える。赤い少女もまた戦輪を握り直した。


「KYKYKYKY……!」


 二人の少女を前にした怪人はどこからかは不明だが威嚇の声を上げ、眼球を高速で動かしている。が、効果がないと判断したのか身を翻した。怪人は二人の少女に背を向けて逃げていく。赤と白の少女がそれを追った。

 怪人は元来た方向へと逃げていく。このため怪人を追っていた最後の一人、最後尾にいた青い服装の少女が怪人の逃走経路に立ちふさがる結果となった。


「き、来た……!」


 青い少女は怪人の姿に息を呑み、怯えた顔を見せる。青い少女は同世代の中では平均的な身長で、ややぽっちゃりした体格。セミロングの髪の一部をツインテール風にリボンでくくり、残りを肩に垂らしている。やぼったい黒縁の眼鏡をした、地味な雰囲気で気弱な印象の少女である。


「ゆたか、逃がすな!」


 そう声をかけられた青い少女は気を取り直し、得物のハンマーを構えた。柄の長さは一メートルを超える。玩具っぽい、実用性皆無のデザインではあるが、鋼鉄製で外見通りの重量がある。その攻撃力は赤と白の少女に決して劣りはしなかった。


「ええいいっっ!」


 青の少女が渾身の力を込めてハンマーを怪人に向かって叩き付ける。当たれば致命傷を負わせたかもしれないその一撃を、怪人は急制動によりかわしきった。ハンマーは空しく地面を砕いただけ。無傷の怪人が目の前にいて、ハンマーは振り下ろされている。


「ひっ……!」


 青の少女が再びハンマーを振り上げるよりも怪人が少女に襲いかかる方が、どう考えても早いだろう。青の少女は目をつむり、身を固くすることしかできない。だが、


「よくやった!」


 怪人は完全に足を止めており、赤と白の少女が追いつくにはそれで充分だったのだ。流星のように空から降ってきた赤い少女が怪人の左側から蹴りを叩き込む。怪人が蹴り飛ばされた方向には白の少女が剣を抜刀術の体勢で構えている。上から降ってくる怪人に向かい、


「フンッ!」


 白の少女は横一文字に剣を振り払った。怪人は胴で真っ二つに斬られ、へそから上と下の二つに分かれた。普通の人間なら血と臓物を撒き散らすところだが、その胴体の断面はゴムのような質感の滑らかな壁となっているだけだ。怪人には未だ息があったが、それも時間の問題のようだった。


「助かったよ、ことら。よくやってくれたね、たつみ」


 三人の内の誰でもない声が少女達の名を呼んだ。声変わり前の男子小学生のような声。ことらと呼ばれたのは赤い少女で、たつみと呼ばれたのは白い少女だ。


「あなた達は大丈夫? ゆたか」


「はい、ありがとうございます」


 嬉しげに答えるのは青い少女である。少女の足下にはペンギンに似た姿の、生きたぬいぐるみみたいな謎の物体が寄り添っていた。背丈は少女の膝までしかない。腹部は白だがその他の体毛と顔はオレンジで、ペンギンとは全く色合いが違っている。


「ロビン、それじゃいつもの通り頼むぜ」


 ロビンと呼ばれた謎のぬいぐるみは「うん、判った」と頷き、二つに分かれた怪人の前に進み出る。ロビンの額には菱形の模様があり、そこから光が発せられた。光とともに水晶のような、小さな宝石が生み出される。宝石は一瞬で何度も変形しながら何メートルにも巨大化し、怪人の身体を呑み込んでしまう。怪人の身体を閉じ込めた宝石は再び変形しながら今度は縮小し、豆粒よりも小さくなってロビンの菱形の模様の中へと吸い込まれた。

