暗雲
一週間もやれば生徒会の仕事も大分と慣れ、作業の片手間に呪獣を殲滅しに行くなどという、荒技もやっている。
「今日の作業終わりっと…みんな~お疲れ様~」
楓は、大きく伸びをして席を立つ。生徒会は何時いかなる時も休みは無い。その分の見返りは十分にあるのだが。
楓の言葉を聞いて、次々と労いの言葉をかけて部屋を去っていく。残ったのは明日香達四人。今までとは打って変わってしんと静まり返った部屋になる。
「どうする?皆、今日やることある?」
花陽がそう言ってきて、明日香達はその後の予定を考えてないことを頭の中で確認して、
「ん~ん、無いけど…何するの?」
「明日香……今の時期、忘れてるの?」
花陽の信じられないというような一言、改めて明日香は頭の中で今の時期に何があるかを考える。そして、思いつく。
「学園祭!」
「定期考査よ」
花陽の無情な一言が明日香の精神を抉る。横目で見ていた梓はそれに苦笑しながら、なぜか楓は思い出してしまったと後悔するような表情をしていた。
「というわけで、皆で勉強会」
そのときの花陽の表情はこれまでに無いほど、生き生きしているように見えた。
勉強会は花陽と楓の部屋で行われた。生徒会長と副会長の部屋というだけあって、普通の部屋の数倍の大きさを誇っている。ただ、内装は楓と花陽で真逆といっていいほど、違っていた。花陽は落ち着いた内装で、シックな本棚など大人びた雰囲気を感じさせるが、対する楓は少女趣味全快の部屋だった。その間は、まるで境界線でも張られてるのかと思うくらい、ぴっちりと分かれていた。
「上がって、いいよ。お茶くらい出せるから」
花陽はそそくさと上がって戸棚を漁っている。楓はローファーを脱ぎ捨て、机を取り出していた。細かな装飾がされていて、高そうな感じがうかがえた。
「こっちこっち~上がっていいから早く~」
楓は二人が上がってくることを促す。明日香が緊張気味で靴を脱ぎ机の前に座る………なぜか、正座で。
梓はその様子を見てくすっと笑った後、明日香の隣に座る。この隙に、と思ったのか梓がこっそりと明日香の背中に手を伸ばそうとすると、冷静に弾かれた。そして、いつも通りの冷たい目で見られた。
「ちょっと、お姉ちゃん!」
明日香が小声で叱責。梓は小さく吹き出して、
「それなら、大丈夫よ。いつも通りに過ごせばいいから、ね?」
梓のその言葉に、明日香は疑問符を浮かべ、その意味に気付けなかったが、その役割は十分に果たせていた。
明日香の緊張をほぐすために、わざと明日香にあの様な事をしたのだ。
その間に、花陽がティーカップに紅茶を注いでくれていたが、なぜか楓のカップには。
「………え、お湯?何で?」
「ふう姉にはこれ、あるでしょ」
口調が崩れている花陽が楓にポケットから細い何かを差し出す。
「……これ、インスタントのココア?」
「うん、だってふう姉紅茶よりもこっちの方が好きでしょ?」
そう言われて、楓はなによ~と、
「私も紅茶でよかったのに~先輩としての威厳見せたかったのに~」
理由はなかなか酷いものだったが、楓と少しでも、過ごしてそういう性格だということは分かったので、なんとなく理解できてしまった。
「別に、ふう姉明日香達の前で威厳も何も無いでしょ?」
「そ~う~だ~け~ど~!!」
楓が頬を膨らませて、花陽に抗議している。その様子は幼い日の二人のようだった。明日香達二人が気付いているのか定かではないが。
「じゃあ、はじめましょうか?」
花陽は教科書を自分の机の中から引っ張り出してくる。管理はしっかりしているようで、新品のような状態だった。
もちろん中身は新品などではなく、要所要所に線が引かれてあったり説明が書いてあったりと下手な生徒の教科書やノートよりもしっかりとしているだろう。
