何を捨てても構わない
『私を助けて』
そう、言われた梓だが具体的に何をすればいいのか、それを聞いていなかった。だが、大方アリスの砕けた破片を集めるなどその辺りだろう。
アリスの声はあの後、聞こえる事が無くなってしまった。それが、魔力切れなのかは分からない。少なくとも、あれだけ言っておいて復活しない、というのは無いだろう。
「とりあえず、アリスの破片を探しましょうか」
アリスの魔力と同じ魔力を帯びた物体を範囲探知で探すと、砕かれただけあり、相当量の破片が散らばっていた。仕方ない…と呟いて、辺りの瓦礫を風魔法で浮かしながら雷魔法で特殊な磁場を作り、散らばった欠片を集める。
「っと…この辺の欠片は、これくらいかな?」
探査範囲を広げてもこの付近では反応が無い為、ここの欠片は取り尽くしたのだろう。だが、ここでやる事はもう少しある。
「………明日香」
そう、明日香の遺体をどうするかだ。六花の死体はここで焼却すれば問題ない。本当に生き返らせる事ができるなら、下手にどうこうできない分、どうしようか困っているのだ。
「流石に……魔法でしまうのも、どうかな…?」
結果、考え抜いて明日香の遺体は布で包んでしまう事にした。仕方が無いとはいえ、やはり少しはためらってしまっていた。
六花の死体は速やかに焼却して、明日香が最期に居たであろう医務室に入る。すると、微かにだが明日香の魔力の残滓が存在していた。
「ここに…いたんだよね」
今となってはもう過去の事だ。そう、無理やり振り切って欠片を探すと、アリス以外にも二種類の魔力のこもった破片が存在していた。明日香が使っていた、緋焔と闢零の欠片だろう、と思いその欠片も同じように集めてやる。もしかしたら、アリスと同じように復活できるのかもしれないと考えながら集める。
「これで、ほとんど集まったのかな?」
砕けた剣の欠片は大小あわせて百を超えていたが、まだあるというのなら、かなり厳しくなるだろう。主要な欠片はあの多目的用途の大部屋とこの医務室に存在してるはずだ。それ以外なら、六花が辿った通路上なのだろうが…そう考えていると。
(あつ、まった…)
アリスの声が響く。調子はゆるゆるとした調子だが、今は声がしただけでもほっとした。
「で?集めた私は、何をするの?」
(今から、説明する…)
眠たさデフォルトなのか、隠しきれていない。と、余計な事を考えていると、頭の中に説明というか、その為の魔法が頭に流れ込んできた。
そして、その後はさっさとやれと言わんばかり雰囲気の波動を送ってくる。
「はいはい…やるから、少し待っててよ…『我が魔力の下に再び集まり、その煌く姿を見せよ輝竜刀・七皇』」
次の瞬間、辺り一帯の魔力が吸い寄せられ、砕けた欠片を中心に集まる。渦巻く魔力の奔流をじっと見つめていると、それが突然弾け刀は元の姿を取り戻す。
「おお…凄いわね、それ」
思わず感心する梓に、刀の姿から人の姿に代わると眠たげな表情なのにドヤ顔という器用な表情で、
「もっと、褒めていい…」
「まあ、凄い事は分かったから、ね」
褒める代わりに、頭をぽんぽんと撫でてやると子猫のようにふみゅぅ…とのどを鳴らして、気持ちよさそうにしていた。そして、気になる事を聞いてみる。
「ねえ、貴女が戻れたってことは緋焔や闢零も戻れるの?」
だが、帰ってきた回答は。
「たぶん、ダメだと思う。私と、緋焔達は作った人が、違うから…」
明日香の使っていた武器ならば、と期待していたのだが、無理だと武器であるアリスから言われたのなら、無理なのだろう。そう告げる声音も寂しげな雰囲気がしたことから嘘など言っているはずが無い。
そして、梓は聞かなければいけない本題に踏み入る。
「────それで、明日香が生き返るって本当なの?」
「うん。ますたーの魂と記憶は私に預けて貰った、から。私を作った人なら、多分できる……はず」