 怪人の姿はもうどこにもいない。血のような紅色だった空は普通の、美しい夜空の色合いを取り戻そうとしており、巨大な眼球は姿を隠し、普通の月が浮かんでいる。


「バクが退治されて悪夢が覚めようとしている。僕達も戻ろう」


 ロビンの言葉に、ことら「ああ」と、たつみは「ええ」と、ゆたかは「はい」と、それぞれ頷いた。


「今日のバクも大したことなかったな。逃げ足が速いのは厄介だったけど」


「そのわりに痛い目に遭っていたようだけど」


「うっせーな。あんなのやられたうちに入らねーよ」


 ことらとたつみが軽口を叩きながら夜の町を歩き、その後ろにロビンを抱えたゆたかが続いている。


「今日のバクも人間に寄生して間がなかったからね」


「力が弱いうちに退治できたってこと?」


 ゆたかの確認をロビンが「うん、そういうこと」と肯定した。

 三人の少女と一匹のお供が夜の道を歩いていく。その姿を満月の優しい光が照らし出していた。








 初夏の日差しも爽やかな朝。何十と並ぶ建売住宅の中の、何の変哲もないその一つ。二階建てでリビング・ダイニングキッチン等を除いた部屋数は四部屋くらいの、小さな家だ。日本全国で何十万とありそうな、ごく普通の一戸建て。ただ一点だけ他と違うところがあるとするならそれは、その家の表札に記されているのが「医王山いおうぜん」という、なかなか見られない名字だということだった。

 医王山家のキッチンでは二人の人物が朝食を用意していた。一人は巨漢の男、もう一人は小学生の女の子だ。男の方は、歳の頃は四〇歳前後。身長は一九〇センチメートルに届きそうなくらいで、プロレスラーのように分厚い筋肉を有している。肌はよく日焼けし、浅黒い。髪の毛はスポーツ刈りよりさらに短く、口ひげの方が長そうだ。顔立ちは男らしいがお世辞にも美形とは言えず、はっきり言えば目つきと人相が悪い。眼鏡をかけていても目つきと人相の悪さは変わらず、悪化するばかりである。「彼はヤクザだ」と彼を知らない人間に言ったならすんなり信じられそうだった。……エプロンを着けていそいそと料理をするその姿を見たなら、そんなことを思う人間は一人もいないだろうが。

 小学生の少女の方は、体格から推測するなら小学校三年生か四年生くらい。実際には小学五年生で、同世代と比べると大分小柄である。巨漢の男との体重差は三倍にもなるかもしれなかった。この子もエプロンを着けているがサイズが合わず、裾が床に付きそうになっていた。髪型はおかっぱに近いショートヘア。顔立ちは普通に整っているがその表情に難がある。「何かよほど面白くないことがあるのか」と思いそうな仏頂面だが、この子の場合は基本の表情がこうだった。

 巨漢の男が慣れた手つきで豆腐をさいの目に切ってみそ汁へと投入する。その横では少女がフライパンで目玉焼きを焼いていた。


「ことり、お姉ちゃんを起こしてきてくれ」


 ことりと呼ばれた少女は「判った」と菜箸を置いて、キッチンから出ていく。ことりが向かう前は二階の一室、ドアに下げられたネームプレートには「ことら」という名前が記されていた。

 やがて二階から姉妹の少女が降りてくる。髪型や表情による印象から普段はあまり「似ている」とは言われない二人だが、こうして並べば面白いくらいによく似た姉妹だった。ついでに言えば父親である巨漢の男とは、少なくとも外見上は似たところが全くない。


「おはよう、ことら」


 父親の挨拶にことらは寝ぼけ眼のまま、


「……おいーっす」


 と雑に答えて、まずは歯を磨きに行く。医王山家の三人が食卓を囲んだのは少しの時間が経ってからだった。

 食卓に並んでいるのは、ご飯、豆腐のみそ汁、目玉焼き、煮豆、サラダ等。定番ではあるが、今時の家庭としては頑張ってちゃんと用意している方だと言える。が、ことらは不満げな顔だった。


「またご飯かよ。朝はパンにしろって言ってるのに」


「朝からパンで力が入るか」


 と言いながら父親は卵かけご飯を喉に流し込むような勢いで食らっている。


「文句があるならお前が作ればいいだろう、ことりに任せていないで」


「小学生とは違って中学生は何かと忙しいの。夜が遅いの」


「何に忙しいって言うんだ?」


「ま――」


 ことらはそのまま言葉を途切れさせる。「魔法少女をやるのに忙しい」という言葉はことらの口の外に出ることはなかった。


「ま?」


 ことりが首を傾げ、ことらは、


「まー、色々とあるんだよ」


 と何とかごまかす。だが父親の追求は緩まなかった。


「遊んでいて夜更かししているだけだろう。成績だって最近下がっているじゃないか」


 父親の言葉が気に障り、ことらは反射的に怒鳴ってしまう。


「うっせーな、かんけーねーだろ!」


「ないわけあるか!」


 父親の方も怒鳴り返す。ことらと父親は食卓を挟んで睨み合った。チンピラも避けて通る父親の威圧にことらは一歩も引いていない。両者はそのまま対峙するが、それはそれほど長い時間ではなかった。