教科書を取り出した花陽に楓が、
「ってか、何でテスト勉強するの~?別にいいんじゃないの?」
「ふう姉……今回の課題何か分かってる?」
花陽がため息をついて、楓に問う。楓は一瞬考えて、首を傾げる。それを予想していたのか、再度ため息をついて。
「今回、私達の課題範囲、戒律術式だよ?」
花陽の言葉に楓が絶句する。戒律術式はこの世界での最難関の術式の一つで一説では異世界の古代魔法ではないかと言われるほどの術式だ。
「あんなのどうやって勉強しろっていうのよ~?」
楓が不満げに文句を言う。
「別に、解読した部分だったらできるでしょ?それに、個人課題の部分じゃなくて共通課題中心だから、真面目にやらないと……ふう姉、会長降ろされるよ?」
そう小声で言われて、体を震わせる。いくら、生徒会職が授業免除でも試験でそれなりの点数を取らなければいけないらしい。花陽は生徒会職の合間にも、授業に出ているため試験で問題なるような点数は取ったこと無いようだが、楓はその限りではない様だった。
「ま、不味いよ……今度、それとか…色々不味いよ!花陽ちゃん真面目にヤバイよ!助けて!!」
突然、危機を感じたのか、花陽に助けを求めていた。仕方ないという表情を作ってから、教科書で頭を殴打。楓が頭を抑えているところで、
「まあ、降ろされない程度の成績に、なる程度には助けてあげる」
花陽の天使のような言葉に、楓は泣きつくような勢いで感謝していた。
「で、どこ分からないの?」
「えっと……割と真面目に全部………かな?」
冷たい目で見られる。しかも、呆れというより軽蔑に近かった。
花陽は仕方ないと思いつつも、教科書を開いて教え始めていた。明日香と梓はそれなりに授業を受けていたので、まったく分からない。といい事態は起きなかった。
そうこうしている内に3時間が過ぎ、楓がダウンする。
「うあ~勉強した~!!もう無理~!疲れた!!」
楓がそう言って、静かな空気を破る。花陽はぱたんと教科書を閉じ、
「まだ3時間だよ?ふう姉…もっと頑張りなよ、明日香達見習おうよ……」
楓が二人の方向を見ると、
「お姉ちゃん、ここの原理の部分分かんないんだけど」
「ん~?それならここの定理と通常魔法の応用原理で説明つくよ?」
それに、明日香は関心の相槌を打ってノートを書き進める。花陽はそれを見た後、楓を見る。
「な、何よ……私も、ああやれって事…?」
楓がそれはちょっと…と言った表情で、花陽を見ると、
「別に、あんな感じとは言わないけど…まあ、もうちょっと頑張ろうよ…ね?ふう姉」
花陽のいつもとは違う、少し弱気な声に、
「う……そこまで言うなら…もうちょっと、だけなら…頑張る」
楓がそう言って改めて教科書をとノートを開いているときに、わずかに花陽の口元がしてやったり、と歪んでいた。
結局半日はみっちりと勉強して、日も暮れた後、明日香達は何か食べに行こうと学校の外に出た。
適当にぶらぶら歩いて、美味しそうな店を見つけたら入ろうと考えていた矢先。少女の叫び声が聞こえた。
四人は疾風もかくやいう速さでその場所に向かって走る。
「い、いやぁ……だれ、かぁ…」
「誰も叫んだって来ねぇよ、夜も遅いし、人通りの少ない場所なんだ。うろうろしてた自分を恨むんだな」
「つっても、俺達年下に興味はないし…まして、こんな奴らじゃ、なあ?」
現場では男達が体を寄せ合っている年端も行かないような少女達に迫っていた。
「ま、趣味が合えば高値で売れるだろうよ。姉妹だしな、セット価格で売りつけてやろうぜ」
そう言われて、少女達は体を震わせる。
「こ、ない、でぇ!」
一人の少女が男の体を突き飛ばそうとしたが、体格や力の関係上、押すような感じになった。
だが、それでも多少の効果は発揮したらしく、一瞬だが男がよろけた。その隙にと思ったのか少女はもう一人の男の合間を縫うように走り出す。