最期は希望的観測になっていたが、生き返る可能性があるのならどうだろうと構わない。そう、アリスも考えているのか、
「もし…駄目だったら…」
「……その時は、諦めるしかないでしょ?───悔しいけど、それが運命なら、ね」
梓はそう、諦めたようなそんな口ぶりだったが、その瞳はまったく諦めていなかった。
「行く?」
アリスの質問に、梓は頷く。
「なら、私と、手を繋いで。作った人の世界に跳ぶ、から」
そう言われ、梓はその手を放さないよう、強く握る。そして、この世界にはもう来る事は無いのだろう、と考え一人、別れの挨拶をどこに向けるわけでもなく、言おうとしたその時。
「───ちょっと、待ってくれ!!」
二つの足音が迫ってくる。急いで走ってきたらしく肩で息をしている二人の少女、花陽と楓に梓は驚きを隠せないでいた。
「ちょっ、二人ともどうしたの!?」
「どうしたの、じゃない!!心配したんだよ!?」
息切れしている花陽が必死の形相でそう、言ってくる。
「私たちも、その行き先について行かせてくれないか?」
楓のその言葉に、梓は戸惑う。
「……私は、生徒会長失格だ…敵が侵入していることに気づかないどころか、あろう事か………」
そこから先の言葉は、小さくなって良く聞き取れなかったが、おそらく向こうでも死者が出たのだろう。そして、花陽はもう気付いているのか梓に気の毒に、というような視線を送っていた。
「それで、どうしたいの?」
「異世界からやってきた最強の転校生、そんな肩書きを持っている人間についていけば強くなれる。そう思ってな」
楓のその言葉に納得半分、呆れ半分と言った感じで言い返す。
「確かに、そうなのかもしれないけどね、だからって私がOKって返事を出すと思ったの?」
「あ、う……」
楓が言葉に詰まってると、花陽が後ろから止めを刺すような呟きを漏らす。
「駄目って言われても、無理やりついて行こうとしたくせに」
「ちょ…っ!?それを言うな!」
花陽にそう言われ、特大のため息をついて今まで黙っていたアリスに梓は告げる。
「はぁ…二人追加で跳ばせるかしら?」
すると、眠そうな瞳でこちらを見つめた後に、手でブイサインを作ると、
「よゆー。あと十人はいける」
「じゃ、いいわね」
梓はそう言って、花陽と楓の手を繋がせると。
「じゃあ、行くわよ!!」
アリスの作り親がいる世界に到着して、最初に三人の鼻腔を満たしたのは花の香りだった。異世界に到着後の立ち眩みが治まり、周りを見てみると。
「すごい……」
そう呟くしかないほど、一面の花畑だった。それはまるで自分たちの方が、いる場所を間違えているような、そんな感覚に囚われるほどに見事だった。
アリスは、気にする事無くこっち、と指を刺した後さっさと進んでいった。小高い丘の頂上に上ると、そこには白い壁に囲まれた国が見える。
「あれが、そうなの?」
梓の言葉に、アリスはこくりと頷く。小さな崖になっているのか、アリスがぴょんと飛ぶとその姿は下に吸い込まれるように消える。三人も同じように、丘の上から飛び降りる。
すとん、と降りたときに風圧で花びらが舞い上がり、まるで作り物の世界のようなそんな美しい光景を生み出した。
それを、何人かが見ていたのか、急いで駆け寄ってくるのが目視で確認できた。
「大丈夫かい!?あんな高いところから落ちたけど…」
少し太り気味の男性に言われ、振り返ってみると確かにかなりの高さがあって常人ならば、最低でも足を怪我していただろう。だが、もちろんアリスを含めて四人の中で常人は存在しない。
「大丈夫です。ご心配おかけしました」
楓が珍しい生徒会長モードで男性の言葉に答え、さりげなくこの国を案内してもらえるように話を進める。
「それで、もしよろしければこの辺りの場所を案内しては貰えないでしょうか?」
「それくらい構わないさ。この辺は旅人なんて少ないしね」
