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黒薔薇の騎士団  作者: すずしろ
E-6 思いの果てに
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輪廻を超えて、運命を越えて会いに行くから

 「白亜、ねえ……もう、前みたいにはなれないの?」

 鏡華のすがるような声が神殿の中に響く。相対するブロンドの髪の少女の表情は良い読み取るとができない。

 音のない時間が続いて、ふわりと小さく風が通り抜けた時、一瞬だけその表情が垣間見えた。

 ─────酷く悲しげな、そんな表情が。


 『その叫びは天嵐に消え、願いは白雷に消える。輪廻は環を外れ、歪んだ軌跡を描く。崩れた運命は何処へ向かうのか』

 どこかでそんな言葉を聞いた。誰の言葉だったか、何の言葉だったかそんなことは忘れた。

 直にそんなことは意味を成さなくなる。最期は自分の大好きな人が良いなんて我が儘な願いを二人は聞いてくれるだろうか。

 例え、聞いてくれなくても結果は変わらないのだが。

 白亜に向かって鏡華は必死で言葉を投げかける。だが、白亜の心はもう決まっている。何を言われても、変える気はないし、変わらない。

 私は、鏡華の言葉には答えない。代わりに、表情がすべてを代弁しよう。言葉を交わせば、自分の本音が出てしまう。

 そうはいっても、もう表情が上手く作れるかもわからない。それでも、作れるだけ作ろう。

 ────ごめんね、もう戻れない。


 白亜はブロンドの髪を風に揺らしてただそこに佇んでいる。それは切り取って一枚絵として作り上げられるほどの美しさがあった。

 鏡華と柚姫は何もできない。否、する事ができない。

 過去の仲間を攻撃できるほどの神経を二人は持ち合わせていない。だが、白亜はその二人に倒されたいと願っている矛盾が起こっていた。

 白亜は二人の性格くらい分かっている。だから、白亜は一息に前に出た。

 二人に肉薄した白亜は、耳元で呟く。

 「お願い、だから────」

 風のように通り抜けた言葉は、二人の耳に残る。

 他人には位置が変わっただけのようにも見えるが、あの三人にとってはそれだけではなかった。

 鏡華はふっと流れるように戦闘の姿勢へと体制を変える。次いで柚姫もデバイスを取り出して、武器を呼び出した。

 それは、あの時の戦いでも使った白い鎧と槍だった。白亜は思いが通じた事を安堵してか、気づかれないくらい僅かに表情を緩める。

 「手加減、しないよ?」

 ステップを刻んで、白亜に肉薄する。その動きは捉えどころがなく、細かい一撃一撃は白亜の身体を掠め、いつでもその身体に当てられる事を暗に示していた。

 くすりと小さく笑う。正直に言って、自分よりも強いとは思えなかった鏡華がここまで成長できるとは思っていなかった。だが、自分も全く変わらなかったわけではない。

 「もちろん、そんな事したら許さない」

 自然と笑みが浮かぶ。自らが自覚して唯一残されている感情、そして一番嫌っている感情だった。

 ────でも、この二人とならこんな気持ちも、悪くない。

 白雷が迅り、手持ちの武器が意思を持ったかのように動き出す。動き出したものは数十丁もの機銃、チェーンソー、剣など脈絡のないものが大量に浮いていた。

 機銃が一斉に火を噴き、大量の弾丸を吐き出す。掠るだけでも致命傷になりえるそれを、二人は危なげなく躱す。

 反撃の一撃は見切ることができなければ昏倒しかねないほどの鋭い回し蹴りが返ってくる。

 冷静に見切り、躱す────はずだったが、白亜の相手は一人ではない。回し蹴りを躱せば、追撃の槍の一撃を受けてしまう。

 白亜は咄嗟の判断で剣を盾にして回し蹴りを受ける。その衝撃で剣は砕けてしまうが、槍の攻撃をなんとか避ける。

 「これ、避けるんだ…やっぱり、すごいね白亜は」

 「これくらい、避けなきゃね」

 白亜の身体が一瞬にして視界の外へ消える。今のは、昔見たことがあった。鏡華が最後まで破る事の出来なかった技────だが、今は違う。

 (いけるっ…!)