小柄ゆえに、もう一人の男には捕まえることができず、路地裏から大通りに逃げられると少女達が安堵した瞬間。
「え…!?あっ!?」
透明な壁のようなものにさえぎられる。そして、二人組みの男達は幽鬼のような足取りでじりじりと近づいてくる。
二人は改めて絶望的な状況に陥る。どうしようもないと、思い目をつぶった瞬間。
「は~い、ちょっとストップ。そこのお二人さん」
駆けつけた、楓が後ろから男達に声をかける。もちろん張られていた結界は解いてだ。
男達が信じられないような目でこちらを見てきたが、問答無用といわんばかりに明日香が疾風のような速さで一撃を食らわせ、二人を昏倒させる。
「人を物みたいに扱う人間に慈悲は無い」
明日香の冷たい一言。それを言ったところで、もう男達には聞こえないわけだが。男達を一瞥した後、少女に優しく近づいて。
「大丈夫?怪我、ない?」
明日香が警戒させないよう、目線を合わせて声をかける。
「あ……は、い…」
姉妹の少しだけ雰囲気が大人に見える方の少女が明日香に答えた。言葉の上では大丈夫のようだが、
「嘘、ついちゃダメ」
明日香はそう言って、少女の服の袖をまくると、小さくだが切り傷ができていた。それを、回復魔法で直してやると、二人の少女は、
「ありがとう…ございましたっ」
ぱたぱたと走り去っていった。
「これで、一件落着でいいのかしら?」
楓が何もしていないが、一息つくと。
「何で、結界解いたの私で、あいつらを倒したの明日香なのにふう姉が自慢げなのよ……あと、はこいつらを呪術牢に閉じ込めないと」
そう言って、地面に模様を描いて、呪文を唱える。すると、紫色の光の牢獄が男達を閉じ込める。
花陽はふう、と一息ついて。
「今度こそ終わり。ご飯食べに行こ」
あの後、遅めになってしまった夕飯を食べて、時間に気付いた四人が急いで学校の門をくぐると、そこには先ほど助けたはずの少女の姿があった。
「あ…さっきは、ありがとう…ござい、ましたっ」
今度は幼そうな雰囲気が強い少女がお礼を言ってくる。いいよいいよと、返していると優がやってきて。
「大丈夫でしたか!?七海、八重!!」
「だい、じょぶ…あの人たちが、助けて…くれたから」
優は明日香たちを見て、
「そう…だったんですか、ありがとうございます。この娘達、私の離れた妹だったもので」
優の言葉に同調するように、二人がぺこりと頭を下げる。
「それも、お礼として…門限を破ったことは目を瞑っておきます」
ぎりぎりアウトだったらしく、今回は七海と八重おかげで助かった。助けた側が助けられるというのもおかしなものだったが。明日香たちが寮に戻ろうとすると、優が呼び止めてくる。何事かと聞いてみると、いつものやさしめの語調ではなく、はっきりとした教師の語調で。
「最近、法魔師を狙った殺人事件が多発しています。いずれも時間に関係ないようですので、十分注意してください。それに、情報がもしあった場合は教えてください、私達が全力でその人たちを抑えに行くので」
その言葉を明日香達は肝に銘じた。いくら強くとも、暗殺などの類は油断すれば強さなど関係なく殺されてしまう。だからこそ、力あるものはそれに注意する。
優は明日香たちの様子を見て、満足げに微笑むと。
「それじゃあ、寮に戻ってください。もう遅いですし、明日は早いですよ?」
四人は返事をして、二人組みになって寮に戻っていく。
「さあ……二人とも、頼みますよ。きっかけは与えました、後はあなた達が殺るだけです。期待して待ってますよ七海、八重」
先ほどの笑みとは打って変わって、妖しげな笑みで二人に話しかける。
「「お任せください、一姉さま。私達が役目を果たして見せます」」