「――ご飯を食べているときは静かに」


 ことりの一言にことらも父親も頭を冷やす。二人は姿勢を戻し、その後は普通に食事を続けた。料理は順調に食卓から消えていっている。


「学校はどうだ? 苛められてないか?」


「ん、大丈夫」


 ことりの答えに父親は安心したように「そうか」と頷く。


「お前はどうだ? 苛めてないだろうな」


「しねーよ。そんなだせー真似」


 ことらの答えに父親は安堵したように「そうか」と頷いた。


「お父さんはお仕事どう?」


「まあ、ぼちぼちだな」


 今度はことりの問いに父親が答える番だった。


「もうちょっと頑張れば、そろそろ佐官になれるかもな」


「三倍速い赤い人は二十歳で少佐になってたぜ」


 ことらは鼻で笑うように辛辣なことを言い、父親は頬を引きつらせた。ことりが「アニメと現実を一緒にするのはよくない」と父親をフォロー、父親は我が意を得たとばかりに大きく頷く。


「確かに俺より昇進が速い奴はいくらでもいるが、叩き上げとしては頑張っている方なんだぞ」


「昇進したら給料も上がるんだろ? 一緒に小遣いも上げてくれよ」


 ことらの要求に対し父親は「いや、それは関係ないだろう」と素で答えた。


「俺がたとえ将官だろうと、お前達の小遣いはお前達が責任を持って管理できる範囲内までだ」


 確固とした父親の宣言にことりは特に不満はないようだが、ことらはそうではなかった。


「今の小遣いじゃ足りねーんだよ」


「足りないわけはないだろう。俺が中学のときはもっと額が少なかったぞ」


「親父のときとは時代が違うじゃねーか」


 両者のやりとりは語調を強める一方だったが、ことりは我関せずとばかりに食事を進めている。一方ことらはいち早く朝食を食べ終え、完全に喧嘩腰になっていた。


「買わなきゃいけないものがあるから金くれっつってんだよ!」


「小遣いならあげたばかりだろうが! 何を買うんだ!」


 父親は思わず砕けんばかりの勢いで食器を食卓に置き、食卓上の食器が一瞬宙に浮いた。強くことらを睨む父親だがことらは父親を睨み返す。ぎりぎりぎりと音を立てて軋んでいるのは、どちらかの歯か、あるいは空気か。


「ブラと!」


 ことらが答えを叩き付け、父親は心理的に一歩後退った。


「パンツと!」


 ことらがさらに精神的に一歩踏み込み、父親はさらに気分的に後退する。


「ナプキン買うの!」


 そしてことらのとどめの一撃。父親はことらを睨み続けているがそれは形だけだった。


「……無駄遣いするなよ」


 父親は財布から万札を取り出した。ことらはそれをひったくるようにして受け取り、無言のままダイニングキッチンから去っていく。ことらに続いてことりも、


「それじゃ行ってきます」


 と言い残してその部屋を後にした。


「ああ、行ってらっしゃい」


 父親は一応そう答え――一人になった父親は全身の空気を吐き出すくらいに大きなため息をつき、食卓に突っ伏していた。

 一方のことらとことりは一緒に学校に向かっている最中だ。ことらは歩きながら父親に負けないくらいの大きなため息をついていた。


「やっぱり母さんの方に付いていくべきだったかなー」


「……わたし達を捨てたのはあの人の方じゃない」


 妹の言葉にことらは反論できない。姉妹の会話は少なかった。それほど歩かないうちに集団登校をするために集まっている小学生が見えてくる。ことりはその子供達に合流。ことらはそこで妹と別れ、一人で中学校へと向かった。

 住宅街を抜けて、正面にはコンクリート製の巨大な吊り橋。主塔の高さは一〇〇メートルに及び、航空障害灯が白い光を瞬かせている。橋の全長は三〇〇メートルを超えていた。右手に立っているのは高さ一〇〇メートルを超える風力発電所の風車だ。その向こうには河口があり、青い海が広がっている。左手の眼下にはキロメートル単位で広がる潟湖の湖面、それに干拓によって造成された農地と牧場の緑。初夏の太陽が風車を白銀のように輝かせた。風に乗って、かすかに潮の香りが届いている。

 ここは某県某郡、内渚町うちなぎさまち。海と潟湖を一望できる、砂州の上の町。風車と吊り橋がランドマークの町である。




 目指せアニメ化!……てなことで、本作は全13話構成。


 第一話Bパートは10月03日金曜日21時、

 第一話Cパートは10月04日土曜日21時、


 の更新予定です。


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