男性は快諾しこの国の説明を律儀にしてくれる。
どうやら、この国は元々は小さな集落の集まりだったらしく、これほど地層も良くなかったようだが、一人の魔法使いが、嘘のようにここの土地を変えた……らしい。
その本人は、民意から女王という立ち位置についているらしいが、本人は全くその気はないようで。
「いっつも寝てるから、皆には『眠り姫』何て呼ばれてるけどね。それでも、皆は姫様、というか女王様を慕っているんですよ」
確かに、民から慕われていなければこんなに楽しそうに話す訳がない。歩いている大通りも、人々の笑顔があり、治安もしっかりとしているようだった。
話を聞いていると、アリスが突然男性に質問する。
「ここで、一番すごい魔法使いは、その女王様?」
「ああ…そう、だけど?」
質問の意味が分からない男性は首を傾げながら答える。それを聞いて、アリスは続ける。
「今から、会える?」
「い、今から!?ど、どうだろう…姫様が寝てなければ、行けると思うけど…」
そう聞くと、アリスは考える間もなく。
「なら、行ってくる」
そう言ってアリスは梓だけを連れて、さっさとその『眠り姫』なる人物がいる場所へ向かう。女王と言うくらいなのだから、相応の場所にいるのかと思ったが、それらしい建物は一つもない。
仕方なく、その場所を別の人間に訊ねて、その場所に行ってみると。
「…城要素、全く無いわね」
と、誰かが心の声を漏らす。そこに在ったのは、巨大な宿屋だったからだ。確かに『眠り姫』ならそういう場所も似合うのかもしれないが……
とりあえず、行きましょうと梓が、扉を開けると────目の前に広がったのは、宿屋ではなく城内のそれだった。
空間を広げているのか、それとも別空間に繋げているのか、分からないが別空間に飛んだような気配もなかった為、おそらくだが前者だろう。そして、それは相当難度の高い事だ。国最高の魔法使いと言うのもあながち間違いではないのだろう。
ただ、不思議な事に人の気配が全く無い。少しは、警戒のために人を配置しておくのだが、そんな事は関係ないようだった。なぜなら─────
「あの扉、ってか一つしかないけど……」
だだっ広い廊下は、その両脇に庭園のような景色も見せているが、なぜか扉はその奥の一つだけだった。
その扉を、梓は静かに開け放つと、そこにあったのは大きな天蓋。その中で小さな寝息を立てている少女が一人、もぞもぞと動いている。
「ぁぅ…誰か、来た…ねむぃ」
起き上がると、なにやら準備をしているようで服を脱ぐような音も聞こえてきた。ぽいぽいと服が脱ぎ捨てられ、そのうちの一つがこちらに飛んできた。
「…白パン」
ひらひらと落ちてきたのは無地のパンツだった。来た人間が男性だったら一体どうなるのか、気にはなるが、今はアリスの用が先だ。
天蓋の中から、少女が出てくる。
「ん……おはよ。何にょ、用…?」
欠伸しながら言っている為、少しおかしく聞こえたが特に、問題は無いようだった。
「おねがい、が…あるの」
アリスが少女の目の前に出ると、少女の眠そうな目に意思が宿る。
「んみゅ…?あれ、アリス?でも、魔力は……?」
「貴女の、作った剣であってる」
どうやら、少女は剣が意思を持って動いている事に驚いているようだった。
そう、考えたのだが少女は、アリスをまだじっと見つめていて。
「そう、じゃない…何で、アリスの魔力に守られてる物があるの?」
その一言で、四人に驚きが走る。確かに今、明日香の記憶と魂はアリスの魔力によって守られているが、それを探知できるなんて普通の魔法使いどころか、梓でさえできない。
「お願い、があるの」
「ん~?内容によるかなぁ~」
少女は眠そうに瞳を擦っている。アリスの眠そうな表情は少女の表情が影響したのかもしれない。
「ますたーを、明日香を蘇らせて」
アリスの祈るような一言に、少女は考える事も無く笑顔で答える。
「いや♪」