 背後からの一撃を紙一重で躱すと、返しの一撃を裏拳で加えようとするが、その感覚は空を切る。柚姫は鏡華をフォローするように立ち回る。

 武器を持つ柚姫は徒手空拳を主としている。だから、槍をメインとして戦う柚姫が前に出るよりは、立ち回り方が効率よくなるだろう。

 「まだまだ、楽しみましょう?」


 ────一方、雪那と陽菜の戦っている場では。

 「あんたに、勝ち目はない。諦めなさい」

 陽菜は今までの怒りを全て乗せた冷たい目でガルシアを見つめる。だが、ガルシアはニヤリと笑うだけで、何をする訳でもなかった。

 「何…?何、する気なの?」

 その態度は怪しさに溢れていた。二人は気を抜かず、目の前の相手を見据える。ガルシアは唐突に二人に言葉を投げかける。

 「お前達は『幸せ』ってのを考えたことはあるか?」

 「何、言ってるの…?」

 陽菜は突然の言葉に戸惑う。だが、お構いなしに言葉を続ける。

 「あいつは全ての人間を救う事で幸せにしようとした。だが、俺は違う」

 そう言って、空間を歪ませて何かを呼び出す。

 二人の頭上に、歪な翼が一対生えた機械のような何かが現れた。機械部分以外から見える生体部分からベースは女性なのだろうと判断できた。

 「やれ」

 ガルシアが短くそう言うと、翼から鋭い羽が機銃のように二人に襲い掛かる。雪那は槍を回転させ盾のようにして弾く。陽菜はその能力で打ち出された羽を無力化する。

 地面に落ちたその羽はまるで本物の羽のような柔らかさに変わっていた。

 「ほんと、凄いよねその能力…」

 良く分かってないんだけどね、と苦笑気味に返すと、陽菜は。

 「この力は、お姉ちゃんを倒すために作り出した力だから…」

 「そんな事はいいから、どんな能力なの?」

  御託はいいと言わんばかりの雪那の一言に、陽菜は小さくなってあぅ…とうなった後。

 「私の能力は、反転の能力っていうのが一番近い、と思う。詳しい事を話せる余裕はないから、これで許してっ!」

 陽菜は自らの武器をハンマーから刺突剣へと変える。

 ダメージが少しでも入りそうな生体部分を狙い飛び出す。羽の嵐は能力で無効化し、距離を詰める。それを、妨害しようとするガルシアは雪那が止め、完全にとはいかずとも一対一の状況を作り出した。

 「私が相手してあげるから、陽菜の邪魔はさせない…っ!」

 雪那の言葉に、ガルシアは呵々と笑う。

 「ったく、お前ら姉妹は揃いも揃って同じ事を言いやがるな!」

 その手にはまとっている外套と同じ色をした暗黒色の大剣が握られていた。槍を構えなおし、対峙する。

 「来なさいよ、あんたなんか私だけでも十分よ!!」

 「手前のその威勢のいい言葉がいつまで続くかなぁ!!」


 「はぁっ!!」

 鏡華の回し蹴りが白亜の横腹めがけて襲い掛かるが、それを機銃の腹で無理やり受け止める。そのせいで機銃一機が息を引き取るが、致し方のない犠牲だった。

 「楽しいの?白」

 鏡華にそう言われて、白亜は自らの口元が笑っていることに気が付く。

 「楽しい…そうね、楽しいか…」

 その言葉につい考えてしまう。今までそんなこと考えたこともなかった。

 それは単純に、仕事としての戦い、殺しが続きすぎてしまったが故だろう。だから、楽しむ戦いというものを長い間していなかったからだろう。

 「…うん、楽しいよ」

 機銃が二人を取り囲むように配置される。いつの間に増えていたのかが気になるのだが、そんなことを気にしている場合でもないようだった。

 「でも、容赦しないからね」

 360度からの一斉射撃が放たれた。轟音が神殿外まで響き渡る。音だけでもこれを受ければただでは済まないと分かるレベルだった。

 数十秒その音が響き続け、その後に時間が止まったかのような静寂が訪れた。

 「………大丈夫、何でしょ?」

 白亜は小さく呟く。それに言葉は返ってくることがないはずだが、

 「だい、じょうぶ…だけど、やっぱりちょっと辛いよ…」

 もうもうと立ち込める煙の中から鏡華と柚姫が姿を現す。流石に無傷とはいかなかったようで、服が所々擦り切れ、腕からは機銃の弾丸が抉り取った柱の破片が当たったのか血が流れていた。

 「ふふ…でも、その顔はまだまだいけるって顔してるけど…?」

 白亜は愉しむ様にそう言って、もう一度機銃を構える。どこかで隙を見つけて一機でも破壊できれば随分と立ち回りやすくなるが、それでもまだ隠し持っているという可能性がなきにしもあらずだ。

 「そうだねっ!!」

 鏡華はもう一度回し蹴りを放つ。

 だが、一度見た技など白亜にとってはどうということはない。剣で受け止め、機銃で殴りつけようと構えると、直感で危険を感じた。

 弾く方向を咄嗟に逆のベクトルから、上向きに変える。刹那、飛ばすはずだった方向に白い盾が現れていた。

 もしも、そのまま弾いていたらあのまま、盾を足場にされてカウンターを貰っていただろう。

 「ほんと…チームワークばっちりだよね…」

 白亜の色々な感情の混ざった一言に、鏡華は。

 「白だって、そうだったでしょ?」

 そう言う。それは、動揺させるようなつもりで言ったわけではなかったのだが、露骨に表情を変える。

 「そ、そんな事……っ!?」

 「あるよ、いなくなって分かったけど、白がいないと立ち回りが全然違ったのよ。それだけ、白がフォローしてくれたって事だって、今更ながらに思ったんだよ………ほんと、今更だったけどね」

 柚姫の言葉に、白亜は雷に撃たれたように硬直する。そんな事思っても見なかった。白亜は攻撃の手が一瞬だけ止まる。

 鏡華は背後に回り、白亜の体の自由を奪う。

 「…………本当に、終わりで、いいの?」

 終わって欲しくないと願う鏡華の声は切実な色が篭っていた。

 それが意味するものを知っているからこそ、終わらせたくなかった。

 だが、いつまでも二人の我が儘ばかりを通すわけにも行かないことは分かっている。だが、それでも────

 「終わって、欲しくないよぉ…っ!」

 鏡華の顔を雫が伝う。それが、白亜の首筋をなぞった。

 「じゃあ、約束する。もしも、生まれ変わったら………もう一度、鏡達に会いに行くから」

 その言葉を聞いて、鏡華は確認してしまう。

 「ほんと…なの?」

 「うん。絶対、会いに行く」

 「約束…?」

 こくりと、白亜が頷く。その後ろ姿からでも、鏡華には嘘をついていないことを感じることができた。

 「……信じてるからね」

 鏡華は耳元で小さく呟くと、軽く口づけをする。

 そして、白亜を捕まえる力を強くした。柚姫は構えた槍を白亜の心臓に狙いを定めた。

 「……また、会いましょう」


 柚姫の手から離れた槍は驚くほど簡単に、そして驚くほど儚く白亜の命を奪った。

 最後にその口が小さく動く。

 さよなら────

 二人は、横たわった身体を静かに見つめていた。

 風が通り抜け、咽るような血の臭いが流されていく。


 「また、会いましょう……それが、何時になっても、必ず」

 柚姫は祈るように、そして必ず会うと願って二人は神殿の外へと出る。

 「ばいばい、白…絶対会おうね」

 鏡華の瞳からだけでなく、柚姫の瞳からも雫が零れおち、風に乗って虹色の軌跡を描いて消えた。

 白亜の身体は粒子となって空に消える。まるで、元から存在しなかったかのように。

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